ザビ神父の証言

ザビ神父の証言

2010.08.28
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カテゴリ: 外国史
19世紀のアメリカ(108)

第4章 大陸横断鉄道と大草原の開発…14

コロラド州の草原は、アラバホ族とシャイアン族の生活圏でした。2種族はサンド・クリークと呼ばれる指定保留地に押し込められ、大きな不満を持っていました。不穏な情勢を察知した陸軍は、彼らを力で抑え込もうと、騎兵隊の増強を図りました。

怒った先住民が駅馬車を襲ったのを口実に、陸軍は一斉攻撃を計画します。連邦政府と議会の方針を知る州知事は、穏健派のインディアンに対し、抗戦前に陸軍の砦に避難するように勧め、約300人のインディアンが勧告に応じました。しかし、陸軍は知事の命令を無視し、この300人を皆殺しにしたのです。

怒ったアラバホ族とシャイアン族に、スー族も加わり、3種族はスー族のシティング・ブルを指揮官に選んで、共同の復讐戦を決行することを誓ったのです。シティング・ブルは約2千人の騎馬隊を編成して、モンタナ州のロッキー山麓で、対騎兵隊戦の徹底した訓練を行なったのです。

南北戦争後の10年間で、隊インディアンの戦闘は、約200回が記録されているのですが、その中にカスター連隊の全滅の記録も残されています。

1874年、サウスダコタのスー族の指定保留地ブラック・ヒルズで金鉱が発見されました。当然白人の立ち入りが禁止されてる地域ですが、欲に目のくらんだ白人達が次々に白人の法を無視して、入り込んできます。当然の権利としてスー族は、次々に闖入者を銃や矢で殺害します。

騎兵隊は、シティング・ブルとその部隊の討伐を考えます。1876年6月のことでした。司令官のテリー将軍は、カスター中佐を隊長とする騎兵第7連隊に、スー族の背後からの攻撃を命じました。位置についたカスター連隊は、本隊の行動を待たずに行動を開始し、逆に百戦錬磨のインディアン騎馬隊に包囲され、殲滅されたのです。

テリー将軍の本隊が駆けつけた時には、シティング・ブルの本陣は退却した後で、カスター中佐以下、264名の兵士の死体が横たわっているだけだったのです。


                                  続く





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最終更新日  2010.08.28 12:46:37
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