ザビ神父の証言

ザビ神父の証言

2010.09.15
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カテゴリ: 外国史
19世紀のアメリカ(126) 

第5章 アメリカ文化の諸相…7

西部開拓が進行中のアメリカは、まだまだ圧倒的に農村社会でした。アメリカでは、人口8千人以上の集落を都市と呼びます。独立直後の1790年の都市人口は、全体の30人に1人でした。1820年では20人に1人、1840年では12人に1人と、年々都市人口は増えていますが、それでもなお、全人口の1割に満たなかったのです。

それでは、西部の住人数はというと、アパラチア山脈の西に住む人々の数は、1830年で全人口の25%(4人に1人)を超え、1850年には、50%弱にまで増えていました。

こうした荒涼とした地方、日本流に表現すると田舎に住む人々は、単調な開拓生活のなかで、生活の潤い、楽しみを求めます。ですから彼ら彼女らは、旅芸人や旅の物売りの来訪を、大いに歓迎したのです。デイヴィ・クロケットの選挙運動、彼のウソ八百を並べた弁舌(トール・テークと言います)も、そういった楽しみのひとつとして歓迎したのです。選挙の演説会も、民衆にとっては、一種のお祭りのようなものでした。

旅回りの演説会は、やがてアメリカの選挙運動の特色となり、いまでも大統領予備選や本選における、候補者の全国遊説を巡るお祭りのような騒ぎに、その片鱗を留めていると言えましょうか。

似た現象は、アメリカの裁判制度にも見られます。独特の巡回裁判の制度がそれです。法廷を都市に固定していたのでは、荒野の住民にまで法の権威を及ぼせません。そこに裁判官が各地を巡回する必要が出てきます。しかし、裁判官は土地の事情が分かりませんから、土地の事情に明るい地元の人々を陪審員として、理非の判断に参加してもらわなければなりません。

住民参加の裁判です。荒野の田舎で裁判を行なうに相応しい場所といえば、宿屋を兼ねた一膳飯屋や居酒屋(バー)しかなく、こうした場所が法廷になります。こうした場所で、検察側も弁護側も、法の知識などないに等しい陪審員の心に響くように、うまく訴えかけなければならないのです。

勢い表現は大げさに成り、時には感情に訴えかける名演技が、必要とされるようになります。その様は、まるでドラマを見ているような錯覚を、法廷に押しかけてきた時も民に覚えさせるのです。


                                  続く






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最終更新日  2010.09.15 12:33:01
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