ザビ神父の証言

ザビ神父の証言

2011.10.20
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カテゴリ: 女性史
ナイチンゲールの世界 (14)

1843年、フローレンス・ナイチンゲールは次のように記しました。彼女の『自分だけのメモ』の1ページです。
「私の心は、人間の苦しみ、悩みという考えでいっぱいになっている。私の見る限りの人たちは、心配と貧しさと病気に、食い殺されている。」と、

フローレンスがいつ頃からこのような考えを持つに至ったかは定かでないのですが、このメモを記した23歳の時には、彼女は自分の進むべき道が、不幸な人たちと共に生きようとする方向にあることを、自覚していたと考えて良いようです。

アメリカの社会事業家として高名なサムエル・ハウ博士は、眼の不自由な人の教育法を考案し、後にヘレン・ケラーさんも学んだパーキンス学院の創立者としても知られる人物です。このハウ博士は、フローの父の友人でもあったので、イギリスを訪れると必ず何日かはナイチンゲール家に滞在するのが常でした。

このハウ博士は、1844年にフローたちのエンブリー荘に滞在した時に、24歳になったばかりのフローから「病院で恵まれない人々のために働きたいけれど、それはとんでもないことでしょうか」と、相談を受けた際のことを書き残しています。

フローの思いつめたような顔を見て、私はこう答えたと博士は記します。
「イギリスの上流家庭では、一般にそれはとんでもないことだと、考えられています。しかし、私はあなたに『進みなさい』とお話します。そういう生き方を、神様から与えられた仕事と感じておられるのなら、それに従いなさい。あなたが恵まれない人々の幸福のために働くことは、とんでもないどころか立派な行いです。私は、神様があなたと共にいてくださることを祈ります。」と。

フローが、はっきり「病院で働く」意志を、人に相談した最初のケースでした。しかしまだフローには、自分の決心を両親や姉に打ち明ける勇気はありませんでした。そんな彼女の背中を押したのが、両親も認めるヘンリー・ニコルソンのフローへの求婚でした。



こう考えた彼女は、両親の勧めも振り切って、この縁談を断ってしまったのです。いぶかる両親に、「病院で患者の世話をする仕事がしたい」と、フローが自らの意志を明確にして、願い出たのは、25歳になった1845年の暮のことでした。
                                 続く





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最終更新日  2011.10.20 14:02:55
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