ザビ神父の証言

ザビ神父の証言

2011.12.17
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カテゴリ: 国際関係
クロニクル ペルー大使公邸人質事件発生

1996(平成8)年12月17日

もう15年になるのですね。15年前のこの日、ひとあし早く平成天皇の誕生日を祝うパーティが、ペルーの日本大使公邸で開かれておりました。

ペルーの名士や日本関係者らが集う中、反政府ゲリラ、トゥパク・アマル革命運動(MRTA)所属の14名のゲリラの襲撃があり、多数の参会者が人質となる事件が発生しました。

人質との交換で拘留中の仲間の釈放が要求されました。体調の悪い方など、1部の人質は解放
されましたが、それでもなお72名の方々が、人質生活を余儀なくされたのでした。

日本政府は人質の人命を最優先するとことを、強くペルー政府に要請、アメリカ政府は人質に犠牲が出ることなど厭わず、強硬突入でゲリラを掃討することで、人質を解放することを求めました。

当時のペルーにとって、日米両国は共に重要な援助国であったため、ペルー政府が両国の顔を立てるために打てる手は解決の先送り、時間稼ぎしかないことは、予測される筋書きでした。

少し頭を使えば,この現実は想像出来ることでしたが、当時の日本のメディアは、すぐに解放しうるものという立場からの論調に終始し、事態を冷静に判断する事が出来ずに、情緒的判断を下す事しかしませんでした。

結局、事件が解決したのは、発生から127日後のことでした。ほとぼりの冷めた頃、ゲリラの油断を見澄ましての、強行突入による解放でした。日本人人質には死者はなかったのですが、ペルー人人質1名と突入した特殊部隊の隊員2名、ゲリラ14名と、合わせて17名の死者がでたことは、忘れずにいたいものです。





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最終更新日  2011.12.17 02:25:54
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