新橋汐留の再開発に伴う発掘調査で、江戸時代に木樋による上水施設が存在し、少なくとも江戸城や各大名屋敷に引き込まれていたことは、明らかになっているのですが、ここに記すのは開港場となった横浜の話です。
横浜は寒村でしたが、上水施設も排水施設も整備することなく、江戸に最も近い開港場として、外国人居留地が作られ、人口が密集することになりました。
そのため、衛生状態は悪く、コレラなどの伝染病がしばしば流行する羽目になりました。ここに衛生状態改善のために、上水施設の建設が計画され、木樋水道の建設が何度か試みられました。しかし、うまくいかず、1885年、イギリスに設計施工を依頼し、資材も全てイギリスから輸入する形で、津久井郡付近の相模川に取水口を設け、鉄管を用いた日本初の近代的な水道施設の建設が、始められたのです。
この施設が完成し、129年前のこの日、横浜開港場への給水が始められました。
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