ザビ神父の証言

ザビ神父の証言

2017.03.26
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カテゴリ: 社会風俗
クロニクル 多摩ニュータウン入居開始

1971(昭和46)年3月26日

46年前のことです。1960年代の高度経済成長期は、真面目に働けば収入は増え、暮らしは良くなるということが、実感として信じることが出来た、今から考えると大変良い時代でした。

電化製品の普及が進み、次第にマイホーム主義のムードが漂い始めた頃でもありました。しかし、その結果として、通勤に便利な東京都区部の住宅価格は高騰を続け、若い世代の手が届くものではなくなっていました。

一例を挙げると、ミスタープロ野球と言われる長嶋選手が1957年のオフに巨人軍に入団した時の契約金が、週刊誌情報で2千万円から3千万円と書きたてられ、大きな話題となったのですが、そのわけは、この金額があれば当時最高級住宅地として有名だった田園調布に、200坪の宅地を持つ邸宅が4,5軒は購入できると、書かれていたことにありました。

長嶋選手の契約金は、推定に過ぎませんが、当時の価格で田園調布の邸宅が、1千万円を大きく切る価格で購入可能だったとする点は、各紙に共通していますし、そう大きくは外れていなかったのでしょう。

しかし、1964年の東京五輪に向けて、東京の地価は倍々ゲームのように上昇を続け、普通のサラリーマンの手の届かない価格になって行きました。

この状況から、地下の安かった23区の周辺で、民間業者による乱開発が始まりました。多摩ニュータウン構想は、そうした乱開発に歯止めをかけ、住環境の良い住宅を大量に供給しようと言う意気込みで、はじめられました。

現在の東京都多摩市、稲城市、町田市、八王子市に跨る多摩丘陵の3000ha(1haが3000坪にあたりますので、900万坪です)という広大な地域を開発し、30万人を上回る居住者に住宅を提供しようという壮大な計画でした。

宮崎駿監督率いるスタジオジプリが製作した『平成狸合戦ポンポコ』は、この多摩ニュータウンの開発を舞台にした作品でした。

計画は65年に立てられ、66年に事業認可を得てスタート。67年に初当選した美濃部革新都政の下でも、遅滞なく推進され、46年前の今日、多摩市永山地区と諏訪地区で、第1次の入居が始まったのです。








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最終更新日  2017.03.26 20:45:16
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