ザビ神父の証言

ザビ神父の証言

2021.04.03
XML
カテゴリ: 国際政治
ミャンマーはどうなる その4

31日のその2の続きです。1988年、アウンサン・スーチー女史を中心にNLDが結成されましたが、その政党活動は軍に制限され、スーチー女史は長期にわたって、自宅軟禁の状態に置かれました。軍部は外国に亡命したいのならいつでも軟禁を解くと宣言し、出来れば彼女を国外に出したいとの姿勢を露骨に表明していました。

細身の彼女の健康状態を心配する姿勢を強く示していたのは、かつての宗主国イギリスでした。実はイギリスは今でもミャンマーをビルマと呼び、最大都市ヤンゴンについても自ら名付けたラングーンと呼び続けるほとんど唯一の国です。スーチー女史を手中にして、あわよくばビルマで再び大儲けが出来るかもしれないと考えたのでしょう。ずるがしこいイギリスらしいやり口でした。

しかし、軍部とイギリスの露骨な狙いは、スーチー女史とNLDの受け入れるところとはなりませんでした。軍部独裁を耐え忍んでいる国民にとって、軟禁生活に堪えるスーチー女史が不自由に耐えながら、なおミャンマー国内で頑張っていることが、将来に対する一筋の光明に見えていたのです。外国亡命はそんな国民の希望を打ち砕く裏切りと認識され、スーチー人気は一瞬のうちに失われるだろうことを、彼女もNLDの仲間たちも、良く知っていたのです。

こうして、長期の軟禁と、ほんの一瞬の外部との接触許可を繰り返しながら、20007年10月、テイン・セイン将軍が首相に就任します。彼は傷んでいるミャンマー経済の立て直しには、欧米諸国や日本の協力を得て、外資を呼び込む必要があることを認識して、先ず新憲法を作成して国民投票を経て施行、国内の一定の民主化を図ります。直後に超大型サイクロンの襲撃にあい、選挙どころではなくなったため、選挙の実施は2010年11月にずれ込みましたが、無事実施され、選挙直後にスーチー女史の自宅軟禁が解除され、NLD(国民民主連盟)も政党として正式に認められたのです。

翌年召集された国会で、テインセインは大統領に選出され就任します。 続く





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2021.04.03 21:35:10
コメント(8) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

キーワードサーチ

▼キーワード検索

プロフィール

ザビ神父

ザビ神父

カレンダー

お気に入りブログ

福井県大野市  武… New! トンカツ1188さん

映画「きっと、いつ… New! naomin0203さん

「豊臣兄弟」仲野太… New! 5sayoriさん

今日はご機嫌💕 New! あみ3008さん

極級爆弾並みの隕石… New! 歩世亜さん

コメント新着

でぶじゅぺ理 @ Re:石破辞任(09/09) 明けましておめでとうございます。 本年…
葉月 生 @ Re:ご無沙汰しました(08/15) 神父さま お帰りなさいませ。 1ヵ月に1回…
kopanda06 @ Re:石破辞任(09/09) お久しぶりです。 降雨の中、高見観音の…
吉祥天2260 @ Re:石破辞任(09/09) どの人見てもなんだかねぇ・・・ 国のこと…
わからんtin1951 @ Re:石破辞任(09/09) テレビを観ていると、総裁選のことばかり…

バックナンバー

・2026.06
・2026.05
・2026.04
・2026.03
・2026.02

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: