ザビ神父の証言

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2021.09.16
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カテゴリ: 人権問題
クロニクル 三里塚で第2次強制代執行

1971(昭和46)年9月16日

新東京国際空港(成田空港)の建設を巡っては、激しい反対運動が続けられていました。そうした睨み合いの中、50年前のこの日、建設予定地に残る反対派の4ヶ所の拠点に対して、第2次の強制代執行が行われました。

同年2月22日から3月25日にかけて行われた第1次強制代執行でも、逮捕者487人、負傷者700人を出すなど、反対同盟の激しい抵抗にあったのですが、この日も同じでした。

三里塚・芝山空港建設反対同盟の農民や支援の学生・労働者ら3千人以上が、代執行の対象となった団結小屋に立て籠もり、空港周辺ではゲリラ活動も展開して、5千人を超える機動隊と各所で衝突するなど、早朝から騒然たる空気が漲っていました。

代執行の開始直後、角材や火炎瓶などの攻撃を受け、機動隊員3人が死亡、重軽傷者115人を出すなど、成田闘争最大の惨事となり、結局代執行は翌日以降に持ち越されました。

政府の閣議決定の仕方から、地元への丁寧な説明の欠如など、政治の対応のまずさが、反対運動の活発化を招き、結局71年春の開港予定は、7年も遅れて1978年5月となりました。土着農民の先祖伝来への土地への愛着に対する理解を欠いた政治家と官僚の拙速主義が招いた誤算でした。

開港はしたものの、滑走路は1本だけで、横風用滑走路もない片肺空港であり、二期工事の進展が待たれたのですが、それは遅々として進まない状態が続く中で、昭和の時代は過ぎ、平成の世となって初めて、政府・運輸省の側に和解に向けて、反対派農民に向けての謝罪の機運が生まれます。こうして最終的には、1995年に成立した自社さきがけ3党連立の村山内閣が、正式に反対同盟に謝罪し、政府、国土交通省(旧運輸省)そして空港公団が「地元のコンセンサス作りを怠ったのは、私たちの大きな誤りだった」と自らの誤りを認めたことで、主な反対同盟のグループとは和解が成立したのですが、未だに二期工事予定地内に、ポツポツと公団に土地を売らない1坪地主などが残っており、なお工事が出来ない状態が続いています。ヤレヤレ





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最終更新日  2021.09.16 21:26:55
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