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<参考>アメブロ版偐万葉田舎家持歌集目次 友人の岬麻呂氏から旅便りが届きました。今回は「石垣島・バンナ公園のカエンボクと西表島・白浜の早咲きのサガリバナが目的の夫婦旅」とのことであります。〇旅・岬巡り報告352 石垣島(↓)〇添付写真(1)(↓) 〇添付写真(2)(↓) 〇添付写真(3)(↓) 〇添付写真(4)(↓) 〇添付写真(5)(↓) 2月17日~20日の3泊4日のご夫婦旅、私達も写真でご一緒させていただきましょう。2月17日関西空港→石垣空港(レンタカー)→バンナ公園→観音埼灯台→唐人墓→川平湾→底地ダム→ホテルミヤヒラ(3連泊) バンナ公園のカエンボクは満開。 2月17日撮影の写真はないので、19日撮影のカエンボクの写真を以って代用します。(カエンボク・赤) カエンボクは、ジャカランダ、ホウオウボクと並んで世界三大花木とされる。 石垣島のバンナ公園のカエンボクは折しも満開。 今回の旅の目的の一つは、先ずは達成であります(笑)。(同上・オレンジ色) オレンジ色の花を咲かせるカエンボクもあります。(同上・赤色の花)火の色に 咲ける花かも カエンボク バンナの園は 今盛りなり (火炎家持)(同上・オレンジ色の花)(川平湾1) 石垣島というと川平湾の写真が必ず登場です。 この写真も19日、島1周ドライブをされた時に撮影の写真でありますが、旅報告352によると、17日にも川平湾を訪ねて居られますので、この写真で代用です。 旅の初日の17日は、曇り時々雨、という生憎のお天気で、写真撮影には不向きと、撮影されなかったのか、満足の行く写真が撮れなかったということであったのか存じ上げませんが、ヤカモチにはこの日の写真は届いていないという次第。 3連泊のホテルミヤヒラは、離島ターミナルにあるホテルで、岬麻呂氏が石垣島滞在の折の定宿の一つであります。 「泡盛楽しむ」とありますから、夕食には、毎回泡盛を楽しまれたのでしょう。2月18日石垣港→西表島・大原港(レンタカー)→豊原→大原経由→上原→白浜→白浜小中学校前→船浮港→イダの浜→月が浜→星砂の浜→由布島 この日は、西表島に渡るご予定の日であったが、西表島・上原港便が欠航で、早朝の臨時便、同・大原港行きが満員状態。 白浜に行かれるので、島北部にある上原港行きが便利なのだが、欠航とあっては仕方がない。島南部の大原港行きに乗るしかない。 西表島は島一周の外周道路がなく、島の南岸から東海岸沿いを北上、北の上原を経て、その西側の白浜まで、島の4分の3程度に道路が通じているのみ。白浜から先へ行くには船で対岸の船浮港に渡るしか方法が無い。 今回の旅の二つ目の目的は「早咲きのサガリバナ」でありましたが、それは、島の北西部、道路が果てる白浜小中学校の正門前の横にある白浜公民館の垣根に植栽されているのでありました。 愛らしいサガリバナ(ピンク色)の花が今年も見られるものと期待していましたが、垣根は綺麗に剪定されてしまっていて、花芽も刈られてしまって見当たらずで、「目的果たせず」でありました。白浜の うすくれなゐの サガリバナ 花芽刈られし 咲かなく悔し (白浜家持) 気を取り直し旅を続けます。 連絡船で船浮港に渡ります。(イダの浜) 西表島・船浮にあるイダの浜です。八重山諸島では、太陽の昇る方角を「あがり(東)」、沈む方角を「いり(西)」と言う。 従って、イダの浜とは、「いり(西)にある田んぼの浜」が語源。 イダの浜は貸し切り状態。我々のほか人影もなし。 西に向かって開けた浜であるなら、きっと夕日もさぞかし綺麗なことであるのだろう。 朝凪に寄せ来る波の、夕凪に満ち来る潮の・・ではないが、それを想像して2首詠むと・・。朝風や 沖行く船の 影見つつ イダの浜辺を 二人し行かむ (西浜家持)入日さす イダの浜辺の 夕暮れの 寄せ来る波の 音はかなしも (西浜家持) 由布島に渡り、蝶々園を訪ねる。 蝶々園では、オオゴマダラが蛹から蝶に羽化が間近に見ることができます。(オオゴマダラ・羽化し始めたところ・由布島の蝶々園) 黄金色の蛹は毒を持っていることをアピールしています。(同上)黄金なる 蛹を出でて 貴婦人の 蝶よ飛び立て 南国の空 (蛹家持) (寒緋桜) 石垣島も西表島も寒緋桜が丁度、満開の時期。2月19日(時計回りに石垣島1周)→御神埼灯台→川平湾→平久保埼灯台→玉取崎展望台→バンナ公園 この日は、時計回りに石垣島を1周です。(川平湾) 定番の川平湾から・・。 満開の寒緋桜を楽しみつつ、平久保崎の海へ。(満開の寒緋桜) はい、平久保崎の海であります。(平久保崎の海)朝夕に 寄せ来る波の 平久保の 海に向かひて 言ふこともなし (岬家持) 最後は、玉取展望台からの素晴らしい眺めです。(玉取崎展望台からの眺め)玉取の 丘にし立てば はるかなる 青き島山 大空の雲 (玉取家持)2月20日前の便で帰路に・新石垣空港→関西空港 以上で、今年2度目の旅、無事に終了です。 今回は、写真の構成から従前の旅程に従っての旅紹介というやり方では、うまく事が運ばず、他の日に撮影の写真を代用したり、歌で誤魔化したりと工夫を要しましたが、何とかそれなりに記事の体裁にこぎつけることができました(笑)。 今回もご覧いただき、ありがとうございます。<参考> 過去の岬麻呂旅便り記事はコチラ。 フォト蔵アルバム・岬麻呂写真集はコチラ。
2026.02.28
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<参考>アメブロ版偐万葉田舎家持歌集目次 2月24日、夜の測定 体重51.9kg、最高血圧118、最低血圧62.5。 ※121/63(77)、115/62(74) 血圧は正常値。 2月25日、朝の測定 体重51.0kg、最高血圧109、最低血圧61。 ※108/60(78)、110/62(77) 血圧は正常値。 よって、血圧降下剤服用は一時停止とします。 体重が漸減しているが、これは、体重計に何らかの故障が生じているのでなければ、足の浮腫みが消えたことによるものである可能性も考えられます。現在は、足の浮腫はほぼ完全に消えて、すっかり細くなってしまった足に変貌しています。 因みに、癌罹患による入院前の体重は67~8kgでありましたが、入院による体重減少は最大で15~6kg。味覚異常が消えて食欲が正常化した以降は55kgで推移、体重減少は12~3kgでほぼ安定。その後、足の浮腫が消えたのが2月22日前後であったのでその頃の体重は52kg。3kgというのは足の浮腫の消失だけでは少し大きすぎる数値であるが、うち1~2kg程度は足の浮腫の消失によるものではないかとも考えられる。 現在の自身の体形を見て、筋肉量や脂肪量の減少は一目瞭然であるが、これ以上の減少は生命維持の観点からも望ましいものではないので、筋肉量の増加に努めなくてはならないと考えるものの、これがまた大変に難しいというのが現実であります。 筋肉量の減少は運動能力の減少を招くという点もあるほか、関節部分への衝撃緩和の減少も招き、腰や膝や足首などの関節の故障を招くリスクが高くなるので要注意であります。 夜の測定 体重51.1kg、最高血圧112.5、最低血圧67.5。 ※114/58(82)、111/63(82) 血圧は正常値。 2月26日、朝の測定 体重50.8kg、最高血圧121、最低血圧68.5。 ※122/64(76)、120/73(79) 血圧は正常値。 体重が遂に51kgを下回るに至りました。 今日は、先の胆管炎での入院・退院後の最初の通院日であり、石切生喜病院消化器内科の受診予約の日である。 先に、血液採取があり、その血液検査の結果を見ての診断となるので、早めに家を出て、途中のコンビニで朝食を済ませてから、病院へという計画であります。 病院受診後は、友人のオガクニマン氏と喫茶・ペリカンの家でランチを一緒にという予定になっているので、それも楽しみの一つであります。 午前7時16分、マイCB(クロスバイク)で外出、病院へ。 途中、チェーンが外れる。自転車をひっくり返してチェーンを入れ直すが、今度はギアチェンジがうまく作動しない。(石切生喜病院) 午前7時35分、病院到着。 午前7時50分、採血。 午前9時52分、消化器内科主治医T先生受診。 午前10時42分、同、肝臓専門医M先生からの説明。 血液検査の結果、数値は少し改善しているものの、依然高い数値。 原発性胆管炎の可能性を否定できない。一方、前立腺ガン治療のための薬、ニュベクオの副作用ということも考えられる。もし、副作用であるならこの薬の服用を中止すれば、胆管炎は治癒することになる。しかし、現在、ニュベクオは前立腺ガンに最も有効な薬とされていて、これを中止することは生命にかかわる問題ともなりかねない。しかし、胆管炎や肝臓の病気も重篤になれば生命の危険があることになるから、場合によってはニュベクオの服用を一時停止することもありえないことではないことになる。 何れにしても胆管炎の原因が何であるかが特定できない以上、何が正解であるかを判定することは困難。 ということで、当面は、ウルソ錠服用を継続し、血液検査、MRI検査を行い、様子を見守る以外に方法が無いという隘路に陥った状態ということになる。この場合のリスクは、ウルソ錠は病気そのものは治癒していないのに血液検査の数値を見かけ良好なものに見せることもあるため、自覚症状などが現れた時には、既に肝臓や胆管がボロボロになっていて、手遅れというような事態になっているということもあり得るということである。 まあ、何にしても、これは誰もこうするのがいいということは言えないのであれば、運を天に任せて、ジタバタしないというのが正解と言うか、そうするしかないというものであるのだろう(笑)。 午前11時10分、喫茶・ペリカンの家到着。 オガクニマン氏とランチ。 久々の再会にて、楽しく愉快な雑談、気晴らしであります。 同氏から頂戴したお土産です。(餅パイ) 久々の餅パイ、美味しくいただきました。ヤカモチも もちにしあれば 餅パイを 喰らひて少し いや太りませ (餅家持) 再び、病院に戻り、会計を済ませて薬を受領。 12時30分、自転車屋・かいた屋に立ち寄る。 ギアチェンジがスムーズに作動しないということで見て貰ったが、自然に解消していたようで、異常なしとのことでありました。 12時51分、銀行に立ち寄り、手許に余り過ぎたお金を口座(梅田支店)に入金。 午後1時53分、帰宅。<参考>入院・通院・闘病記はコチラ。 カテゴリ「友人ほか」の記事一覧はコチラ。
2026.02.26
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<参考>アメブロ版偐万葉田舎家持歌集目次 2月17日午後10時53分、入浴後、夜の測定 体重54.4kg、最高血圧121、最低血圧76.5。 ※125/97(74)、117/56(69) 2月18日、朝の測定 体重54.3kg、最高血圧143、最低血圧75.5。 ※139/79(62)、147/72(60) 血圧135を上回ったので血圧降下剤服用再開。 夜の測定 体重53.8kg、最高血圧109、最低血圧60.5。 ※109/60(83)、109/61(80) 血圧は正常値。 2月19日、朝の測定 体重53.3kg、最高血圧145、最低血圧77.5。 ※145/79(65)、145/76(64) 血圧が高値なので、血圧降下剤服用を継続します。 胆管炎に関しては、退院近くになってから倍増したウルソ錠100mgの効果が発揮され、2月26日の血液検査で数値が大きく改善することを期待しています。 夜の測定 体重53.2kg、最高血圧110.5、最低血圧58.5。 ※108/61(75)、113/56(73) 血圧は正常値。 2月20日、朝の測定 体重53.2kg、最高血圧134.5、最低血圧70.5。 ※140/67(64)、129/74(65) 1回目最高血圧が135を超える高値なので、血圧降下剤服用継続。 夜の測定 体重53.0kg、最高血圧139、最低血圧69.5。 ※145/68(76)、133/71(72) 血圧は高い数値。 体重もここ数日漸減しているのが少し気がかり。 足の浮腫みは、自分でマッサージを繰り返しているからか、かなりよくなっている。少なくとも風船状態、フランスパン状態は脱した感あり。但し冷え性の症状は改善していない。 2月21日、朝の測定 体重52.1kg、最高血圧136.5、最低血圧64。 ※138/62(74)、135/66(71) 血圧が高値なので、血圧降下剤服用継続します。 夜の測定 体重52.0kg、最高血圧103.5、最低血圧64.5。 ※99/65(70)、108/64(70) 血圧が100を切ったので、朝の血圧数値の次第によって血圧降下剤の服用を継続するか否かを決める。 足の浮腫は殆どなくなっています。マッサージ効果。 2月22日、朝の測定 体重52.0kg、最高血圧133.5、最低血圧75.5。 ※138/74(70)、133/77(69) 血圧130を超えた高値なので、血圧降下剤服用継続です。 夜の測定 体重52.2kg、最高血圧120.5、最低血圧74.5 ※116/62(75)、125/65(74) 血圧は正常値。 2月23日、朝の測定 体重51.9kg、最高血圧125、最低血圧64.5。 ※125/64(64)、125/65(64)血圧は正常値。 夜の測定 体重52.5kg、最高血圧119、最低血圧61.5。 ※124/63(80)、114/60(79)血圧は正常値。 2月24日、朝の測定 体重52.0kg、最高血圧133.5、最低血圧68。 ※134/67(73)、133/69(68) 1回目の血圧測定値が130を超えているので、血圧降下剤服用を継続とします。 今日はユリーフOD錠4mg(前立腺肥大で尿が出にくいのを改善する薬)が明日25日で、アボルブカプセル0.5mg(前立腺肥大を改善する薬)が27日で無くなるので、今後もこれらの薬の服用が必要であるなら、その処方をお願いするため、石切生喜病院泌尿器科へ出向かなくてはならない。 午前9時41分、CB(クロスバイク)で外出。 午前9時55分、病院到着。 泌尿器科で薬を処方いただく。 薬の受け取りを待つ間に、喫茶・ペリカンの家で珈琲。 ついでに、ハーモニカコンサートの入場料を支払う。(喫茶・ペリカンの家) 再び病院に戻り、薬を受け取り、ライフ新石切店でお弁当を買ってから帰宅(丁度12時)。 <参考>入院・通院・闘病記はコチラ。
2026.02.24
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<参考>アメブロ版偐万葉田舎家持歌集目次 今日2月22日は、故智麻呂氏の墓参の日。 自宅を午前9時少し前にCB(クロスバイク)で出発、夫人・恒郎女さん邸へと向かう。 途中、いつもの果物店でお供えにと果物を仕入れて行く計画であったが、店はシャッターを下ろしたまま、休業なのか開店前なのかは分からないが、是非に及ばず、和菓子舗の寿々屋に向かうが、ここもシャッターが下りたまま。 菓子舗・千鳥屋に行くと、丁度店を開けて居られるところ、そこで千鳥饅頭の詰め合わせ、ぜんざいの詰め合わせ、チョコレートの詰め合わせを購入して、恒郎女邸に向かう。 恒郎女邸到着。時計を見ると午前9時5分。9時半位にお越しくださいというのが、恒郎女さんのお話であったので、少し早過ぎるかと、CBを玄関先に駐輪して、道路向かいのポケットパークでタバコでも一服して時間を潰すかと思って、そちらに向かいかけたところで、恒郎女さんの上のお嬢様、今日郎女さんの夫君・藤麻呂氏運転のお車が到着。 ということで、タバコは取り止め、ご夫妻と一緒にヤカモチも恒郎女邸に上がらせていただく。 お茶などをいただきながら雑談するうちに9時55分となったので、出発することに。 ところが、大和川の手前、近鉄安堂駅前の信号付近から国分駅前の国豊橋にかけての道で車が渋滞、なかなか前に進まない。 お墓のある「はびきの中央霊園」午前10時30分待ち合わせ・集合のところ、10時44分時点で、まだ国豊橋手前、大和川を渡れていないという状態。中のお嬢様のめぐの郎女さん、その夫君の松麻呂氏と両者のお嬢様のナナの大嬢さん、そして下のお嬢様であるかほりの郎女さんは、既に現地に到着されていたようで、今日郎女さんが電話で到着が遅れる旨の電話を何度か入れて居られました。 結局、我々は11時過ぎの到着。 既に、お墓はピカピカにお掃除してお待ちいただいたようで、恐縮なことでありました。 近くに立派な休憩所があるので、そこで休憩しながら我々の到着を待っていただいたという次第。(はびきの中央霊園・小阪教会共同墓) お供えの品物と一緒に飾られているお花は、この日のために小万知さんが送ってくださったとのことで、恒郎女さんは大層お喜びでありました。(墓参・お供え 撮影者:今日郎女さん) また、墓前に掲出されている色紙は、以前にヤカモチが詠んだ歌を凡鬼さんが色紙に清書いただいたものだそうで、この日に相応しい歌はということで、恒郎女さんが選んで墓前までお持ちいただいたものとのこと。 その歌というのは、「鉢伏の峰にたゆたふ白雲は笑まひの君の影と見えける」というもので、これは2022年2月17日の故智麻呂氏の納骨式の折に、ヤカモチが詠んだ歌4首のうちの1首である。<参考>故智麻呂氏の納骨式 2022.2.18. 鉢伏山というのは、はびきの中央霊園の背後にそびえる小山であるが、今日の鉢伏山はこんな具合でありました。(鉢伏山 峰にたゆたふ白雲は~) 確かに、鉢伏山の上空には白雲が漂って居り、恒郎女さんが「今日にピッタリの景色」と仰る、そのままの眺めでもありました(笑)。 智麻呂氏の生前のお優しい笑顔が、恋しくも悲しくも思い出されることでありました。 墓前で、讃美歌「うるわしの白百合」と「神ともにいまして」とを皆で歌い、智麻呂氏のことを偲びました。(墓参・はびきの中央霊園) 墓参の後、集合写真の撮影。全8名です。 今年は、お仕事のご都合で、遠路、単身赴任中の原麻呂氏(かほりの郎女さんの夫君)はご欠席でした。(集合写真1 撮影者:今日郎女さん) 集合写真は今日郎女さんのスマホで、撮影。 撮影者は、今日郎女さんと藤麻呂氏が交代で。(集合写真2 撮影者:藤麻呂氏) 休憩所に引き返し、暫し休憩。 ヤカモチは、早速に展望デッキに設置された喫煙コーナーで電子タバコを一服でありました(笑)。(はびきの中央霊園・休憩所の展望デッキから) 展望デッキからは、遠くPLの塔が見えています。 墓参の後、昨年同様に、飛鳥川の畔の「仙の豆」に移動し、昼食会であります。 その移動の車中で、折角なので今日の歌でも1首作って置くかと作ったのが、次の歌。 手許の紙片にボールペンで走り書きして、恒郎女さんに手渡す。我らみな 君を偲びて 集ひける 光の春を ともにしせむと (光春家持)(「仙の豆」)<参考>故智麻呂没後三年の墓参 2025.2.25. 昨年同様に、恒郎女さんのおもてなしということで、美味しいお料理をいただくこととなりました。 始めに恒郎女さんのご挨拶があり、車中で作った今日のヤカモチの歌も披露せよとのことで、犬養節で朗唱させていただきました。 春は、まずその光によって春を感じ、次に気温が温かくなることによって、春を感じ、最後は花によって春を感じるというのが、順序というようなことをTVで言っていたような記憶があるので、まだ2月ということで、「光の春」としたのでありました。(追記注)上の説明は、ヤカモチの記憶違いで、光の春の次は、小鳥の囀りや雪解け水の音などで、春を感じるという「音の春」で、最後は気温の上昇で暖かさを感じ、花も咲くという「気温の春」というのが、正しいそうです。謹んで訂正させていただきます。(2026年2月25日) 昼食を終えて、帰途に。 帰途も藤麻呂氏の車で恒郎女邸まで送り届けていただきます。 午後3時過ぎ、恒郎女邸到着。帰途は渋滞もなくスイスイ。 今日郎女さんにお茶休憩してからお帰りなさいませと言われて、30分程度休憩してからおいとますることとしました。 恒郎女様、ご家族の皆様、今日はありがとうございました。 午後4時過ぎ、帰宅。<参考>過去の若草読書会関連記事はコチラ。
2026.02.22
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<参考>アメブロ版偐万葉田舎家持歌集目次偐万葉・龍の森篇(その7) 昨日に続き、今日も偐万葉シリーズ記事です。 第347弾、偐万葉・龍の森篇(その7)であります。 ブロ友・龍の森氏との交流の中で、同氏がお作りになった歌、これに追和してヤカモチが作った歌などを掲載します。 なお、偐万葉では、龍の森氏のことを万葉風に「龍森麻呂(りゅうのもりまろ)」と呼ばせていただいています。<参考>過去の偐万葉・龍の森篇はコチラ。 龍の森氏のブログはコチラ。 龍森麻呂が詠める歌17首並びに偐家持が詠める歌19首 龍森麻呂が贈り来れる歌1首並びに偐家持が返せる歌1首かにかくに 食ふに食へずの 銀輪は ファン付きベストで アチチにベスト (龍森麻呂)かにかくに 食はねばならぬと 銀輪を 出してファン付き ベストの買ひ出し (空調家持) (20250909空調作業服を着て) 龍森麻呂が贈り来れる歌1首及び偐家持が返せる歌1首けふ一日(ひとひ) 血圧体温 まあまあで 嗜好品食ひ 風呂で中締め (風呂森麻呂)体重も 少しは増えて じゃうじゃうと あれこれ試しつ ひと日過ぐしぬ (試家持) 龍麻呂の下2句に偐家持が付けたる上3句 それやこの 味覚異常も なにやせむ (偐家持) 食はねば減量 病ひ食ふたる (龍森麻呂) 龍森麻呂が贈り来れる歌1首及び偐家持が返せる歌1首好きなこと バナナ水素に マグロ銀輪 持続可能は 好きなもののこと (龍森麻呂)水素水(すいそすい) バナナもさほど 好(この)まねど 鮪(まぐろ)銀輪 あればよし我 (鮪(しび)家持) (20250928マグロ丼) 龍森麻呂が贈り来れる歌2首及び偐家持が返せる歌2首戦友に 見舞いのシャイン 食すすみ 学友再会 寝ては居られぬ (龍森麻呂)ゼリーまた シャインますます マスカット これ召せとてか 友あり来(きた)る (車員(シャイン)家持)疲れ眠けに 食欲不振 友に話せる 近況試練 (龍森麻呂) ※7777という歌体の変体調の歌。あれやこれ 語(かた)らふことの 尽きざるに 痩せたる皺(しわ)の 腹まで見せつ (痩腹(やせはら)家持) 龍森麻呂が贈り来れる歌2首及び偐家持が返せる歌3首銀輪の 庁舎展望 冬生駒 海老ランチのみ 苦くなかりし (龍森麻呂)苦しきは 苦味となれる もの多く 食事が苦行と なりしこの頃 (苦偐家持)味覚障害 超え去る展望 頑張らないけど あきらめない (龍森麻呂)※7777という歌体の変体調の歌。いづれ去る 味覚異常と 思へこそ 今の苦(にが)みも 堪へてあるかな (苦偐家持)今日もまた 味覚異常に 悩むわれ どちの声にし 励まされけり (苦偐家持) (20251030東大阪市庁舎22階展望台) 龍森麻呂が贈り来れる歌2首及び偐家持が追和せる歌2首銀輪で 抗がん無しの 荻の道 ランチ半分 気分上々 (龍森麻呂)抗癌剤 点滴注射 取り止めは 味覚異常に 負けたるしるし (偐家持)それ脈は 正ならず筋 トレ開始 こちら貰える 元気活力 (龍森麻呂)筋トレと 言へば何やら リハビリも 元気じるしの それと見えける (偐家持) 龍森麻呂が贈り来れる歌1首並びに偐家持が追和せる歌2首アジフライ 商談喫茶の 完食は 赤のベンチと サクラカエデ下(か) (龍森麻呂)アジフライ 味よく食べて 商談も 味よく進み 後味(あとあじ)もよし (鯵家持)食ってこそ 肉もつくなれ 音痴なる 味覚も元に 少し戻れば (不覚家持) 龍森麻呂が贈り来れる歌1首並びに偐家持が追和せる歌1首 いてふなら 吉兆狙ひか 黄色家(や)か 味覚戻れば 好物三昧 (龍森麻呂)いてふなら みづならこなら 山吹の よそへる泉 どこと知らなく (高市家持) 龍森麻呂が贈り来れる句に偐家持が付けたる脇句 乞ふ指南 古典知らずの 和歌至難 (龍森麻呂) 指南は至難 そのすべ知らず (難死家持) 龍森麻呂が贈り来れる歌2首並びに偐家持が返せる歌2首断食し 飯時投薬 水腹の 水で浄化か 胆嚢整地か (龍森麻呂)回復の 祈願のお百度 閲覧は 早く澄めよの 胆汁濾過祈願 (龍森麻呂)絶食も 胆嚢胆管 胆汁の 浄化のためなり などてや嘆かん (胆家持)胆汁の 濾過の祈願の お百度の 閲覧まことに 有難かりき (胆家持) 龍森麻呂氏が贈り来れる下二句に偐家持が付けたる上三句 初めての はるかにあるか このはるか (遥家持) はるかうまいよ 遥かに美味い (遥森麻呂) (20260210はるか) 龍森麻呂氏が贈り来れる歌2首に偐家持が追和して詠める歌2首病院食 食い気損ない 文句満ち 反抗抵抗 精力善用 (遥森麻呂)ヤカモチは 善人悪人 ふた面(おもて) 感謝不満の ごった煮料理 (病院食家持)抗生剤 リハビリ加え 浄化待ち 劇的改善 チューブ解放 (遥森麻呂)胆汁の 色もいささか よくなりて 明日の血液 検査待たるる (胆汁家持) 龍森麻呂氏が贈り来れる歌2首に偐家持が追和して詠める歌2首リハビリに ペダル漕ぎ待つ 退院の 夕食完食 デザート金柑 (龍森麻呂)退院の 日は定まれり リハビリも 今日(けふ)を限りと 思(も)へば惜しかり (偐家持)ただ並べし 語彙も回復 祈るため 親しき友人 気の利くメニュー (龍森麻呂)気の置けぬ 幼馴染(をさななじみ)の どちなれば それ差し入れも そつなくあれり (偐家持) (20260213ひろみの郎女さんからの差し入れ)
2026.02.19
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<参考>アメブロ版偐万葉田舎家持歌集目次偐万葉・どち篇(その15) 現万葉シリーズ記事第346弾、偐万葉・どち篇(その15)であります。1.健人会関係 健人会の新年会に寄せて詠める歌1首新(あらた)しき 年の初めの 初春(はつはる)の 近江にどちと 楽しき積まな (偐家持) (本歌)新(あらた)しき 年の初めの 初春(はつはる)の 今日(けふ)降る雪の いや重(し)け吉事(よごと) (大伴家持 万葉集巻20-4516) (20260128料亭新月・前菜) 2.岬麻呂氏関係 岬麻呂氏に贈りて詠める歌7首 岬麻呂氏の宮古島への旅に寄せて偐家持が詠める歌1首この海の この青もとめ 来しわれぞ 青なつかしみ ただただ眺む (偐岬持) (20251227池間の海・宮古ブルー) 岬麻呂氏の沖縄・八重岳の寒緋桜の旅に寄せて偐家持が詠める歌5首このほども 夫婦(めをと)旅なり 寒緋桜 咲くをしも見む いや毎年(としのは)に (緋桜岬持)本島(ほんたう)の 南の果ての 具志川(ぐしかは)の 城(ぐすく)の跡に かなし波の音(と) (具志川岬持) (20260206具志川城址)背子と来(こ)し 八重瀬(やへせ)の園は ほつほつと 寒(かん)の緋(ひ)桜(ざくら) 今しも咲ける (八重瀬岬夫人) (20260206八重瀬公園の寒緋桜)沖縄の 本部八重岳(もとぶやへだけ) わが来れば 寒(かん)の緋(ひ)桜(ざくら) 今盛りなり (緋桜岬持) (20260206八重岳の寒緋桜)花の香の 満ち来るなへに 洋蘭の バンダのトンネル くぐるは嬉し (洋蘭岬持夫人) (20260206洋蘭バンダのトンネル) 岬麻呂に答へて偐家持が詠める歌1首世の中に 病院食の なかりせば 入院生活 楽天なりき (楽天家持) 3.喜多麻呂関係 喜多麻呂に贈りて偐家持が詠める歌1首病床の 友より電話 ありたれば これはげましつ おのれ鼓舞しつ 4.オガクニマン氏関係 国麻呂に贈りて偐家持が詠める歌3首胆汁の 汚れとらむと 抗生剤 打ちてぞ打ちて はやも八日目 (八日目の蝉)胆汁の か黒きほどには なくあれど われもヘドロを やどしてあるか (聖ペドロ) (20260203胆汁ドレナージバッグ)ドロ沼の ごとになり行く この国の ヘド吐くごとの 選挙の結果 (家持吐く爵) 5.チヨ女関係 チヨ女が作れる歌7首ほか並びに偐家持が作れる歌7首ほか チヨ女が贈り来れる歌1首に偐家持が答へて詠める歌2首年重ね ふと蘇る 在りし日の パンドラの箱 開ける我かも (チヨ女)パンドラの 匣(はこ)はさて置き 我が近場 パンドラの丘と いふものもあり (匣家持)パンドラの 匣(はこ)の底にし 残れるは 希望にあるか 在りし日の歌 (太宰中也) チヨ女が追和せる歌1首パンドラの 丘に眠るは 幼子か 月命日に 君の行くらむ (丘上古日(をかのうへのふるひ)) チヨ女が贈り来れる歌2首並びに偐家持が返せる歌2首車窓から 君があたりを のぞみつつ 底冷えの朝 大和に向かふ (チヨ女)底冷えの 朝はもっぱら こたつむり 角も出さねば 槍も出さざる (蝸牛家持)風化する 震災の跡 哀しかり 見ゆる景色も 人の心も (チヨ女)移ろふは 世の常(つね)理(ことわり) 松人(まつひと)も 昔のそれに あらなくあれば (泡家持) チヨ女が贈り来れる句に偐家持が付けたる脇句 春待てり 人の世もまた 銀世界 (チヨ女) 生きとし生ける ものみな光れ (偐家持) または、 生きとし生ける ものみな歌へ (偐家持) チヨ女が贈り来れる歌1首に偐家持が追和して詠める歌1首午(うま)の年 病(やまひ)と共に 駆け抜けよ けん家持(やかもち)の 歌日記待つ (チヨ女)病(やまひ)えたる 千年(ちとせ)余れる 三百年(みももとせ) 過ぎての八年(やとせ)も 生きてもみるか (偐家持) (20260203退院の朝の生駒山) チヨ女が贈り来れる歌1首に偐家持が追和せる歌1首春立ちぬ 六甲颪も 和(やは)らぎて 銀輪で行く 川沿ひの道 (千代郎女)光立つ 春の日囲碁に 銀輪を 駆けむと思(も)へど またも入院 (碁家持) 千代郎女が贈り来れる歌1首に偐家持が追和せる歌1首病院は 居心地よしと うらやまし 白紙委任の 世の中寒し (千代郎女)病人は 居心地よしと 思はざり されど医者には 白紙委任われ (成行家持)<参考>偐万葉・どち篇の過去記事はコチラ。
2026.02.18
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<参考>アメブロ版偐万葉田舎家持歌集目次 2月16日午前10時16分、退院。 午前10時52分、帰宅。15日ぶりの我が家である。 夕飯後の薬を服用し忘れる。昼食後の薬も忘れていました。 長らく、薬は看護師さんが管理し、服用の都度病室に必要な分を届けてくれていたということもあった所為か。帰宅しての昼食後、夕食後の薬の服用をすっかり忘れてしまっていました。 そのことが原因かどうかは不明であるが、夜10時頃から頻尿に襲われる。 間断なく尿意を催し、トイレに駆け込むが、殆ど出ない、或いは出てもチョロチョロ程度。排泄時の尿道の、痛みとまでは行かぬが痒いような排泄不全のあの不快感が、その都度にあり、とても苦痛。 そんなことで、頻繁にベッドとトイレの往復で殆ど眠りがとれていない。 この記事を書きながらも、度々中断して、トイレに駆け込む始末。 午前7時10分、カップヌードルを作り、その10分の1程度をすすってから朝食後の薬を服用。 パンツを度々尿漏れで汚すので、その都度履き替えることを繰り返していたが、遂に諦め、介護用の紙オムツと言うのか紙パンツと言うのか、尿パッド付のそれを着用。 9時を過ぎた頃から幾分かは頻尿が収まりかけているので、気分も幾分かはよくなりました。 足は相変わらず浮腫でむくみ、冷え性の症状で、冷たくて不快。足の浮腫 だけは元気に はち切れむ ばかりに腫れて ほとほと痛く (浮腫家持)象の足 ほどにもあるか 浮腫の足 針刺しパンと 破いてみたく (浮腫家持)冷たくて 痛くて重き 浮腫の足 お前は誰(た)が足 朝ごとに問ふ (浮腫家持)着ぐるみの 足もかくしか おぼつかぬ 足どりむくみも まづはここから (浮腫家持) 歌など作っている場合ではないのだが、気がまぎれるという意味では、頻尿対策にもなると言えるかもしれない(笑)。 山上憶良の貧窮問答歌ならぬ「頻尿問答歌」でも作ってみるかなどと、自嘲的になったりも。(「寒さを見る」桃山日記2013年11月29日記事に掲載の画像の転載です。)風船の ごとき我が足 いかがせむ 撫でてさすれど 頻尿われは (頻尿家持)退院で 自由は得たるも 夜を徹し トイレ通ひか 頻尿われは (頻尿家持) 足の浮腫に悩む男と頻尿に苦しむ男との問答歌という設定になるが、これはかなりの難題となりそう。そこへ喫煙家持が割り込んで、やはり喫煙という悪習慣には勝てぬということで二人を煙に巻くというオチになるというもの。世の中を 憂しとやさしと 思へども モク止めかねつ 人にしあれば (喫煙家持)(本歌)世の中を 憂しとやさしと 思へども 飛び立ちかねつ 鳥にしあらねば (山上憶良 万葉集巻5-893) 長歌は、すぐには無理なので、反歌だけ取り敢えず作って置きました。 ということで・・・。 午前11時38分、電子煙草(IQOS ILUMAのTEREA・メンソール)がなくなったので、自宅近くのタバコ屋さんで1カートンまとめ買い。 12時30分頃、昼食後、昼寝。 午後2時47分、目が覚める。 ミカン1個を食べて、また眠る。 午後5時20分、目が覚める。<参考>入院・通院・闘病記はコチラ。 万葉関連の記事はコチラ。
2026.02.17
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<参考>アメブロ版偐万葉田舎家持歌集目次 2月14日午後3時32分、恒郎女さんに、退院が16日(月)午前中ということに決定した旨を、電話で報告申し上げました。 午後5時50分、夕食。主食:粥(梅干し、海苔の佃煮、ちりめん山椒で、完食)副食:鶏のコンソメ煮(醤油をかけて、完食) 温野菜(カレー風味、醤油をかけて、完食) かぶのサラダ(完食)デザート:チョコプリン(低カロリー、完食) 何故、チョコプリンかと思ったら、今日はバレンタインズ・デイなのでした。まあ、何にしても夕食は完食でした。 2月15日午前8時10分、朝食。主食:粥(鯛みそ、海苔の佃煮、野菜ふりかけなどをかけて、完食)副食:ハムチーズピカタ(醤油をかけて、完食) みそ汁(ジャガイモ、完食) 鯛みそ(粥に混ぜて、完食)デザート:バナナ(完食) サンキスト満足果実(マスカット風味ジュース、完食) 朝食は完食でした。 午前8時50分頃、喫煙所へ。 喫煙所へ行くためには、入院病棟7階から2階にエレベータで下り、入院病棟と一般病棟とを結ぶ2階渡り廊下から一般病棟に移り、エレベータまたは階段で1階に下り、一般病棟入口を出て、駐輪場の南隣にある喫煙所まで、という結構な距離を歩かなければならないのである。(喫煙所のパーテーションに映った木の影) 喫煙所で、電子タバコを一服して、病室に戻る。 日曜日とあって、病院は救急外来を除きお休み。喫煙所には人影もなく、ヤカモチ一人でありました。 さて、今日は、豊臣秀長の命日らしいが、わが師、智麻呂氏の命日でもあります。 2022年2月15日の朝に智麻呂氏は永眠された。もう、丸4年が経過したことになる。この22日には、今年も恒郎女様以下のご家族の皆様とご一緒に智麻呂氏のお墓参りをさせていただくことになっている。まる四年(よとせ) 早や過ぎたるか 師が逝きし 十五日(もち)の朝(あした)に 面影しのぶ (偐家持) 午前10時6分、野麻呂氏より電話あり、暫し近況を語り合う。 お互い、癌を患う身とあって、似たような状況にあるのだが、長らく直には会えていないので、彼とも、今年こそは「春花の咲ける盛りに逢はむとぞ思ふ」であります(笑)。<参考>野〇邸訪問・松のさ枝を結び願はな 2024.2.18. 12時10分、昼食。主食:粥(山椒ちりめん、海苔の佃煮で、完食)副食:白身魚のマヨ味噌焼き(醤油をかけて完食) 茄子の洋風煮(醤油をかけて完食) インゲンのポン酢和え(完食) 昼食も完食です。 午後2時30分、喫煙所にて電子タバコ一服。喫煙所 までの歩きも リハビリと 心得行くも 健康のため? (喫煙家持) 午後6時、夕食。主食:粥(梅干しで完食)副食:鶏肉、玉葱、ホウレンソウ、人参の炊き合わせ(醤油をかけて、完食) 里芋の煮物(醤油をかけて、完食) オクラのサラダ(完食) 朝、昼、夕、三食全て完食は、2月5日以来で、2度目の達成である。 午後9時45分、1階一般病棟の玄関で警備員さんに声掛けして、喫煙所へリハビリ歩行。健康にいいのか悪いのか、何とも言い兼ねるヤカモチさんの不条理な行動であるが、電子タバコを2本喫って、病室に戻る。 眠くなってきました。 2月16日午前5時37分、起床。 午前6時40分、喫煙所に出向き、電子タバコ一服。(今朝の生駒山) 午前8時15分、朝食。主食:粥(梅干しと芽株佃煮で完食) 絶食⇒重湯から始まり粥となりましたが、ご飯には至らず、結局、退院までずっと粥でありました。副食:ツナオムレツ(ソースをかけて、完食) みそ汁(なめこ、完食) 芽株佃煮(粥に混ぜて、完食)デザート:みかん(缶詰め、完食) サンキスト満足果実(りんご風味ジュース、完食) 入院最後の朝食も完食でした。<参考>2月9日朝:完食、昼:完食、夕:小鉢を食べ残し完食ならず。2月10日朝:完食、昼:小鉢一つ食べ残し完食ならず、夕:小鉢二つを食べ残し完食ならず。2月11日朝:完食、昼:小鉢一つ手を付けず、完食ならず、夕:小鉢は完食するも、主菜は鱈の臭みに負けて手を付けず、完食ならず。2月12日朝:完食、昼:抜き、検査のため絶食、夕:主菜の一部と小鉢一つを食べ残し、完食ならず。2月13日朝:完食、昼:主菜の一部を食べ残し完食ならず、夕:完食。2月14日朝:完食、昼:主菜の一部を食べ残し完食ならず、夕:完食。2月15日朝:完食、昼:完食、夕:完食2月16日朝:完食 午前10時、家内が病室に来訪。 1階で、会計を済ませ、それを証明する書類を7階のナースセンターに届け、診察券を返却して貰い、退院手続き完了です。 午前10時16分、退院。 入院日の2月2日から今日16日まで、ずっと髭を剃っていないので、髭が伸び放題。電気シェーバーは病室に届けて貰っていたが、敢えて剃らずに伸ばし放題といたしました(笑)。 偐家持は偐定家や筆蕪蕉を名乗ったりもしますが、入院2週間で、筆蕪蕉ならぬ髭不精と相成りました(笑)。 退院後、最初の消化器内科への通院日は2月26日(木)である。 その日は血液検査も予定されているが、その数値が劇的に改善していることを期待します。 午前10時30分、自転車置き場に出向き、荷物を全て積み込み、少し早いが、喫茶・ペリカンの家に立ち寄り、そこで家内と二人で昼食にするつもりでいたが、時間が早過ぎると言うので、ライフでお弁当を買って帰ることとする。 10時52分、帰宅。2週間ぶりの我が家である。<参考>入院・通院・闘病記はコチラ。 カテゴリ「友人ほか」の記事一覧はコチラ。 若草読書会関係の過去記事はコチラ。
2026.02.16
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<参考>アメブロ版偐万葉田舎家持歌集目次 2月13日夕食後に看護師さんが病室に持って来られたのは「2月14日朝 血液検査を行います」の札。 この血液検査の数値が16日退院の可否を決めることになる。(血液検査) 2月14日午前6時頃、看護師さんが病室に来られ、採血。 午前8時15分、朝食。主食:粥(梅干しと鯛みそで完食)副食:豆腐そぼろあん包み(完食) みそ汁(ホウレンソウ、完食) 鯛みそ(粥に混ぜて、完食)デザート:マンゴー(缶詰め、完食) サンキスト満足果実(マスカット風味ジュース、完食) 朝食は完食することが多いですが、今回も完食。 尤も、缶詰の果物はまことに不味い。それにサンキスト満足果実はどれも人工的と言うか、何やら薬品臭い匂いがしてヤカモチの好みではない。完食はしているが、満足している訳ではないのである。 午前9時12分、主治医先生が病室に来られ、血液検査結果から、原発性胆管炎となる疑いも拭い切れないが、それは何やらの数値と共に高くなる場合が一般的であり、その数値は高くはなっていないので、そういうことの兆候とは必ずしも言えないとのこと。 暫くは、通院によって様子をみることでフォローしたいということで、要は16日午前中退院がOKだという話である。 午前9時54分、入院病棟を脱走。喫茶ペリカンの家へ。 店の前の喫煙ベンチで電子煙草を一服。ホットコーヒーとオレンジのムースを注文。 そして、ほんわかかなさんのハーモニカコンサートのパンフレットを頂戴に上がる。元々は、今月2日に泌尿器科受診のアト、同喫茶店に立ち寄り、このパンフレットを受け取るつもりでいたところ、胆管炎の疑いありということで緊急入院となってしまい、立ち寄れぬまま今日まで来てしまったという次第。 残席がアト5席ということなので、その場で友人・オガクニマン氏に電話し、「ペリカンの家」貸し切りで3月30日15:00オープン、15:30開宴という段取りで開催される、このコンサートにご招待申し上げたい旨、お伝えしたところ、即決で、OKのお返事をいただけた。(ほんわかかな・ハーモニカコンサート)<参考>前回のほんわかかなさんのハーモニカコンサートの記事は下記。 ハーモニカコンサート 2022.11.1. ハーモニカ・コンサート 2022.9.15. そして、帰りがけに頂戴したのは、店主・ももの郎女さんがお気に入りだというりんごジュース。(青森・青研の葉とらず・りんご100ジュース) ももの郎女さん、お気遣いいただき、ありがとうございます。病棟を 脱走したるも 楽しかり 電子タバコも りんごジュースも (脱走家持)銀輪を つらね走りし 日々やいつ 恋しなつかし 奈良また明日香 (銀輪家持) 今は昔のことなれど、ヤカモチが元気だった頃は、ペリカンの家主催のサイクリングで万葉関連の故地をヤカモチが案内したものであったが、そういう元気さを取り戻すことが出来たらいいのですが・・。<参考>ペリカンの家サイクリングは下記の通り。 ペリカンの家サイクリング 2018.8.27. ペリカンの家・明日香本番 2018.9.16. 第2回ペリカンの家サイクリング下見 2019.8.25. 第2回ペリカンの家サイクリング(本番) 2019.10.14. 12時、昼食。主食:粥(梅干しで完食)副食:魚の煮付け(魚は半分食べ残す。椎茸は食べたが、人参と小松菜は半分を食べ残す。) 里芋の煮物(小鉢、醤油をかけて完食) 白菜のおかか和え(小鉢、完食) 煮魚は苦手中の苦手なヤカモチ。半分だけでも食えたのはヤカモチ的には敢闘賞ものでありますが、完食は「ならず」でありました。 12時57分、家内が面会に来訪。 16日の退院に備えて、不要の荷物の一部を受け取りに来て貰いました。 今回、ヤカモチも自転車で来院している関係で、自転車で帰宅ということになる。従って、家内の自転車で運べる分とヤカモチのザックに詰め込んで運べる荷物量が、退院日の持ち帰り荷物量の限度ということになるところ、目下の残存荷物量は、その限度内に収まっているかと思われる。 荷物の半分を持って、家内を自転車置き場まで見送ったアト、喫煙所で電子タバコを一服して、病室に帰って来ると、主治医の先生が「奥様に連絡を取ろうとしたが繋がらなくて・・。」という話。「どういうご用件ですか?」とお尋ねすると、ヤカモチに説明したのと同じ内容のことを「奥様にも説明しよう」と思ってということであったので、「それは私の方から説明して置きます。」と申し上げて置きました。 午後2時50分頃、リハビリ担当のK-T氏が病室に。 今日が最後となるK-T氏によるリハビリ。 6階にあるリハビリ室に移動して、自転車漕ぎを15分間行いました。 15分間で、走行距離にして6km。ということは平均時速24kmで走ったことになる。<参考>入院・通院・闘病記はコチラ。 カテゴリ「友人ほか」の記事一覧はコチラ。
2026.02.14
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<参考>アメブロ版偐万葉田舎家持歌集目次(2月13日朝6:24の生駒山遠望) 2月13日午前8時2分、朝食。主食:粥(梅干しといりこみそで完食)副食:彩りたまご(醤油といりこみそをかけて、完食) オクラとヒジキのおかか(完食) いりこみそ(彩りたまご、粥にかけて、完食)デザート:バナナ(完食) はい、朝食は完食でした。 朝食後、自転車置き場に行き様子を見て来たが、異常なし。 午前9時50分頃、主治医先生が病室に来られ、明日14日、土曜日の状況を見て退院かどうかを決めるとのこと。従って、早ければ2月16日(月)の退院ということになります。 12時11分、昼食。主食:粥(海苔の佃煮で、完食)副食:煮魚(鱈、人参、青菜、醤油をつけて鱈を半分だけ食べてギブアップ) 大根の煮付(小鉢、サヤエンドウ、麩、完食) もずくと胡瓜の酢の物和え(小鉢、完食) 野菜のふりかけ(気付かず、食べ残し) 昼食は、主菜の一部食べ残しで、完食ならず。 梅干しが朝食で食べ切ってしまい、売店で補充購入していなかったので、海苔の佃煮「ごはんですよ」でナントカ完食しましたが、やはり梅干しが一番です。 午後1時13分、ひろみの郎女さん(楽天ブログのハンドル名は「ひろみちゃん8021さん」)が来訪。 2階放射線科の前まで出向き、そこで暫く歓談。 色んな差し入れを頂戴しました。(ひろみの郎女さんからの差し入れ) ひろみの郎女さんは、まだ当分は入院が続くものと思っていらしたようで、入院生活に役立つだろうと色々な品物を差し入れてくださいました。 塩昆布、キンカンの甘煮、焼きのり、のど飴、梅干し、アーモンド小魚であります。梅干しは売店で買わなくてはと思っていたところなので、タイムリーな差し入れです。のど飴もなくなったところなので助かります。 最短の16日午前中の退院としても、今日13日の夕食、14日・15日の朝昼夕食、16日の朝食と、少なくとも8回は、粥を食べる機会がありますから、梅干しや塩昆布は重宝しそうです(笑)。ありがとう。 午後4時30分、リハビリ終了。 リハビリ担当のK-T氏が来られて、今日は6階のリハビリ室へ出向く。 自転車漕ぎの装置は西側窓に向かって設置されているので、恩智川沿いの上水道施設屋上のテニスコートが一望できる。 そこで、15分間の自転車漕ぎに挑戦。 最初ということで、一番負荷の小さいペダル1のレベルで漕ぎ始めましたが、少し物足りない感じであったので、終わりかけになってペダル2に負荷を上げて漕ぐことにしました。 退院が16日月曜日午前中となれば、リハビリも明日で終了となるのだが、明日はペダル2で最初から漕いでみようとのK-T氏談でありました。 午後6時、夕食。主食:粥(梅干しと山椒ちりめんで完食)副食:鶏肉の野菜あんかけ(カボチャ、キャベツ、人参など、味が薄すぎたので、梅干しの助けを借りて完食) 何やらの菜っ葉のピーナッツ和え(小鉢、完食) カリフラワーの煮たもの(小鉢、醤油をかけて完食) ひろみの郎女さんから頂戴した梅干しと山椒ちりめんが早速に大活躍でした。その助けを借りて夕食は見事に完食でありました。 デザート代わりに、これもひろみの郎女さんから頂戴したキンカンを一ついただきました(笑)。<参考>入院・通院・闘病記はコチラ。 カテゴリ「友人ほか」の記事一覧はコチラ。
2026.02.13
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2月11日午前8時5分、朝食。主食:粥(梅干し2個で完食)副食:豆乳五菜蒸し(醤油をかけて完食) みそ汁(白菜、完食) バナナ(完食) サンキスト満足果実(マスカット風味のジュース、完食) いりこみそ(粥にまぜて、完食) 全部食べ切りました。完食です。 朝食で梅干しを食べ切ったので、1階売店に出掛け、南高梅の梅干しを追加で購入です。 12時11分、昼食。主食:粥(梅干しで、完食)副食:鶏肉の生姜焼き(醤油をかけて完食) インゲンのくるみ和え(小鉢、完食) 冬瓜のかにあんかけ(小鉢、手をつけず) 冬瓜のかにあんかけの小鉢は手を付けずにパスでしたから、昼食は完食ならずでありました。 17時45分、夕食。主食:粥(梅干しで、完食)副食:鍋照り(鱈、手を付けず、全部食べ残し) 大豆とひじきの煮物もの(小鉢、完食) 京菜の煮浸し(小鉢、醤油をかけて、完食) 夕食前に、チョコを食べたり、飴を舐めたりした所為か、食欲がなかったので、元々が嫌いな魚料理であるから、その匂いを嗅ぐのも嫌で、手を付けずパス。 小鉢は完食するも、主菜は手を付けず全部を食べ残したので、自己採点は50点、不合格であります。 さて、胆汁の様子ですが、ドレナージバッグに送るパイプ、ドレーンチューブの透明部分のを通過する胆汁の色具合は、気の所為か、かなり透明感が増し、色が薄くなっている感じです。 これで、血液検査の数値に大きな改善が認められたら、この鬱陶しいドレーンチューブの取り外しも可能となり、退院の日も近くなるのだろうが、今日は、祝日で医局もお休みであるから、明日(12日)以降の主治医先生の判断待ちであります。 そんなことを思っていたら、午後7時、看護師さんが「明日採血です。」と仰って、「2月12日朝血液検査を行います。」と記された札を持って来られ、点滴スタンドに掲示して行かれました。(血液検査) 2月12日午前5時30分、看護師さんが病室に来られ、採血。 この血液の検査数値の次第が退院の時期をいつと決める目安になりそうです。さてもさて この血のあたひ 如何ならむ 検査待たるる 心地こそすれ (入院家持)胆汁澄み 血液検査の 次第には わが待つ退院 近づくらしも (入院家持)退院を 急ぐ理由(わけ)あり 如月は いや毎年(としのは)の 墓参(ぼさん)のありき (墓参家持) そうなんです。この2月22日は、わが師・故智麻呂氏の毎年恒例の墓参が予定されていて、ヤカモチも夫人の恒郎女さんから「今年もご一緒に」とお招きを受けているのである。 2月21日までに退院が叶わなければ欠席せざるを得ないこととなるため、とても気がかりなのである。 午前8時17分、朝食。主食:粥(梅干しと海苔の佃煮で完食)副食:コンビネーションオムレツ(海苔の佃煮をつけたりして完食) みそ汁(小松菜、完食) 海苔の佃煮(オムレツに付けたり、粥に混ぜたりして完食)デザート:マンゴー(缶詰め、完食) サンキスト満足果実(りんご風味ジュース、完食) 要するに、朝食は完食。全て食べ切りました。 午前9時30分頃、便通あり。 白っぽい便でありました。 尿や便の色が黄色くなるのは胆汁の色によるものであることを実感した次第。胆汁の 色にしあるか 便の色 胆汁遮断の 便の白さよ (白便家持) 何やら検査があると言うので、昼食は抜きとなりました。 午後1時、家内が面会に来訪。ミカンやバナナの差し入れ、パジャマや下着の使用済み分の持ち帰りとその交換分の補充持ち込みが面会の目的。 午後1時25分、家内帰途へ。 さて、検査であるが、なかなかお呼びがかからない。 午後3時43分、リハビリ担当のK-T氏が来られた。 廊下2周ウオーク、次にデイルームで、スクワット10回を3セット、左片足立ち2分、右片足立ち2分、つま先立ち20回を3セット、最後に廊下2周ウオークというリハビリを済ませて部屋に戻る。ちょっと息が弾んでいる。 午後4時47分、検査のお呼びがまだない。どんな検査か知らないけれど、本当にやるのだろうか。アト1時間もしないうちに、夕食の時間帯になってしまうよ。 午後5時16分、検査室へ。レントゲン撮影、ドレーンチューブから造影剤を注入しての撮影。 主治医先生によると、血液検査の数値は依然として高い値であるが、抗生剤投与をこのまま継続してもこれ以上の改善は期待できないと見込まれるので、ドレーンチューブを引き抜き、抗生剤の点滴もひとまず停止することとし、それで、容体が悪化しないかなどの経過観察をした上で、土曜日・14日又は16日・月曜日辺りの退院を考えているかのような話。 急転直下の話であるが、早い時期の退院という話はヤカモチ大歓迎であります(笑)。 午後6時、夕食。主食:粥(梅干しと海苔佃煮で完食)副食:肉豆腐(椎茸、人参、玉葱、鶏肉、豆腐、一部残すがほぼ完食) 中華風ソテー(小鉢、手を付けず) すのもの(小鉢、胡瓜とワカメ、完食) 減塩海苔の佃煮(粥に混ぜて完食) 夕食は、小鉢一つと主菜の一部を食べ残したので、完食に届かず。 午後9時40分、看護師さんが来られ、抗生剤の点滴を行うという。 主治医先生は抗生剤の点滴を止めると仰っていたので、そのことを話すと、それは聞いていないとのこと。停止は明日からで、今夜まではこれを行うということであるのか。まあ、看護師さんに言っても仕方のないことなので、仰せに従い、点滴を受けることにした。<参考>入院・通院・闘病記はコチラ。
2026.02.12
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<参考>アメブロ版偐万葉田舎家持歌集目次 飢餓にあるも これは食へぬと われ思ふ 病院めしの 気味の悪さよ (入院家持)そのままで 食へぬものをば 出す人の 心問はばや 病院のめし (入院家持) 前ページ記事では、病院食の味の不味さにかこつけての不平不満を述べて、こんな不味いものを提供している人の気持ちを知りたいものと思ったものだが、それを歌にすると上のような歌になるか。 しかし、2月10日の朝食はそれほど酷くはなかった。 完食です(笑)。主食:粥(梅干しと海苔の佃煮で完食)副食:鶏のつくね(醤油をかけて)、みそ汁(玉葱)、鯛みそデザート:モモ(缶詰め)、サンキスト満足果実(マスカット) 朝食後に食べたのは、はるか。 ひろみの郎女さんから頂いた柑橘類の中の一つです。(はるか) 初めて食べるミカン、「はるか」ですが、酸っぱさが殆ど無く、優しい味でありました。しかし、酸っぱいのが好きという人には物足りない味かもしれない。レモン色は 酸っぱきものと 思ひきに はるかは酸味 なくてやさしも (三位家持) 12時11分、昼食。主食:粥(梅干しと海苔の佃煮で完食)副食:豚と白菜の卵とじ(醤油で味を濃くして完食) 里芋、シメジ、人参の炊き合わせ(小鉢・同上) 玉葱のサラダ(小鉢・手をつけず) 昼食は、玉葱のサラダは食べ残したものの、他は完食でした。 昼食後、めぐの郎女さんに頂いたチョコを2個食べました。 オリンピック中継(スキージャンプ)をTVで見つつ、ウトウトしかけているところに、リハビリ担当のK-T氏が来られる。 廊下2周のウオークを前後で行い、その間にデイルームで、スクワット、足前後一直線揃え立ち、片足立ちを行うというリハビリ運動を指導いただきました。 デイルームに入った時に抗生剤の点滴が丁度終わった頃であったので、看護師さんもデイルームの方に来られ、そこで点滴を外してもらいました。 抗生剤の点滴は、午前6時、午後2時、午後10時の1日3回、8時間置きに投与を行っている。これによって血液検査の数値や胆汁の浄化が劇的に改善すれば、今取り付けられているドレーンチューブを取り外すことも可能になるのだろうが、現状はそこまでは行かず、数値は高値を維持したままの横ばい、胆汁の浄化もそこそこということで、ドレーンチューブを取り外す時期をいつとは決めかねていると言うか、見通せないという状況であります。 デイルームは患者と面会人の面会場所としても利用されているようだが、自販機が設置されていて飲み物などを買い求めることができる。 KIRIN LOVES SPORTSというスポーツドリンクを1本購入。 午後5時53分、夕食。主食:粥(梅干しで完食)副食:魚の中華あん(苦手な魚であったが、醤油をかけて、完食) もちもちポテトのトマトソース(小鉢、ひと口のみ殆ど食べ残す) オクラの和え物(小鉢、手をつけず)デザート:ヨーグルト(イチゴ、完食) 小鉢以外は完食なので、一応合格点とします。 ところで、面会のルールが一部変更になったようです。 今日、2月10日に届いた文書によると以下のようです。<参考>変更後の面会ルール面会は予約制です。面会方法:面会届けにご記入のうえナースセンターへ申請してください。面会許可証:入院病棟2階エレベータ前にて警備員より受け取ってください。面会時間:13:00~17:00 20分以内(2回/週)。面会場所:病棟の案内に従ってください。面会は5名まで。原則、小学3年生以下のお子様及び発熱・嘔吐・下痢・風邪症状等のある方はお断りいたします。マスク・面会許可証を着用されていない方の入館をお断りいたします。飲食は禁止しております。ご不明な点はスタッフにお声かけください。※上記では面会人と患者との続柄についての言及がないから、家族に限らず、友人、知人もOKということであるようだ。<参考>入院・通院・闘病記はコチラ。
2026.02.10
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2月9日午前5時38分、採血。 看護師さんが病室に来られ、目が覚めて、採血。 2月8日の夕食を以って「完食」は中断しましたが、本日の朝食はまたも完食でありました。 朝食の内容は次の通りです。主食:全粥、副食:五彩バーグ、みそ汁(なめこ)、芽株佃煮、デザート:蜜柑(缶詰め) 比較的食べやすい内容の所為もありましたが、味の薄い五彩バーグには芽株佃煮をかけたり、醤油をつけたりして食べました。粥は梅干しの助けも借りての完食です。 この日の朝食で梅干しは食べ尽くしました。 売店でまた買い出しであります。 午前9時50分、1階売店で南高梅の梅干しを購入。ついでに、バニラヨーグルト、よもぎ大福各1個を買って食べました。 凡鬼さんからお見舞いのお電話があり、目下の状況などを暫しお話いたしました。 リハビリ担当の理学療法士、K-Tさんが病室に来られ、最初に廊下2周のウオーク、次にデイルームでのスクワット、片足立ち、つま先立ち等のリハビリ運動を行い、最後にまた廊下2周のウオークというリハビリを実施。 リハビリを終えて部屋に戻ると、めぐの郎女さんからのプレゼントであるチョコと本が届けられていました。この本の件は、めぐの郎女さんのお母上である恒郎女さんからお聞きしていたので、すぐにめぐの郎女さんがお届け下さったのだなと思い至りました。 病院は、相変わらず面会制限をしていて、家族以外の者との面会を禁止するほか、家族についても事前予約制、面会時間15分などという制限を設けている。従って、友人・知人などとの面会はNG。今回のプレゼントも警備員さんか病院スタッフ経由で、ナースステーションに届けられ、そこの看護師さんが病室にお届け下さったのだろうと思う。 早速にめぐの郎女さんや恒郎女さんには、お電話でお礼申し上げることとしました。(チョコレート&飛鳥・藤原まるごと博物館検定公式テキストブック) 12時14分、昼食(野菜カレースープ、大根のあんかけ@、ブロッコリーのツナ和え)は完食。 醤油で味を調節したり、梅干しや海苔の佃煮「ごはんですよ」などのたすけを借りつつの完食でありました。 午後5時55分、夕食。主食:粥(梅干しで完食)副食:幕の内風(醤油で味付けして、不味いけどなんとか完食) ホウレンソウのコンソメ煮(小鉢、ひとくちだけ) 赤玉葱のサラダ(小鉢、ひとくちだけ) 夕食は、小鉢の方はひとくち味見した程度で食べる気にならず、パスしたので、完食には届かずでしたが、幕の内風の苦手な煮魚も含め、醤油で少し味を濃くしてからではあるが、完食したので、自己採点では「合格点」であります。それにしても、どうしてこんなにも不味いものを提供するのだろうか。昨年夏の抗がん剤治療(ドセタキセル点滴投与)によって味覚異常になった時のことを思い出す。 これが苦しくて抗がん剤治療を取り止め、ホルモン療法だけにすることにしたのであるが、これでは味覚異常でもない入院患者に味覚異常の苦しみを与えているだけに過ぎないのではないだろうか。 これを調理し提供している人達は、これを味見したり、実際に食べてみたりしているのだろうか。 さて、本と言えば、古くからの友人、西麻呂氏が自身の田圃で収穫、精米した新米を毎年送って来て下さるのだが、昨年のそれには、一冊の本が同封されていました。古い本だが古代史や万葉に興味があるヤカモチなら関心を示すのではないかと、同氏が病床のなぐさに読めと貸して下さったもののようです。(宮脇俊三「古代史紀行」講談社) ほぼ読み終わりかかっているのだが、今回、急な入院となったので途中まで読み、読了しないままになっていることを思い出しました。 こちらは頂戴したのではなくお借りしたものと認識しているので、読了次第、お返ししなければならないと思っている。<参考>入院・通院・闘病記はコチラ。 カテゴリ「友人ほか」の記事一覧はコチラ。
2026.02.09
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<参考>アメブロ版偐万葉田舎家持歌集目次 今日は2月8日。入院7日目です。 2月4日血液検査、2月5日CT検査、2月6日血液検査・MRI検査・レントゲン撮影、2月7日腹部エコー検査。 血液検査では、ALPやγGPTは幾分は下がっているものの、依然として高い数値を維持していて横這い状態とのこと。 ただ、ヘドロ状態であった当初の胆汁に比較すると、少し澄んで来たというか改善がみられるような感じです。もう少し、抗生剤投与を継続し、胆汁の出る量(これは当初に比べるとかなり量が少なくなっているから、ヘドロ状態の胆汁が何らかの原因で溜まり過ぎとなり、それが胆管炎、場合によっては胆嚢炎を引き起こしているということも考えられるところ、量が少なくなってきたということは、古い胆汁がかなり出てしまい、段々に新しい胆汁、ヘドロでない胆汁に入れ替わりつつあるということかもしれない。であるなら、今の治療だけで治癒緩解ということも考えられる。)や色などを観察し血液検査による数値などもにらみつつ、当分は現在の治療を継続するとのこと。(病室のロッカー) エコー検査では宿便を指摘される。7日の朝早くに、固い便をかなり頑張って排泄したのであるが、排泄し足りなかったようです。 で、7日午後3時か4時頃浣腸をして貰い、強制排泄。これで宿便はかなり改善したかと思うが、元々がどちらかというと便秘体質のヤカモチであるから、スッキリとはなかなか参らぬようです。 また、7日午後6時6分、入院以来胸にずっと取り付けていた心電図モニターが取り外されました。かくてコードや管の数も減って少しずつ前進であります。 アトは胆管出口から十二指腸、胃、食道、喉、鼻孔を貫いている青い管、胆汁を胆汁ドレナージバッグに収集し、体外に排出している、この青い管、ドレーンチューブまたは単にドレーンと言うそうだが、これが取れるようになったら、退院も近いのだろう。しかし、今はそれがいつかを云々する時に非ずであります。 健人会の正〇氏からは胆汁のドロドロ改善には2週間位かかるのではないかとの伝聞も寄せられて居りますが、一応参考意見と聞き置くにとどめます。(注)ドレナージ(排液)とは、血液・膿・滲出液・消化液などの感染原因の除去や減圧目的で患者の体外に誘導、排泄することである。ドレナージのために挿入する管をドレーンチューブ(ドレーン)という。 なお、リハビリの件であるが、次回は7日ということになっていたが、K・T氏が正午近くに我が病室に来られ、自身が他用で手一杯となったので、Mという別の理学療法士が代わりに担当させていただくとのこと。 午後何時頃であったか、そのM氏が来られ、廊下を最初に2周速足で歩き、デイルームで肩甲骨を伸ばす運動をし、自転車が趣味だというヤカモチということで、足踏み式のペダルだけの器具をご用意いただいて、それを漕いだり、つま先立ちをしたり、壁に背もたれして姿勢を真っすぐに保つことをしたりして、最後に再び廊下を2周して病室に戻るというリハビリを指導いただきました。 足のむくみ・浮腫がかなり酷くなっていて、自身でマッサージをするも、殆ど効果なしである。また、足の指先・手の指先の痺れも依然、改善しないままである。靴下を 五枚履きたる ごとむくみ フランスパンが 二個もあるかと (浮腫家持) むくみたる フランスパンの 足でわれ 今日リハビリに 立ち向かひたる (浮腫家持) 病院食は、味が薄過ぎたり、変な味付けがしてあったりと、不味いものというのが相場であるが、今日までのところ、出された食事は全て完食している。美味しい訳ではない。我慢して食べているのである。 これは、昨年7~8月の入院の時に比べれば雲泥の相違。模範的な患者である。食事は朝昼夕まだ粥であるが、ヤカモチ的には、朝はパン食がいいかもと思ったり。 薄味対策として、昨日7日、1階の売店に行き、南高梅の梅干しと江戸むらさきの海苔の佃煮「ごはんですよ」を買って来て、7日の夕飯からそれを試してみた。いい感じである(笑)。(紀州南高梅の梅干しと海苔の佃煮「ごはんですよ」)梅干しと ごはんですよの 江戸むらさき あれば病院 食も怖くなし (偐紫田舎家持) 昨夜(7日)は風の音がヒューヒューと鳴り、時にはゴオーッと獣の咆哮のような不気味な音を立てていました。さ夜更けて 嵐かも疾き 生駒嶺に 向かひて風は 吼え立てている (風家持)ヒューヒューと 風病棟を 吹き渡り 腹部の痛み 少し増したり (風家持) 雲が垂れこめて、今朝も時折、風が唸りを上げている。 2日に緊急入院した際は、マイCBでの通院であったから、自転車は駐輪場に放置したまま。強風で倒れていたりしているかもしれないが、外に出られないので、どうしようもない。(病院とライフ新石切店) 2月8日の朝食、完食です。 午前9時55分、家内に蜜柑の差し入れをして貰う。 ひろみの郎女さんから頂戴した柑橘類が沢山あるので、それを運んで貰った次第。早速、蜜柑2個を食べる。 ついでに、髭剃り、ローション、乳液、醤油とソースなども差し入れて貰いました。醤油やソースは味の薄い病院食に喝を入れるためのものであるが、効果があるのかどうかは不明。何しろ急な入院であったので、色んなものが不足。気が付いた都度、泥縄式で差し入れして貰っている。 ところで、今日は衆議院選挙の投票日であるが、投票には行けない。 2月6日に当病院の入院患者は当病院内で投票を行えることになっていたようだが、エレベーター内に貼られたその案内文を見ると、1月30日までに申し込みをした者に限ると書かれている。 ヤカモチがエレベーター内に貼られた案内文を目にしたのは7日のことであったから、すでに投票は終了してしまっていたのでした。 しかし、事前にそれを目にしていたとしても、ヤカモチが入院したのは2月2日のことであったから、1月30日までに申し込むことは不可能。どの道この制度は利用できなかった訳である。 2月8日の昼食も完食。 しかし、殆ど味がしない位の恐怖の薄味である。 これを全部食べ切るヤカモチも驚異的、奇跡的と言うべきであるが、意地と根性で食っているに過ぎない。でも、限界は近い(笑)。<参考>2月2日昼:食えずに経過す、夕:絶食2月3日朝:絶食、昼:絶食、夕:絶食2月4日朝:絶食、昼:完食、夕:完食2月5日朝:完食、昼:完食、夕:完食2月6日朝:絶食、昼:完食、夕:完食2月7日朝:絶食、昼:完食、夕:完食2月8日朝:完食、昼:完食、夕:殆ど食べ残す 遂に、完食を断念。粥だけは売店で買った梅干しで全部食べ切るも副菜は殆ど手をつけず。 明日9日は血液検査が行われるので、早朝に採血である。<参考>入院・通院・闘病記はコチラ。
2026.02.08
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<参考>アメブロ版偐万葉田舎家持歌集目次第31回和郎女作品展 久々の和郎女作品展であります。 前回の作品展開催が2024年7月9日でありましたので、実に1年7ヶ月ぶりの開催となる第31回和郎女作品展であります。 1月25日の若草読書会新年会にお持ちいただいた作品を撮影させていただきました。(午の押絵・角型) 先ずは午年ということで、馬の押絵です。(午の押絵・丸型) 次は、三連の馬。バラして一つずつ飾ることも可能です。 二連、三連、四連と任意の数をつなぐことも可能。 競馬をする人なら、三連と来ると3連単などという馬券の買い方に連想が行くのであろうが、馬券を買ったこともないヤカモチであるから、連勝複式だの色々あるもイマイチよくは存じ上げない。先行し 逃げ切りもよし 追い上げて 逆転もよし 馬券当たれば (馬券家持)(三連の馬) 次は、柱などに吊り下げて飾るように作られた十二支全部のタペストリーです。撮影上の便宜並びに記事掲載上の便宜から、半分に折りたたんで撮影して居ります。 (全十二支のタペストリー) 次は、可愛いカップルです。 妹背を契る年齢にはほど遠いですが、結婚式でよく歌われる讃美歌である、「♪妹背を契る家のうち、我が主もともにいたまいて~♪」という歌詞とメロディーが先ず思い浮かんだので、「妹背を契る」というキャプションを付けたという次第。(妹背を契る♪) そして、宝船。さてもさて いづくの家にも よきことを 積めと出でます これ宝船 (宝家持)(宝船) 最後は、エコバッグです。よきことを 詰めて帰れと 郎女が 作りませるは このエコバッグ (エコ家持)(エコバッグ1)(同上2) 以上、和郎女作品展でありました。<参考>和郎女作品展の記事一覧はコチラ。 フォト蔵アルバム「和郎女作品集」はコチラ。
2026.02.07
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<参考>アメブロ版偐万葉田舎家持歌集目次 岬麻呂氏の旅は、毎年、沖縄の寒緋桜を求めての夫婦旅で始まる。このほども 夫婦(めをと)旅なり 寒緋桜 咲くをしも見む いや毎年(としのは)に (緋桜岬持)<参考>カンヒザクラ・Wikipedia〇旅・岬巡り報告351・沖縄・八重岳の寒緋桜(↓) 〇添付写真1(↓) 〇添付写真2(↓) 〇添付写真3(↓) 〇添付写真4(↓) 〇添付写真5(↓) 日本で一番早いお花見が目的だというご夫婦旅。 では、わたくしどももそのお花見にお供仕りましょう。1月27日関西空港(早朝便)→那覇空港(レンタカー)→具志川城址→喜屋武埼灯台→八重瀬公園→知念岬公園→ニライカナイ橋→勝連城址→海中道路→嘉手納基地北側経由→残波岬→グランドメルキュール沖縄残波岬リゾート(3連泊) 早朝便で那覇空港に到着、先ずレンタカーを借りて、沖縄本島最南端の城、具志川城址に向かいます。(具志川城址)本島(ほんたう)の 南の果ての 具志川(ぐしかは)の 城(ぐすく)の跡に かなし波の音(と) (具志川岬持) 喜屋武埼灯台を経て八重瀬公園へ。(八重瀬公園の寒緋桜) 八重瀬公園の寒緋桜はまだ咲き始めたばかり。背子と来(こ)し 八重瀬(やへせ)の園は ほつほつと 寒(かん)の緋(ひ)桜(ざくら) 今しも咲ける (八重瀬岬夫人) 3連泊のホテル、グランドメルキュール沖縄残波岬リゾートは、日本人の団体客が多く、レストランが大混雑であったとのこと。 近頃は外国人観光客がやたら目に付くが、日本人の団体客でレストランがいっぱいなどというのは、何かいいですね(笑)。 1月28日沖縄自動車道・石川IC(大渋滞)→本部半島八重岳頂上→美ら海水族館・熱帯ドリームセンター(洋蘭バンダ)→今帰仁城址→古宇利大橋→島一周→名護城址→日が暮れてのホテル帰着 この日は本部半島の八重岳頂上を目指します。 沖縄自動車道・石川ICから入るが大渋滞。国道58号を北上した方が早かったが、後の祭り。(八重岳の寒緋桜1) 八重岳頂上は満開の寒緋桜。今回の旅の目的は達成です(笑)。 寒緋桜は、ソメイヨシノなどとは反対の咲き方、即ち、南から北へではなく、北から南へと順に咲く。また、標高の高いところから低いところに向かって順番に咲く。沖縄の 本部八重岳(もとぶやへだけ) わが来れば 寒(かん)の緋(ひ)桜(ざくら) 今盛りなり (緋桜岬持)(同上2) 寒緋桜咲くを見む、という目的は達成。 美ら海水族館・熱帯ドリームセンターに向かいます。 1月30日まで、洋蘭博覧会が開催されていて、洋蘭バンダを見るのも、もう一つの旅の目的であったそうですから、これは行かなくてはなりません。(国営沖縄記念公園・熱帯ドリームセンター 洋蘭バンダのトンネル)花の香の 満ち来るなへに 洋蘭の バンダのトンネル くぐるは嬉し (洋蘭岬持夫人)(同上・洋蘭切り花のトンネル)(同上・チューリップ) 二つ目の目的も達成。ミッション・コンプリート。 今帰仁城址の寒緋桜は開花直後。標準木、基準木が5~6輪開花すると開花宣言をするらしいから、開花直後というのは、そのような状況を指しているのでもあるか。 古宇利大橋を渡って、古宇利島を一周。次に、名護城址へと向かう。<参考>古宇利大橋の観光情報 名護城址は、三分咲きといったところ。(名護城址の寒緋桜)1月29日国道58号経由→国頭村・オクマビーチ→辺戸岬→東村つつじエコパーク→早めのホテル帰還 前日の高速道の大渋滞に懲りて、この日は国道58号を北上。 国頭村のオクマビーチ、辺戸岬、東村つつじエコパークなどを巡り、早めにホテルに戻ることとしました。(オクマビーチ)(辺戸岬) 東村つつじエコパークはネット情報では桜の情報もあったので訪ねてみましたが、現地ではこれといったものは見当たらず、でありました。1月30日ホテル→那覇空港→関西空港 帰りの便は午後便であったので、ホテルから那覇空港へ直行することとするが、国道58号が大渋滞。用心のため、嘉手納から沖縄南ICに迂回して空港へ。結果的に早く着き過ぎて、出発まで3時間待ちとなったが、遅れるよりはいい(笑)。 今回の走行距離は全544kmでありました。 今年も岬麻呂旅便り記事、しっかり更新いたしますので、ご愛顧のほどよろしくお願い申し上げます。<参考> 過去の岬麻呂旅便り記事はコチラ。 フォト蔵アルバム・岬麻呂写真集はコチラ。
2026.02.06
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<参考>アメブロ版偐万葉田舎家持歌集目次 2月2日、胆嚢炎、胆管炎にて緊急入院。 今日(2月5日)で、入院4日目を迎えました。 当初、絶食で、これが数日間位続くような感じでありましたが、2月4日の昼食から、重湯と粥の中間位の薄い粥で絶食解禁となりました。従って、2月2日の昼食から4日の朝食までの6食、丸二日の絶食にとどまりましたので、ラッキーでした。 4日昼食、4日夕食、5日朝食、5日昼食と今のところ全て完食していますので、食事に関しては順調です。 病気の治療の件については、目下のところ、以下の通りです。 鼻孔から咽喉、食道、胃を経て十二指腸の胆管出口にパイプを差し込み、そのパイプを通じて、胆汁ドレナージバッグに胆汁が収集されます。 抗生剤を点滴投与するなどして、この胆汁の汚れ具合を観察すると共に、血液検査の数値なども参照し、胆嚢炎、胆管炎が鎮静化に向かっているかどうかを判定することになるのでしょう。 ということで、胆汁採集用のパイプ、点滴用の注射針、心電図測定用の計器とコードなど、煩わしいパイプ、コードに繋がれての入院生活が続いています。(生駒山)色々の コード垂れつつ 病室ゆ 望む生駒の 山はかなしき (管家持) 昨日(2月4日)、ドクターから依頼されたという理学療法士さんが病室にやって来られて、「明日(2月5日)からリハビリを行うので、よろしく」というご挨拶。 筋力低下を心配していたことでもあったので、リハビリは大いに歓迎であったが、本日は間もなく午後5時何の音沙汰もなし。一体あれは何であったのか。と書いたところで、その理学療法士のK-Tさんがやって来た。 外来患者の予約でずっと手が塞がっていて、こんな時間になったのだとのこと。つまり、入院患者に対するリハビリは手の空いた時に行うことになるということのよう。明日(2月6日)は K-Tさんがお休みを取っている日とのことで、次は7日になるとのこと。 7階の廊下を2周してデイルームに入りスクワット、片足立ちなどをして、再び廊下を2周して部屋に帰るというのが今日のリハビリのメニューでありました。 部屋に戻って暫くすると夕飯が運ばれて来ました。「おでん、焼きナス、ホウレンソウのコンソメ煮と粥+ストロベリー風味のSARA栄養補給飲み物」がその全てでしたが、これも完食。かなり不味いのであるが、無理をして食べているのであって、出来ることなら食べ残したい気分。 味覚異常で無理矢理、不本意ながらも食べるということを長らく続けた所為で、不味いものでも我慢をして食べるということが以前よりは出来るようになっているのかも。しかし、これもそろそろ限界かも(笑)。<参考>入院・通院・闘病記はコチラ。
2026.02.05
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<参考>アメブロ版偐万葉田舎家持歌集目次(承前) 1月29日の奈良・大和郡山銀輪散歩記事の続編となる、1月30日の奈良銀輪散歩であります。 三条通りを西進。佐保川に出たところで右(北)方向に入り、近鉄奈良線の踏切を渡り、奈良ロイヤルホテル前の交差点から平城宮趾公園へと入る。 東院庭園の東裏側、法華寺旧境内阿弥陀浄土院跡の碑のあるところを通っての、言わば裏口からの進入であります。 昨年3月27日以来の平城宮趾公園であります。<参考>銀輪花散歩・平城宮趾公園&佐保川畔 2025.3.27. 昨年3月は桜も咲き始め、レンギョウやホトケノザ、ヒメオドリコソウなどが咲いて楽しい裏口でありましたが、今年は1月とあって、草たちはまだ眠りの中。枯れ野の裏口でありました。(平城宮趾公園・第一次大極殿) 大極殿も久しぶりです。(同上・大極門及び東楼、西楼は工事中で覆屋の中・右奥は朱雀門) 大極門(第一次大極殿院南門)の正面からの写真が掲載されている記事は下記です。<参考>西ノ京四ヶ寺巡礼(中) 2024.8.11. 大極殿北側の道から自転車では走りにくい砂利道を通って水上池に着きました。(水上池) 対岸やや左寄りの小高い山は仁徳天皇の皇后、磐之媛の御陵である。 磐之媛陵はもう数え切れない位の回数、近くまで来ると必ずと言ってもいい位に立ち寄っている御陵であり、ヤカモチお気に入りの御陵である。 今回も立ち寄ってみることにする。(磐之媛陵)<参考>磐之媛陵に関する過去記事 佐紀・秋篠川逍遥 2008.4.28. 磐之媛皇后と光明皇后 2009.4.20. 奈良自転車道銀輪散歩(平城京址公園から般若寺へ) 2010.3.10. 奈良銀輪散歩 2010.11.7. 藤原百川の墓・相楽神社から平城宮址へ 2014.9.29. 若草山から高円山へ 2015.6.29. 石のカラト古墳&万葉の小径(その1) 2023.6.17. 磐之媛陵の近く、中臣女郎が大伴家持に贈った歌の歌碑のある場所で少し休憩してから・・。(中臣女郎歌碑 2009年4月20日撮影写真の再掲載)女郎花 佐紀沢に生ふる 花かつみ かつても知らぬ 恋もするかも (中臣女郎 巻4-675)(オミナエシが咲き、佐紀の沢に生える花かつみ、かつて全く経験しなかった恋をすることだ。) 小奈辺陵墓参考地の堀端の道を半周巡って、航空自衛隊奈良基地正門前から南に向かうと一条通りに突き当たる。これを左折し一条通りを東へと進む。 法華寺東交差点まで来ると国道24号。これを東に渡るには陸橋になっていて階段はあるようだがスロープが無い。トレンクルを肩に担いで上れないこともないとは思ったものの、未だリハビリ段階の銀輪散歩、前日に奈良・大和郡山を往復して少し疲れも残っている身ということで、ここは自重し、横断歩道を渡るべしで、交差点を南へと進む。次の菰川橋東交差点で横断歩道を渡る。 道路の向かい側では、「ならまちこ」という旗を立てているから、なら町のゆるキャラなんだろうと思うが、そのまち子さんが手を振っている。 折角のお迎えなので、ならまちこさんとハイタッチしてご挨拶。 それにしても、なら町とはかなり距離のあるこんな場所で、それほど人通りがあるとも思えないところで、手を振っているというのはどういう訳なんだろう(笑)。 そこから佐保川右岸の道に入り、これを東(上流)へと進む。 しばらく行くと、佐保川小学校の前に休憩所があり、隣に万葉歌碑もあったので、そこで暫し休憩ということにする。(万葉歌碑)佐保川の 清き河原に 鳴く千鳥 かはづとふたつ 忘れかねつも (万葉集巻7-1123)(佐保川の清い川原に鳴く千鳥と河鹿、このふたつの鳴き声は忘れられない。) 少し戻って、左岸に移り、JR線踏切を渡り、上流へと進み、大伴家持と坂上郎女の歌碑を見て行く。 (坂上郎女歌碑) (大伴家持歌碑)※上掲の歌碑写真は、2019年2月24日記事に掲載の写真の再掲載です。<参考>佐保川ウオーク 2019.3.31. 更に、少し上流へ進み、対岸に大仏鉄道記念公園のある通り・船橋商店街を右(南)に入り、国道369号・大宮通りの油阪交差点の東側に出る。 これを左折して、東に向かうと直ぐに西方寺の山門である。 佐保川小学校前の万葉歌碑の案内説明板に、西方寺境内にも万葉歌碑があると記載されていたように記憶するので、立ち寄ってみた次第。(西方寺本堂) 本堂に向かって左手に万葉歌碑はありました。(犬養万葉歌碑) 歌は、山上憶良の「子らを思ふ歌」にして、犬養孝先生揮毫の、所謂犬養万葉歌碑でありました。瓜食(は)めば 子ども念(おも)ほゆ 栗食(は)めば まして偲(しの)はゆ いづくより 来りしものぞ 眼交(まなかひ)に もとなかかりて 安眠(やすい)し寝(な)さぬ (山上憶良 万葉集巻5-802) 西方寺は、久々の訪問であるが、犬養万葉歌碑が境内にあるとは今日まで知らぬことでありました。<参考>西方寺の写真掲載の過去記事。 同期会・青雲塾万葉ウオーク・第8回ナナ万葉の会 2014.11.29. 西方寺を出て、近鉄奈良駅前の東向き商店街に入る。歩行者専用で自転車は押して歩くことになる。商店街の通りは駐輪できる場所がありそうになかったので、脇道に入った診療所の駐輪場に駐輪させていただいた。既に診療時間が過ぎていて診療所も閉じているので、ご迷惑にはなるまいと考えた次第。 適当な駐輪場所が確保できたので、東向き商店街に戻り、目に止まった「釜揚げうどん・粋」という店に入った。午後2時近くになろうかという遅い昼食であったが、余り食欲もなかったので、うどんなら食べやすかろうとの判断。きつねうどんを注文。 昼食後は、ホテルに帰り夕食まで休息とする。 夕食は、前夜の店でと出かけたのであったが、生憎の満席で待ちの客も居て、いつになったら食事にありつけるか不明とのこと。どうするかと迷いつつその店を出て来ると、客引きの青年に声をかけられた。席が空いていて直ぐに食べられるならと青年が奨める居酒屋に向かう。電話で確認して貰うと席の確保ができるとのこと。ということで、その初めての居酒屋に入り、釜飯と何であったか何品かを注文したのであったが、店員の応対も料理の味もイマイチにて、失敗でありましたね(笑)。 <参考>銀輪万葉・奈良県篇 銀輪万葉・奈良県篇(その2)
2026.02.04
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<参考>アメブロ版偐万葉田舎家持歌集目次 1月27日夜の測定。体重55.0kg、最高血圧122、最低血圧64.5。 ※126/66(76)、118/63(74)。血圧は正常値。 1月28日朝の測定。体重54.2kg、最高血圧159、最低血圧78。 ※161/77(61)、157/79(59)。血圧が高いのは寒い所為か。 夜の測定。体重測定なし、最高血圧106.5、最低血圧72.5。 ※108/53(71)、105/54(74)。血圧は正常値。 以下、31日朝までホテル暮らしにつき、体重測定はなしです。血圧計はザックに入れて持参するも、流石に体重計までは持参せず。 1月29日朝の測定。体重測定なし、最高血圧111.5、最低血圧62。 ※105/65(65)、118/59(57)。血圧は正常値。 血圧降下剤服用を停止。 夜の測定。体重測定なし、最高血圧109.5、最低血圧53。 ※113/55(75)、106/51(76)。血圧は正常値。 1月30日朝の測定。体重測定なし、最高血圧112、最低血圧59.5。 ※108/59(63)、116/60(66)。血圧は正常値。 夜の測定。体重測定なし、最高血圧92.5、最低血圧54。 ※94/54(69)、91/54(69)。最高血圧2回共100未満。 1月31日朝の測定。体重測定なし。血圧測定も失念。 夜の測定。体重55.3kg、最高血圧114、最低血圧58。 ※111/54(70)、117/62(70)。血圧は正常値。 2月1日朝の測定。体重54.8kg、最高血圧116、最低血圧54.5。 ※116/60(72)、116/49(71)。血圧は概ね正常であるが、2回目測定の最低血圧49は低過ぎる数値。 夜の測定。体重55.1kg、最高血圧112、最低血圧53.5。 ※116/52(69)、108/55(64)。血圧は正常値。 2月2日朝の測定。体重54.0kg、最高血圧129、最低血圧71.5。 ※129/70(70)、129/73(69)。血圧は正常値。 午前8時40分、CBで石切生喜病院泌尿器科へ。 午前8時53分、受診受付をし、採血へ。採血完了。泌尿器科受付へ。 午前11時頃、泌尿器科受診。 血液検査の結果、ALPが104~338基準値のところ、7816という異常な高値。γ-GTPも16~73基準値のところ、2541という異常な高値。 以上より、肝臓に何らかの炎症があると認められるので、消化器内科をこのアトすぐに受診するよう勧められ、同消化器内科へは連絡して置いたとの話。 消化器内科を受診。何やら即入院のような雰囲気で状況が進み、CT検査、レントゲン撮影などを経て、鼻孔・鼻腔から、胆汁の出口である十二指腸の胆道出口までパイプで繋ぎ、流れ出す胆汁を鼻孔から胆汁ドレナージバッグに収集するという施術をして貰いました。(胆汁・ドレナージバッグ)胆道ゆ 十二指腸胃 食道を 経て鼻孔より 掻き出す胆汁 (胆家持)十二指腸 胃食道咽喉 鼻腔経て 青きパイプが 運ぶ胆汁 (胆家持)鼻孔からの 青き管経て 出で来たる 緑か黒き 胆汁の色 (胆家持)(同上・部分拡大) もうこうなると、入院するしかない(笑)。胆石は明確には写っていないものの、ヘドロ状態の胆汁となっていて、これが炎症の原因となっていることもあり得るとのこと。抗生剤の点滴などで、これがキレイな状態になるかどうかをみると共に、胆嚢の切除も検討の視野に入っているようです。 当面は絶食、水分のみOKという状態が続くとのことで、これも困ったことです。(病棟の夜明け) 家内に急遽入院となってしまったことを伝え、昨日2日夕刻には着替えなど入院に必要な取り敢えずのものを届けて貰いました。 そして、今朝(2月3日)はノートパソコンなどを届けて貰いました。 絶食なので、薬は朝昼晩、それぞれを通常食べるであろう時刻に合わせてそれぞれ薬服用です。 血圧、体重などの測定は入院中ということで、省略します。<参考>入院・通院・闘病記はコチラ。
2026.02.03
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<参考>アメブロ版偐万葉田舎家持歌集目次 レスパイト入院という言葉を知ったのは、昨年3月のこと。生駒市在住の叔母がこのレスパイト入院をしたのでありました。<参考>古んし与塚? 2025.3.14. respite は、英和辞書によると、名詞では「延期、猶予、一時的中止、休息、一休み」という意味であり、動詞では「執行猶予を与える、延期する、一時ゆるめる、休養する」などの意味である。 看護・介護する人の休息のために一時的に入院することをレスパイト入院と言っているのか、看護・介護される人の一時的な入院をレスパイト入院と言っているのかは知らないが、どちらかと言うと看護・介護する人の一時的休息のためのものであるような気がしている。<参考>レスパイト入院とショートステイの違い 一時的、臨時的なものであるから、入院期間は1週間~2週間程度のようです。レスパイト入院が可能な病院はそう多くはないので、何処の病院でも可能、いつでも可能というものではないようです。 それでヤカモチが思いついたのが3泊4日の「レスパイト一人合宿」というものでありました。 抗がん剤治療中は味覚異常によって、ものが食べられなくなるというようなことで、入院中は勿論、通院になってからも、家内には食事の件では随分と気苦労をかけたかと思うので、この辺でヤカモチさんに一時的に消滅して貰い、ヤカモチの居ない気楽さをプレゼントしようと思ったのでありました。 亭主元気で留守がいい、とは主婦の常識。 元気でなくとも留守がいい、のも当たり前。 同時にそれは、ホテルでのヤカモチの一人暮らしとなるので、食事に出掛けたりすることも多くなり、銀輪散歩に出掛けるほかないということで、ヤカモチのリハビリにも好都合。「一人合宿」という訳の分からぬ名前を付けましたが、まあ、ヤカモチ自身への誕生日プレゼントにもなるかと考えたのでもありました。 ということで、ヤカモチの誕生日の前日に当たる28日が偶々健人会の新年会であったので、この日から3泊4日で、奈良に宿泊して、レスパイト一人合宿を開始することとしました。 1月28日JR石山駅から午後3時40分頃京都着。 午後4時京都発各駅で午後5時10分JR奈良駅着。(JR奈良駅) この日は、京都駅で買って来た駅弁で夕食。 翌29日トレンクル(軽量折りたたみ自転車)でホテルを出発。 三条通りを西へ。秋篠川に出たところで川畔の道を南へ。(唐招提寺南側の駐車場) 唐招提寺南側の駐車場でトイレ休憩。ついでに電子タバコを一服。 売店でお茶を購入し、再び秋篠川畔の道に戻り、南へ。(秋篠川) 左岸の道を走ります。(宿院の宮跡之碑) 天神社旧社地の碑と宿院の宮跡之碑がありました。 天神社旧社地の碑は、大正元年10月1日に建立されたもので、宿院の宮跡之碑は昭和38年(1963年)5月に大保天神社氏子が建立したもの。 宿院之宮は薬師寺の宿院で、天神社の地に建物を設営、薬師寺の僧の宿坊としても使用されていたのだろうと思われるが、秋篠川の改修で、社殿などが取り払われ、現在は福天満神社に移設されているとのと。(秋篠川・城戸橋から後方の薬師寺を望む) 更に南へと進むと、朱塗りの城戸橋というのが秋篠川に架かっていて、いい雰囲気を醸していました。 北西方向奥には、薬師寺の東塔・西塔が遠望できる。(秋篠川・これより大和郡山市) そして、奈良市域から大和郡山市域に入ります。(九条公園) 更に行くと九条公園という広い公園に出る。 ここは、富本銭が出土した地でもあるらしい。(富本銭出土地説明碑) 公園を自転車で通り抜けることは可能かと、入口に立って居られた警備員と思しき男性に尋ねたが「NO」の返事。 公園のヘリを伝って先へと進むと佐保川に出てしまった。 下調べで確認したコースはもっと手前で西に入ることになっていたのだが、勝手知ったる奈良ということで、慢心、気のゆるみがあったようで、一度も地図に当たらずに走って来てしまったので、うっかりと佐保川との合流点まで来てしまったという次第。 佐保川の土手道を行く。 この辺で道と方角が怪しくなり、工事中通行止めがあったりで、一層分からなくなる。 しかし、風神社の前で出遭った男性が親切に道を教えてくださったので、JR大和郡山駅、近鉄郡山駅へと向かう。(風神社)(同上) 12時を過ぎていたので、通りかかったコンビニのイートインで昼食。 ふわトロオムライスを温めて貰って熱々のそれをいただきました。(外堀緑地公園) 突然のように、外堀緑地の石碑に出くわす。 ちょっと覗いてみようかと思ったが、自転車乗り入れ禁止。 是非に及ばずであります。(同上2)(同上3)(同上4)(大和郡山城下町観光案内図) はい、近鉄郡山駅です。 ここまで来ると大和郡山城は目と鼻の先。(近鉄・郡山駅) 近鉄郡山駅前の踏切を渡り、更に西進。本来はもう二つ北側の踏切を渡って大和郡山城に入るつもりでいたのだが、九条公園での道の間違いでこのコースになってしまった。よって、大納言塚を先に訪ねることとする。 はい、NHK大河ドラマ、豊臣兄弟に因んでの、大納言塚(豊臣秀長の墓)、大和郡山城訪問という安直なコース設定でありました。(大納言塚)(同上2)(同上3) 大納言塚を訪ねるのは二度目。<参考>5人組ウオーク下見・王寺から郡山城まで 2017.3.13. 5人組ウオーク本番・王寺から郡山城まで 2017.4.1. もう9年近くも前のことになるのですな。 大納言塚のアト、荒木又右衛門の屋敷跡を訪ねるつもりでいたが、辻を一つ間違ったようで見つからない。5人組ウオークの下見ではその屋敷跡の前を通っているのだが、記憶が殆ど無く、地図での確認もしないままに自転車を走らせたので、今回は到達せず。 郡山城に向かいます。(郡山城本丸・内堀)(本丸説明板)(天守台説明板)(郡山城・天守台) 天守台には登らず、裏に回って、逆さ地蔵を撮影。(逆さ地蔵)(同上2) 石垣にお地蔵さんを使ったりしているのは、余程に築城を急いだということであるか。(同上3)(柳澤神社の白梅)(柳澤神社)(昭和天皇御製) 大和郡山城を後にし、佐保川を目指す。 川畔の地蔵堂で小休止。 佐保川右岸の道を上流へ。(佐保川畔の地蔵堂)(同上2・由来説明碑)(佐保川) 三条通りに出たところで右折。桜の季節にはさぞやと思いつつ、佐保川にお別れして、三条通りを東に進み、ホテルへ。<参考>銀輪万葉・奈良県篇 銀輪万葉・奈良県篇(その2)
2026.02.01
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