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今月23日、午後、学校から電話がありました。給食中にカン太が椅子に座ったまま倒れ けいれんして嘔吐、意識がなく 救急車を呼んだとのことでした。担任からでしたが、状況説明をしながら なんと!笑ってたんです。上記の内容に おかしいことがあるのだろうか・・・・。続いた言葉は「来られますか?どうしますか~?」わが子が 学校で倒れて救急車を呼んだというのに 家にいて行かないというやつがいるとでも思うのでしょうか・・・。あわてて車でかけつけました。ちょうど 救急隊が担架に乗せようとしているところでした。倒れる前に絶叫したこと倒れるところはみていないことは説明がありました。あとは何も言わないので どこが痙攣していたか、どれくらい続いたかを聞き、残りは 病院でドクターに聞かれた時に一緒に聞けばいいかな と思っていました。ところが・・・・学校からは誰も付いてきてはくれませんでした。病院について ドクターの問診にも 私は答えられず、救急隊の人だって 自分たちが聞いたことや車内で測ったバイタルは答えられましたが 聞いてないことには答えられず(当然ですが)ドクターが次第に怒り出し「どうして 状況がわかる人がこの場にいないんですか! 学校の電話番号を教えてください!!」と切れていました。学校は近いのですが 結局電話応対のみ。学校の考え方、学校内のカン太の位置づけが把握できたようで ドクターは最後には同情的でした。旦那さんが仕事を抜けてきてくれて 車を学校から病院に移動してくれました。旦那さんが来られなかったら 私はふらふらのカン太をつれて車を取りに学校まで歩かなければいけなかったんだなと思うと 悲しくなりました。旦那さんの病院も学校に近いので 学校内で怪我をした子はよく先生に付き添われて受診しに来るんですよね。今回のカン太と何が違うのかが理解できません。ましてや、どうだったのか状況を説明できない子なので 一緒にいた人が話してくれなければ何もわからないのに・・・。後日、学校に荷物を取りに行った時のこと「給食を片づけにきたので 机を見たら パンに手をつけてなかったので 食べるように言ったら 席に戻ったんですよ。そしたら大きな声をだして・・・・。横になってたんですが、よく寝ころんで起こることがあるので 気にしなかったんですが、いつもと違うので見に行ったらけいれんしてたんですよ」検査をしてもてんかん波もなく 異常なしだったことを伝えると「いつ倒れるかわからないんですよね~。 人を巻き込んじゃうかも知れないし。」確かに そうかもしれません。でも その前に倒れるカン他のことも少しは考えてくれたって・・・。そういえば倒れた日の朝、同じクラスの2年生が「カン太くんじゃなくて転校生がくればいいよ、 みんなカン太くんのことが嫌いなんだから」ってカン太に悪口を言っているのを 担任は黙って聞いていて なんの注意もなし。カン太、どれくらい通じているかわかりませんが、こんな雰囲気の中にいるのは嫌だろうな、理解者が一人もいない中にいるのはつらいだろうな とかわいそうに思っていたところでした。それに こどもの緊急時にこんなに冷たい学校だとは思いませんでした。カン太、倒れて以来 学校へ行きたがらず 泣きながらランドセルを何度も隠す姿をみてそこまで嫌なのに あんなところへはやれないな と 今学校を休んでいます。養護学校は4月まで移動できないなら ほかの学区へ動けるのでは・・・というアドバイスをもらい、今 教育委員会とつながってみるところです。今回のことでは学校以外の人たちが たくさんカン太のために動いてくれています。とても感謝しています。カン太はひどい目に遭っていますが そのことで人の温かさも実感できています。
2007年10月31日
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だめだ~、一度間をあけると 全然更新できなくて・・・・・もう まとめて書きます。9月30日に 養護学校の運動会の予定でしたが、朝から ありえないくらい雨が降っていました。延期の連絡があるものとスタンバイしていたら トン吉が家をでて30分後に 電話が。月曜日の授業をするので 昼までに弁当を持ってきてくれとのこと。運動会は 親と弁当を食べることになっていたので 持たせなかったんです。面倒くさい、あとから届けましたよ。我が家はまだ近いからいいけれど、毎日片道1時間半もかかるところからきている子は 大変だったんじゃないかしら・・・。結構 テキトーな感じがしました。結局 5日後の平日に行われました。親の会や デイサービスで一緒のお子さんがたくさんいるので トン吉の出番でなくても楽しめました。ただ、養護の運動会を初めてみましたが、いくら障がいを持っている子を見ていてもあれだけの職員がいるのに 手際は悪いし、内容が薄いな~と感じました。普通の小学校の先生がいたら よだれが出るほど 職員がいて それも みんなが後手後手にまわる対応しかしてないのをみたら 腹を立てるだろうな なんてことも思いました。待てない子がたくさんいるのに 何にも工夫の跡がみられませんでした。養護学校6年目のママさんから 競技が毎年同じことも聞きました。ふ~ なんだかな~。来年度は この中に カン太もいるんだなとおもうと ますます複雑です。トン吉はというと 高等部はさすがに 小中学部とは趣が違い、できる子には難易度が高く、そうでない子でも けじめある態度が求められ、見ごたえがありました。暑さがきびしく 心配しましたが ポーカーフェイスながらも ダンスやリレーを頑張っていました。これで 夏休み明けから始まった 運動会モードから 解放され 落ち着くかな と思う間もなく 翌週からは 校内作業実習がはじまりました。いつもの作業学習とは 仕事内容もかわり、スケジュールも 職場のように休み時間を間にいれて 午前も午後も作業という 結構ハードな日程になりました。なんと!10日間 続きます。2日目まではイライラがたまってるのは感じながらも 爆発することはありませんでした。ただ、市内の小中学校は秋休みのため、弟2人は家でのんびりしていたことが 許せなかったようで ついに2日目の夜「秋休み」「養護学校おやすみね」というフレーズを盛り込みながらのつぶやきが始まり 1時まで寝られませんでした。そして 3日目 家に帰ってきて 私も 後ろに住む義母も ちょっと留守にして トン吉を1人にした間に 義母宅の押入れのふすま紙をはがし、押入れから1枚はずして 家の外に投げてしまいました。ふすまの枠は無残に折れ、再生不能・・・。暴れたところを見ていないので どれだけすごかったのはわかりませんが・・・。困りました~。こんなんじゃ 卒業後は在宅か・・・なんて 暗いことを考えてしまいます。今ある 作業所は定員はいっぱいで 自分たちで立ち上げないと働けないという状況ですが、やっとの思いで作っても トン吉にはやりたくない、またはやれない仕事だったら 目も当てられないな なんて思います。普通だったら 花の高校生活(古いですね)を送っている年頃ですが、年を重ねるにつれ 先が暗くなっています。一番考えなくてはいけないことですが、一番考えたくないことです。
2007年10月14日
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