弥々*とはず語り   

    弥々*とはず語り   

2005.06.04
XML
カテゴリ: お葬式



4/9桜の季節 】に書いて以来だ。

葬儀日誌は気持ちが落ち着かんと書けんのよ。

今までちょいと【 公演 】続きでバタバタしてたからね・・・

今日は特に重いぞ・・・苦手な方はこのままお引取りを・・・

1-----------------------------------------------------------------

まず・・・心から手を合わせて・・・

去る平成15年10月18日23時20分
享年24歳。鉄道自殺

昭和53年12月13日北海道・・・
北の台地で3660gの逞しい産声をあげたTさん。
妹さんと二人兄弟。優しいお兄ちゃんだった。

幼少の頃より、親御さんを困らせることなく
成績も優秀で・・・

寡黙な中にも、人への気配りを怠ることなく・・・
スポーツはもっぱら観戦するほうだったが
興味を持った者への執着心は人一倍だった。

読売ジャイアンツが大好き。
父親の影響だった。
小学5年生から巨人軍の後援会に入会し
毎年ジャイアンツ名鑑を取り寄せ
選手一人一人のデータも頭にしっかり叩き込み・・・

東京ドームで応援するのが目的で
都内の大学に進学。
シーズン中は殆どドームに入りびたり。
金銭的につらくなると、ドームで売り子のバイトについたり・・・

最後は4番を守る松井に入れ込み・・・
その松井もメジャーリーグへと羽ばたいていった。

ドーム観戦を続ける傍ら、日々異国の地で活躍する松井をチェック。
スランプが続いていた松井。
Tさんが思いきってしまった翌々日・・・
松井は3ランHRを放つ。
Tさんがもたらした一発にも思えた。

祭壇から微笑み返すTさん。
とても自殺をするような方には思えない。
きりりとまっすぐな眼差しが印象的だ。

遺書があったのか・・・
詳しいことは聞けなかった。

ご両親の口からは
Tさんのいい思い出ばかり・・・

大学を卒業し、就職もすんなり決まり
日々頑張っていると思っていたのに・・・

5月の連休、里帰りした息子と会ったきり。
特に変わった様子もなく・・・
その後も電話で話すこともなかったという。

それから5ヶ月ぶりに対面した息子は・・・
帰らぬ人となっていた。

なんて理不尽な・・・
ご両親は突然の悲報に、その事実を受け入れられないようだ・・・
取り乱していないのは、受け入れられないといったほうが正しい。

高揚した面持ちで、我が子のいい事ばかりを
せきをきったように話しまくるご両親・・・
もう、その話は支離滅裂。
吾には頭の中でグワングワン響くだけで、その半分も理解できない。
だけど、親御さんがどれほど息子さんに期待していたか・・・
それだけは痛いくらいにわかった。

そして・・・
なぜTさんは自らの命を絶ってしまったのか・・・
それは誰にもわからなかった。

唯一、幸いだったのは・・・

鉄道自殺ではあるが、ご遺体が比較的、きれいだったこと。
下半身はない。
だが、お顔は無傷だった。

親御さんは、二度と眼をあける事のない硬くなった息子の顔を
何度もさすりながら・・・
うっすら笑みすら浮かべながら・・・
なにやらしきりに話しかけていた。
そう、遠めには子守唄を歌っているようにも見えたっけ・・・

くどいようだが・・・
なぜ自殺までしなければならなかったのか
誰にもわからない・・・

意外とそんなものなのかも・・・しれない・・・

Tさんは友人らにも知らされず
ひっそりと・・・
身内9名だけで、今生から送られた。

最後に捧げた献奏曲は【ジャイアンツの応援歌】だった。

合掌

2-----------------------------------------------------------------

時は遡り・・・

1969年(昭和44年)6月24日未明
20歳の女子大生が鉄道自殺。

彼女の名は・・・【 高野悦子
ベストセラー『二十歳の原点』の作者だ。

全共闘・・・学園紛争・・・
時代に翻弄され、自らを見失い・・・
恋に迷い・・・

彼女もまた、生き抜いていけた筈・・・

悦子の生き様から、大切なことを学び得た者として・・・

6月・・・
悦子に・・・ 生き抜いて欲しかったと伝えたくて・・・ 玲と弥々

悦子追悼ライブ

ご予約は裏口( 私書箱 )まで、どんぞ・・・

NAMIDA

↑の涙は、追悼ライブのイメージカットとして公演パンフに使用。
 【 画:とはずおかかえアーティストmac玉さん 】ありがとう。

3----------------------------------------------------------------

≪悦子の手記より~死について≫

自分があまりにも未熟であり
受け入れられていないとする所からくる孤独の認識は
彼女の上に、自分が消え入りたい様な感情を呼び起こしていた。
彼女は度々「死にたい…」と思ってしまう。
しかしまた、自殺を否定する感情も持ち合わせている。
以下の記述は「二十歳の原点」から。 

【肯定】
自殺をしたら、バイト先では、
ヘエあの娘がねエと、ちょっぴり驚かれ
それで二、三日たてば終りさ。
かあちゃんやとうちゃんは悲しむ(悲しむ?)かもしれねエな。
牧野、彼女はどうだろうな。哲学的にいろいろ考えるかな。
ヒトリデ サビシインダヨコノハタチノ タバコヲスイ オサケヲノム
ミエッパリノ アマエンボーノ オンナノコハ (1969.4.6)

【肯定・否定】
ホテルのソファーに坐りながら、自殺しようと思った。
車のヘッドライトに向って飛びこめば、それでおわりである。
家の父や母は悲しむかな、テレしようかなとか
今日はペンと手帳をもっていないから遺書はかけないなあとか
本気になって考えた。
けれども、死ぬってことは結局負けだよなあと思った。(1969.4.18)

【否定】
どうしてみんな生きているのか不思議です。
そんなにみんなは強いのでしょうか。私が弱いだけなのでしょうか。
でも自殺することは結局負けなのです。死ねば何もなくなるのです。
死んだあとで、煙草を一服喫ってみたいといったところで
それは不可能 なことなのです。(1969.4.29)

【肯定・否定】
死にたい。しかし死ねない。
未練があるのか、醜い恥ずかしい罪な世界に。(1969.4.23)

【否定】
自己創造を完成させるまで私は死にません(1969.5.13)

【否定】
自殺は卑きょうな者のすることだ。(1969.5.13)

【否定】
怒りと憎しみをぶつけて抗議の自殺をしようということほど
没主体的な思いあがりはない。自殺は敗北であるという
一片の言葉で語られるだけのものになる。(1969.6.1)

それから・・・3週間後・・・

1969年6月24日未明 高野悦子 鉄道自殺


完:6月4日時刻AM8時15分(追記10時40分)

[曇り:41.9/9.2/1054/35.8]





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2008.02.09 09:44:09
コメント(60) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

Comments

ドーナツ党首@ Re:3歳のぽっつら・・・『 知命 』 『 落ちこぼれ 』 (語り41)(01/22) おはようございます。どちらにコメントを…
@弥々@ どこぞのさんへ どこぞのさんへ これまた、一昨年の台風…
@弥々@ Yのトランクさんへ 気付くのが遅れてすみませぬ<(_ _)>…
Yのトランク@ Re:長男坊の意地と親心(03/16) すみません。こちらから送信出来るのか分…
どこぞの@ Re:長男坊の意地と親心(03/16) ご無沙汰してます! 台風のニュースを見て…
@弥々 @ Re:姪っ子たちへのプレゼント(03/01) >こちらなら伝わるかなとコメントしてみ…
@弥々 @ Re[1]:『 小さな娘が思ったこと 』(語り12)(02/26) ゆりこさんへ >以前に教えて頂いたボ…
ゆりこ@ 姪っ子たちへのプレゼント お久しぶりです。 前回、どこにコメントを…
ゆりこ@ Re:『 小さな娘が思ったこと 』(語り12)(02/26) ご無沙汰しております。 忙しく久しぶりに…

Archives

2026.08
2026.07
2026.06

Profile

@弥々

@弥々


© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: