HANNAのファンタジー気分

HANNAのファンタジー気分

May 10, 2026
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荒俣宏 の絶賛につられて読んで、ただライオンの素晴らしさにクラクラっと来ただけでした。このライオンは、発掘された遺跡の壁画で、戦車に乗った王に挑みかかっています;

  大きく強くて、獰猛で、背骨のところに矢が二本ふかく食いこんでも、まだ生きている一頭だった。矢が、体の中で火のように燃えた。目がかすんでくる。血の流れが耳もとで、二輪戦車の車輪の軋む音と混じりあって、どくどくとひびく。・・・[中略]死にかけたライオンの王は跳びあがり、かれ自身を槍にさらした車輪に、くるくる回転する背の高い車輪に、しがみついた。低くうなり、額をけわしくさせて、車輪に噛みついた。しかし車輪はさらに回転して、かれを上に押しあげ、次いで闇の中に放りこんだ。     ―― ラッセル・ホーバン『ボアズ・ヤキンのライオン』 荒俣宏訳

 後日TVのドキュメンタリー番組で、アッシリアのアッシュールバニパル王の壁画を見たとき、「このライオンだったんだ!」と興奮しました。びっくりするほど生命力に満ちあふれた浮き彫りで、とても紀元前7世紀の作だとは思えません。壁画には狩られるライオンが矢や槍を受け倒れ死ぬところもあり、生と死、それを自らの手で決定する偉大な王の力などが表されているようです。

 しかし、この圧倒的なライオンが、物語の流れとどうもうまくかみ合わないような気がしてしまうのです。
 世の中にはライオンが見えない人、ライオンとは無関係に生きる人(ボアズ・ヤキンの母など)もいて、彼らと、主人公の父子との対比は、意味があるように思えます。
 しかし、たとえば舞台がリアルなアメリカっぽいのに、ライオンの壁画のある遺跡(イラクの乾燥地帯にあります)が近所にあるし、ドイツの描写もちらりと出てくるのです。ファンタジー要素(=ライオン)の出現するのがリアル(現実)世界であるという設定なら、なぜアメリカ的な中東や、取ってつけたようにドイツですよな表現が出てくるのか、よく分かりませんでした。

 それから、ストーリーが、父と息子が生(と死)の実感を取り戻すクエストを行い、最後に共感し合うのですが、「大人向けのファンタジー」というだけあって、要所要所に女性との営みが生命の証みたいな場面があって、それ自体はいいのですが、ライオンとはどう関係あるの?と思ってしまいました。また、地図を作るということも人生の旅路の象徴のようですが、やはりライオンと結びつきにくいのです。


 再読してもやはり、ライオンの存在感がすごすぎて、車輪(=時の流れの象徴でしょうね)に噛みつくその姿がまばゆく心に浮かびます。もしかして、ライオン(=生と死)が圧倒的であるということを表現するために、舞台設定やストーリーはどうでもよく書かれているのでしょうか!





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Last updated  May 10, 2026 11:05:13 PMコメント(0) | コメントを書く
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