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2010.04.16
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カテゴリ: カテゴリ未分類
NHKの講座も今日から4期目に入った。これから半年間は、ヨーロッパ美術の輝き(写実主義から印象派へ)の講義である。

今日のテーマは「クールベとドーミエ」である。しかし講師は、ドーミエについては何一つ語られなかった。クールベへの導入に当たって、最初にジェラールの「アモールとプシュケ」が説明された。
アモールはキューピットのことで、クピト、エロスとも呼ばれるギリシャ神話の神である。これは、トマス・ブルフィンチの「ギリシャ・ローマ神話」に詳しい。

連れ合いとルーブルで疲れて腰を掛けたベンチの前にあった彫刻もこの二人だった。
ともあれ、ジェラールは、ダヴィッドの流れをくむフランス古典主義の画家である。古典主義とは、アカデミーが保護し、国立美術学校などにも関係するいわゆる「アカデミズム」という語源になった一派である。
当時の画壇は、ギリシャ・ローマ神話を題材にすることこそ高級であり威厳があるとされていた。
アモールは母親の過干渉で、綺麗な女の子から遠ざけるように育てられたが、自分の矢で自分を傷つけて以来人間の少女プシュケに恋をしてしまう。この絵でアモールがプシュケのおでこにキスをしているのにプシュケがキョトンとしているのは、アモールが神故に人間には見えないと言うところが味噌なのである。

次はアングルによる「泉」だが、アングルは、ダヴィッド亡き後の新古典主義のリーダーであった。彼は長くローマに滞在し、呼び出されて国立美術学校の教授になった。通常、泉は、女性の裸体を以て擬人化して表現する習わしであった。因みに、川はおじいさんで表現されるらしい。

体重の大部分を片脚にかけて立っている姿を描いた、ゆったりと柔らかなS字を描いたコントラポストは美術手法としてはオーソドックスで、古代ギリシャのシヌエッサのヴィーナスを反転したものと比較するとその酷似性がよく分かる。


ここで、講師は、お堅いNHKが大河ドラマ「龍馬伝」で龍馬に危急を告げるときにおりょうが裸で知らせるという時どう扱うかに興味があると話題になっていると話されていた。

ブーグローの「ヴィーナスの誕生」では、子供のトリトンが見上げるヴィーナスもこのコントラポストが取り入れられている。

次のジェロームの「法廷のフリュネー」では、裁判官達が居並ぶ中で、高級娼婦のフリュネーが神を冒涜した罪で裁判を受けているとき、左端の弁護士がいきなり彼女の衣服をはぎ取り美しい裸体をあらわにして「これほどの美に罪があろうか!」と叫んだところ、全員が無罪評決をしたという作品で、当時の世相の女性蔑視を現すものとして知られるが、ここでも、フリュネーはコントラポストの形で描かれている。

ここで、ロマン派のドラクロワの作品である古代アッシリアの「サルダナパロス王の死」(前出)を引き合いに出されたが、アングルが、ドラクロワの同時代の画家で、常にライバル的存在だったと言うことだ。

そしていよいよここから以降は特に断りがない限りはクールベの作品である。
最初の「浴女たち」では、当時女性は美しく、古代ギリシャをモチーフにして描くというのが不文律であったところ、この作品は、普通のむしろたくましい農婦二人を描いている。この点で、既に当時のアカデミズムに叛旗を翻しているわけで、クールベの反骨精神の面目躍如という作品である。

ナポレオン3世は、この絵を見て「醜い!」と言い、鞭で打ったと言うことだが、ここでもクールベは、「いっそ、キャンバスが破れれば皇帝を器物破損罪で訴えられたのに」と鼻っ柱の強さを見せたようだ。

批評家ゴーティエをして、「ホッテントットのヴィーナス」と言わしめたそうだが、批評家の苦衷が分かる気がする。しかし、ドラクロワはこの作品を評価しているが、一言「手つきの意味が不明だ!」と言ったそうだ。
この絵を描くのに、写真家のヴィルヌーヴの「ヌード写真」を参考にしている。

このように、女性を、現代(当時)の世相のまま描く先駆けとなったのがクールベの先覚的一面である。
「守・破・離」と言うところか。



フランス革命当時の世相では、世相がころころ変わっていたから「保守」か「革新」かを簡単に決められず、画家も慎重にならざるを得ない時期であったようだ。

クールベが、見たままを素直に描く画家としてのエピソードに「私は天使を描けない、なぜなら天使を見たことがない」という言葉で端的に表現されている。

通常「画家のアトリエ」とされているが、正式には「画家のアトリエ -我が芸術的生活の七年に及ぶ一時期を定義する現実的寓意画」というのだそうだ。この絵は、真ん中にキャンバスに向かうクールベが居て、後ろに裸婦(支援を意味する)=真実が立ち、見上げるいたいけな少年(純真無垢にクールベを評価)を配し、左には、クールベを受け付けない敵である、金に汚いユダヤ人、失業者達、アカデミズムを象徴するかのように裸で十字に貼り付けられた絵を配し、右には彼の支援者である、詩人ボードレールや思想家などが描かれている。
しかしながら、大家ドラクロワはこの絵を評価している。

「こんにちはクールベさん」は見慣れた絵だが、自慢のアッシリア風ひげを描いた自画像でもある。


「傷ついた男」もクールベ自身の自画像であろう。傷つく自分に一種のヒロイズムを感じつつ、世間から受け入れられない道を敢えて選ぶということを選んだ自分自身の運命を描いた秀作である。

「セーヌ河畔の娘たち」(夏)も、当時勤労者階級が激増し、働く合間の余暇を過ごすことが必要になってきた。この絵は、普通の働く娘達二人が、セーヌ河畔で、ピクニックをしていて、一人は、上着を脱ぎ下着姿になっている。現代なら、ごろごろ居るこういった娘達も、当時は、男を誘っているようで、ふしだらで、内容がないと非難が起こる。

しかし、この絵画のモチーフは、マネ達後続の印象派に受け継がれていくのである。

「眠り」ではレズビアンの2女性が絡まる絵で、妖艶な作品は、もはやポルノの類である。トルコの外交官であったカリル・ベイの注文による作品であるが、トルコはイスラムの国であり、その昔日本でもポルノが禁止されていたときに、海外出張した者が隠れて外国のポルノ雑誌を買って帰ると言うに等しいのであろうか。

「世界のはじまり」は女性の陰部そのままをクローズアップし、描いたもので、もはやエロは通り越してグロの世界である。確かに世界はここから始まったのだと言うのもあながち嘘ではないが、批評家達の表情が目に浮かぶ感じである。

同様の「ストッキングの女性」は殆ど全裸の女性が、陰部もあらわに右足を上げてニーハイ・ソックスを履こうとしている絵である。一般には眉をひそめるものであろうが、こういう絵は、いつの時代にもニーズがあったと言うべきだろうか。

「波」は紹介された数少ない風景画で、たれ込めた暗雲、打ち寄せる大波。クールベの力量を感じさせる迫力ある作品である。

「エトルタの海岸」は嵐の去った青空の切り立つ崖のある海岸を描いたもので、日本の東尋坊のような場所であり、観光の名所でもあるらしく、後にモネもこの風景を描いている。

最後に「鱒」が紹介されたが、1871年パリコミューンに参加、投獄されたときに描いたとされるが、実際は出獄後スイスへ逃亡の折に描いたものであろう。釣り上げられ自由を失った鱒を、クールベ自身を鱒に投影し、悲劇的最後を象徴するような作品となった。

この進取の気取りの作風は、少なからず、後進のモネ達に人気があり、影響を与えた。

私が最初に抱いていたクールベの印象と違った感覚で、講義を聴き終えた。





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Last updated  2010.04.19 07:40:28
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