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2010.10.02
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前回、京都シネマで見かけたチラシを思い出し、記憶していた映画が来たので連れ合いを伴って出かけた。この映画の副題は「消された革命」というものだ。因みに「VJ」はビデオジャーナリストという意味である。

これは映画と言うよりも、素人がハンディー・ビデオで記録した、というか、単に撮ったという記録である。しかし内容は、震撼すべきものである。日本ではハンディー・ビデオで撮る記録は、子供が運動会で1等賞になる瞬間や、赤ちゃんがハイハイしている様子などを思い浮かべるだろうが、この映画はそんな生やさしいものではない。

今はビルマという名前の国はない。今の名称はミャンマーでありビルマは1989年までの名称である。ウィキペディアの説明では、東南アジアに位置する共和制国家でインドシナ半島西部に位置し、北東に中華人民共和国、東にラオス、南東にタイ、西にバングラデシュ、北西にインドと国境を接する。首都はネピドー(旧首都はヤンゴン)とある。

私はこれを書きながら、新しい首都ネピドーのことを初めて知った。当然私の持っている14年前発行の古い世界地図には、その名前はない。この映画では、ヤンゴンのことも現地のジャーナリストはラングーンと称していた。ラングーンもヤンゴンの旧地名だ。(以下では、旧名、ビルマとヤンゴンを用いる)

こういった国名の変更や首都名の変更は、他の国でもあることだし、遷都と言えば、日本でも平城京(奈良)から長岡京そして平安京(京都)そして現在は東京となっている如くである。ブラジルなどでも港湾部のリオ・デ・ジャネイロから現在の内陸部ブラジリアへと遷都されている例はある。日本でも東京一極集中で、何かと不都合が出てきているために遷都案が出ては消えする時代である。

ここビルマの遷都は、2006年に正式に公表された。ネピドーへの遷都の理由には諸説有るようだが、ミャンマー軍事政府によれば「現在の首都ヤンゴンよりも国土の中心に近く、国民のニーズに応えるためにはより適切な位置にある」と発表しているが、この映画を見る限りでは、軍事政権が都市部の市民を恐れているとの説の方が相当であろうと考えた。

即ちヤンゴンには高い教育を受けた国民や海外留学から帰った国民が多く住んで居るので、ヤンゴンでの市民運動や革命が起こることを軍事政権は危惧しているというのである。それゆえ、政権中枢を何もない田舎のネピドーに移転して政権の強い地盤とし、革命が起こっても早期に鎮圧できる拠点にする目的だというのだ。

正にこの意見に与したくなるような今日の映画である。
ビルマの歴史はどの国も辿った王朝から始まり、イギリスによってインドと同じ括りの中で統治されたが、1937年、インドから独立してイギリス連邦内の自治領になる。そして1942年、アウンサンスーチー女史の父アウンサンがビルマ独立義勇軍を率い、日本軍と共に戦いイギリス軍を駆逐し、ビルマ国建国となった。



しかし日本軍を駆逐してからもイギリスはビルマの独立を認めていない。ここにアウンサンの選択は正しかったのか、したたかだったのかを歴史はどう判断するかである。過去に大国イギリス、フランス、そしてアメリカ等の、覇権主義は、本質的には変わらないと言うことだろう。もとより、この時代の日本も覇権を夢見たに違いない。

1947年に抵抗運動の指導者アウンサンは暗殺され、1948年にビルマはイギリス連邦を離脱して、独立を果たす。ここまでが、この映画の前振りということになるだろうか、映画では、ナレーションで、1988年現在、過去40年間以上軍政が敷かれ、過酷な生活に対する抵抗運動や、デモが続いてきたという出だしであった。

しかし実際は、実に複雑であり、国民党軍、共産党勢力等を破った国軍が徐々に力を獲得し、ネ・ウィン将軍が1962年に政権を樹立、1988年まで軍事独裁体制を敷き、国を掌握したが経済状況を悪化させ、1988年に退陣した。そして、現在の軍部がクーデターにより同年に政権を掌握したのである。

軍部が政権を掌握して、一旦は総選挙を公約したが、人気高いアウンサンスーチーは選挙前に自宅軟禁されてしまう。選挙結果は、アウンサンスーチーの率いる国民民主連盟ら反軍政側の勝利となったが、軍政は選挙結果に基づく議会招集を拒否し、民主化勢力の弾圧を強化したのである。映画はそれ以降の、抵抗運動と、デモを政府当局者に隠れて、カメラや、ビデオに収め国外に出すことによって、自国の悲惨さを世界に訴えようとしたものである。

民主化指導者アウンサンスーチー女史は軍政側によって、自宅での長期軟禁と解放の繰り返しを経験することになる事は、最近時々新聞紙上で知るわけだ。究極の軍による独裁の例であるが、近くは、キム・ジョン・ウンに世襲された北朝鮮も、軍政優先の独裁ならず者集団であるから、似ているわけだが、ビルマの場合は、抵抗運動が、続けられるという点では未だましなのかと思うほどである。

しかし、40年間に抵抗運動をする中、一時、一挙に3000人もの命が奪われている。自由で、民主的な国(世界)を造ると言うことの難しさを考えさせられる映画である。日本人は、敗戦という苦い代償を払って既に65年が経つが、この間は、実に平和裡に経済追及のみを行うことが出来た。

映画の中にも出てくるが、ある日老婆がバスに乗ろうとすると、昨日まで500チャット(400円程度か?)だった乗車券が、1000チャットと2倍になっていて、理由は「ガソリンが値上げしたから」という有無を言わさぬ会話である。物価政策など有って無きが如くであり、そのしわ寄せは、即座に皆、国民に直接降りかかる。

軍政を指揮する将軍の映像が出てきたが、之が丸々と太っていて、今回の、キム・ジョン・ウンと同じ様子なのが印象に残った。

苛烈な情報統制によって外国人ジャーナリストの入国が厳しく制限されているため、私たちがビルマ国内で何が起こっているのかを知ることは困難を極める。この為に行われている、密かな抵抗運動を映画は実に淡々と伝えている。緋の衣を着た、ビルマの僧侶が民衆と共に、また先頭に立って国家の改革を叫んでいる。ビルマにおける僧侶は、昔から尊敬の対象であり、民衆間でも強い支持があるのだが、これを軍の兵士は、緋の衣を剥ぎ、トラックに蹴りこみ、果ては殺して川に放置するという有様である。

民主化運動の指導者 アウンサンスーチー女史は、いまなお自宅軟禁中のままである。2007年に軍事政権による独裁が続くビルマの現状を伝える大規模な反政府デモの様子を報じるニュースを世界中に発信することが出来たのは拷問や投獄のリスクをかえりみず、情報を発信し続ける(ビルマ民主の声)VJたちの活動があったからである。 我々にも記憶に新しい、国軍兵士による日本人ジャーナリスト長井健司氏が故意に射殺される瞬間を世界中に配信したのも彼らなのである。

私は見終わって、このような映画を、何故お金を取って、他の娯楽映画同様に興業に掛けるのか、之こそ、我が国のODA予算のごく一部を使って何故日本中に無料で知らしめないのか不思議な気がした。






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Last updated  2010.10.03 09:38:09
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