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2010.10.06
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カテゴリ: カテゴリ未分類
今年の夏は暑かった。秋が来るのかと思うほど暑かったので、どうなることかと思ったほどである。

連れ合いは、奉職する中学校の運動会があり、また、孫の運動会があるということで、何時も通り朝出かけていった。今日は、俗に「天高く馬肥ゆる秋」という真っ青な空が一面に広がる秋晴れの絶好の運動会日和である。

朝、昨日不在時の宅配便の再配達を依頼していたのを待って、それから連れ合いの孫の運動会に「ちょっこし」顔を出してみた。

子供の頃の運動会の記憶といえば、小学校(私は幼稚園を忌避したとかで行っていない)の100m競争と100m障害物競走(あるいは50mだったかも知れないが)共に3等賞だったのを思い出す程度である。

小学校の頃は、生まれた呉市を離れ、既に茨田町(現鶴見区)に転居していたわけで、親が運動会を見に来た記憶もないし、もちろん、祖父や祖母の顔さえ知らないわけである。
末っ子であったから、父母がちょうど、今の私より少し若いかといった年格好であったわけだ。

小さな校庭に石灰で、1周100mくらいの之も小さな楕円を書いた中で、かけっこやら、玉入れをしたことを思い出す。そんな私の記憶と比較すると、時代も半世紀以上違うわけだが、現在の幼稚園の運動会とうやらは、やたらと派手である。幼稚園自体の運動場は狭いので、町営の運動公園の一部を借り切っての会場だが、何とも立派なものであった。

統制の取れた進行は、全て幼稚園の先生方のご苦労であろう。親や、おじいちゃんおばあちゃんの姿も多く見かけ、その殆ど誰もが、カメラや、ビデオを片手に我が子、我が孫を追っているのである。
取り敢えず、連れ合いの孫はと探すのだが、見つからない。


それというのも昔は考えられなかったほどに服装が統一されているのである。ユニフォームという代物だ。さらに、頭には、単なる帽子ではなく、首に直射日光が当たらないように大きな後ろつばの付いた帽子である。全員がその姿であり、且つ年中組では、目立って身長の差がないから、真正面で見ない限り、見分けがつかない。

ちょうど、玉入れに向かうところだったので、出場門のところで一寸だけ顔を見た。
こちらは、日差しがきつかったのでサングラスを付けたままであり、連れ合いの孫は分からなかったかも知れないが、急いだあまり、うかつにも帽子を被るのを忘れていたので、スキンヘッドの頭から認識してくれたのではと思っている。

2組に分かれて玉入れをするのだが、玉入れの籠を取り巻いて座る青い帽子の園児達の中で、連れ合いの孫を見いだすことはついに出来なかった。
しかし、赤い玉を入れる孫が属する魚さんチームが、2回の玉入れに勝った。統制の取れた玉入れだが、中に熱心に参加してなく、外をぐるぐる回りながらこぼれた玉を真ん中に投げ入れる子もちらほら居た。

後で、お父さんに聞いて分かったのだが、唯一個性が出ているのは靴下なのだそうで、赤に黒い靴下をはいているのが我が子ですと言われ、それを目当てに探しても、しゃがみ込んでいれば見えないし、なかなか判別が難しかった。

そうこうするうちに年長組のリレーが始まった。ほぼ全員が参加するのであろう、5-6組に分かれて、バトンもタッチしての本格的なリレーである。最近は、モンスターピアレントとやらの出現で勝ち負けを決めないのが主流だと聞いていたが、はっきり競争の場面であった。

運動会の花形は、玉入れでも騎馬戦でも、棒倒しでもなく、やはりリレーだと思っていたし、運動能力のある子がもてはやされるのは当然と思っていただけに、やや安堵したが、個人のセレクトメンバーによる競争は、見えなかった。幼稚園だからそうなのだろうか。

全員参加のリレーのアンカーがゴールのテープを切る場面も、先生方はテープを上に差し上げて、その下を駆け抜けるというやり方であった。
連れ合いは、中学校の運動会にも顔を出さないといけないとかで、私も同時にそこを引き上げた。
中学校のリレーはどうなのかと少し気にはなったが、私は、そのまま見ずに帰った。



特に両親や、祖母は我が子が走ったり、動いたりしているのだけが関心事で、カメラやビデオは全体を向かず、我が子だけを追っているのである。自分もそうするだろかなと思うと、おかしくなるが、全体の中のバランスと言うことは論外で、我が子が如何にあるかだけが関心事であるといって良い。

中学時代だったかでは、リレーには、地域対抗というのがあって、地区別の大人の参加者も混じって競争するというプログラムがあり、地域結束の力になっていたようなことを思い出した。

最近は「個」を大事にするという原点であるから、「個」ばかりが前面に出る。これをかろうじて進行を務める先生方が「団」にまとめているのである。

日経の「私の履歴書」などを読んでいても、幼稚園児の頃はどうだったということはあまり書いていない。私などは幼稚園に通ったことがないので、余りよく分からないが、こういった小さな時に情操教育が成され、大人になった時の基盤になっていくのであろう。

しかし、日頃から箱の中に閉じこめられ、決められたスケデュールのまま、淡々とこなす運動会が、後の思い出に繋がっていくのだろうか。島本町にはまだ畑や田んぼが残っている。しかし、ここに入って遊ぶことなど許されていない。



幼稚園児達は、今、人生のスタート地点にいるわけで、人生はたった1度しかない。そして、私の人生も1度しかなかったわけで、之がベストだと言うことは出来ないし、多くを経験していないから、どういった方向が正しいのか知る由もない。

帰宅してしばらくすると、日本人2人がノーベル化学賞を受賞したとのニュースが入った。日本人受賞は喜ばしいことであり、民族の誇りであるという気がするが、このお二方も、早くから頭脳流出組に数えても良いほどの方々である。

末は博士か大臣か、といった時代も遠くなってきたようであるが、未だノーベル賞は(平和賞を除く)権威のある賞であることには違いない。
さて、今日の幼稚園の園児達の将来はどうなるのだろうかと考えてしまった。





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Last updated  2010.10.07 05:15:21
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