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2010.11.08
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カテゴリ: カテゴリ未分類
以前に日経新聞の自由意見欄である、「領空侵犯」にこんな見出しが載っていた。

要は、消費税の増税ではなく所得税の累進制強化を主張する東京工大上田準教授のインタビュー記事である。主張の根源は、徴収された税が社会の適切な個所に分配されていないという不満である。

近来まれに見る主張であり、私も、消費税しかないという風潮に、仕方がないということを感じる反面、日本も弱者に優しくない国になってしまったものだと感じていただけに、こういう意見を紙面に堂々と載せる人が居ることに一寸気を引かれて。

所得税が多いと、金持ちは税金の安い外国に逃げていくといわれるが、その点について何か打開点がありそうだという訳だ。もしそう言うメンタリティーなら、そうすればいい、日本を捨てて海外で生活できるのならそれも良いというのだ。

上田氏は、52歳で宗教人類学者だとか紹介されている。そもそも、経済の機構が、世界の全ての尺度になっている世の中への警鐘とも受け取れる意見である。とにかく仲間を大切にする意識が富める者の義務であるという意見なのである。

私は初めて聞く理論で、文化人類学には「交換理論」というものがあって、2者の間の貸し借りを直接やり取りするのが、「限定交換」というのと、多人数の間で、自分がもらった相手と与える相手が対応しないで、この収支が見合うまでには時間が掛かる、「一般交換」があるのだそうだ。ギスギスした貸し借りゼロの追求社会であっては信頼喪失を招くというのだ。

新自由主義という言葉を使って、アメリカなどの例を引き、アメリカや西欧諸国では、社会的な競争の敗者(これを負け組と称するのだろうか)を全人格的に否定しない社会であるというのだ。まずその根柢にあるのが、宗教なのだそうで、日本はその点が希薄になっていると言うことのようだ。

日本でかつてあった、隣組のような、助け合いの精神が、最近は薄れていると言うことなのかも知れない。共同体の安全ネットが、今の日本では、弱体化し、欧米化した新自由主義に走っているが、弱者を思いやると言うことを忘れた繁栄に酔っていると言うことなのかも知れない。構造改革などで、規制を解いた故にとりわけ弱い立場の人間を追い詰めて居場所を無くした結果となっているということだ。

氏は、これを信頼社会の崩壊と呼び、太平洋戦争の敗戦、バブルの崩壊による経済的敗戦に次ぐ、戦後日本の第三番目の敗戦だという。之に対処するために、信頼社会の再構築が、必要で、そう言ったか観点から税制改革を見ていくべきだという話だ。


富を得、膨らませた原因は、色々あるだろうが、自分一人で成し遂げた訳ではなく、社会の中で行われた行為であるから、そのお金を、社会に還元すべきだというのが、その意味ではないかと読んだ。

紙面だけではなかなか理解しにくい面もあるが、例えば、前首相の鳩山一家にあっては、いみじくも「私は裕福な家に生まれたから・・・」と平然と言いながら、リーマンショックでは、何十億もの損失を出したと、馬鹿な弟が、暴露するなど、金に関して無頓着で、敗者の心を逆なでするものであった。

一国の総理が、そう言った感覚では、調和と秩序が保てる訳がないと感じたものだ。

西洋には、ノーブレス・オブリージュ (仏語=高貴なる義務)という言葉があり、英語では「ノーブル・オブリゲーション」と言うのだそうだ。一般的な意味では、財産、権力、社会的地位の保持には責任が伴うことを言うのだそうだが、その一方で、実際の歴史では、貴族などの特権と贅沢を正当化する隠れ蓑となった側面もあるのだという。

この言葉の起源は聖書 「ルカによる福音書」12章48節に由来しており、そこには、「すべて多く与えられた者は、多く求められ、多く任された者は、更に多く要求される。」とある事による。
宗教的な基盤が厳然とした彼らの生活の中には、こういった精神が脈々と生きていると言えるのかも知れない。

日本では、明治以来の華族制度は表面上ではなくなったが、富の偏在という形で、脈々と生きている。
一旦富を手に入れれば、権力も手に入れるし、それが後先でも、同じである。時が権力を得たり、権力が富を得たり、そうして出来上がった構図は、自己増殖的に増え続ける。

国民が、疲弊し、喰うものに困っている場合でも、彼らは、制度を云々するだけで、率先して、「求められる多くのこと」を為していない。
例えば大災害に見舞われた場合でも、必ず、不特定多数の国民に、少ない拠金を求めるだけで、大金をはたいて、援助する金持ちの存在をあまり聞いたことがない。

日本で最もノーブレスといえば、国民の象徴である天皇である。天皇家の歳費の何パーセントかを削って、こういった災害に拠金したなどと言うことは、過去に記憶がない。もしそう言った率先垂範が有れば、「赤子」の内の富者は黙っては居られないと思うのだが如何であろうか。



共和党の言い分は、「高所得者は懸命に働いて得た結果得た報酬であって、そう言った努力の結果である報酬を税金でより多く強制的に徴収するのは個人の所有物を略奪するのと同じだ」という本来自由主義者としての哲学故である。

日本では、「所得税」を口に出すと敗者になり、アメリカでは「高額所得者増税」を口にしたら負けると言うことだ。

洋の東西を問わず、合法的であろうが、多少力ずくであろうが、既得権益を得たものが、それを手放すことは、先ず大きな抵抗に遭う。
今NHKで「龍馬伝」を放映しているが、明治維新における「大政奉還」程、難しいことはなかったのではないか。薩摩、長州そして土佐はこれを武力でしかなしえないと思っていたが、一人坂本龍馬が説得してこれを為したとあるが、それほど生やさしいものではなかったと思う。

私が民主党を支持していた根拠は、自民党時代に営々として築き上げられてきた、負の既得権益など、理不尽で勝者に有利な例えば天下りなどについて英断をふるってもらえるからとの期待からだ。


ろくに政治や歴史の勉強もせず、哲学を持たないただただ、知名度があるというだけで選ばれた政治家に何も出来ないのは至極当然のことである。一般の国民は何故、このような人間を選んだり、又自らの意思表示をしない(棄権)するのだろうか。

国の歪んだ財政を、簡単に「消費税増税」が駄目なら「国債」の垂れ流し発行で済まそうとしないで、本当に深部にメスを入れて改革を断行できる人物が出ない限り、救いはないと思っている。





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Last updated  2010.11.10 05:25:23
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