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2010.11.10
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日経新聞に掲載されている十選で、前(10月11日)の続きで取り上げた。
ランダムに気に入ったものを取り上げ、また鑑賞していく。

まず、「静かなる構図」として掲載された作品である。前回も気になっていたが、ジョットの「宮詣り」という作品が紹介されているのだが、インターネット上では探し得なかった。

キリスト教の原点のような作品で、「七つの祭壇画」の一部だという説明だ。真ん中の赤子(キリストであろう)中央の建物で受け渡しをしているように見える。これが日本の宮詣りと同じような意味を持つ、違った儀式なのであろう事が、描かれている人物の厳かさから感じ取れる。

次は、フラ・アンジェリコの「受胎告知」である。受胎告知は多くの画家が手がけているが、フィレンツェのサン・マルコ美術館に収蔵されている作品で、連れ合いとイタリア旅行時に見て、感動した作品でもある。羽を付けた天使ガブリエルが、椅子に腰を掛け少し前屈みで、座るマリアに受胎を告げている構図だ。聞くマリアは、ガブリエルの声を聞きやすいように顔を少し傾けているようであり、ともに胸の前で手を交差している図である。

ガブリエルは、旧約聖書「ダニエル書」に出てくる天使でユダヤ教からキリスト教、イスラム教へと引き継がれていく天使である。西洋美術においては時に優美な青年として描かれているが、この作品のガブリエルは女性である。いずれも厳かな雰囲気であり、懐妊を喜ぶお祭り騒ぎでないことは確かである。

続いて、ラ・トゥールによる「悔悛するマグダラのマリア」である。ラ・トゥールは多くの悔悛するマクダラのマリアを描いているが、ここで取り上げられているのは、「聖なる炎の前のマグダラのマリア」と呼ばれる作品で、1本のろうそくを見つめながら膝にはしゃれこうべを抱えている奇妙な構図である。
闇に光ろうそくの炎が印象的な絵である。

静かなるものとして、フェルメールの「青衣の女」が取り上げられている。作品数が少ないことで知られ、しかもその意味故か人気の高い画家である。彼は風景画を2点しか描いて無く、後は室内の特に働く女性の姿を捕らえている。「青衣の女」は妊娠しているとも見られる女性が左の窓から差し込む光を頼りに(夫からの?)手紙を読む静かな一時であろう。座っていないのは、座れば光が届かないほどの暗さかも知れない。


通常の画家は、地平線を画面の下から1/3くらいに描くが、ミレーはその逆で、地平線を下から2/3と高い位置に書くのが常であった。この羊飼いの少女の地平線は2/2よりもやや高い感じであるが、こういった意味は、ミレーが如何に大地を大切にしそれを描いた画家であることが分かるというのである。

他にも静かな作品は多数有り、十選に選ばれてはいるが、モンドリアンなどのシュールな作品は私にはどうも理解の範囲を超えているようだ。

アメリカ文学に生きる「響き合う言葉と美」という十選では、エル・グレコの「トレド風景」が選ばれていた。現在のトレドも知らない私であるが、16世紀のトレドはこういった状態だったのかと、それでも信じられない気のする、暗雲がたれ込めたような、一瞬くらい印象を受ける作品であるのだが、そこには、何か惹きつけるようなものがある。

セザンヌのお馴染み「サント・ヴィクトワール山」が紹介されているが、何枚も描いた中で、私や連れ合いが最も好きな構図の作品ではない。紹介された絵では、サント・ヴィクトワール山そのものは、眼前の木で遮られている。むしろこの手前の木が主題ではないかと思わせるほどである。
遠く、マンソンリー(石造り)の橋が見えるが、いかにも西洋風という感じである。
もう少し描く場所を右に場所を移した同じ絵が、最も好ましい絵だと感じている。

マネの「オランピア」は、ゴヤの「裸のマハ」やティツィアーノの「ウルビーノのヴィーナス」がベースにあるとされる。この娼婦の一糸まとわぬ裸婦像は、サロンに入選するも、露骨に娼婦を描いた卑猥な作品として1863年の「草上の昼食」以上の大きなスキャンダルと物議を醸した。この作品は、オルセー美術館でも通路の真ん中の壁に1つ孤高を保つように飾られていたことを思い出す。ウルビーノのヴィーナス」では足下に「従順」を象徴する犬が描かれているが、「オランピア」では高ぶる性欲を示す、尾を立てた黒猫に変わっているところが、この絵が娼婦であることを如実に表している。

ドイツの画家、ハンス・ホルバインの「大使たち」は左に駐英フランス大使、右に友人の司教を描いた作品で、威厳のある大使と、学識有る牧師の表情を鋭い筆使いで描いている。雑多に配される、弦の切れたリュートや棚の上に置かれた物はそれぞれ寓意的な意味を持っているという。中でも床に描かれただまし絵的な変形した頭蓋骨は有名で、之は、権力の危うさと死が予言されているのだという。

ジョットの「聖フランシスコ伝 小鳥への説教」は全部で28場面ある「聖フランチェスコ伝」の一場面である。私たちはいけなかったが、イタリアのアッシジに建てられた教会のフレスコ画で、13世紀の権力と冨への執着によって腐敗したカソリック教会を批判した作品である。

「母性と女」を題材にした中で、西洋美術に関してのみ取り上げると、まず、ドラクロワの「激怒のメディア」がある。神話と、宗教がかったドラクロアの激しい絵画は私の好むところであるが、このメディアは英雄である夫イアソンが心変わりして、浮気をしたイアソンへの復讐心と嫉妬と狂気が入り交じった凄まじいもので、抱えている二人の子供はイアソンとの間に出来た子であるが、女の部分が、母性を遙かに凌ぐという、現在の風潮にも似た、普遍的意味を持つ絵画である。

ボッティチェリは何枚もの聖母子像を描いている。ここで取り上げられているのは、「バラ園の聖母」と名付けられた作品で、ドラクロワの「激怒のメディア」とは対照的な、穏やかな母子の情愛が伝わってくるやさしい絵である。


最後に、クリムトの「人生の三段階(女の生の三段階、人生の三世代)」が取り上げられている。
幼少期、若年期(青年期)、老年期と人間の人生における段階を集約して表現した作品である。ここでは女性の人生の3段階が描かれており、若年期を表す、若く美しい女が、幼少期の女の子供を抱き、その背後に老年期となる醜く老いた老婆が配されている。若年期と幼年期の2者は瞳を閉じ、穏やかな表情を浮かべながら互いを慈しむように抱き合っている。

これらは若年期と幼年期の輝く若さと純潔性、そして未来への喜びを意味しているのだが、一方、左手で顔を覆い、うな垂れるかのような姿態の痩せ衰えた老年期の老婆の姿は、若年期と幼年期の若さと希望に満ちた姿とは対照的に、否応なしに訪れる人生の終着「死」を予感させる。

題材として女性が描かれているのは、男性に比べ、その華やかな時と老いて醜悪になる時の落差が女性の方が大だからだろうか。私などの場合も、客観的に老いることと外観上のやや醜悪になることは否定し得ない事実と知りながらも、老境に入って尚、内面的には輝き続けたいと思うのである。
人生の終末を如何に過ごすかは、それこそが重要なことではないかと考えるのである。





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Last updated  2010.11.14 18:46:02
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