新生のらくろ君Aの館

新生のらくろ君Aの館

PR

×

Profile

のらくろ君A

のらくろ君A

Comments

GX革命の旗手久保田玉鋼最高峰@ Re:第4の革命(カーボンゼロ):GXの衝撃(07/24) ルパン三世のマモーの正体。それはプロテ…
マイコ3703 @ 思わず初コメしちゃいました(*^^*) 私もブログを書いているんですが内容が偏…
のらくろ君A @ Re[1]:海の大動脈活況(シンガポール)(06/08) やーやさん そう、アクリル画でしたね。 …
やーや@ Re:海の大動脈活況(シンガポール)(06/08)  私もお名前書き間違って、女流画科さん…
やーや@ Re:海の大動脈活況(シンガポール)(06/08) 素敵な「ひつじ達とお散歩」は ポスター…

Favorite Blog

のらくろ君 のらくろ君さん
八十艮の広場 八十艮7633さん
ようこそ ばあこ … ばあこ5577さん
こんにちわ♪ kalunguyeyeさん
何の日=つぼんち16 つぼんち16さん
2012.01.01
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類
(前の十選は後日記入する)

冬至も末候「雪下出麦」と言うことで、之からますます寒さが増そうかという中、雪の下では麦が芽を出している候だそうだ。
暮れに友人夫妻と、連れ合いの従兄の店でカラオケ忘年会をして、我々なりに昨年の憂さを晴らしたのだが、東日本の悲惨な事故と災害は、年が改まったと言うだけで解消されるものではない。
幸か不幸か、関西に住む我々には、殆どその影響もなく、新玉の年を迎えることが出来た。そんな平凡なことが実に有り難いことであり、平凡でいられることが、幸せなのだという実感する年の初めである。

連れ合いは、今年の正月は、おせちも市販の品ですまそうなどと、簡便に考えていたようで、私自身もたった2人のことでもあるし、沢山食べられる年齢でもないので、そんな方向で考えていたが、カラオケ忘年会が終わった、翌日には、息子のお嫁さんが、お節の手ほどきをお願いしますと言うことになったらしく、急遽材料から、買い集め、暮れの30日から、一生懸命孫を含め、暮れに帰阪した姫を含め3人協力して、7人分の料理をつくる羽目になったようだ。

私自身は、マンションで、好き勝手に過ごしていたが、連れ合いと姫とお嫁さんは、台所でいろいろと忙しくしていたようだ。
大晦日には、既に、出来上がったお節を含めた、オードブル昼食会となり、それは、正月の前哨戦であった。そのまま夕食も、共にした。姫の大晦日は、毎年欠かさぬ新年のカウントダウンに出掛けたり、新春の夕食は友人達との会合に出掛けたりと忙しかったようだ。太郎君達も皆、初詣に出掛けたが、今年は寒いこともあって、2人の夜はおとなしく、家で、テレビを見ながら、行く年来る年に思いを致した。

今年は西暦2012年であり、和暦では平成24年に当たる。丁度4で割れる閏年であり、オリンピックの開催年でもあるわけだ。当然来月(2月)は29日あるということになる。当たり前のことが、当たり前のように粛々と行われるのであるが、東北地方の人達にとっては、尋常ではない年明けと言うことでもある。昨年の3月11日であったから、最早数ヶ月で1年が経とうとしている。

私は直接影響がなかった、幸運な立場だが、関西も16年前の1995年1月17日には阪神淡路大震災を経験しているわけだ。私が大阪に帰ってきたのは、今年で6年目を迎えようとしている訳で、大阪に帰った当初は、如何に若い頃に住んでいた第2の故郷であっても、慣れるまでには、若干の時間を要した。その時間の一時一時を辛抱強く、連れ合いが付き合ってくれたおかげで、今では、ずっと、大阪に住んでいたかの如く、違和感もなく過ごさせて貰っている。



話はちょっと横道にそれたが、年頭に当たって、初詣などで、よくよくその年が良い年でありますようにと何くれと願う年は、今までは、その前年があまり良くなかった年だったように思う。今年は、単純に、この平凡な暮らしが、つましくも続けられることのみを願えばそれで良いと思うようになった。
今の自分は、東北地方の人の例を持ち出す迄もなく、極めて恵まれて幸せを感じている。連れ合いの存在が、大きいことは勿論だが、良き友人、良き先輩に恵まれて、地域の人にも何かと組み入れてもらえていることを考えると、これ以上の幸せは無いと考える。

私が、大阪に帰ることを決めたことが、萎んでいく人生を、このように期待以上に前広な広がりを持った、快活なものに変化するとは自分でも驚いている。
この5年ほどの間に、旅行と名の付くものは、43回、行楽で出掛けたのは、83回を数えるまでになった。5年半ほどで、126回もの行楽に出掛けていることになるわけで、自分でも驚いている。

之には、映画を観たり、美術展に言ったりすること、また、NHKの講座などに行くことは入っていないわけだから、ほぼ毎日遊んでいるような状態である。時々こんな事で良いのかと思うことはないことはないが、健康で暮らせることが、如何に大切なものであるかを実感している。

かつては、生産業務に関わっていないと、存在価値がないと思うばかりであり、現在でも、何ら生産活動に従事しない事はある種罪悪感もあるのだが、ボランティア活動をすることもあまり考えず、友人らが、何らかのボランティア活動をしていることを聞くと、自分はどうかと、少々気がかりになることもある。

さりながら、自分が会社勤めの間に渾身の力で働いてきたことが、現在のように、簡単に、為替の問題や、技術者を無視したマネーゲーム、自分だけ良ければいいという考え、やらせ、等々、一体世の中は、何を考え、何処に向かおうとしているのかなどを思うとき、個人の力はあまりにも小さく、力のないものだと思ってしまう。ではどうすればいいのか、と言うことなどないのだが、先ず言えることは、自分自身が幸せであることが必要ではないかと言うことだ。

自分が幸せだと言うことは、少なくとも他人に迷惑を掛けることが少ないわけで、いずれの時にか、他人の役に立つことに出くわすかも知れないと云うことだからだ。
かつて、自分を律しきれないときには、自分自身が幸せでないことは勿論のこと、他人に迷惑を掛けることも多々あっただろうと思うわけだ。

昨夜から今日に掛けて、時々テレビの紅白歌合戦を見るだけで、昔のようにかぶりつきで見なくなったのは、自分が変わったのか、世の中の流れに付いていけなくなったのか、とにかくずっと見ている根気が無くなったという方が正しいかも知れない。

今年は、年末の連れ合い家族全員での年越しの夕べに引き続き、年初から、連れ合いの作ったお雑煮を食べることが出来て、何とも有り難いことである。連れ合いについては、今年で、教員生活に終止符を打つことになるだろうが、之ばかりは下駄を履いてみないと解らない。



今後30年以内に発生する確率非常に高いと想定されている東海、東南海、南海の連動地震についてはただ手をこまねいているばかりで、如何に自分が(人間が)非力であるかを思い知らされる。
去年あれだけの仕打ちを受けながら、即座に原発縮小に向けて国民のベクトルが統一しないのを見て、最早、善悪、価値感、いろいろなものが、多様化していて、且つそのベースが、自己中心的であり、他利を願うことが無くなっていくのをまざまざと感じる。

そんな日本が、対外的にイニシャティブを取れるとは思わないわけで、先行き余り明るい見通しにはならないが、それでも1年1年を必死に生きていき、気を長くして、救世主の現れるのを待たなければならないだろう。

最後に、アラブの春の延長で、シリアの無謀さを世界はどう処断するのか、パレスチナの問題かどうなるのか、北朝鮮は相変わらず、何の変化もないのか、中国や、韓国も変わらないのか。EUは、ユーロは生き残れるのかといった、世界の抱える問題を、今年はどの程度解決できるのだろうか。日本の首相に期待するところは、極めて少ないが、アメリカの大統領、ロシアの大統領は選挙を経て、どう変わるのか、流転する毎年が今年はどのようにまわるのか、見守っていきたい。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2012.01.12 07:44:04
コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: