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2012.03.03
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カテゴリ: カテゴリ未分類



之を旧き良き時代の風習というのかも知れないが、私の家では、5人の姉が居たが、ひな人形などと言うものは見たことがない。之もまた富める者とそうでないものとの物差しと言うこともあり、また家が十分に広くないとか、人間優先で、とても人形どころではないと言うところもあるだろう。

鴻巣では「ビックリひな祭り」とかがあるそうで、数え切れない程のひな壇に、又数え切れない人形を飾っている写真を見たことがある。家庭でのひな人形は無いところが多く、あっても押し入れの肥やしになっているのが落ちだろう。

核家族化した現代では、1テンポ遅れた日本の風習はどんどんとその姿を消していき、公共の場でのショーのようなものでしか見ることは出来なくなるだろう。

時代の流れは確実に速くなっているようだ。よく年寄りは呆けると言うが、それはそれで当たっているだろうが、現代では、人の動きに比べて世の中の相対スピードが速くなっていると云うことなのだと思う。
年寄りも良くそれに付いていけばいいのだろうが、やはり、反射神経など加齢による身体能力の低下は如何ともしがたいものがある。

最近では、特に言葉の省略などにその事が表れているかも知れない。フルネームで言うと、時間が掛かりすぎて、なかなか会話が進まないから、若者は、極端に省略用語を使うのだそうだ。そして、それが世間一般に定着するケースも多い。

携帯電話が世に普及し始めたのは、1996年頃だという。それまで、造船所などでは、ハンディートーキーで、こちらが話しては「どうぞ」と、相手に喋らせると言った交互通話だったことを覚えている。それが、可搬型の電話となり、自動車電話にそれを搭載して、これ見よがしに使っている車に乗せて貰ったことがある。きざだとは思うが、なるほど便利なものだと感じた。

それが、2000年代に入る前には、手持ちで、ポケットに入る大きさとなり、会社から携帯を持たされるといった時代がやってきた。この時既に携帯電話は携帯と省略され通じている。この携帯、掛けたい時に掛けられるという利点はあるが、逆に何時でも掛かってくると言った厄介なものでもあった。


元々電話自体が嫌いだったので、自分が進んで携帯を持つことはなく、それで十分に事が足りていた。それでも2005年頃であろうか、個人持ちの携帯を持つようになった。しかし、之と言って掛けるところはないし、掛かってくることもない。携帯電話は簡単に掛けられるが、勿論、高額な料金が掛かると言うことも認識していたので、持っているが、なかなか掛けないといった調子だった。

馴れないものを持つと、ろくな事はなく、ポケットに入れたまま、洗濯したり、落としたりと、使うよりもトラブルが多かった。
当事の携帯電話は従量制で、基本料金は掛かるが、使わなければそれ以上料金は掛からないと言った具合であったから、なかなか、使うこともなかったし、使う相手もいなかった。

そのうち、インターネットにも繋げるとかという話になり、携帯電話で、簡単なメールが打てる、と言うことにもなった。しかし、一寸、梅田のグルメ店を検索しようとして時間が掛かると、法外な請求が来たことがあった。それからは、そう言った無謀(?) な試みはしなくなった。

しかしほどなく、パケットし放題とかで、定額料金までは従量制だが、一定額(之が結構高い)を越えるとそれ以上はインターネットもし放題というシステムが導入された。

インターネットはパソコンでといった固定観念を持つものとしては、携帯でインターネットを利用することもなく、画面が小さいので、実用的でもない。それでも若い人は使いこなしていたようだ。メールもよく使う人は、その打つスピードは半端なものではなく、両手で操ったり、電車の中でも片手で親指をリズミカルに動かす光景を良く見る。

最近は、空いた電車に乗るようになったが、車両に入った瞬間に座っている人のほぼ3割強は、そう言ったメールをしている人達である。ものも言わず(勿論1人だからだが)せっせとメールに専念しているのである。こんな光景は今まで見たことが無く、今までは、大概の人は、こっくりこっくりと居眠りをしているか、ネクタイを締めたサラリーマンが、ビジネスバッグからやおら週刊漫画本を出して読み始めると言った光景が多かった。

その携帯電話の日本での普及率は90%を越えていると言うことで、なるほど持っていない人は相当なお年寄りか、心臓ペースメーカーなどを使っている人ぐらいである。その携帯電話が、あと4年もすると世界でも100%近く普及すると見込まれている。海外で、電話を借りて使う場合、SIMカードなるICカードを挿入するだけで、どんな機種でも使えるという便利さがあったが、日本の携帯だけは使えなかった (日本の携帯のガラパゴス) 。自分の持っている携帯で国際電話を掛けると法外な値段が請求されると言うことで、このSIMカードが使えるようにSIMフリーとすることが一時問題になったが、その後どうなったのか、トンと話は聞かなくなった。

そうこうしている内に、今度はスマートフォン(高機能携帯電話)の登場である。之も「スマホ」という名で通じるというか、一々スマートフォンなどと言うのは時代遅れのようなのである。ここで話はずれるが、スマートフォン(ホンでなく)は、英語でSmartphoneと書くわけで、「ph」の発音は「f」の発音と同じく、下唇を上の歯で軽く噛んで発音すると英語では教えるのだが、日本語は「スマートホン」でもなく「スマホ」なのである。一方では、英語の普及をと言い、小学校から英語教育をと言いながら、SmartphoneをSumahoと言っていたのでは、何をか況やである。

ついでに言うと、私の関係している住民委員会で活き活きした街作りのテーマを、「ビビッド」と称しているが、私は「ヴィヴィッド」と称した方が良いと思っている。「Bibid」ではなく「Vivid」だからだ。何時の頃からか、「ヴィ」を「ビ」と簡略化(?)してきたようだが、間違っていると思う。
私も、恥ずかしながら、依然、ついうっかり「Our cheam」と書いたことがあった。友人に「team」だけどな、と言われたが、之も日頃、「チーム」と言っているからで、「ティーム」と言っていれば、こういった間違いも少なくなるのではと思っている。



思えば隔世の感がある。20年足らずで、モバイル(携帯)なんて夢だと思っていたのが、今や、スマホである。パソコンの売れ行きと逆転したと言うし、この間、更正法の適用申請したエルピーダメモリが製造していたDRAMは既に斜陽化して、最近は、クラウドという雲を掴むような所にデータなどを保存できると言うし、現在のスマホを使うことによってグリッドコンピューティングや、スマートシティーにも対応が可能だと言うことである。

エルピーダメモリもこういった流れを知ってか、知らずか、おそらく之からも、名前の通り、日進月歩のIT社会では、一寸気を抜くと既に流行遅れの浦島太郎に成りかねないわけだ。
あと20年も生きているつもりはないが、その頃にはどういった生活体系が出来ているのだろうかと若干興味がある。リニアモーターは走っているし、スマホは進化しているだろうし、忙しい世の中になっていて、「おひな祭り」なんて、そんな風習も歳時記にはあるねと言うことになっているかも知れない。





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Last updated  2012.03.07 09:56:03 コメントを書く


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