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2012.03.05
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第四十六段
【本文】
柳原の辺(へん)に、強盗法印と号する僧ありけり。度々強盗にあひたるゆゑに、この名をつけにけるとぞ。

【訳文】
 京の柳原のあたりに、「強盗の法印」と人が呼ぶ僧があった。たびたび強盗に出くわしたというので、世間の人がこの名をつけたということである。

【注釈】
・法印:僧位の最高

第四十七段
【本文】

 有り難き志なりけんかし。

【訳文】
 ある人が清水の観音へ参詣に行った時に、途中で一緒になって行った、年とった尼が、道々、「クサメクサメ」と言いながら行くので、「尼さま、何のことをそのようにおっしゃるのですか」と尋ねたけれども、返答もせず、やはり言いつづけていたので、何度もそのわけを尋ねられて、腹を立てて、「ええうるさい。くしゃみした時に、こうまじないを言わないと死んでしまうものだと世間で申すので、私の育てた若君で、いまは比叡山に稚児でおいでになる方が、今すぐにもくしゃみをなさるだろうかと思うと、心配になって、こう申しているのですよ」と言った。
 珍しく殊勝な好意であったのだろうよ。

【注釈】
・くさめくさめ:くしゃみをした時、唱える呪文
・やゝ:うるさいと言うほどの意
・鼻ひたる:くしゃみする

第四十八段
光親卿、院の最勝講奉行してさぶらひけるを、御前へ召されて、供御(ぐご)を出だされて食はせられけり。さて、食ひ散らしたる衝重(ついがさね)を御簾の中へさし入れて、罷(まか)り出でにけり。女房、「あな汚な。誰にとれとてか」など申し合はれければ、「有職の振舞、やんごとなき事なり」と、返々(かえすがえす)感ぜさせ給ひけるとぞ。

【訳文】  


【注釈】
・光親卿:藤原光親
・供御:上皇・天皇などが食べる飲食物
・衝重:檜で作った食器台

第四十九段

老来りて、始めて道を行ぜんと待つことなかれ。古き墳(つか)、多くはこれ少年の人なり。はからざるに病を受けて、忽(たちま)ちにこの世を去らんとする時にこそ、始めて、過ぎぬる方の誤れる事は知らるなれ。誤りといふは、他の事にあらず、速かにすべき事を緩くし、緩くすべき事を急ぎて、過ぎにし事の悔しきなり。その時悔ゆとも、かひあらんや。
 人は、たゞ、無常の、身に迫りぬる事を心にひしとかけて、束の間も忘るまじきなり。さらば、などか、この世の濁りも薄く、仏道を勤むる心もまめやかならざらん。
 「昔ありける聖は、人来りて自他の要事(えうじ)を言ふ時、答へて云はく、『今、火急の事ありて、既に朝夕に逼(せま)れり』とて、耳をふたぎて念仏して、つひに往生を遂げけり」と、禅林の十因に侍り。心戒といひける聖は、余りに、この世のかりそめなる事を思ひて、静かについゐけることだになく、常はうづくまりてのみぞありける。

【訳文】
 老いがやって来て、その時に、はじめて仏道を修行しようと待っていてはならない。古い墓は、大部分ば、年少で死んだ人のものなのである。このように、人はいつ死ぬかわからないのであるから、思いがけず、病気にかかって、にわかにこの世を去って死にゆく時になって、やっと、いままで過ぎ去ってしまった期間のまちがっていたことが自覚されるものなのだ。そのまちがいというのは、ほかのことではない、速くしなくてはならないことをのんびりと後廻しにし、いつやってもよいことを先に急いでやって、生涯を経過してしまったことであって、それが、死にぎわに後悔されるのである。しかし、その時になって後悔しても、何の効果があろうか。
 人間というものは、ひたすら、無常、即ち死がわが身に近く迫ってしまっていることを心中にしっかりと保持して、わずかの間も忘れてはならないのである。こうした心がけでいるならば、どうして、この現世に執着する邪念も薄くならないであろうか、また、仏道に精進努力する心持もまじめでないことがあろうか。
 「昔いた高徳の僧は、仙人が来て、おたがいの大切な用件を話す時に、それに答えて、『いま、至急なことがあって、もう、わずかな時間内に近づいているのだ』と言って、相手の話を開かず、耳をふさぎながら念仏して、とうとう極楽往生をとげた」と、『禅林十因』という書にございます。また、心戒といった高徳の僧は、この世の一時的ではかないことを余りに思いつめて、静かに膝をつけてすわることさえなく、いつもは膝をつけずにしゃがんでばかりいた。

【注釈】
・無常:ここでは死の意味
・うづくまり:膝を立ててしゃがみ込む

第五十段
【本文】
 応長の比、伊勢国より、女の鬼に成りたるをゐて上りたりといふ事ありて、その比廿日ばかり、日ごとに、京・白川の人、鬼見にとて出で惑ふ。「昨日は西園寺に参りたりし」、「今日は院へ参るべし」、「たゞ今はそこそこに」など言ひ合へり。まさしく見たりといふ人もなく、虚言(そらごと)と云ふ人もなし。上下、たゞ鬼の事のみ言ひ止まず。
その比、東山より安居院辺(あぐゐへん)へ罷り侍りしに、四条よりかみさまの人、皆、北をさして走る。「一条室町に鬼あり」とのゝしり合へり。
今出川の辺より見やれば、院の御桟敷のあたり、更に通り得べうもあらず立ちこみたり。はやく、跡なき事にはあらざンめりとて、人を遣りて見するに、おほかた、逢へる者なし。暮るゝまでかく立ち騒ぎて、果は闘諍(とうじょう)起りて、あさましきことどもありけり。
その比、おしなべて、二三日(ふつかみか)人のわづらふ事侍りしをぞ、かの鬼の虚言は、このしるしを示すなりけりと言ふ人も侍りし。

【訳文】
 応長元年のころ、伊勢の国から、女の鬼になったのをひきつれて都へ上って来たという事件があって、そのころ、二十日ばかりの間、毎日、京都や白川の人々が、その鬼見物にといって、やたらと外を出歩いた。そして、「昨日は、西園寺に伺ったんですってね」、「今日は、上皇様の御所へ参るようです」、「ちょうど今は、どこそこにいるらしい」などと言い合っている。確実に見たという人もいないし、まったくのうそだという人もない。貴賤上下の人たちは、やたらに、鬼のことばかり噂してやまないのである。
 その当時、東山から安居院のあたりへ参りました時に、四条通りから北にかけての一帯の人たちか、みんな、北へ向かって走って行く。そして、「一条宝町に鬼がいるぞ」と一緒に騒ぎ立てている。そこで、今出川のあたりから見渡すと、院の御桟敷のあるあたりは、全然、通りぬけることもできないほど、人が雑踏している。もともと、根のないことではないようだと思って、人を行かせて様子を見させたところ、全然、鬼に逢った人がいない。しかも、日の暮れまで、そのように人々が立ち騒いで、しまいには、喧嘩が始まり、あきれかえった事がいろいろあった。
 そのころ、世の中に広く、二、三日、人々の病気することがございましたので、あの鬼についての流言は、この病気の流行する前兆を示すものであったのだと言う人もございました。

【注釈】
・ゐて:引き連れる
・かみさま:以北
・跡なき事:無根の事実
・闘諍:いさかい、けんか





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Last updated  2012.03.08 18:45:03
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