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2012.03.30
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行きと違って、要領は分かっているものの、ほぼ満員に近いバスは、結構長い距離を走り続ける。最初のストップはデスティネーションオンリーで、ここで降りてはいけない。

又暫く走り続ける、如何に大きな飛行場かは知らないが、よそ道を走っているのではないかと疑うほどだ。
そうする内に黄色いトランスファーのストップで降りる。そこで旅行組は一旦集まったが、階上に上がり、そこは見慣れたデパーチャーのフロアだった。来た時も思ったのだが、ガスが湧出しまくる前のカタール空港は、貧相で、ほんの少ししか乗降客は居なかったようだが、今回は、一応国際空港としての体裁を整えるまでになっている。分かりやすいと云えば分かりやすいのだが、ドバイ空港のように巨大ではない点安心と云うこともあるが、言葉を変えれば、何もすることはないと言った方が当たっている。

23:40デューティーフリーショップでワインを求めるが、何しろ品数も少ないし、目新しいものがあるわけではない。そんなわけで、出発までの時間をひたすら待つことになる。
1:25やっと我々の乗った機(QR-0802)はドーハを後にした。連れ合いは、メガネを紛失したことに気がついた。ショップでの買い物時はあったのだから、等と言っても最早遅い。私のボールペン騒ぎが今度はメガネ騒ぎになった。メガネがなければテレビの映画さえ観ることが出来ないのだが、私が借りていたメガネで何とか凌ぐことが出来た。

私は「戦場の馬」を、また観たが、今度もうつらうつらしながらである。関空に着くまで何もすることはなく、寝ていてもおしりが痛いばかりである。それでも2度の食事の時は起きて食べるのだから、正しく養鶏場の鶏のような感覚である。旅行は終わったので、先の楽しみはない。今回の旅行をぼんやりと思い浮かべた。参加した人とは顔を合わせてはいるが、連れ合いほど親しく話しかけた事もないので、全員は思い出せない。

まず、最初にお会いした香川からの先生夫婦、アンソニー・クィンのような感じの男性とその友達で、大阪と芦屋からの男友達2人、吹田の先生同士の夫妻2人、広島から来られた、71歳とか云われるブティック経営などのファッションおばさん姉妹の2人、せかせかおばさんとその娘とその友達の5人連れか、川重に勤めていたというご夫妻、終わりの頃までよく分からなかったが、1人参加の女性、韓国の奥さんとの夫妻、一寸自閉的な子を同伴した5人家族、といった具合で、後の方は、どういう関係なのか私にはよく分からなかった。同行者は35人と結構多い方なので、添乗員も何かと大変だったかも知れないが、概して、今回の皆さんは時間を厳守し、ほぼ乱れることなくそう言った点では添乗員を困らせるようなこともなかった。

ヨーロッパ旅行に限らず、スリ、置き引きに注意しろとは、よく云われることだが、昔日本人の外国旅行は、カメラを胸に提げて、バッグを前に抱えるといったスタイルであり、このスタイルは、こういった注意からもたらされ、既に文化的DNA(リチャード・ドーキンス流に言えばミーム)となってしまっているのだろう。その注意のお陰もあって、置き引きに遭うことも、スリに遭うこともなく皆さん無事に帰ってこられたのは、ご同慶の至りである。



寒さが緩んだこと自身は結構なことだったが、何しろ寒さ対策の洋服ばかりを持参していたために、朝夕の冷え込みは別として、日中の暑さには返って体力を消耗することにもなった。
最近は異常気象といわれるが、今年2月には欧州全体で、特に東欧では激しい寒波に見舞われ、死者が500人を超えたとのニュースもあったので、非常に心配はしていたのだが、そこまで極端な寒波にも遭わず、むしろこれ以上望めないといった天候に全くラッキーと云って良い。

私の場合は、訪れた外国が、乾季と雨季がはっきりしているところが多かって、雨季に遭遇しなかったこともあって、概ね晴れた経験しかない。一度などは、サウジアラビアで、酷暑の中2日ほど例外的に雨が降り、国の人は大喜びをしていたことを思い出す。但し道路などの排水が一切雨を想定したものになっていないため、たちまち車の車輪は水に浸かると云うこともあった。

ヨーロッパ旅行でも、全く幸いに、イタリア、パリ、スペインと雨の経験が無く、今回も雨に降られなかったと言うことで、極めて運が良いとしか云いようがない。今回は、安かろう、早かろう(時期)の感じがあり、各庭園や、ドイツに於いては、広葉樹がすっかり落葉して、新たな息吹さえも見えなかったのは、少し残念に思った。願わくば、サン・スーシーの庭園や、最後に訪れたシェーンブルン宮殿、ベルベデーレ宮殿の庭が、もう少し緑勝ちで、草花の彩りがあればこれ以上言うことはないと言うところだ。

しかし、何事も過ぎた願望は良くないわけで、今回の旅行では、之と云ってクレームを付けるところはなかったように思う。添乗員が、一時規格外の行動を取ろうとして不機嫌になっていたようだが、之も、羊を追う番犬の立場に立てば無理からぬ事かも知れない。今回もトラピクスにお世話になったが、荷物のポーターは勘定に入っていないと云いながら、逞しい女性添乗員が、ことごとく処理してくれていたのを観て、これは社の方針なのかはたまた添乗員個人のパーソナリティーなのか、随分と助かった気がする。

思い起こせば、30年近く前に会社から北欧への出張を命じられた時には、何処をどう通っていったのかさえうろ覚えであるほど、緊張もしていて、各トランジットでは自己責任で的確な飛行機に乗らなければならないなど、随分と気を遣ったものだった。その時は、ヨーロッパへの直行便が無く、一旦アラスカのアンカレッジまで戻って、北極に近い大圏コースを通ったことを思い出す。確かコペンハーゲンでの2度目のトランジットを済ませた時、周りは外人ばかりだと思った瞬間、「いや、ここでは俺が外人なのだ」と言った事を今でも思い出す。

現在は、ヨーロッパならフランクフルトやパリまでは1フライトで来られるので楽なのに、やはり価格のせいか、ドーハでの1クッションは、結構きついものがあった。しかし、私にとってドーハは、つい最近仕事で降りたこともあり、懐かしい気持ちがした。カタールの先端ラスラファンでのガスプラントで、今は潤沢にガスが湧出しているが、その為の鉄骨構造を供給したのだと思うと、私も何かの役に立ったのかなぁと感じるのである。

その時はサウジアラビアのジェッダのファブリケーターを使っていたので、現場のラスラファンから、ドーハを経由し、サウジに帰るイミグレの時に、カタールのオフィサーが私に「Why do you go to the such crazy country?」といったのを今でも思い出す。それ位サウジと云うところは、同じGCC諸国の中でも戒律が厳しく、融通の利かない国であった。
私も、思わず「I don’t like to come back too. I’m sorry but it’s my business.」といったことを覚えている。勿論オフィサーは冗談半分であったのだが、片目でウインクする気持ちがよく分かった。

私にとって、今回の中欧旅行は初めてであり、素晴らしい体験だった。吹田の先生夫妻が、褒めて?くれたように、私は訪問国の簡単な歴史と、訪問場所のデーターを事前に調べて私製のガイドブックを持っていった。市販のガイドでは、不必要なことも多く書かれているし、行きもしないところのことが書かれているので煩わしいからと、予習時に、1度、この目で観て2度、そして今反芻して3度とグリコではないが1回で3度美味しいという具合に海外旅行を捉えている。そうしないと、高いお金を払って、あそこはどうだったかなぁなどと云うのも勿体ないと思うからだ。

しかし今回の旅行で、もう少し調べておけば良かったと思うのは、ハプスブルグ家の家系図である。家ではある程度調べてはいたが、同じような名前の皇帝が、どのような気性であったのかなど、せめて高校生程度の歴史的な知識を持って臨みたかったと思う。最近でこそ、シリアや中東に目が奪われ、ヨーロッパに於ける紛争は下火のように見えるが、紆余曲折を経て、今日の仮の姿になっているわけで、この状態がまた如何様に変化するかは、誰も想像出来ない。我々はヨーロッパ人と一言で括るが、色々な人種で構成されていて、あまつさえ、同じ国家の括りの中に異民族がモザイク模様になって存在していることに変わりはないわけだ。



帰りの航路マップによれば、機体は北京から朝鮮半島を横切るのは止めて、黄海を一路南下していることが分かった。何の意味があるのかは知らないが、その点が往路とは違っていた。最後に、窓寄りに座っていた、一寸長髪の男性に一寸、声を掛けてみたら、これも大学の化学関係の準教授クラスの人間で、2週間のバケーションで日本に先に来ているガールフレンドと成田で落ち合うとのことだ。この旅行は時期的な関係もあって先生が多かった。その準教授は、既に41歳とか云っていたが、長髪なので、若く見えた。京都にも行きたいとかで、今は、何の計画も持ち合わせて居らず、ガールフレンドと合流してから行動を決めるとのことだ。

考えてみれば、随分フリーになったものだ。私たちが海外出張をするという少し前は、まるで水杯を交わさんばかりの出来事だったのにと思う。EU(ユーロ圏)は経済面で、やや不消化な面があるが、シェンゲン協定など各国間の経済圏は大括りになってきている。今日本は、TPP云々と騒がしいが、やはり、自国を世界にさらけ出して尚競争力を持たない限り、未来はないと感じる。

そうこうしている内に17:10予定通り関空に無事着陸し、荷物を受け取り、添乗員と同行の主立った人と挨拶を交わして、帰途に就いた。





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Last updated  2012.04.06 04:25:59 コメントを書く


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