新生のらくろ君Aの館

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2012.04.06
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カテゴリ: カテゴリ未分類



島本町は2012年の人口推計に依れば29,925人ということで、2年前に比べて、1000人ばかりの増加であるという。
もうかれこれ6年住んでいるので、我が町と言っても良い位だと思うが、近隣に田畑を残して、裏には山があり、大阪を代表する淀川も有りで、風光明媚な良いところである。

加えて、大都市、大阪や、古都京都、さらには古の奈良の都にも近く、その気になれば、港町神戸へも日帰りは十分可能だという立地条件である。
昔から、大阪のベッドタウンとしての役割を果たしていたようで、それが、私の住む上牧当たりにも開発が及び、昔にない、立派なマンションが多く建っている。

生憎、連れ合い自身は、自分の学校があるため、孫の入学式に行けないというとこもあり、私が代表して出向くことになった。私もここに来て6年間、2年ほど経ってから辺りの景色に誘われて、ウォーキングを重ねてきた。従って、どんな小さな道があるのかとか、ここを曲がれば近道だとか、色々な経験をしているが、島本町ほど歴史的に興味深いところはないのではないかと思う位だ。

地理的には、対岸の枚方との間に、日本の動脈が絞り込まれた要衝の地である。国道1号線や、京阪電車は淀川の向こう側であるが、淀川からこちら側にも、国道171号線があり、JR東海道本線、名神高速道路、阪急電車や単に通過だけであるが東海道新幹線迄が通っているのである。又、昨今は、道幅が狭いながら交通量も多い、昔の西国街道もここを通っている。

孫の住居は、第4小学校の校区に当たっているというので、心持ち遠く感じる。それは、私のマンションから双眼鏡で覗ける第3小学校に比べてという意味で、通学に特段の距離があるというわけではない。第4小学校の近くには、最近も未だ売り出し中の巨大新築マンションがあり、その入居者が学校児童数に関係していると言うところまでは至っていない感じだ。

孫の家から小学校までは、国道171号線という極めて交通量の多い道路を横切らなければならないが、そこには、しっかりと横断歩道橋が出来ており、信号を、手を挙げて渡る必要はない仕組みになっている。


朝入学式の時間を待ちきれず、1人で2時間前位から、通学路を確かめたり、以前歩いた淀川の堤防まで出たりして時間を潰した。第4小学校の校庭は、とても広く、小学校には勿体ないと言うほどの広さである。やがて、母親に付き添われた、新小学校1年生の孫が、やって来た。背中には大きなランドセルを担いでいる。今未だ体に比べて大きなランドセルだが、卒業頃になるとどんな風になっているだろうかと考えた。

孫の弟とお父さんの方は少し遅れ気味にやってきて、同時入学児童の両親達と同じように校門の「入学式」と看板が立てられている前で記念写真を撮った。

体育館が主会場であったが、入ってみて驚いたのは、約25名のクラスがたった2組しかないという事だ。
これぞ少子化かという思いで、他の第3小学校などの話しも聞けば同じようなものだという。孫の母親の頃は川西市だが3クラスはあったというし、果て、自分の頃はと思いだしてもやはり3クラス程度はあったような気がした。
迎える6年生も、同じ位の人数なので、教える先生方に取っては楽なのかも知れない。第4小学校には、教頭先生ともう1人の先生が連れ合いの同僚さんと言うことで狭い町ではある。

ところが後ろの我々が座る保護者席には、児童の3倍は座っていたのではないだろうか。入学式に集まることが即ち愛情の多寡とは関係はないかも知れないが、皆幼い子供の晴れの門出を祝っていることに変わりなく、健やかに成人して欲しいと願うばかりだ。

体育館に掲げられた、校歌も地域柄、「天王山」という歌詞と「淀の川」という2つが入っていた。私の通った茨田南小学校(現鶴見区)の校歌何と言っても「生駒山」と「徳庵堤」であった。しかし、昔の校歌は「偉くなります僕たちは、豊かに生きます私たち」などと、現代では到底考えられないような、クレームが付きそうな内容であったが、第4小学校の校歌は、「友よたがいに輪をつくれ」や「友よたがいにはげまし学べ」といった協調ムードが醸し出されていた。

校歌1つ取っても、60年の歳月を感じる思いだ。しかし、輪は大事だが、個性を育むことも又大切なことである。幸い、孫は、自分自身をしっかり持っているようで、どうでも良いことは和するが、やはり気に入らぬところは頑として主張を通すところがあるというので、今から楽しみである。

自分の小学校時代はというか、小学校から大学を通じて、親がこういった式に来た記憶がない。忘れているだけかも知れないが、同じように言祝ぎ、同行することも又必要だが、大いなる愛情で、包み込むことを忘れてはいけないと思いながら、式が終わり、新しい教室に入るというところで先に失礼した。





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Last updated  2012.04.10 09:58:12 コメントを書く


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