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今日は雨も降り、急に寒さを感じた。二十四節気で言う霜降(そうこう)である。
あの暑かった夏の日々が本当にあったのだろうかと思うほど急激に冷え込んだ。テレビの天気予報もそのことを伝え、日本中が、紛れもなく冬に向かっていると感じさせる。
今日から二十四節気の次の立冬までの間(約15日間)が、名残の秋と言うことになる。二十四節気は1年を24の節に刻んだもので、この1節をさらに3つに刻んだのを七十二候と呼ぶ。
従って、今日は霜降の初候ということになる。日本では「霜始降」と言い、霜が初めて降る季節と言うことになる。中国の宣明暦では「豺乃祭獣」と呼び、山犬が捕らえた獣を並べて食べると言う何とも季節とはかけ離れた表現になるのだそうだ。
秋と言えば食欲の秋、読書の秋である。幸か不幸かまだ元気なので、この季節は特に注意しなければいけない。食べ過ぎをである。BMIで言えばOver Weightの範疇に入っている。この間も辛口の友人から歳を取って太っているのは良くないと言われた。十分に自覚しているが、之がなかなか減らないのである。
私は過去何度か萎んできたが、現在は、膨れる時期に相当しているのだろう。国際収支も家計簿も体重も皆同じ原理であり、それは収支のバランスと言うことだ。収入が支出を越えていれば、黒字(太る)事になり、逆ならば当然赤字(痩せる)という原理である。私の体重は食欲の秋を待たず、夏場からずっと上位に位置してきた。(黒字続きだ)あの暑い最中でも一向に食欲が落ちなかったのである。
そうすると、この食欲の秋は、どうすればいいのだろうか。
日本のプライマリーバランスは借金を除いたざっくりとした数字で歳入は約40兆円で、歳出は約70兆円と言うことで、勿論赤字であり、その補填を国債でまかなっているわけだ。
食べる量より消費する量が多いのでやせ細る訳で、私の体とは真反対である。国も私のような悩みであればいいのだが・・・。
私は食べ過ぎに注意し、国は、あまり運動(支出)をしないでおくことだ。私はウォーキングをして消費を増やすが、国は、節約をすることである。
私の場合、ウォーキングが億劫ならば、食べるものを減らせばいいし、国は逆で、食べ物が制限されているから(国債の発行を抑えるには)余分な費用を減らすことである(行政改革)。理屈では分かっているのだが・・・。
読書の秋はややもすると世相の異常な変化が起こるばかりに、ついつい落ち着いて読書の時間が取れなくなっている。世の中の動きを知らなくても、日常の生活がドラスティックに変わるわけではないが、かと言って、世相を見ずにまた触れずに過ごすことは至難の業である。
この秋には最低2冊は読みたいなと思っている。
現在進行形の図書は、「代替医療のトリック」で既に先月から読み始めているのに、なかなか集中できず少しずつしか読み進んでいない。この間次の候補として、大枚はたいて「ダーウィンの危険な思想」を買ってきたので、早くそれに掛かりたいと思っている。
私は文学には食指が動かないので、ノーベル賞作家候補の村上春樹の本は読んだ事がない。
NHKのアラビア講座で、エジプトのノーベル賞作家ナギーブ・マフフーズの「バイナル・カスライン」を読んだ位だろうか。
この時期を「灯火親しむの候」と言うが、之は韓愈がその子の符に、学問の大切さを諭したとされる五言×54句の長い詩「符読書城南」に出てくる・・・時秋積雨霽 新涼入郊墟 燈火稍可親 簡編可卷舒 (時秋にして積雨霽(は)れ 新涼郊墟に入る 燈火稍(ようや)く親しむべく 簡編 卷舒(けんじょ)すべし)・・・から採られているとか。
・・・雨もあがった 涼しくなり始め、郊外の村に行き 燈火のもとで 書物を開くがよい・・・
と言う意味だ。
秋の夜長を鳴き通す虫の声をと、耳を傾けても、現代では、虫の声すら聞こえなくなってしまっている。書物の紙片をめくるのに変わって、現在では電子辞書で画面を指で払いながら本を読むという時代に変わっている。さらには、目の向くところを逆に追って、ページの終わりになると自動的にめくってくれるような電子書籍も出てきているようだ。
今や時代は変わったとは言え、なにやら蛇の絵が成って、それに留まらず蛇に足を書いているような気がしないでもない。
世の中の「知」に触れることこそ、精神が高揚し、高ぶった気持ちになることはない。今が1年の内で最も高揚すべき気候ではある。