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2012.10.29
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カテゴリ: カテゴリ未分類
久しぶりのNHK講座である。残念ながら連れ合いは勤めがあるので、一緒には受講していない。

たまには外に出て外気を吸うのも必要かとの思いもある。中東関係の講座はないので、ローマ帝国についての講座を受けることにした。塩野七生さんの「ローマ人の物語」を2つの補巻を含め17巻を読んだので、ローマ帝国については精通しているつもりだが、今回の講座は、ローマ帝国が発生した経緯についてのようなので、受講を決めたのである。

この講座は、京都の文化センターでの受講となった。前期もあったようだが、それには気づかなかった。
受講生は全部で13名ほどだ。女性が多いのには少しビックリした。4人の講師が順番に講義をしてくれるようで、今日は若い神戸山手大学の青木真兵講師であった。

「地中海への拡大~カルタゴとの戦いを中心に」と副題された今日の講義は、海洋国家カルタゴの成り立ちと、ローマがカルタゴのハンニバルと闘った3次に亘るポエニ戦争について詳しく見ていった。

現在のシリア(レバノン)辺りに興ったフェニキア人が地中海で縦横に商売をしていて、ギリシャの台頭で、西に追われ、造ったのが新しい都市(カルト・ハダシュト)即ちカルタゴである。ローマはギリシャのタレントゥムを陥落し、西をカルタゴ、東をローマと言った棲み分けで活動を行っていた。

カルタゴは、アフリカとの沈黙の交易、寡頭制さらには自国を守るための傭兵制度を取り入れていた。しかし潜主アガトクレスが死んで、傭兵の必要が無くなり、溢れた傭兵は、メッシーナに移った。ローマはカルタゴとの棲み分けを規定した。ローマはイタリア・シチリア条項を破り、禁を犯してメッシーナに出兵しシチリアを属州化したことからカルタゴVSローマの対決構造となった。

そして、第1次ポエニ戦争(BC264~241)が起こるのである。傭兵の反乱が起こり、それを鎮圧したハンニバルの父ハミルカルと娘婿のハスドルバルだが、制圧したスペインのカルタゴ・ノヴァで死亡し、ハンニバルが弱冠27歳で将軍となった。

そして、第2次ポエニ戦争(BC219年~201年)は、ハンニバルによるローマ進駐で、雪のピレネーを象を伴って越えローヌ河を渡る大遠征を敢行するのである。しかしローマは面と向かっての交戦を避け、並行に対峙する持久作戦を採った。兵站に失敗した(本国の援助を受けられなかった)ハンニバルの虚を突いて大スキピオがハンニバルの本拠地カルタゴ・ノヴァを落とし、逆進してカルタゴに迫った。



そして、第3次ポエニ戦争(BC149年~146年)であるが、カルタゴが戦時賠償金を早期に返還したことなどからカルタゴが再び立ち上がれないようにとの大カトの主張が通り小スキピオをしてカルタゴを滅亡させたのである。この戦争で、従来のローマの伝統的手法を採らず、ローマ軍は住民のほとんどを殺すか奴隷にした。そして極めつけはカルタゴの土地を塩で埋め尽くし、不毛の土地にしようとまで試みたとされるほどローマ人のカルタゴへの敵意は凄まじかった。

このようにしてローマが地中海の覇権を握るに至ったのである。
これら諸事件については、カルタゴが書き残した資料はほとんど無いと言うことだ。
替わりに参考となる書物としては、1.旧約聖書、2.ホメロスの「イリアス」と「オデュッセイア」3.ヘロドトスの「歴史などがあるという。

講座修了後、連れ合いと待ち合わせて、京都の町を散策した。連れ合いは、母親にカーディガンをとユニクロを覗いた。今は親孝行を精一杯している。河原町通りを三条近くまで上ると、Loftとユニクロが一緒に入ったビルがある。ユニクロは5階と6階を占め、結構広い床面積で、色々手頃な衣類を置いてある。

京都も暫く来ないと、あちらこちらが変貌を遂げている。買い物を済ませて、四条に向かうと、何とカラオケショップが目白押しなのに気づく。京都の人はよほどカラオケ好きなのかも知れない。四条に戻って、丸井(旧阪急)の食堂街で、久しぶりに美濃吉の京弁当を頂いた。昼間に外を眺めるのと違って、京都の町の夕刻は、兎に角静寂感がある。

町にきらびやかなライトが見えないのだ。せいぜい明るいのは、四条通の河原町から烏丸までと、河原町通り位のものだろうか。喧噪の中に身を置く楽しみもあるだろうが、静寂の中にゆっくりと食事するのもまた贅沢な感じである。やはり、京都には大阪にない静かな風情があるようだ。





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Last updated  2012.10.30 09:29:09
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