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2018.04.17
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カテゴリ: カテゴリ未分類
今日のセミウォーキングは水無瀬堤から堤東終点までで、帰りは同じ道を帰った。
明日のゴルフに備えて、連れ合いをゴルフ練習に連れ出した。私は、見ているだけにして、1時間程球を打った。
その後、連れ合いは、学校時代の後輩さん達と夕食会に出掛けていった。

***

「中国の人から受けるストレス」の理由という記事があった。大阪南辺りを跋扈する中国人の観光客、何となく傍若無人な一行を見て、日本のインバウンドが増えたと手放しで喜ぶべきなのかどうかを疑ってしまう程だ。そんな時にこの記事を見て、得たりと、読んでみた。(拾い読み、拾い書きである)

先ず冒頭、「国の実力」という意味では日本は中国に太刀打ちできる状況ではもはやなくなった、という。それはその通りだと思うが、何となく日本人の方が等とまだ思っている自分がいる。
人口が10倍、国土が25倍という国だから、そのことは仕方がない、と書かれ、今までが特異な時代だったのだと解説は続く。

中国は「一党専制」の社会主義国で、日本とは違うのだ。ところが今や大国となり、経済的には日本企業も日本人も切り離して考えることは難しい。好悪にかかわらず、上手く付き合うことが大切という。

では中国人には、(この解説者は40年中国人と関わり、奥さんも中国人だ)悪い奴も、いい人もいたが、数の上ではいい人が圧倒的に多かった、という。そうだろうな、日本人の10倍居るのだから良い人も10倍居るはずだと私も思う。しかし、悪い奴も10倍は居るはずだ。



その切り口として、「スジ」で考える日本人と「量」で考える中国人という話だ。
日本人の「スジ」は「こうするべき」という、「べき論」で、之が好きだ。
一方、中国人は「量」即ち、「あるのか、ないのか」「どれだけあるのか」という現実で話す。スジを云ってもそれが無ければ議論になら無いと云う事だ。

例として、通路での立ち話を引く。日本人なら通路は通るべきところで話すべき所では無いと考えるが、中国人なら、先ず話したい欲求が先行し、道路を占有しても、そこに空きがあるかを考えるというのだ。他の人が支障なく通れるだけの通路の幅(=空間の量)が確保されているかどうかだ。

日本人なら鬱陶しいと感じるが、中国人なら、まだ通れる空間があるではないかと反論するという具合だ。
(この話に関係あるかどうか、アラブ人も似た感覚なのでは無いかと思う事例がある。約束の時間に大幅に遅れてきたアラブ人に日本人がクレームすると、アラブ人は「今お前が会いたがっていたのは俺だろう、その俺が今ここに居るのに何を騒ぐのだ」という感覚のずれだ。)

日本人なら、通路は通るところであり話す場所では無いというスジ論だ。そういう風に躾けられ育ってきた。中国人は通れ無くない限りは問題ないでは無いかと育てられてきたのだという。通れないのであれば中国人も問題だと思うらしい。

日本人なら、通路で話すこと事態が良くないとし、中国人は、通路が通れない程に広がって話すのは良くないとするという違いだ。
通路で話すのは良くないとする日本人に対し中国人なら隙間があれば問題ないとし、その隙間の量は人それぞれに違うというわけだ。だから日本人から見た中国人には規範(規律)が無いと映るわけだ。

それぞれの側で判断すると、日本人はスジ論で中国人を出来が悪いとし、中国人は日本人を頑迷固陋で、それぞれが出来の悪い人種だと思うわけだ。

こうしてみると、日本人は物事に対する判断が不変であるのに、中国人の場合は、その場限りの合理性を個々人が使い分けていると云う事になる。


こんな話の中、中国で発生する政府や企業などに対する住民たちの暴動や抗議行動について、頻発することが報じられるが、時を経ずして終熄しているのは何故かということだ。
それは、こう言ったスジと量との基本的な判断基準の違いによるもので、日本人なら、自身の損得に関わりなく最後まで、(スジが通るまで)抗議を続けるのに対し、中国人は「自分が受けた損害」に対して憤るのであって、それが、金銭的に補償されれば、自分にとってスジが通ろうが通るまいが、最早関心の外になってしまうと云う事だ。

こう言った見方で中国人を見るのも、相手を知る上で、参考になると言えるだろう。また、中国社会がさまざまな問題を抱えながらも、おおむね安定して推移しているのは、中国の人々の人生観の根底にこうした観念があるからだ、と解説している。

それほど簡単なものでは無いと思うが、こう言った切り口での評価も、1つの指針には成るかも知れない。

他の記事で、中国人にアンケートした結果があったが、中国人は歴史的な観点からは(彼らがすり込まれたことを含み)日本人を嫌っているが、高い国民の品格、環境保護、ハイテク等の理由で、日本が一番好きだとするものもある。概して嫌いというのは、歴史上のことであるようだ。



曰く、「何の文化的な蘊蓄もなく、歴史的には中国と日本の影響をうんと受けているにも拘わらず、民族性ばかり強いようで、実はたいした実力もない。そのくせに自尊心ばかり強いので、尊敬できない」とするものだ。

ふむふむと、頷ける点も多い。

【古今和歌集】

412.北へゆくかりぞなくなる つれてこし数は足らぬぞ帰るべらなる (よみ人しらず)

春が来て北国に飛び帰る雁の鳴き声が聞こえてくる。あのかなしそうな鳴き声は、日本に来る時には一緒に来たものが、数が足りなくなって帰るからなのだろうか。

(べらなり=・・のようである)





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Last updated  2018.04.19 13:42:42
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