新生のらくろ君Aの館

新生のらくろ君Aの館

PR

×

Profile

のらくろ君A

のらくろ君A

Comments

GX革命の旗手久保田玉鋼最高峰@ Re:第4の革命(カーボンゼロ):GXの衝撃(07/24) ルパン三世のマモーの正体。それはプロテ…
マイコ3703 @ 思わず初コメしちゃいました(*^^*) 私もブログを書いているんですが内容が偏…
のらくろ君A @ Re[1]:海の大動脈活況(シンガポール)(06/08) やーやさん そう、アクリル画でしたね。 …
やーや@ Re:海の大動脈活況(シンガポール)(06/08)  私もお名前書き間違って、女流画科さん…
やーや@ Re:海の大動脈活況(シンガポール)(06/08) 素敵な「ひつじ達とお散歩」は ポスター…

Favorite Blog

のらくろ君 のらくろ君さん
八十艮の広場 八十艮7633さん
ようこそ ばあこ … ばあこ5577さん
こんにちわ♪ kalunguyeyeさん
何の日=つぼんち16 つぼんち16さん
2018.09.01
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類
今日は雨のためウォーキングは中止した。今日からは9月、立春から二百十日で明日以降に台風21号の襲来が予報されている。農家にとっては厄日なのだそうだ。
連れ合いのスマートフォンが不調になった。直して貰うべくヨドバシカメラのクイックガレージに行ったが、ネットで予約したから来いと、つれない返事だ。

***

縄文時代に日本列島に住んでいた人たちはどこから来たのだろうか、という疑問はまだ解決していないようだ。日経のコラム記事だ。
縄文の遺跡で見つかった人骨の中の遺伝子を調べ、東南アジアの古代人に近いことが最近の研究で分かった。

これまで色々な仮説が唱えられてきたが、科学的に議論できる証拠が乏しかった。遺伝情報を基に、古代人が移動した道筋を解き明かす研究が本格化するとみられる。

金沢大学や北里大学、国立歴史民俗博物館を中心とするグループが、日本を代表する縄文遺跡である愛知県の渥美半島の伊川津貝塚で2010年に出土した、約2500年前の成人女性の骨を研究した結果、頭部の骨の中にわずかに残る遺伝子から全遺伝情報の解読に成功した。

なんと、最近は、そんなことまで出来るのかと、驚きだが、その結果、東南アジアの人々の遺伝情報と比較して何らかの遺伝的なつながりがあることが分かったとのことだ。

比較した相手は現在のアジアの人々や8000~2000年前の東南アジアの古代人ら80を超える集団だ。之までも同様の研究は行われていたが、日本人で解読できた遺伝情報の割合が低いために詳細な比較・分析は難しかった。



その頃の東南アジアには狩猟採集民が住み「ホアビン文化」と呼ばれる文化圏を作っていたと考えられている。ホアビン文化は中石器~新石器時代初期の文化で、片面加工した石器類を使用していたとみられている。

その集団の一部が移動し日本列島にたどり着いたのが東南アジア地域から渡来した縄文人の起源とされていたが、それを裏付ける結果になった。

東南アジアでは、古い石器時代から住んでいた狩猟採集民が、稲作などの農耕文化をもつ集団の移動によって置き換わる「2層構造仮説」が長く信じられてきた。今回の成果から、単純な置き換わりはなく「複数のグループが移動と交流を繰り返す、新しい枠組みが浮かび上がってきた」とのことだ。

昔の考古学研究は、各地の遺跡で発掘された石器や骨に刻まれた様々な加工の痕跡などを比べて民族や文化のつながりの深さを推定していたが、科学的な判断材料としては根拠が薄いとされた。
これに対して、遺伝子を解析して古代人の足跡をたどる手法は、実際のグループ間での交流の実態がより明らかに分かるという。遺伝子による解析は、世界の潮流になっている。

然し、問題は、遺伝子が高温多湿に弱く、遺伝子の鎖の輪が途中で切れてしまったり、バクテリアの発生も障害になったりすることだ。日本を含む東南アジアでは古代人の骨に残る遺伝子はこう言った環境下にあり、遺伝子が分解してしまったり他の生物の遺伝子が混じってしまったりする危険性が多いのだ。

之に反して、乾燥した地域の多い欧州やアフリカは遺伝子の保存状態がよく、万年単位前の古い試料でもきれいに残っているのだという。

そこで、今回は分析で使用する採取場所を、従来の歯の中に残る細胞から非常に硬い側頭骨に変えた。そのことで、より保存状態のよい遺伝子が見つかるからだ。
勿論、遺伝子の取り出し時もクリーンルーム内で専用の実験服と手袋を使って慎重に行われている。

こう言った遺伝情報を解読できた個体数はまだ少ない上、地域も限られている。また、1つの研究所だけでは信用度を高められないこともあり、数多くの別個の研究所が、互いに客観的に作業を進めることが肝要となる。

1999年にミャンマーで、、原猿類と真猿類の間の特徴を備えた後期始新世(約4000万年前)の化石霊長類「アンフィピテクス」の頭がい骨の一部と、上あご部分を発見された。之が石器時代から縄文時代への移行の原点であるとされ、アジアが真猿類の起源との可能性が高まった。



人類がアフリカからユーラシア大陸の東方へ進出した際に、縄文人につながる集団が現れたと考えられるという。しかし、縄文人はユーラシア大陸の他の集団と比べても非常に特異だとのことだ。

総合研究大学院大学によれば、福島県北部にある三貫地貝塚で発掘された約3千年前の人骨の奥歯からDNAを抽出し、現代の日本人や中国人、アフリカ人や南米の先住民など、世界各地の集団と比べた結果、縄文人は東ユーラシア大陸の集団に近いものの、その中では遺伝子的に大きな差があることが判明したとのことだ。

東ユーラシアの中では早い段階で出現したことが分かっていて、約1万5千年前にアジアからベーリング海峡を渡る、アメリカ大陸へと移住したとされる。

2008年に富山市の縄文時代前期の小竹貝塚で、出土した女性の頭蓋骨を国内外で見つかったものと比較した結果、縄文人の祖先は東南アジアから中国を北上し北海道経由で本州へ入った「北方系」の集団と、東南アジアから日本列島を北上した「南方系」の集団がいた可能性があるということが明らかにされた。

北方から流れてきた集団と、南方から流れてきた集団とがあり、互いに交雑した可能性があるとも思われるが、現代の日本人には2層性があって、後期旧石器時代に東南アジア方面から祖先集団が来て縄文人になり、弥生時代に北東アジア系が渡来し、混血していき、現在も進行中という内容説もある。



【古今和歌集】

533.あしがものさわぐ入江の白浪の 知らずや 人をかく恋ひんとは (よみ人しらず)

あし鴨の騒いでいる入江に立つ白浪のように、あなたをこのように恋いこがれていることがわからないのだろうか

(葦鴨 ・・・ 鴨の歌語 )





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2018.09.02 09:00:06
コメント(0) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: