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2018.09.28
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今日のセミウォーキングは水無瀬堤から堤東終点迄の往復だ。気温が低くなり、肌寒さを感じた。日の出は5時49分だという。来月から起床も冬時間に切り替えようかと思う。
孫の中学校の文化祭だが、出掛けなかった。
連れ合いは友人との会食で外出し、私は小学校の放課後学習会に参加した。子供らは元気で、プリントを配ると、少し易しかったようで、直ぐに持って来た。
何人かは、自由勉強帳に貼って良いかと聞いてきたが、勉強するという意欲の表れかと、一寸喜ばしい感じがした。
後半は少しざわついたが、総じて真面目な子供達である。

***

日経の文化欄だ。
洋画の中に水が生み出す幻想を辿るとの趣向で、実践女子大の六人部教授が選んだ作品十点だ。

第1作目はジョン・エヴァレット・ミレイの「オフィーリア」だ。シェイクスピアの四大悲劇「ハムレット」の一場面を切り取っている。

胸元の菫は彼女の兄が恋のはかなさを菫の花にたとえたのだという。そして、その兄が若さの持つ危うさを戒めて「誘う水が傍になくてもな」と語りかけていたと説明があるが、意味がよく分からなかった。

水はオフィーリアの清純さと運命に翻弄された短い生涯を伝えているとする。
別途、この絵の解説には、花の持つ象徴的な意味の説明がある。それによると、ヤナギは見捨てられた愛、イラクサは苦悩、ヒナギクは無垢、パンジーは愛の虚しさ、首飾りのスミレは誠実・純潔・夭折、ケシの花は死を意味しているとあった。私には菫とパンジーの差は分からない。

第2作目はモネの「セーヌ川の朝」だ。さまざまな連作のうちのセーヌ川シリーズと云ったところだ。他にも似た構図で20点余りある。この絵は、川に浮かべた舟の上からの描写だという。時間帯は、夜明け前から払暁までの限られた時間を選んでいる。光の効果によって時々刻々と変容する風景の全体像をとらえようとした試みだ。

この絵の焦点は木々の光の効果を映す水面の広がりだという。目の前に展開する現実の変化だが、何やら幻想的なものを感じさせる。印象派と言われる所以がここにある。現実の世界から、目に見えない世界へ、神秘を追い求めるという姿勢が現れている。この場合の水は、静謐な鏡だ。
この後、モネは睡蓮の連作に進んでいく。

第3作目はアンリ・エドモン・クロスの「金色の島々」だ。新印象派に属するとあるが、スーラと同様点描だ。この画家をあまり良く知らなかったので、最初はスーラの作品かと思ったくらいだ。新印象派は即ち点描と云っても良いかもしれない。

波打ち際から向こうの深い海、そして遠望の島は黄金の島だ。海は深くなるにつれ、色も深くなっていく。点の班も遠方に従って細かく描かれる。新印象派主義というのは、科学性を重視し、印象派による光の捉え方を、より理論化して、点描法によって、光をとらえることができる、との考え故に究極の画法とでも云うのだろうか。

これ以上深い色彩論議には私はついて行けない。プロヴァンス最南端の町から見るイエール諸島(ポルクロル島、ポルクロ島、ルヴォン島)は灯台の光で金色に見えたことに由来しているのだとか。正に、ユートピアのように彼には思えたのだろう。古代地中海世界への誘いだとも解釈している。クロスの海は、抽象的な性格を帯び、色班が作る調和は音楽的な効果を現すと解説している。

第4作目はゴーギャンの「波の中で(オンディーヌ)」だ。オンディーヌは、ルネサンスの神秘思想家パラケルススの著作に現れ、19世紀にはドイツ文学「水妖記」で注目されたとある。全く知らなかった。

フランスの劇詩人ジロドゥーの戯曲では、漁師の娘、実は水の精オンディーヌは旅の騎士ハンスに恋をした。水界の王は結婚を許すかわりに、男が心変わりしたら死ぬと警告する。やがて男は娘から気持ちが離れ、そのため男に死が訪れる。


ゴーギャンは、この作品を製作したブルターニュ地方の素朴さを愛し、後にタヒチに移る序章であったようだ。

第5作目はクリムトの「水の精」だ。描かれているのは2つの水の精だ。全身を黒い髪で覆われている。髪は異様に長く、漆黒だ。女性の身体に潜む生命力と情念を表していると解説されている。クリムトの作品は、きらびやかな金を配するかと思えば、おどろおどろしい色彩も使っているのだ。

黒い髪に掛かる青みがかった細かな水泡が日本の蒔絵から得たヒントで描かれたとしている。水の精の片方の顔は何やら青ざめているが、片方は、ルージュも頬も写実的に描かれている。このような表情は、世紀末に流行したファムファタル、官能的な魅力で男達を滅ぼした女性の象徴だという。

解説では、青色の斑点は、精子を表し、受精した小さな生命が羊水という水の中で育つことを想像させるという。実に発展的な発想だと感心した。エロティシズムは死に至るまで、生への賛歌だと言われる。水は又生の源泉でもあり、死をももたらす。クリムトの描いた水は生と死の間に存在するというのだ。

第6作目はジョン・W・ウォーターハウスの「セイレーン」だ。


この絵は岩に腰掛けるセイレーンと海の中から助けを求める若者の姿を描く。19世紀には人魚の形をしたセイレーンが多く描かれている。ギリシャ神話に由来するセイレーンの下半身は鳥なのだが。

オデュッセウスは配下の者に耳に蝋で栓をさせ、自らも帆柱に身体をくくりつけて誘惑に打ち勝つという話だ。セイレーンは、底知れぬ海の危険を象徴し、航海者達の戒めとなっている。
セイレーンの声を振り切った者がいたらセイレーンは死ぬとされていて、オデュッセウスのためにセイーレンは、海に身を投げて岩と化したとある。

ギリシャ神話のこのシーンは、むしろ少し後の画家、ハーバート・ドレイパーの「ユリシーズとセイレーン」に依って状況がよりよく理解出来る。

第7作目はフェルナン・クノップフの「見捨てられた町」だ。ベルギーの古都ブルージュ(ブルッヘ)だ。確か、世界遺産で、私たちも訪れたことのある観光都市だ。最近はヨーロッパの真珠と云われている町のはずだが、と目を疑う。13~15世紀に貿易で栄え、ハンザ同盟の中核都市であった。ところがその後衰退し、見捨てられたのだとのことだ。海に繋がる運河に砂が堆積したためだとも云われている。

ブルージュは海には面していないが、クノップフの創作で、海の近傍にたたずませたかつて銅像が置かれた台座だけが、寂れた町を象徴する。精緻に描かれた建物がなお一層寂しさを助長する。
灰色の空の下に広がる海、正にその海によって浸食されようとしている町。何やら寂しげな状況が画からも伝わってくる。水が、町を音もなく浸食するという働きをしている。

それにしても今はベルギーの一大観光地になっているのにと、これまた感慨深い。

第8作目はルドンの「オルフェウス」だ。オルフェウスも又ギリシャ神話の人物だ。最初の詩人で音楽家だ。
竪琴の名手で、弾き語りの声は、万物を魅了したという。
亡くした妻を探しに冥界に行くが、帰り振り返らないという約束を破ってしまい妻は再び帰らぬ人となってしまう。悲嘆にくれて他の女に見向きもせず、彼はトラキアの狂信女らに八つ裂きにされてしまう。この辺りの理由はよく分からない。彼の死に顔は、何人かの画家が取り上げている。というよりは、死んだ顔で描かれた絵の方で、よく知っているくらいだ。

オルフェウスの死体が川を流れてレスボス島に辿り着いた。その川を下る状態の頭部を描いたのがこのルドンの画だ。然し顔の輪郭や流れている川の状態などは一切ぼかしているので、画題を見ない限り、山裾に竪琴と共に埋葬されているように見えるが、実は深い青い色は川を象徴しているのだとか。
オルフェウスの聖性を身体と竪琴を結びつけて示しているのだという。

第9作目はピエール・ボナールの「浴槽の裸婦」だ。画面の横一杯の浴槽に浸かる裸婦だ。
壁と床を書く視線が異なっているという。この辺りは実際の画を見ていないのでよく分からない。ボナールはこの絵で床に多彩な色を付けて描いている。昔の西洋は、入浴に重きを置かなかったと云うが、この絵は、入浴が健康上も良いと見解が変わってからの作品だという。

ボナールが描きたかったのは、この色彩豊かな超私的な空間をこの上ない至上の安らぎの空間として捉え、表現たのであろう。

ボナールは裸婦を好んで描いた。モデルは最愛の妻マリア・ブールサンだ。しかも色彩の感覚が豊かな画家だ。連れ合いなどは、ボナールを絶賛する。時あたかも東京で展覧会が開かれている。機会があれば観てみたいものだ。

第10作目はモンドリアンの「海(星空と海)」だ。
この画家は抽象派で、私には正直何処が良いのかさえ分からない。
千鳥格子のようなこの絵が、海を表すなどと云う事は、説明を聞いても分からない。正直、他の同様な作品との見分けも付かないというのが本音だ。
敢えて解説はこう書いている。海は太古以来、潮の満ち引きと波の動きを繰り返してきた。潮の干満は月の満ち欠けと響き合うというのだ。

海は地球の7割を占め、水は人の成分の7割だという。何という発想の展開であろうか、私には、説明を読んだ後でも、この絵が、モンドリアンがそういった背景で描いた作品だとは最後まで分からない。

選ばれた10の作品は、どれも興味深い背景を持っている。美術家は、絵画を見る視点を幾通りにも採れるので、うらやましい限りだ。この教授の講義を受けたくなった。





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Last updated  2018.09.29 18:04:08
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