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2019.01.12
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カテゴリ: カテゴリ未分類
今日のセミウォーキングは神内公園からJRの脇道を通って梶原高架下で折りかえした。帰りは楠薫堂を通った。
今年初めての中学校の土曜スクールに参加した。総勢で12名ほどの生徒が来ていた。

***

ホンダが製作したビジネスジェット機が昨年12月20に日本でデビューした。
日本で自前のジェット機を開発製造したのは、三菱重工のMRJしかなかったが、ホンダが参入した。

かつて富士重工業や川崎重工が開発を試みていたが、販売するまでには至らず頓挫してしまっている。航空機は日本ではあまり根付かないものだろうか。

ホンダのジェットは2017年、既にアメリカでは販売されていて、セスナ機よりも売れているとのことだ。日本へは凱旋した形だ。

ホンダエアクラフトカンパニー社長の藤野が社命で飛行機をやり始めたのが1986年だ。26才、入社3年目のことだ。車を造りたいと入社したのだが、海の物とも山の物とも分からない航空機の開発だ。どんな気持ちだったろうか。藤野は航空工学の出身だからそれほどの抵抗はなかったのだろう。当時の上司は後の社長の川本信彦だった。懐で航空機製造を期していたようだ

当時航空機の知見がないホンダは、藤野等の研究チームをアメリカに留学させた。本気度が窺える。私の経験では、行き詰まった会社を何とかしようとして開発部を造りやる気なのかと見てみたら集まったのは各部署で余った人材ばかりだったのとは大違いだ。我々の開発部は2年経たずに消滅してしまったのは本気度がなかったからだった。



こうして1993年には実験機を完成させ、試験飛行も成功させた。航空工学を学んでいたとは云え、座学からで、1からのスタートだから、7年間というのは結構長い期間だ。しかし、よく上司も我慢していたものだと思う。然しそこは営利企業、業績に余裕がなくなれば当然打ちきりだ。

川本も藤野への航空機開発の指示など忘れていたところ社長になって、社内の社内イベントで藤野に会う。最高意思決定会議に呼ばれていったが当の川本は欠席で、集まった役員達から否定的な意見ばかりがでた。しかし、何とか研究だけは続けさせて貰えた。川本の欠席は次期社長吉野への引き継ぎの意味があったという。この辺りが綺麗事に聞こえるが、之くらいの思いが社長になければ新しいことは出来ないと云う事だろう。

航空工学の常識ではあり得ない主翼の上にエンジン搭載することは、非難を浴びたがボーイングの風洞試験設備で成り立つことを証明した。実験飛行に成功して沸き立つ時には社の方針で航空機の事業化は否定されていた。

最後のあがきというか、チーム解散の花道というか、アメリカのオシュコシュ飛行機ショーに実験機として(実験というのが経営陣の注文だ)飛ばす許可を得たのだ。金食い虫の航空機事業を何とか終わらせることが経営陣の頭にあるだけだった。

そこでの成功は流れを変えたようだ。大企業病に陥っていたホンダ、冒険心の衰退と云った状態だったのだろうか。然し時の社長の福井は藤野のプレゼンに動かされてゴーサインを出した。

エンジンの方も1896年から始まっていた。当然と云えば当然だが、当時のリーダー井上は、航空機エンジンとしては考えられない構造を製造(研究)対象にし、若手はそれに従っていた。というか従わざるを得ない雰囲気だった。そんな職場環境は十分に理解できる。
世の中にないエンジンへの固執だ。

だが4年間が具体的進展も無くすぎた。チームナンバー2の窪田は井上に内緒で、従来からのエンジンスタイルの研究を秘密裏に行ったという。そしてそれが結果的に実を結んだのだ。どう転がるか、本当に解らないものだ。

こうして2015年12月アメリカの航空局から事業化の許可証が出されたのだ。許可証を与える立場の長官は、オシュコシュの飛行ショーを見ていたのだとか。実験機に留まると云った内部事情も知っていたようで、わざわざ許可証授与式に足を運び「もう実験は終わりだ、さあ飛び立て!」と言ったとか。話がうますぎるが、ともかくもこれからが商売になる。

苦節29年、実を結んだホンダジェットだが、小型航空機業界は同業者が強敵だ。アメリカのセスナとガルフストリーム、ブラジルのエンブラエルなどだ。
当面は車のF1的存在の広告塔だ。現生産は年4機、2020年には10機の製造を目論見んでいて、2020年には黒字化して事業の一角に据えるつもりだ。



【古今和歌集】

643.けさはしもおきけん方も知らざりつ 思いひいづるぞ消えて悲しき (大江千里)

今朝はどのように起きたかも覚えていない、昨日の夜のことを思い出すと心が消え入るように切なくなる

(「しも」に「霜」を、「置く」に「起く」を、「思ひいづる」に「日出づる」を掛けている)





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Last updated  2019.01.13 16:28:18
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