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2020.10.23
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カテゴリ: カテゴリ未分類
今日のウォーキングは雨のため中止した。
今日予定されていた大学の同期会もコロナでもう2回は延期している。それにしても世界のコロナ感染者も死者も、納まるどころか、最高値を超える値を出している。

絶対感染者数で言えば、米国、インド、ブラジルの順で、これら3国は他を圧倒している。死者もこの3国は米国の833万7144人を筆頭に7桁の数字になっている。何とも恐ろしいことだ。
因みに日本は、感染者9万5851人、死者1711人だ。

感染率(と致死率)を見ると、米国は2.5%(2.7%)、インドは0.56%(1.5%)、ブラジルは2.5%(2.9%)隣っている。日本はどうかと言えば、0.08%(1.8%)となる。確かに日本はこれら3国に比べると低い値になっているが、致死率は低くはない。果たして、何処に差があるのだろうか。それもまだよく分かっていないので、軽々に判断することは出来ない。

昨日1日の感染者の増加数は、各国とも過去最高レベルであり、米国は6万2347人増、インドは5万5839人増、ブラジルは2万4818人増でアルゼンチンは1万8326人増となっていた、以下、スペイン、ロシア、イタリアなどが1万5000人増程度で続く状態だ。第1波よりもむしろ増えているのでは無いかと思える。

同日レムデシビルが米国のFDAによって正式に初めて承認された。それまで、WHOが効果を疑う様な発表をしていたので、まだ半信半疑だが、兎も角朗報と受けとめたい。まさか、FDAがトランプに忖度した結果ではあるまい。

***

ヴァイキングの豊かな多様性が大規模DNA分析で明らかになったとの記事があった。バイキングとネットで調べると、所謂食事スタイルしかヒットしない。海賊の方はヴァイキングと統一されているらしい。



初めてオスロに出張したときに、図面の承認を待つ間に博物館を訪れたが、そこにはヴァイキングが使っていたという、船首がそり上がったような軍船(オーセベリ船という)が展示してあったのを思い出す。

ヴァイキングは、独自の民族か地域集団が北大西洋からスカンディナヴィアやバルト海沿岸を中心に海賊行為をして成り立っていたと思っていた。然し、彼らが同一民族であったという話はどうやら作り話のようだ。白人至上主義者らによる捏造であったという話だ。

彼らの442体の遺骨を分析しDNAを調べた結果、これらの話が虚構であったことが証明されたのだ。彼らの多くは「混血」だったというのがその結論だ。

しかし、オーセベリ船に乗って航海していたことは確かなのだ。船の構造は鎧張りで作られたカルヴィ型で、ほぼ全てがオーク材で出来ている。全長は約21.58m幅5.10m、マストは9乃至10m前後であり、約90m2の帆が張られていて最速10ノットで航行可能だとのことだ。

結構華奢な船なので、之で大西洋を航海していたとは俄には信じられないくらいだ。博物館の船は磨かれていたせいか、とても美しい形状であった。

ではヴァイキングとは何者だったのか? ヴァイキング(Viking)という言葉は、襲撃、探検、略奪などを意味する「viking」という古ノルド語に由来している。西暦750年~1050年にかけて活動した、スカンディナヴィアの船乗りの集団のことを意味していた。

DNA分析の結果、ヴァイキングは狩猟採集民、農民、ユーラシアの草原の住人などを祖先にもつ多様な集団だったことが明らかになったのだ。さらに、この時代にほかの地域から来た人々と混血したことを示す遺伝学的な特徴も分かっている。

ヴァイキングが活躍した現在のデンマークやスウェーデンの島にこうした痕跡が残されているのだ。ヴァイキングはスカンディナヴィアから出発し、ときにスカンディナヴィアに戻ることもあったが、遺伝子分析から、彼らはスカンディナヴィア地域内ではあまり交流がなく、遠く離れた地域を旅する中で出会ったさまざまな民族と混血していたことが明らかになった。

なんだか、根無し草のようで、映画から受ける印象とは違っていたようだ。要約すると、ヴァイキングは均質な集団ではなく多くは混血であり、南欧とスカンディナヴィアの祖先の血を受けついでいる。要は、祖先がサーミ(スカンディナヴィアの先住民)であり、ヨーロッパ人でもあったのだ。

では、現在のスカンディナヴィア人はその祖先であるかと言えば、現代のスウェーデン人のうち、1300年前に同じ地域に住んでいた人々を祖先もつ割合は、わずか15~30%でしかなく、ヴァイキング時代以降に多くの移住先で混血した結果だという。

過去の住民の概観と現在の典型的なスカンディナヴィア人とを比較すると、ヴァイキングは現代のデンマーク人の集団よりも平均的に黒っぽい髪と目をしていた。どうやら、ヴァイキングは国家や民族に縛られない多様性に富む集団であったと考えられていたことが今回の遺伝子データの分析から裏付けられたようだ。



近年の研究が、そうしたステレオタイプのヴァイキング像を打ち壊してしまった。
こうした活動範囲が広く、同一民族だけの集団では無かった者の、ヴァイキングの中でも、家族単位の結びつきも存在していたようだ。

エストニアのサルメでは、戦いのあとにスウェーデン人の男性41人が2隻の船と武器とともに埋葬されたが、その中で4人の兄弟が並んで埋葬されていたことが確認された。また、デンマークで埋葬されたヴァイキングと英国オックスフォードで埋葬されたヴァイキングが近親者である事も明らかになっている。

然し、同一民族でない彼らが、共に戦い、共に生活をしていた根拠は何なのか、と言った疑問は、解消されていない。ただ、頑丈な船を造り、海上で効率よく戦う事で生活の糧を得ると云う事だけで成り立っていたわけでもないだろう。

彼らが集まり、集団を組んで海を自由に渡り歩いて、その先々で、交雑して、又継ぎに移り住む、そうした集団であったことが、遺伝子から読み取られるようだが、果たしてその動機付けは何だったのだろうか、また、何が彼らを結びつけたのか、そうした詳細は、なかなか明らかにならないようだ。



ヴァイキングの名前の由来は、スカンジナビア半島一帯に点在するフィヨルドのことをヴィークと呼んだため、その「ヴィークの人々」を指して「ヴァイキング」と呼ぶようになったとされている。

彼らは北方系ゲルマン人で、ゲルマン民族移動の時代には南下(デーン人のユトランド半島進出など)により、西ヨーロッパとより近く接触するようになったが、9世紀に入って侵略などを活発化させた。

海賊や略奪・植民のイメージが強かったヴァイキングだが、ノルウェーの考古学者であるヘイエルダールによれば、実際には略奪経済を生業としていたのではなく、故地においては農民であり漁民であった。また、ヴァイキングたちの収益の大部分が交易によるものだったと言われている。

更に読み進むと、コロンブスよりも先に米国大陸に渡ったとか、ロシアのキエフの町を築いたとか、ヨーロッパ自由を席巻した先祖はヴァイキングであったという話になってくる。もっと詳細に調べると面白いようだ。





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Last updated  2020.10.24 17:43:37
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