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先日、わたしを講演会に呼んでくださった方のお嬢さんがすばらしいギフトを手に入れた、というお話をうかがった。このギフトを、どんなふうに受け取るのが最善なのだろう??お母さんが一番考えているのは当然だけど、おせっかいの血が騒ぎ、お嬢さんのためには、ああしたほうがいい、いや、こうしたほうがいい・・・と、いろいろ考えてしまった。でも、「あ、そうか。彼女の子どもだから、あのギフトが手に入ったんだ。わたしが心配しなくても、お嬢さんは大丈夫だし、何より、彼女がついているんだ」と、はたとひざを打つ思いで、気がついた。キーマンは、彼女だったんだ~~なんということそんな彼女に、わたしは講演に呼んでもらったんだうわー。わたしががんばりすぎちゃって、エゴやら自我なんか出さなくっても、「彼女の世界」で、きっとすべてうまくいくわ。わたしは、彼女の世界の構成員のひとり。「生かされている」というのは、きっと、こんな感じ?彼女と彼女の世界のために、お役に立ちたいと、思った。 とかくぼんやりしていると、「自分」を中心に輪を描き、世の中を見てしまう。「自分」の考え「自分」の言葉「自分」のアクションでも、それが、特段意識しないでも、自然に自分のものになったら、わたしは、わたしのままで、「別の人たちの世界」の構成員になれると思った。・・・・・・・・・・・・・・・・・・このことを出発点に、わたしにチャンスをくださったさまざまな人たちのことを思い浮かべてみた。「この人となら」と思える人と、「そうでない人」がいて。「そうでない人」のことは、考えるだけ時間の無駄なので、脇に置いておいて。「この人となら」という人は、メールのお願いからして、違うっちゃ(笑)。「思い」があるし、それを一生懸命伝えようとしているのがストレートに伝わるし、だから、わたしも応えようとするし、そこには、共鳴がうまれる。よいエネルギーがうまれる。だから、すぐわかる。だから喜んで行くし、行った先では、様々な素晴らしい人との出会いがあって、「神さま、ありがとう!」と心から感謝したい気持ちになって帰ることができる。そのやりとりを、もうちょっと気をつけて眺めてみる。その人は、その人の世界をきちんと持っていて、そこに、わたしを招いてくれようとしているんだなという気づきを、より、自覚的にしてみる。わたしの仕事を信頼してくださって、あちこち探して、呼んでくださった人たちは、過たず、わたしの力を引き出してくださる。なれば、力んで孤軍奮闘するのではなく、 「大丈夫かな」といった疑念とか、「わたし」の勝手なイメージとかを払拭して、キーマンにきちんと委ねることで、世界は変わるのではないだろうか?試してみようか。いろいろな場面で。離れず自分でいられると、きっと、「わたし」「わたし」ときゃんきゃんほえなくても、自然体のまま、わたしを必要とする場に、静かにたたずんでいられるはずだ。その場は、不本意な場などではなく、わたしの望む場でもあるんだ。そういうことなのかな?「生かされて在る」っていうのは。
September 30, 2007
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またまた1日(以上?)遅れの更新でこんばんは。セレーノ葦澤です。なんだかパタパタと(いつもなのですが)ひとつ終わらせたと思ったらひとつ積み残しに気付き、積み残しをなんとかしようと思っている間に次のことをまた積み残し……結果、またバタバタ!!という負のスパイラル。今日も、とっくに送っておくべきだったものを明日確実に先方に届ける、というすっごくあたりまえのことをやり損ねかけて、あわてて宅急便のドライバーさんに電話をかけたり、それでも間に合わないことに気づいて悲壮な勢いで仕事先から自宅に電話をかけ元オット(同居中)に「お願いだからコンビニに宅急便を出しに行ってー」と泣きつくという失態(今のわたし的には)をやらかしてしまいました。なにもそんなときにこんなニュースじゃなくっても!(ぶつぶつ)と、帰宅後一瞬凹みかけましたが。まぁ、自分で決めたことだしね。と気をとりなおしてみたり。* * *そんなこんなで、今日の収穫は、「いやー、ほんとにありがとう!助かった」と、心から言えたこと、かな。お礼に、とビールなんか買って帰っちゃってる自分に「これがお互いずっと出来ていればね~」とひとり苦笑。「ひとり」で大人になる前に「ふたり」になり、「3人」「4人」になり。「ひとり」ですべきことまでもう1人に頼ることがあたりまえになってしまっていた私たちにとって、こういう些細なことを「ひとりでやらなくちゃ」と思ったり、できなかったときに相手に感謝したりすることこそ、自立のためのステップのひとつなのだろうなー。……なんて思っている次第です。と言いつつ、いつもはまだまだお互い“いいように使ってる(使われてる)感”の拭えない未熟なわたしたち。相互扶助と自立はわたしの次の歳の課題なんだわ、きっと。
September 29, 2007
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松田妙子です。普段は東京都世田谷区を拠点に子育て支援の仕事をしています。ブログは本当にご無沙汰です。ただいま。今日ののコミュニティカフェぶりっじは小雨も降っていて静か。大好きなエルビスコステロをかけながらカフェスペースを独占しています。奥のお部屋では遊びに来ている4歳と3歳がシートを広げてピクニックをしています(笑)ぶりっじがある下北沢一番街商店街のパン屋さんのパン焼き釜が壊れたらしいと心配してイチカワノゾミが見に行ったり、無料の折込チラシをいれてくれた販売店さんが、その朝刊を届けてくれたり。静かな土曜日。でもこころは、これから動き始めるたくさんの「たくらみ」で熱く動いています。私のモチベーションは、実は、たくらんでいるときのわくわく感なのかもしれないなぁ。次世代育成協働フォーラムの準備がすすんでいます。先日より井出崎さんがお伝えくださっている山口に先立ち、10月26日に群馬で開催されます。その実行委員のお一人である渋川の池田さんが4つ葉にメッセージを届けてくださったので掲載いたします。池田さんはNPO法人シーヤクラブの代表をつとめられており、渋川市のファミリーサポート事業を受託、がっつり活動されています。渋川の子育てネットワークが広がりますように!☆-----------☆----------☆-----------☆----------☆群馬県渋川市の池田久子です。我が子が不登校になり、悩んだ時期もありましたが、めそめそしてる場合じゃない…みんなに子どもを育ててもらおうと切り替え、シーヤクラブを作り我が子を含め不登校の子どもたちとわいわい楽しく過ごしました。お陰さまで、3人の子どもたちは社会人となり、長男はもうすぐ結婚式を挙げる予定です。その活動から、NPO法人シーヤクラブとなり、子育て支援の輪をひろげています。群馬で10月26日(金)次世代育成協働フォーラムがあり、実行委員会のメンバーとして参加しています。とうきょう子育てネットの皆さんとお会いして、いろいろ刺激をいただいています。8月に杉並区と世田谷区の子育て支援状況を視察してきました。まだまだ、我が町、我が県は協働とは程遠いような気がしています。それでも出来ることから始めようと、地域の仲間に呼びかけて子育てネットワークを立ち上げることになりました。昨夜、子育てネットの準備会を開きました。子育てフェスティバルの実行委員会のメンバーを中心に、様々な活動をしている人たちが集まりました。保育園の園長、市会議員、教育相談員、子育てサークル、おやこ劇場、NPO法人…、それぞれの立場のお話を聞くだけでも、刺激になり世界が広がったような、素直に語り合ったわくわくする時間でした。本格的にネットを立ち上げることになり、地域の中で子育ての大きな力になると良いなと思っています。
September 29, 2007
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本日は、西東京市のひばりが丘公民館で、お母さん向け連続講座の第一回目の日でした。昨日、板橋区の男女共同参画センターで同じような講座の講師をさせていただき(こちらは単発)、そちらでお話したようなことを、こちらでもわーっとお話させてもらったので、ちょっと混乱させてしまったかもな?と思っています。(自分の子育て体験の話から国の施策まで走りましたからね)でも、帰りに寄せられた感想に、4つ葉のブログ行ってみますとか、厚生労働省の施策についても確認してみますと書いてくださった方もとても多くて、すごく感謝しています。ありがとうございます。低い垣根はいくつもあるだろうけれど、乗り越えられない垣根などなくて、だから、どこまで旅に出るかは、その人次第なんじゃないかなと思っています。もちろん、まだその時機じゃないと、「いまはここまで」と決断することも大事だと思います。でも、わたしは遠くまで行けるはず・・・ってことはおぼえておいてほしいなと思います。で、今回の出会いは、ソフトランディングの講座なんだと思います。生かすのもあなた自身。わたしは結構いろいろな引き出しを持っていると言いました。でも、ノックしてくれないと、扉は開きません。上手に、わたしを使っていただけたらと思います。さて、本日の講座を聞かれて、ここまでたどり着いたみなさまへ。参考までに国の施策がわかるページをご紹介します。*厚生労働省が行ってきたこれまでの次世代育成支援に関する制度(少子化対策)の内容がわかるサイトです。http://www.mhlw.go.jp/bunya/kodomo/jisedai.html*上記の制度(厳密に言えば、次世代育成支援対策推進法等の法律)にのっとって、現在厚生労働省が行っている子育て支援の施策の内容がこちらです。http://www.mhlw.go.jp/bunya/kodomo/kosodate.html*各省庁を取りまとめコーディネートを行っている内閣府の少子化対策についてとりまとめたものが、下記です。ちなみにわたしは、現在委員会が続行中の「子どもと家族を応援する日本」戦略検討会議の基本戦略分科会の委員をさせてもらっています。http://www8.cao.go.jp/shoushi/index.html学校の勉強とは全然違うので、なんとなーく、赤ちゃんのウンチのにおいをかぎわけられるように(石山恭子ちゃん語録)ざっとみてみていただければ幸いです。で、次回、どんなふうに感じたか、また感想など聞かせてくださいね。次週、お目にかかるのを、楽しみにしています。
September 28, 2007
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「わたしたちはチームなんですから」って確か、言ってたよなー。何度も、何度も。それって、わたしに「チームの一員になれ」ってことだったのかなあ。だったら、「チームの一員」としての扱いをしてくれないと、そんなことできないよ。最後に「チームの一員」と言ってから、もう何ヶ月もたつけど、それっきり、連絡はぷっつり(笑)。自分の都合で、「ええ?これから来いって??」という無作法なお願いは結構なさる方でしたが。「チーム」ねえ・・・。わたしの知っているチームは、「リブラ」とか「とうきょう子育てねっと」とか「4つ葉プロジェクト」とか「わたしたち、チームだよね!!」って念押ししなくても、きちんと「チーム」だけどなあ。・・・・・・・・・・・・・「俺たち夫婦だろ?」「俺たち家族だろ?」って、たぶん、平気で言ってるんだろうなあ。そういう人は。カタチをつくったら、「夫婦」ができあがったり、「家族」ができあがったり(そこに「理想の」と入れてあげようか)、放っておいても出来上がると妄想しているんだろうね、きっと。知らなかった?「親子」とか「恋人同士」とか、「仲間」とか、「絆」とかどんな「名前」をつけたところで、もろいものなの。人間関係なんて。だから、何度も何度も繰り返し、注意深く、ほころびを直しながら、築き上げていかなければならないものなんだよ、本当は。それもしないで(できないで)、名前や名詞をつけて安心しないで。「信頼」って知ってる?もうちょっと言葉に対して、デリカシーを持ってもらいたい。わたしは、丁寧に扱うつもりだから、あなたもわたしと同じように扱っていると錯覚して、わたし「チーム」の一員になるよう努力してた。あれは、「うそ」でしたね。努力していたのは、わたしだけでしたね。・・・・・・・・・・・・戦後日本の教育界は、欧米に追いつけ追い越せで、ひたすら「事務処理能力(あるいは情報処理能力)」の高い人材を量産し、産業界に送り込んできた。ところが、日本は「処理力の高いサラリーマン」は育てたが「自分のアタマで考え自治を行う市民」を育てきれなかった。藤原さんの「公教育の未来」を久々に読み返して、藤原さん、「自分のアタマで考え自治を行う市民」なんて、夢のまた夢です(涙)。と思った。うそ、つかないでほしいのよね。誠実に仕事してほしいのよね。それは、いまさら、アホらしくて教えてさしあげるのも、なんだけど、仕事をする大人同士の(あなたがたが言うところの「チーム」(?)の)、「最低限のルール」でしょう。子どもが見てるし。大人なんだから、恥ずかしい仕事、しないでね。
September 28, 2007
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先週、ホームスタートの視察に久しぶりにロンドンを訪れた。出発前にスケジュールを確認したとき、一日だけ午後のスケジュールが空いているのを見て、無性に24年前に滞在した家族に会いたくなった。滞在と言っても、大学の夏休みの1ケ月だけで、一応語学校にもいったけど、楽チンスクールだったから観光旅行みたいなもの。当時、ホームステイしたお家は、ロンドン・ビクトリア駅から約30分の郊外で、14歳を筆頭に男の子4人、大叔母様1人、犬1匹、猫1匹、そしてご夫婦という家族。住所だけが自分の記憶に残っており、以前、google earthで調べたら、航空写真で「オッ、この家に違いない!!」と認識できた。(すごいよね、これ。怖いくらい。)それを見たせいか、なんだか今回、行かなくちゃっていう気にすごくなっていた。今もそこにいるのか、、生きているのか、、、ま、街を歩くだけでもいいから、とにかく行ってみよう。そう心に決めて出発した。○ ○ ○ ○ ○ ○午前の視察を終えて、皆さんと別れ、ビクトリア駅へ。ちょっとした冒険旅行の始まりだ。ドキドキ地下鉄から地上に上がると、天井の高いターミナル駅改札が。「あ~、この景色、確かに見た!」古い古い記憶がザザァ~って蘇ってきてゾクゾクっと体が震えた。Beckenham Junction駅まで無事たどり着き、記憶を踏みしめるようにして住所のところへ、、、家は見つかった!!! ドキドキ、、、ピンポ~ン♪うっ、誰もいない、、、。(ガクッ、、、、)表札ないし、今も住んでるかワカンナイなぁ。。。どうしよう、、、あきらめきれず、遅いお昼を近くの公園(とってもキレイ)でとりながら手紙をしたためた。1時間くらいして、ひょっとしたら帰ってるかな、と淡い期待を持ってチャイムを鳴らしたけど、やっぱり留守。「とにかく来たことだけでも残しておこう、、ひょっとしたらホテルに連絡してくれるかも。。。違う人が住んでたら恥ずかしいけど、ま、イイヤ」ポトン、、と扉から手紙を投函した。 「あ~、やっぱり会えなかったなぁ。このままわからないままかなぁ~。」と、帰ろうと引き返した時、、、、お隣で赤ん坊の泣き声が!「ヤヤッ、お隣に人がいるぞ!!」それまで必死に近所の人影を探しても見当たらなかったけど、覗き込んでみると、ガラス越しに奥さんの姿が!!「あのォ~」という必死に訴える顔で手を振ると、玄関先まで出てきてくれた。「カクカクシカジカで、会いに来ました、、お隣はまだエバンス一家が住んでるのでしょうか??」「あらぁ残念ね、2ケ月前に引っ越したわよ」「エエエエエエーーーーッ!?」(ガックシ・・)「電話番号があるわ、ちょっと待ってね・・ハイこれ。Good Luck!」引越し先も遠いのかどうかもわからず、「どうせ覚えてないよなぁ~」と思いつつとにかくTEL。トゥルルルルル・・・・「もしもし」「あのぉ、エバンスさんのお宅でしょうか?」「えぇ、そうですけどっ」(営業電話かと、スゴクいぶかしげ)「日本から来たYUKIですけど、覚えてますか?」(自信なしげ)「OHHHHHHH、イェースッ、まぁ、なんてことかしら! つい2週間ほど前に、あなたの話をしてたとこなのよっ! 何何、どっからかけてるの???今どこなの???」覚えてくれただけでも、なだかウルウル。感激だ。相変わらず早口の奥さんは、「ね、ね、時間大丈夫なら、ちょっとそこで待ってて!!! 子どもたちのお迎えに学校に行くから そっちにまわるわっ!いい?!25分後にそこよっ! 大丈夫ねっ、必ず行くから!待っててよッ!」 ガチャン!ええぇぇーー、会えるんだ、会えるんだ、会えるんだぁ!!!目はウルウル、頭もなんだかボォーッ。急転直下の展開に、自分が追いついていないかんじ。お隣の赤ちゃんがあの時泣かなかったら、こうはならなかった。この奇遇になんと感謝していいのか!ボーーっとした私は20分、近くのカフェで温かいミルクティーをすすりながら、この後の展開にさらにドキドキ胸をときめかせていたのでした。。。長くなるので、(イヤ、十分既に長い、、)続きは今度。私的な日記で失礼しました、、、次号は子育てにチョット関連ありです。
September 27, 2007
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現実逃避で普段全くしない家の掃除ばかりしている山口の井出崎です。サイトはこちら。中秋の名月、お月さまが奇麗でしたね。大阪の友人に「月がきれいだね」とメールを送ると「ビルばかりで、月なんか見えないよ」と返事が返ってきました。みなさんのところでは月、見えましたか?月を見ながら思い出すことがあります。我が家は毎年田んぼを借りて、完全無農薬のお米を作っています。(ものっすごく大変です)私がお米をつくっているその田んぼは、山の斜面にはりつくようにできている眉型の段々畑です。かつて、月夜には村人は皆田に出て月明かりの中、段々畑を掘り続けていたそうです。そんな苦労をして作った田んぼなのに、50年たらずでまた元の山に戻ってしまっています。先人達はどんな日本を夢見ながら鍬をふるっていたのかと月のきれいな夜にはそんな話も思い出したりします。さて、今私の住む山口市では「山口市協働のまちづくり推進会議」というのが開かれています。その中で住民自治を進めるための条例づくりを行います。まだ始まったばかりの市民会議なので、今は先進事例を学んだり、山口市の現状について学んだり、という段階です。先日の勉強会では地方自治について学び、地方分権推進法や、地方分権一括法、地方分権改革推進法について教えていただきました。その話を聞きながら、地方分権って、もちろんいい面や、本来そうであるはずだったことなどありながらも、都道府県単位だけでなく、市町村、極端にいえば校区ごと、町内会ごとに特色といえば聞こえがいいですが、格差が生まれてくるということなのか?と、かつて経験したことのない社会が迫ってくるような不安に包まれました。たまたま(?)社会的動きに敏感で先見性のあるリーダーのいる町内(都道府県・市町村)や、意識の高い住民が多く暮らすところは、とても暮らしやすい地域となり、しかし、そうでないところや、過疎化が進んだり、財政が厳しかったり住民意識をうまく盛り上げられなかったところは益々暮らしにくくなる。暮らしやすいところに人は流れ、出遅れたところは廃れていく。同じ国なのに生まれた場所によって子どもたちの育つ環境も随分と違ったものになっていく。だから4つ葉なのよ、と強く心の中でつぶやきながら地域なんて言葉が死語となり、若者たちは人との関係を必要と思わない現実と過疎化、高齢化が進む山口県で、今、私がしなくてはいけないことを考えています。
September 26, 2007
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イギリスから帰りの飛行機で、十三夜の月がずっととなりで煌々と輝いていた。「真髄」「深淵」「深遠」と内観したり、深堀りしたりしていた。「それはよかったね」と言われた。世の中は月夜ばかりじゃあない。「ううう」と思うことも結構ある。あらぶる感情をおいておいて、「これから何を学べと?」と、「ううう」と思うことがらに尋ねてみる。そこには、大事なことが秘められていたりして。大丈夫。心配しなくても、「次にやってくる、大きなしごとのための 大切なレッスン」だと、かなり確信できる(年の功!)。そして、秋分から春分までの道筋を描く。新しい年を迎えるまでの秋から冬にかけての道筋を描く。果実を収穫し、わが手に入れ、わが血肉にすること、何かを終えること、何かを始めること、について話し合った。目の前のことに追われててんてこ舞いのとき、このワークは、本当に助かる。手放すことに、ためらいはない。執着もない。本当に手放さなければならないものは、わたしがどんなにごねようと、離れていくものだ。タイミングも絶妙。なぜ手放すか。それは、次の一歩を踏み出すため。個人事業主のうれしいところは、「終わりのはじまり」を自分で決められること。なんてったって「ホームスタート」だからねー(笑)それに、10月から3ヵ月かけて、わたし連続講座を2つも始めるんだった。これって、わたしにとっては、かなりすごいことだ。はじまる、はじまる、はじまる。秋は、派手。秋の花があちこちで咲き誇り、実がなり、収穫される。にぎやか。かまどさんで、栗ごはんを炊こう
September 26, 2007
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昨日、事務所で芦澤と夜9時ぐらいまで打ち合わせ&イギリスの紅茶とチョコでおしゃべりをしていて、ホームスタートのなにがすばらしかったって、スタッフ(リーダーとかマネージャーとか)やボランティアのみなさんの態度なんだという話をした。ほとんど女性なのだけど、包容力があり、鷹揚で、堂々としていて、でも繊細。ひとりの大人の女性として、かくありたいものだと思った次第。で、視察を終えた夜は、西郷先生に「本場ロンドンのライブハウスに行きたい!!」と、ごね(前回の視察ではテムズ川の川下りがしたいとごね)、「スギヤマさんが言わないと絶対行かないようなところに行けるなあー(とほほ)」と苦笑されながら、連れて行ってもらいました。100CLUBというガイド本に載っていたお店なのだけど、入ってみたら、若者ばっかだった!!(先生と山田さんとわたしは、平均年齢を確実にあげていた)3バンド登場したのだけど、最初の2バンドは、「えええ?!」とびっくりするぐらい、下手だった。しかもうるさい(ってライブハウスはうるさいんだよ)。店内は、ビール片手の若者たちであふれかえっており、大音量のなか、「次のバンドも下手だったら、とっとと帰りましょうね!!」と日本語でがなりたて、期待せずに聴いたら、最後だけは上手だった。(よかった。ロンドンまで来た甲斐があったよ~)帰国後アマゾンで確認したら、あったわ、そのバンドのCD。メジャーデビューしていたのね。(さっそくウィッシュリストに追加した)若者たちはあのバンドがお目当てだったのね。という話を、バンドもやっている芦澤に話したところ、「ああーキッズのたまり場なんですねー」と、教えてくれた。「キッズって?」「イギリスの若者たちのことです。厳格、品行方正な 大人たちに、反抗したい若い子たちが夜な夜なたむろ するわけですよ」と、教えてくれた。アッシーは、欧米のサブカルチャーに詳しいのよね。なるー。「でも、ちょー下手だったよ。息子の学園祭のバンド みたいだった。ロンドンでこれかよ!って思っちゃ った」と好き勝手言ったら、「そうなんですって」とKIDSに肩持つ彼女は言った。ホームスタートのような活動って、非の打ち所がないけど、大人のそういうところに、やっぱちょっとギャーってなっちゃうんだろうな(勝手に解釈)。それもありだろうな。わたしがハタチの頃に聴いていたのは、「つまらない大人にはなりたくない」という歌で。たぶん、当時、ホームスタートの女性たちを見てもピンとこなかったと思う。「つまらない大人」にならないために、42まで、いろいろチャレンジしてきていて、だから今、誰に言われたわけでもなく、読みたいからせこせこ哲学の本やら社会保障の本やら読んでいて。知らなかったことを知る喜びに、「うっとり」している。その時々の、表現、生き方の姿勢ってあるんだろうなと、思う。まあ、いつも手を抜かないってことだろうな。・・・・・・・・・・わたしの大好きな漫画のひとつに、くらもちふさこの「いつもポケットにショパン」というのがあって、主題はピアニストをめざす娘(麻子)とピアニストの母親の葛藤と和解なのだけど、そこで、「麻子はシチューが得意です」という母親の名言がある。娘の手は、単にピアノを弾くだけではなく、いろいろな経験を積み、喜び、悲しみ、楽しみ、感じているんです。その手で、ピアノを弾くのです。と、母親はその一言で言うわけなのです。麻子は、そこではじめて、母親の愛情に気づくわけなんだけど、言葉で表現することが苦手な母子は、ピアノで心を通い合わせるってところも、ほんといいなーと思っていて。つまり、たくさんの経験をして、いろんなことを感じたり、考えたりして、内面を耕した人の言葉や表現はどんなに稚拙であっても、必ず伝わると、わたしは思っている。好きなことしかしなかったり、楽なことしかしなかったり、ギリギリで逃げるようなことを繰り返していたんじゃ、キッズにがっかりされちゃうね。「そんな下手なバンドならやめちまえ!! ちゃんと就職しろ!!」と、真っ向言えるようなオバサンで、ずっといたいと思う。
September 26, 2007
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4つ葉プロジェクトが何だか気になる方、4つ葉ブログの更新を楽しみにしてくださっている方、子育て支援に現場で頑張っておられる方、子育てに頑張っている方、でもこのまま活動ががんばれるのかしら?子育てにがんばれるのかしら?とうっすら思っている方、年金とか社会保障とかホントわかんない方(わたしも結構近いとこにいます)NPOという組織に携わる方、介護保険に携わる方、日本の政治ってさみしいな~と思う方、とりあえず夜単身で行動したい方も(久々に夜歩くと、意外と多くの人が夜歩いていて、街がとても明るいことに驚きます)10月5日(金)の勉強会にどうぞいらしてください。きっと分かるように話をしてくださる人がここにはいるかと思います。分からなくても、この人話を聞いた(ひいてはこの人に"生で会えた”)ことが何だか良かったということがあるかと思います。自分の目の前にある活動や子育てが(これを木とするならば)どんな森のなかに存在しているかが分かるかもしれません。なぜそれを知ることが大切かというと、どんな森にいるかを知ると目の前にある木をどういう風に育んでいけばいいかが分かるようになると思うから。ほんとに人はそれぞれで、ワタシも頑張って福祉とか社会保障とかの類の本を読みはじめましたが、本が顔に落ちています、トホホ。からだの本はひと晩でよめるのに・・・。でも、カメ的歩みをする本からも学びはまことに多いことは事実です。で、ワタシはこれが仕事だから読みます。子育て関連の場にいる人は読むと、きっといいかもしれないけど、読みたくないし、私にそれを読む時間はナイと思う方は人が話してくれる機会こそが、チャンスだと思います。で、なんで人は知ってるほうがいいと思うかというと、この国に生きているから。制度の細部まで理解せずとも“流れ”や“匂い”を知っておくことは必要なのかもなと思います。赤ちゃんのウンチの成分はしらなくてもそこから感じることが、人を育てるのに必要なように。自分がどんなとこに生きてるかを知ることはよく生きるために有益だと思います。子どもに公民(って今ありますか?)教える時にも役に立つ。世のためでも人のためでもなく、自分と自分が大事に思う人のためのこと。世のため、人のために本気になれる人は全員じゃなくて大丈夫だと思います。世の中が健やかになるのは個々の健やかさの結果なんだと思います。すごく単純に思うのですが消費税を上げて基礎年金に投入したら年金問題は解決してみんな“やる気”がみなぎるのかなぁ。対症療法???さっきニュー○○テーションで谷垣さんは話していました。自民党が提案しているこの話し(消費税あげて基礎年金へ)の前提はふたつあって、一つ目は・・・あ、忘れた。二つ目は少子化問題が解決すること。結局それが改善されないと支えられない。だったら、やることってそれなのかな・・・?と皿洗いしながら考えた人は私だけではないでしょう。4つ葉のブログを担当させていただいたことで、ここまでは分かるようになった石山恭子32歳。今日は勉強会翌日のベリーダンスの発表会のための化粧道具をそろえに行き、チャコットでピンクのラメラメを見て乙女心をゆらしたのでした。昨日は軍手をはめて枯れっぱなしの庭先を片付けました。剥げたマニキュアをつけたままみたいな有様だったので、こういうのはやっぱり良くないな、と思いまして。色んな要素は共存可能だということがわかってきたこの頃です。ということで、10月5日(金)の勉強会にてお待ち申し上げております。保育が必要な方はおっしゃってくださいね。
September 24, 2007
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高齢者やしょうがい者に対する環境整備に対して子育て環境の整備が遅れているという問題意識で、これまでずっと仕事をしてきているわけだけど、特に感じるのは、子どもがその存在を十分に尊重されてはいないということであり、だから、制度や施策の整備が遅れているということだ。「子ども」は「大人」と違うので、同じ扱いはできないし、さまざまな制約もあるので、ハンディは常に持っているし、そこを認めて、どう対応するか・・・だと、思っている。特に、彼らには投票権がないから、政策決定の場では、圧倒的に不利になる。また、子どもの代弁と、ものわかりのいい大人は言うけど、代弁には限界があるということを知らずに、代弁者を気取るのほど、恥ずかしいことはない・・・ぐらいの謙虚さは持ち合わせていたい。みんながみんなそういう問題意識で動いているとはあまり思えていなくて、大人の自己実現や自己満足で、子育て支援に自分の居場所をみつけようとしている人も中にはいるように見えるし、十分勉強もしないで、「ノリ」でやっちゃっている人もいる。わたしも「ノリ」でできたら、どんなに楽か・・・と思ったりするんだけど、「ノリ」でやってるなーって見えちゃうので、見えちゃうと急激に醒めちゃうので、自分ではできないんだ。ロンドンに向かう飛行機のなかでは、社会保障制度に関する本を読んでいた。小泉さんだろうが、安倍さんだろうが、福田さんに変わろうが、日本が抱えている問題が変わるはずもなく、「絶対くるなー」と思うから、一過性の「ノリ」ではなく、時間がかかっても正統派の手続きを踏みたいと思う。介護保険制度という高齢者の生活をケアする制度ができたことで、何が変わったか、課題はなにか、を知ることで、いまわたしたちがやっていることの、「次の手」が見えてくる。「次」がある程度見えているにも関わらず、「次」をイメージせずに、現状で満足するような活動や、根本治療に至らない対症療法を繰り返すことは、わたしには、できない。つまりそれは、「戦略」を持つってことなんだと思う。そういう問題意識の人は、実は結構いると思っていて、だから、田中徹さんも田中尚輝さんも、子ども・子育て支援を仕事にしている人ではないけれど、わたしのしていることをわかってくれているので、快く講師を引き受けてくださったのだと思う。「わたしたち、現場にいるから、難しい制度のことはわからないわ」って、言いはなってしまえるリーダーのもとで動かないといけないスタッフが気の毒なんだよね、実は。誰かが勝手に決めたわくのなかにいて、「こうしなきゃいけないんでしょ」と、自分たちのやっていることに制限を加えてでもどうしてこうしなきゃいけなかったんだっけ??ってことに思いをめぐらさないのも、つまらないことだ。「変えることはできるよ」ってことに気づき、(誰かが変えてくれるのを待つのではなく)どうしたら変わるのかを、学び、実行するだけの話でしょう。それは、ずいぶんと地味な仕事だと思う。広がりは必要で、いろいろな人が入ってくればくるほど、変質は避けられないだろう。それは、誤解も生むだろうし、わたし個人の本意とは違うところにいってしまう可能性も大きいと思う。それも、のみこむことだ。真髄。深淵。深遠。って書いてみた。「シン」って音の言葉は、まことだったり、ふかかったりするのだな・・・と、飛行機のなかで思った。わたしは、結局、そういうことばをよりどころにし、どこにいても、そこに還っていくんだと思う。
September 24, 2007
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1週間ぶりの書き込みとなります。わたしの留守中に更新がしてある!!(うれしい)4つ葉ちゃんが、9月バージョンになっている!!(ありがとう。高野さん)芦澤がスケジュール対応をしてくれている!!(日本子ども家庭福祉学会の理事会の出席のため、 大阪出張もお願いしたんでした)しかし、今度の勉強会の申し込みがいまひとつ!!という報告に、「おおお・・・」とあせっています。~「介護保険制度」はどういう制度か~「子育て支援策に使える? どこを使う?を議論する」講師は、厚生労働省から出向中、杉並区役所で「子育て応援券」事業、「市場化テスト」事業に携わり、今年度高齢者施策に取り組んでおられる田中徹さんと、NPO法と介護保険法の成立に尽力され、文字通りNPO業界の親分的存在、今は介護系NPOの立場で独自に制度改革について検討中の田中尚輝さんです。 「入門編」ですので、「こういう話は初めて…。ついていけるかな?」という方もお気軽にご参加ください。 ■日 時:2007年10月5日(金)18:00受付開始 18:30スタート ■会 場:あんさんぶる荻窪 第一・第二・第三会議室 ■定 員:60名 詳細はこちらです行きたいなーと思いつつ、お申し込みのまだの方、申し込みのほう、よろしくお願いいたします。************18日から6日間、イギリスのホームスタートという家庭訪問型の子育て支援活動についての視察に行ってきました。ご存知のように、すでにホームスタートジャパンも立ち上げているので、今後日本でもこのホームスタートの活動体制を導入したいという明確な意思表示もかねての訪英でした。カナダのノーバディズパーフェクトなどいろいろなプログラムが日本にも導入されていますが、HSの面白いところは、・イギリスという国は、自国でやってみてうまくいった スキームを、他国にも導入させていきましょうという ことで、他国を支援するインターナショナル本部をつ くってしまうところです。(日本でいいことやってるからって、世界に広めましょ うとはあまり思わないからね。そういうところが、 お国柄というか、大英帝国のなごりというか)・で、わたしたちは、おいしいところだけ真似て、日本 に通用する独自路線を貫くのではなく、まるっぽ、 ホームスタートインターナショナルの傘下に入ってし まいましょう・・ という新しいかたちを選択しました。なぜなら、傘下に入っちゃったほうが、たぶん、話が早い、効果が現れやすいと確信しているからです。 インターナショナル本部を通じて、わたしたちがホームスタートから学びたいと申し出たのは、次の3点です。・イギリス各地で展開しているホームスタートの拠点の 立ち上げとマネジメントの方法について・国をはじめ地方自治体との協働について(特に補助金 委託金など資金援助の手法について)・日本ではまさにこれからの家庭訪問型の子育て支援の 具体的な方法についてホームスタートジャパンとしては、中間支援組織としてどのような支援を各拠点に対して行っていくかも重要な関心事だし、10月に来日予定のインターナショナルの事務局長のアンナさんから、世界各国の家族政策やホームスタートの取り組みについて情報提供してもらうことも、たぶん日本にとっては意義のあることだと思っています。わたしが日ごろからあちこちでお話させていただいているように、ミクロ、メゾ、マクロの視点で切り替えながら支援を行っていく。。。という意味では、マクロが、インターナショナル目線にまで広がったということでもあろうかと思っています。「すげーな」と思ったのは、揺るぎない理念と信条を徹底しマニュアルにのっとって各拠点ごとに行うのだけど、その地域地域の柔軟性を尊重するというところです(どこかの国の施策とはちょっと違う)。これまでNGO団体ではなく、いくつかグローバル企業の運営方法についてヒアリングさせてもらったことがあるのだけど、方法論はたぶん同じなんじゃないかな?と思います。(こういうときわたしはいつも「日本にはプリンシプル(信条とか規範とか)がない」と嘆いた白洲次郎の ことを思い出すのだけど、コトにあたるときの姿勢が たぶん、全然違うのでしょうね。わたしたちの国は、 総じてハウツーが好きなので。もっとも大事にしている 核の部分を理解しないで、結構「なんちゃって」でかた ちだけ入れて、やった気になってるからね)帰りの飛行機のなかで思ったのは、HSジャパンをやろうというスタッフや参加者にしても、それぞれにやるべき役割があって、「全体のなかで自分は何をやるべきなのか」をきちんと自覚し、的確に動くことで、組織そのものが活性化し、確実に前に進み、広がるようになるんだろうなということでした。そのあたりの根拠に基づいた合理的な動きってのは、欧米人の得意とするところのように思うので、(かといって、情を切り捨てるようなふるまいは、 まったく行わないマネージャーたちの優秀さと 器の大きさをまざまざと現地で見たわけだけど)わたし自身も学んで、自分の生き方に取り入れたいと思っています。で、すでに活動している団体に、ぜひ、ホームスタートをやってくださいというのも、ひとつあるのだけど、活動歴なはいけれど、自分たちの地域でホームスタートをはじめてみたい!!という個人の方を募集中です。ぜひ、ホームスタートジャパンのホームページあてにメールなりでご相談いただけたらと思います。
September 23, 2007
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セレーノ葦澤です。私にしては珍しく、家族の話。* * *昨年の冬から、夕食作りに当番制を採用しています。月・土がアネ。金がイモウト。火・日が父で水・木が私。親2人は仕事が忙しかったりナンダリで、「今日はおかず買って帰る~」とか「平日と休日と当番交換して~」とかなってしまうこともあるのですが、娘2人は、ずいぶんよくやっています。昨日の金曜日はイモウト作のハンバーグ。材料を買ってしまっていたので使ってくれるよう(アネにも「手伝ってあげてね」と)お願いしていったのですが。1回だけ仕事先に「パン粉が賞味期限切れなんだけど、どうしたらいい?」と電話が架かってきただけで、あとは本を見ながらイモウト1人で完成させたようでした。私が帰宅したときちょうど焼き始めるところだったので、焼き加減などにちょっとアドバイスをしたくらいで、おいしいハンバーグを食べることができました。* * *もともとよくお手伝いはしてくれていたのですが、やっぱり、“頼む”仕事は補助的なことばかりになってしまうんですよね。いつも帰りが遅くなりがちな私のフォロー役をこなすのもなんだか飽きてきちゃってたみたいだったので、思いきって、当番の日はお金だけ置いて行ってあとは好きにしてもらうことにしました。買い物に行くのがめんどうなら、冷蔵庫にあるもので作る。食べたいもの、作りたいものがあれば自分で買いに行く。献立から考えて作るようになってから、2人とも料理の腕はメキメキ上達。最初のうちこそ“私のいない間に怪我したりヤケドしたりしないかしら?”と心配もしましたが、最近は、ちょっと気付いたことをアドバイスするくらいで、安心しておいしい夕飯にありつくことができています。家庭科の時間には当然ホメラレまくりの様子ですし、「自分で考えて、最初から最後までやる」ことは彼女たちにとっても、私のお手伝いさんよりだいぶ楽しくて、ラクみたいです。任せている以上、ちょっとくらいの失敗とか毎週同じメニュー、とかいうことも甘んじて受け入れています(笑)任せてもらえる。任すことができる。こういう信頼関係は、親子の間にも必要ですよね♪“いつまでも世話してあげるだけが母の役割じゃないのよ~ん”とかいって、カナリ楽して手抜きしまくりの私なのでした。
September 22, 2007
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山口の井出崎です。6年前、かつて私が行っていた育児サークルでのことです。友人が赤ちゃんを産みました。でも、3番目に生まれたその子は黄疸がきつくてなかなか退院することができません。友人はお乳を運んだり、検査のたびに赤ちゃんにずっとついていなかったりと、とても大変そうでした。その上、家には2歳と4歳の子供がいて産後の体にはほんとにきつい日々を友人は過ごさなければいけませんでした。それを聞きつけた私たちサークルの仲間は、「お助け隊」を発足し、その友人の子供を毎日当番制で預かり、夕飯を届けなんとかみんなで彼女とその家族を支えた数か月を過ごしました。昨日、そのサークルの現役のママがうちに遊びに来ました。そのママは、サークルのお友達に赤ちゃん(3人目)が生まれたからと上の子の幼稚園の送り迎えをし、パパが帰ってくるまでの時間まで2人の子供をサークルの仲間達でみているという話をしてくれました。私たちが作ったお助け隊は、継続を考えて作った仕組みではありません。その後、その仕組みが存在しているのかさえ気にすることもありませんでした。彼女たちは、きっとその仕組みがどんなきっかけで生まれたのか、そんなことは知りもしないでしょう。でも、当然のようにその仕組みはそのサークルに脈々と受け継がれ今やそのサークルの文化として存在していました。一生懸命良かれと考えて作った仕組みでも、3年でひずみが出てくるものもあれば力まなくても、こうして急場しのぎに生まれた仕組みが自然につながっていくこともあるのですね。それは一体何が違うのかと思ってしまいます。協働が文化となるには、日常レベルでは様々な壁がありそうです。まだまだ同じテーブルについた人たちの協働に対する責任意識が低いからだといわれました。相手を攻撃するでも、要求するでもなく誰かが誰かの下請けになるわけでもなくそこにある責任を自分自身が引き受ける。今は慣れないから回り道が多くて少ししんどくても、きっとそれが次世代に続く仕組みをつくることだと思っています。
September 21, 2007
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セレーノ葦澤です。6月30日に行われたタウンミーティングからあっという間にもうすぐ3ヶ月。…やっと、来週にもパンフレットの増刷分が出来上がります。(送付依頼を下さった皆様、 本当にお待たせいたしましたm(_ _)m)表紙文面などを一般用に手直ししたほか、当日の印刷分に間に合わなかった応援メッセージも掲載しております。皆様への送付の時期や方法などについてはまた追ってこちらでご連絡したいと思いますので、「あのパンフレットを使って学習会を開きたい!」「自分の地域の行政の人などに、 広く4つ葉の活動を知ってもらいたい!」という方は、私書箱または4つ葉プロジェクト事務局へメッセージとご連絡先をお寄せください。* * *第6回勉強会のお申込も、まだまだ受け付けております。こちらも皆様奮ってご参加ください。以上、お知らせでした!
September 20, 2007
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ご無沙汰です。やっと復職しました。もう、首切られちゃうかな・・てちょっとドキドキです・・。さてさてわが社も10月になると新しい期に入るので、ローテーションを(休み)作ります。これが、大変なのですワン。子育て中の社員はにわかに忙しくなって、担当者の前で、大げさなジェスチャーをしてまるで踊りを踊っているかのように、自分がどんなに大変か訴えはじめます。もちろんわたくしにも聞こえるように、大声で。担当者は、夜になって発狂したように、「人の子供が病気になろうが正直関係ないんですよ。彼女の子供が病気になる、彼女の生活が安定するために土日休みが欲しい。それは確かにそうかもしれない。でも私的なことでしょう?じゃあ私はこれから結婚するので男と出会いたいたら休みを取りたいっていうのありですかね?平日休みじゃ出会いもあんまりないですからね、土日休んでいいですかって言えます?父兄会と合コンはおなじようなレベルでしょう?合コンで将来がきまるかもしれないんですよ。重要じゃありませんか?あんたの子供が病気だから、突然、呼び出されて、若い社員は熱が出ても代替で出社してくる。残業で、時短で4時に帰るママ社員のノルマを賄う。そうやって支えている社員は、疲れて辞めてしまう。そういうことが、子供のいる人たちはちっともわかっていない。すぐに『子供がいない人にはわからない』と言う。ええぜったいわかりません、わかりたくもありません!私は、とにかく、理由は関係ない、休みに理由は問いません。みんな公平にローテーションを作ります」とわたくしに泣きながら愚痴りました。調整で頭がおかしくなっちゃたのかな・・・そういえば時計はもう23時半。遠いんだから、自宅まで帰る終電は、走らないと間に合いませんことよ・・。正直、何も言い返せまでした、わたくし・・。(能無しマネージャーだわ・・)時短で4時20分に帰り、土日休みでない職場で日曜日を月に3回以上休み、売上ノルマも無い社員、子供の病気で1ヶ月のうちの20日稼動中1日は休む。片や月40時間以上の残業、帰宅は毎日10時売上、ノルマも持ち、日曜日は休めない、派遣社員。社員に昇格するか、不安定な状況。こういう矛盾した状況は、日本のたぶんどこでも起こっていると思いますケド・・。説得しないと・・いけないってわかってるんですけど。昨日も一人仕事がきついから辞めたいって、働き手の中堅社員からメールをもらいました・・・モチロン独身。気が重いわたくしです。
September 17, 2007
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我慢や無理を重ねて「自然体」を忘れた人には、弛緩することや、リラックスすることをおすすめする。でも、ゆるゆるばかりが本来の「自然体」ではないように思う。切り替えの瞬発力だったり、集中力だったり、機動力だったり、それも、すごく重要だと思う。基礎力ってやつ? わたしは、子どもはいろんな愛情表現を知って、「ひとっていろいろなんだなー」とか、「こういうふうにされるとうれしいなあー」とか、いろんなひきだしを持った人になっていってほしいなと思うので、ひとつの価値観、ひとつの方向性で、あとはナシ。みたいなのは、ちょっと恐くて、それを、母親ひとりでガッツンガッツンやっているのを見ると、「それは、愛?(じこまんじゃない?)」と、心ひそかに思ったりしている。つまり、「母子カプセルはおすすめしない」ってことなのだけど、それには、父親の介入・参画・参加が絶対必要で、それをするには、日本の父親には、絶対的な家庭時間が少ないと思う。父親だって人間なので、「仕事もやんなきゃいけない、育児もやんなきゃいけない」になってしまうと、気の毒なので、「育児は楽しいもの」になるといいなと思う。で、それには、「お客さん」とか「いいとこどり」ではなく、ガッツリ、うんちのオムツを換え、うんちを落とし、紙オムツを捨てるとか、汚れた産着を洗うとか、そこまでしないと、「真の楽しさ」は味わえないので、当然時間がかかる。だから、父親にそれなりの育児時間を確保するためには、母親が父親の代わりに仕事をしなければならないと思っている。それが、ワークライフバランス。で、たぶん、今後、ますますその気運は高まり、父親は「参加」なんてぬるい子育てはしなくなるだろうし、母親は「扶養の範囲で」なんてぬるい働き方はしなくなるだろう。ウチの息子たちが社会に出る頃(5年後ぐらい?)にはそうなってるんじゃないかな?それは、それでいい。それでいこう。問題は、わたしと同世代から今の高校生の間ぐらいの「過渡期」の男と女だ。専業主婦を「20世紀の遺物」と言っていた人もいたし、「時代のあだ花」と言っていた人もいた。このながれからして、時代の要請からして、たぶん、そうだと思う。ときの流れはとめられない。でもわたしは、自分も専業主婦だったので、自分もふくめ結婚や出産で一度仕事を辞めた女性たちが、あだ花ではなく、自分の真の花を、美しく開花させる場面を多く創りたいとかなり強く思っている。それは、「一人勝ち」で、「主婦のサクセスストーリー」みたいなイメージではない。専業主婦から有名人になった女の人は結構いるんだけど、「ひとりのお手柄」じゃ大したことにはならないでしょ? 5,6年前、ある雑誌の準備号にかかわったとき、その雑誌のコンセプトはわたしのむっちゃやりたかった内容だったので、わたしのアイディアは、次々採用され、ページを飾った。わたしにそんな仕事をさせてくれたのは、10歳以上年上のフリーの女性編集者だった。出版社との最終調整、カネの話等々、面倒な仕事は全部彼女がひきうけていた・・・・ということに気づいたのは、ごくごく最近のこと(アホ)。35歳前後のわたしには、そのときやるべき仕事があり、42歳になったわたしには、また別の仕事があるんだと思う。現場で取材したり、原稿書くのは、すっごく好きだけど、「ひとりごち」しても、しょうがないからね。明日から1週間ばかり、日本を離れます。これと、これと、あれと、あれ・・・ってな感じで、芦澤さん、松田さん、石山さんにお願いしました。指示は激しく大雑把で、「進めといてね」という感じ。それは、あなたたちの判断で、進めといてね・・・ってことだ。事務所に青森のお土産のお菓子を置いてきたので、それ食べながら、打ち合わせしてくれ。そして、何を考え、何を決め、どう動いたか、帰国したら教えてね。わたしはかつてその女性編集者がしていたような仕事が、雑誌の仕事以外の、あらゆるシーンで、てきぱきできるようになりたいと思う。それがシステム。真の花の美しい咲かせ方の、新しい手法の模索。 イギリスのシステムはどんななのか?ホームスタートの活動を間近に見ながら、体感したいと思っています。開く。開く以上は、(手渡すべき人に)的確に手渡す。(手渡すべきでない人には)手渡さない。その判断がマネジメント。わたしのやるべき仕事を知り、行うのが、マネジメント。もはや、「個人の気分」だけによりどこをろを求めてたんじゃしょうがない。「個」を超え、立場や役割を創りはじめている、このタイミングで。ゆるめる、しめる・・・の切り替えの正確さは、みんなに必要だと思う。
September 17, 2007
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お当番の人には、「4つ葉らしい書き込みをね!!」とか言ってプレッシャーをかけているのですが、わたしは、まあ、ほんとっよく書いているし、4つ葉らしい書き込みも多いので(?)、たまには、はずした日記でも、ま、いいか~~。(すんません、仕事しなくちゃいけなくて、アタマが働かないもので)最近はまっているもの。セクスィー部長。サラリーマンNEO自体が9月末で最終回のようなので、もう会えませんが・・・一部でかなりうけているようなので、きっとまた帰ってきてくれるんじゃないかと思います。セクスィー部長に、「ビジネスと色恋は、一緒になさらぬよう」って言われてみたい~~。(それなりに、疲れてマス)もうひとつが、「かまどさん」もともと家族3人で、外食しがちな夫婦と受験生なので、そんなにご飯を炊かないこともあり、最近ご飯を炊くときは、「かまどさん」を使っています。うまいです。先日、青森の海の幸をクール宅急便で送って食べたのですが、ほたてと、たらこと、すじこと、もう毎回送ってもらって、かまどさんで食べようか!!と思うぐらいおいしかったです。夫が凝り性なもので・・・こういうのが我が家にやってくるのは、早いんです。ちなみに、かまどさんの向こうにちらっと見えるお味噌汁は、夫作です。青森でお土産にいただいた、ほたての練り製品を付け合せていただきました。ちなみに、かまどさんでご飯を炊いたのも夫です。わたしも、かまどさんでご飯を炊くために!!早く帰ったりしています。(炊く時間とかむらし時間とか、タイマーに支配されているので)かまどさんは土鍋なので、よく乾かさないとガスが使えません。だから、ちゃちゃっと洗って、お米といで、そのまま水に十分つけずに炊いちゃうってことができません。もちろん、朝起きたら炊き上がっていた・・・なんてことはあり得ません。でも、売れているらしいんですよね。「便利がいい」わけでも、ないんだよなあ・・・。と、ちょっと思ったりしています。ま、ビリーも最近とんとやってない我が家なので、いつまで続くかは、わかりませんが。
September 16, 2007
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今井です。わがままを言って、土曜日の担当になりました。山田さん、ありがとうです。酔っ払って寝ちゃって、日曜の朝になっちゃったけどご容赦くださいませ。昨日の夜、とある勉強会の交流会で、尊敬するファミリーライフエデュケーターの林真未さんに、「今井さん、いろんなことしてるけど、原動力って何?」みたいなことを聞かれたんだけど、酔っ払っていてうまく答えられなかった。で、自分、どんなことしてるだろう?まず、父親ときどき夫。小学校のPTAの役員。自治会の役員とこども会の会長。仕事で保育士さんの研修の企画と運営。4つ葉のお手伝い。保育者の専門性研究会の世話人。保育雑誌エデュカーレの編集スタッフ。子育て支援者コンピテンシー研究会の事務局。あと、福田えみさんやひばりさんががんばっている、東京こどもセンターの運営のお手伝いもしてるっけ。ここでは、障がいをもつ子どもと親たちを、もっと理解してもらえるような活動をしたいです。あとはぼちぼち。全部が全部フル稼働してるわけじゃないけど、わがことながら、いろんなところに出没してるなぁ。こうやって見てみると、・自分の子どもを含めた大人も子どもも楽しめる場づくり・保育者の資質向上のため楽しく議論できる場づくり動機はこんなところじゃないかなと、感じます。どちらもキーワードは「楽しく」ですね。その方が人が集まってくれるから。それでもまだまだやりたいこと、野望はてんこもりです。どこからアイデアが湧いてくるんでしょうね。自分にもこれだ!ってところはほんとはわかんない。リタイアして佐渡に帰ったら、ゆっくり自叙伝でも書いて考えよう。マミさん、とりあえず、こんなお返事になりそうです。
September 16, 2007
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昨日、フルートのレッスン仲間と先生の3人で飲んだ。独身のふたりのこいばなを聞くのは、ヒトヅマにはかなり楽しい時間だ!「わたし好きな人の前では、相手に気に入られようと かなり無理しちゃって、無理に無理を重ねて、ある日 突然、『もうだめなの!』って別れ話しちゃうんです。 相手の人は、もうびっくりで。 『ちょちょ・・・何があったの? よく話し合おうよ』 って言うんだけど、わたしはもうだめなんです」なんてお話を聞きながら、わたしは(ウチのヤックルに突然言われたら困るなー)などと思ってました。でも、無理はしないに限る。器を大きくって話もあるけど、忍の一字がいいか悪いか、よくわからない。わたしは、我慢が足りないほうなので、お膳をひっくり返すのは全然平気なんだけど、「たまには、やってみたら?」と、我慢している人を見ると、思う。(お膳をひっくり返すのもバカバカしい局面においては、 「逃げるが勝ち」とばかりに、一目散で荷物をまとめ、 いつでも猛ダッシュで逃げられるようにしています)難しいのは、無理していると自覚しないで無理していたり、「その無理がうれしい」と思ってやっちゃっている場合なんじゃないかな。・・・・・・・・・・・・・・・・安倍さんが辞意を表明した日、たまたま事務所に内閣府の人が委員会の説明に来てくださっていて、本題に入るまえにひとしきり、この話題であたふたしていたのだけど、「これは、大変なことですよ」と、実務者的に「何が大変か」を教えてくださった。所信表明演説を受けて、代表質疑の準備をしていた民主党の鳩山さん、答弁を考えていた担当の職員、大臣、たぶん、みんな徹夜だったのだと思う。舛添さんも「目が真っ赤でしょ」って言ってらしたもんな。それが全部パアだものね。仕方がないことかもしれないけれど、これは、ストレスたまるわ・・・わたしは、きついなと、正直思った。・・・・・・・・・・・・・・「オレが官僚だったら、この時期に一気に仕事 進めるね」と、サラリーマン歴の長い夫は言った。(夫よ!キミも闘っているのだね)「そうなのよ」わたしは、いま、内閣府の会議を3つ、厚生労働省の会議を1つ、経済産業省の関係の会議を1つ、委員をさせてもらっているのだけど、9月からダーッだ。(ゼイゼイ)そういう霞ヶ関の動きがある一方で、次期総裁は誰なのかと、永田町がめまぐるしく動いている。そ、それは、刺激的で、わくわくする話・・・なのかもしれないけれど、安倍さん、なんで辞めたのかなあ・・・そうとう、無理してたのかなあ・・・と辞意表明の衝撃が落ち着いた今、思ったりしている。わたしは、わははの中橋恵美子ちゃんが、官邸で表彰されて、安倍さんとツーショットでとった写真の安倍さんが、妙に好きだ。写真その場にいて、「ちょっとお疲れだな」って思ったんだけど、ふつうのおじさんっぽい感じで写真に納まっていて。カリスマ性とか、オーラとか、あったほうがいいのかもしれないけれど、期待したいのは、ちゃんと仕事してくれるかとか、明確なビジョンとロードマップと実行力とか、そういうことであり。ひとりのひとにいったいどこまで??「支え支えあう」とか、「協働」とか、おぉーい! そんなふうにやってこうよー。って感じ。とにかく。ワークライフバランス、大事です!それは、時間だけじゃないです。ライフの濃さ、質も、ちゃんと見て頂戴ね。この国は、仕事大好き人間が多すぎ。日比谷公園のくすのき日比谷公園のけやき霞ヶ関に行った帰り、時間があると、必ず立ち寄るようにしている日比谷公園。松本楼のテラスで一息は、至福の時間。木を見ると、ほっとする。どうぞ、みなさん、無理しないでね。
September 15, 2007
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ちょうど2年前くらい、一昨年の秋ごろからなんだか、日常と非日常の境目がよくわからない、不思議な状況が続いている。わけもわからずとりあえず走ってみたら、いろんなところから、いろんな場所や人とつながって、そしてまた、つないでもらえて、そこがなぜか、もといた場所へとまたつながっていくような螺旋。* * *火曜日に行ったお店は、ぐるなびを見ながらボスが「よさそうね、いいんじゃない?カンよ、カン!」と本当に偶然見つけて決めたお店。なのに、そこのお店にいた女性は偶然にも、私が子育て最盛期に住んでいた場所の超ご近所さんだった。私がいつも、娘2人を保育園へ連れていってた道、散歩したり、自転車の練習をしたり、お祭りの山車を引くために集まったりした、その角の家。そのウチの犬の名前を私が覚えていてその偶然が発覚した。そんなひょんなことから、話が弾み長女が最初に通っていた小学校が来年で廃校になることを教えてもらったり、(もちろん原因は少子化)一番仲良しだったママ友達が、2級ヘルパーの資格を取るために頑張っていたことを思い出したり。当時の私は“命に関わる”仕事に自分が就くなんて到底考えられなくて。(認知症の人や、人が死へと向かう姿を間近に見ている友人の話を聞くだけでいっぱいいっぱい。私にはムリ!って思ってました)私と1つしか歳が違わないのに、(そのうえ年子の保育園児を2人かかえて)「人の役に立つ仕事がしたいから」と、介護保険制度とともに新設されたその資格に挑戦した友人のことを、本当に尊敬していた。そして、その資格は“医師”や“看護士”と違って、専門的な知識や経験を得るために何年もの時間やお金をかけたりする必要がなくて(多少ビンボーでも資格が取れる!)、そのうえ、経験値でステップアップしていくことができるって「新しいな!」と思っていた。* * *子育てや、年金や、少子化や、介護保険や…。そんな話題が熱をもって語られる席の片隅で、そのころのことを、まざまざと思い出すようなことが起こるなんて。不思議不思議。* * *そんなこんなで、この勉強会にも、がぜん興味がわいてきました!(いや、今まで無かったというわけではないんですけど…)「老いる」こと、そして「死」へむかうこと。どちらも、非日常のようでいてごくごく自然に日常のこと。それらをみんなで看ることを「制度」にして、あれからどんなふうに進んできたんだろう?「産まれる」ことと「死ぬ」こと。「育つ」ことと「老いる」こと。きっと、すごく密接なんだろうな。通好みのクロウト筋でありながらも“入門編”と謳われている、この勉強会!いかにも4つ葉らしさ満載のアツく、深くも、あたたかい勉強会になるのではないでしょうか?(期待!)
September 14, 2007
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セレーノは、印刷物やホームページの執筆や編集をするのが本業なので(実はそうなんです)、ベビーシッター会社のコマームのニュースレターの制作も手がけている。某介護会社の不祥事などもあり、経営に危機感を募らせた小松社長は、社員&スタッフ全員にコンプライアンス!!を徹底させ、事業の再編を行ったんだそうだ。加えて、コマームナーサリー川口をオープン。ここは、事業所内保育室のモデルとしての役割も果たしている。ってこともあり、次号のコーマムレターはエンドユーザーであるお母さんへのメッセージだけでなく、企業様へのメッセージも加味して、CSRについて書いてほしいというオーダーがあった。で、久々にCSRの本を引っ張り出して、企業の社会貢献についての原稿を書こうとした。・・・・・・・・・・・わたしが一番好きなCSRのスタイルは、ボディショップだ。普通肌のわたしの肌は、たいがいの化粧品で大丈夫。なれば、自己主張する化粧品がいい。「いつまでも若くて美しいわたし」しか自己主張できない化粧品じゃなくて、明確なコンセプトを主張する、でも、説教くさくなく、かっこよく主張する商品。エイズ撲滅、DV撲滅、フェアトレードなどなどボディショップの商品は明確な主張があり、モノもいい。有名タレントだしゃーいいのよみたいな、「ふーん。広告宣伝費いくら使ったのよ?」みたいな、アタマの悪い自己主張をする商品ではなく、「これはわたしの負けです」と、わたしたちのほうが脱帽しちゃうような企業姿勢を見せてくれる商品がいい。ただ安いからこれを使っているんじゃなくて、私が好きなタレントの●●さんがCM出てるからじゃなくて、この企業の思想と姿勢が好きだから、使っているんだよと、わたしもユーザーとして、自己主張したい。(デザインが佐藤可士和だとか、持ってておしゃれとか、そういうのはあるけれど、「思想」に共感みたいな、日本にはそれができる商品が圧倒的に少ないっす)なわけで、わたしは自分の最寄り駅のどこにボディショップのお店があるか、かなりよくチェックしているのだ。で、基礎化粧品はほとんどボディショップのものを使っている。前置きが長くなったのだけど、その、ボディショップの理念の根幹、ザ・ボディショップ創業者のデイム・アニータ・ロディックさんが、逝去されたという悲しいニュースを、そういういきさつで知った。うわーん!!まだ早い。もっともっとあの影響力で、世界中の女たちに、「あなたはまだまだできるでしょ」と、示してほしかった。・・・・・・・・・・で、しょぼしょぼしていたのだけど、そうだった会議があったんだと出向くと、それは、企業活力研究所主催のCSRに関する調査会議だった。奇遇!!(って、会議の内容ぐらい事前に知っておけよって 感じだけど)キーワードは、ワークライフバランスだったのだけど、当然、それはやっていただかなければならないのだけど、わたしは、企業の社会的責任というならば、キーワードは「お父さん」だろう・・・・と、思った。昨日の会議に参加して、ますます。結ぶ家族像がなんだかずいぶん漠然としていて夢見がちの少女のようで、「は?」って感じがしてしまって、つい、「つまり、自分の子どもがいじめにあったり、 不登校になったりしたときに、お父さんは 何ができるのか? ってことなんです。 そんな父親を支える機能が、もし、どこにもない なら、(男性にとって最も身近な)職場にあって もいいんじゃないですかってことなだけです」と言ってしまった。「売り上げ伸ばして」っていう経済行動と、そういう「ミクロ目線のリアルな正論」は、両立可能よね?家族の不安を抱えている社員が、いい仕事できる??従業員のウエルビーイングなしに、いい商品は生まれないよね? アニータさん、どうぞ、天国からわたしを見守ってください。ご冥福をお祈りします。
September 14, 2007
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昨日の賑々しいニュース報道の中で何度となく「局面を打開するために・・」というセリフが流れていた。局面を打開するために辞任したほうがいい・・というフレーズだ。そういえば、、、ついこないだ、似たようなこと考えたような・・・理想、試行、希望、失望、苛立ち、努力、忍耐、失望、あきらめ、そして放棄、、、したらば???みたいな心の流れ。放棄ってのはちゃぶ台をひっくり返したくなる、そんな衝動。「局面を打開」するには、もうそれしかないんじゃないか??みたいな、思いつめたカンジ。捨てゼリフ付きの抗議の退陣だ。だけど、昨日の報道を見た後、ふと、その心理の裏側を垣間見た。それと、その結果を見た。局面を打開するには、放棄するしかない、、、理想を達成するためには自己犠牲も厭わない、、、というと、なんだか美しく響くが、実は、苦しい現状からもう逃げたい、、、捨て去りたい、、、心理的にキレイにしたい、、ということもあるんだよなぁ、、、と。そしてこの行為に対して、おおかたの人は“無責任だよなぁ~”とつぶやく。自分が思うような結果だって、そこからは生まれないんじゃ?!ちゃぶ台をひっくり返すのに衝動に駆られまくっていた私は、、というと、ひとまず今は思いとどまっている。思いとどまらせたきっかけは、同士とのやりとりであり、初心を思い起こさせてくれた後輩の姿。執着から開放へ混濁から静謐へ自分の苦しい心をもてあましていた自分をハっと気付かせてくれた人々に感謝。PS:来週は海外渡航中のため、ひょっとしたら 書き込めないかもです。
September 13, 2007
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こんにちは、山口から井出崎です。山口のフォーラムの実行委員会のブログについて、杉山さんから少し前にお知らせをしていただきましたが、実はまだまだ不完全のままです。でも、そろそろPRもしていかないとと思いますので、毎回ここに貼らせていただきますね。次世代育成支援協働フォーラムinやまぐちhttp://forum.soreccha.jp/過去にもさかのぼって書いていますので、時々チェックしてみてくださいね。さて、今日は第4回実行委員会が開かれました。各市議会中ということで少し寂しい実行委員会となりましたが初めての参加の市もあって計15名での実行委員会となりました。この1週間は、皆で投票し決めた4つの分科会と午前中のパネルディスカッション等を過去のアンケートや実行委員会の中での発言や持っているネットワーク等を元に担当を決め、担当ごとに内容を深めてきていただきました。今回の実行委員会では、内容や方法、パネリスト等について全体で議論するというのが大きな目標だったのですが、確認程度で終わると思っていた行政アンケートで紛糾し行政懇談会で紛糾し、本題の内容になる頃には1時間以上の時間を費やしてしまうという状態。ほんとに自分の力のなさを感じました。行政等の会議に委員として出席するのとは立場が違い意見を聴く側になり、それをまとめていく作業にどれだけの覚悟と技量がいるのか、なかなかその力がつかず、四苦八苦しています。言葉の使い方ひとつとっても、ほんとに難しい。行政の方たちの何気なくやっている仕事のすごさをいまさらながらに感じたりしています。壁ばかりの日々ですが、それでも、実行委員のみなさんの力を借りながら何とか形になってきました。あと少し詰めないといけないところもありますので全容をお知らせするのは来週になりそうですがいよいよみなさんにも本格的にお知らせし参加の呼びかけができそうです。フォーラムまで2カ月をきり、これからは、より多くの人の力を借りながら進めていかないといけなくなってくるでしょう。忙しさに心を失うことなく、いっぽいっぽすすめていきたいと思います。
September 13, 2007
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日本という、わたしのいる国の迷走ぶりに、こっちまでふらふらしてしまう。いいニュースとまでいわないけれど、政治に関するまともなニュースがとんととどかず、不正とか、釈明とか、「ええ?」というニュースに、「これはどう受け止めたらいいんだろう?」と、困惑ばかりだ。で、挙句に、このていたらく。ひどいなあ。なんとかなるのかなあ・・・。まあ・・・男性だってそうだけど、「あの人は、実はすごい人なんだ」と、期待が大きいとそうでもなかったときの失望たるや、期待しなかったとき以上に大きくなるから(笑)、「実はすごいんじゃないか」とか、「『ここぞ』のときは、そこぢから出してくれるはずだ」とか、妄想は抱かず、底は早く知れたほうが、何につけ、いいのかもしれない。で。少なくともわたしは。わたしたちは。何が起ころうと、ぶれないで。やるべきことをやろう。日常の営みを、リズムよく、繰り返そう。と、思ったとき、わたしったら、ちゃんと布石うってくれてたじゃん。と、思った。自分にうれしくなった。10月5日に、4つ葉の勉強会をやります。トップにバナーをはりました。(綾部さん、ありがとう)あなたたちが迷走していても、それは、彼らにとってはゲームかもしれないけれど、いい迷惑なのは、国民で。「市民」という呼び名すら嫌う政治家がいるという話も聞いたことがあるけれど、それなら、それなりのことをしてもらいたいもので。(パターナリズムはもう結構)ちょっとむっとしていて、わたしだって、グルメと旅行とファッションと恋の話題だけで、わが身を包みたいけれど、子どものことを思うと、今は、それじゃあまずいんじゃないかぐらいの知性は持っているつもりで、「自分たちでできることは自分たちで」と、参画と協働の勉強を大人の見識として、やる。夜の時間ですが、一時保育もできればつけたいと思っています。ご相談ください。この国これからどうなっちゃうんだろう?と不安の方、ああ、この手があったか・・・(それは、制度づくりの手段ではなく、こうした事態に向き合う大人の「構え」や「生き方」を知るために)と、思っていただける勉強会だと思います。ふるってご参加ください。
September 13, 2007
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sereno葦澤です。昨晩の少子化対策室長歓送迎会&懇親会においでくださった総勢30名(serenoを除く)の皆様、ありがとうございました!至らない&何もしない(サブカル話しかできない…)幹事でしたが、「楽しかった!」と言っていただけてなによりです。その席では前少子化対策企画室長・度山さんが、「これからの少子化対策にはこういう考え方やこういう方向でいくのが望ましいのではないか」といったことをまとめられたという話が出て、それは、各審議会などの報告書なのですが、NPOの人たちから、「それはどこで手に入るのですか?」という質問が相次ぎ、新少子化対策室長・朝川さんが、業務を引き継ぐかたちでみなさんに教えてくださいました。ちょっと難しいのですが、ぜひ、4つ葉ブログをお読みの皆様にも読んでいただけたらなあと思い、(当番でもないのに)のこのこ登場しました。* * * * * * *度山さんたちが渾身の力を振り絞って(!?)まとめられた報告書は、下記の通りです。 ○ 社会保障審議会人口構造の変化に関する特別部会の報告書です。 http://www.mhlw.go.jp/shingi/2007/01/s0126-4.htmlちなみに、報告書をまとめるまえに部会に提出された資料も、読み応えバツグン。(第4回) http://www.mhlw.go.jp/shingi/2007/01/s0126-3.html (第3回) http://www.mhlw.go.jp/shingi/2007/01/s0119-6.html (第2回) http://www.mhlw.go.jp/shingi/2006/12/s1215-12.html (第1回) http://www.mhlw.go.jp/shingi/2006/11/s1121-6.html○ 重点戦略会議の中間報告です。(第2回6月1日の会議資料のところには 概要もあります。) http://www8.cao.go.jp/shoushi/kaigi/ouen/index.htmlこれを受けるかたちで、4つ葉プロジェクトのアピールを考えました。* * * * *恭子ちゃんの日記を読んで、本当に本当に悲しくて、言葉もない。わたしたちにできることは、度山さんたちが出してくださった(委員会には4つ葉メンバーもいます!)「こうなっていこうよ」という言葉に対して「じゃぁ、自分は具体的に何ができるのか?」を考え、実行していくことなのだろう。昨晩初めてお会いした方から「大学4年で、よく出産を決断できたね。すごいね」と声をかけていただいた。でもね。私はまだそのとき、信じていたんです。「これだけ男女平等と謳われている社会なんだから、 子どもを産んだくらいで、自分のしたいことが できなくなるわけないでしょ?」って。…14年前の、話です。そのときの、そんなにあたりまえでささやかなある、21歳の女の子の希望は叶えられる世の中になったのでしょうか?長女の安らかな寝顔を見ながら「私には、この命をなかったものにすることもできた」という恐怖感と悲しみをいつも感じていました。きっと、小さい子どもの笑顔を見ながら「私には、あの笑顔を自分の手元で慈しむこともできた」という悲しみを感じている人も、世の中にはたくさんいるでしょう?それが「社会」のせいならば、変えようよ。
September 12, 2007
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彼にとっては、さほどではないのかもしれないけれど、わたしにとっては、かなり大事な、その話を、彼は、ファミレスで昼ごはんを食べながら、切り出した。「え? さっきまでわたしたち、どこにいた? で、この話ができるの? ねえ?」と、冷静に疑問を持つまでに、半日かかった。大事な人が大事な人を失う場面に遭遇して、大事な人のためにいろいろ思うことがあって、「怒り」の感情が、まだ上手にわきあがらないから、静かにしていたいから、わたし、静かにしているけれど、それは、納得したこととは、全然違うからね。夫に、「こういうことがあったんだ」と話すと、「大きなおカネを動かしていると、小さなおカネの 動かし方がわからなくなるんだろうなあ」と、言った。たぶん、夫の解釈は正しい。でも、小さなおカネだからといって「小さな仕事」とは、限らないからね(笑)。・・・・・・・・・・・・・・・ホームからの転落での事故がたえない。国土交通省は、バリアフリー施策の一環で、駅のエレベーター設置に引き続き、今度は、電車のホームにドアを設置していこうとしている。しかし、なかなか設置が進まない。なぜかというと、ドアの設置には結構な額のおカネが必要だが、費用対効果が低いということらしい。「無人化にするからドア設置というんでしたら、 説得力があるんですが、無人化は進んでいないんです」と、担当者は説明してくれた。「でも、自殺したい人であれ、泥酔している人であれ、 視覚しょうがいの方であれ、子どもであれ、 転落して、人が死んだり、ケガしたりしているんですよね。 それに、事故の後始末の仕事は駅員さんにとって 愉快な仕事ではないですよね。 それに、その事故によって、相当数の人が足止めされ たり、予定が狂いますよね。 その、損失はみないんですか?(それを考えれば、設置費用なんて安いもんじゃん)」と、たずねると、「財務省は、それは鉄道各社が運賃を上げる話でしょうと言う」と教えてくれた。???無人化で、人件費を浮かせることができるから、ホームにドアをという理屈は通るけれど、ホームから人が転落して命を落とす、その後始末を、駅員が業務の一環として行う、鉄道を利用する相当数の人が足止めされる・・・それは、国として認められない・・・とな?ええ?本当?わたしは、財務省のセンスだけを疑っているわけではない。財務省=国であり、国のセンスは国民のセンスなんだと思っている。つまり、それは、無人化で人件費がうくのは利益がカネとして還元できるのでよいが、だけど、人がホームから落ちて死ぬのを防ぐことに対しては、「(各人の自己責任なので)国の税金を使うな」というのが国民のセンスなんだと思う。わたしは、変わっているので、国民のセンスとずれているんだろうか?なんか、みんなに聞きたい。命の値段。防げるはずの事故。いつからなんだろう?なんでこんなセンスの国になっちゃったんだろうなあ??「日本は資本主義の国でしょう? おカネをもう けて何が悪いんですか?」と聞かれたら、わたしは、池田晶子さんよろしく絶句する。今度、わたしにそう尋ねたその人に会う機会があったら、「あなたは間違っていた」と、言うつもり。・・・・・・・・・・・・昨日、少子化対策企画室の室長の新旧交代の歓送迎会を都内某所で行った。もちろん、会費制。小さなイタリア料理店は貸切になり、度山さんにすごくお世話になった子育て支援の人たちが、「ありがとう」「ご苦労様」を伝えたくて集まり、新しく室長になられた朝川さんに「これからもよろしく」と声をかけ、自分たちの子育て支援の活動について、目をきらきら輝かせながら、尽きることなく話をした。雨のなか、来てくださったみなさん、ありがとう。・・・・・・・失われた十年という言葉がある。たぶん、その前、戦争が終わって、高度経済成長期の流れのなかで、少しずつ、少しずつ、なくしてきたものが、ある。それが、はっきりとかたちになったのが、「失われた十年」だ。昨日、それを、ミクロとマクロで実感した。ああ、それは、生身を傷つけるなあ。だから、わたしたちはがんばってるんでしょ?と、歓送迎会の場は、わたしに教えてくれた。救われるなあ。わたしは機械ではない。毎日、毎日、同じ品質のものを同じに生産することはできない。でも、わたしにしか産みだせない価値がある。ひとは、みんな、そうではないですか?それを認めあうから、人間ではないですか?そんなひとが、暮らす世の中をよくするために、建物はあるのではないですか?仕事だもの、「費用対効果」は、もちろん、わたしも重要視する。それはね、「効果」を何に求めるかで、大きく変わるでしょう?あなたの価値はどこに置きますか?
September 12, 2007
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amigoの石山です。葦沢さん同様、わたしの周りでも命の循環が続きます。松田さんのご尊父のお通夜の後、高校時代からの親友の旅立ちをメールで知りました。人生の半分をともに過ごした親友Rちゃん。高校時代は一緒に「第九」を演奏し、栃木訛りの18歳の私たちは一緒に東京に出て、一緒に大人になった。「とにかく」と駆けつけた日曜日、彼女の家に集まっていた親族の名前を私は全員知っていた。“自分の幸せと経済的自立を実現するために”と大学卒業後も、働きながら勉強を続け彼女は税理士になった。丸の内の監査法人に勤務し、傍から見たらキャリアを重ねてゆくなか「一番の夢は結婚と出産」と素直に言葉にする人だった。ちょうど2年前の今頃、秋の始めに彼女は病気を知って手術した。原発は左の卵巣だった。「病気になったことよりも、子どもが産めなくなったことが一番悲しい」とそのときは話していた。治療と経過の日々の中の、彼女の不安、痛み、悲しみ、無念、不快を私は図り知ることはできない。彼女が病気になっても、カラダのカタチがすこしずつ変わっていっても、そして肉体を持たない存在になっても私にとってのRちゃんはRちゃんのまま。そして日は昇りまた沈む。悲しみに暮れる時間も、そうそう持てないのが現実。::::::::::::::::::::::::::::::::::::「産み」にまつわるいろいろな世界。産みたい、産めない、産まない、産まれちゃった・・・。個人の事情は様々だ。高齢化問題がそうだったように個人の事情に拠らず、みんなで看ることを「一般化する」というならば、「産み」にまつわる個人の事情に拠らずに皆で看ること。それが少子化対策なのでしょうね。ちょうど読み始めた広井良典さんの著書「持続可能な福祉社会」のなかにあったこと。人間という生物の本質は三世代構造を持っていて、人間の特徴は「子ども」と「老人」の時期が長いこと。人間以外の一般の生物は、生殖を終えた後の時期は積極的な意味をもたないそうでうす。例えば鮭が産卵死するように・・・。「子ども」と「老人」の真ん中にある「大人」の役目は「働(産)」であり、これは労働や生産活動と生殖を示すものです。人間であるからこそ、「産む」ことは生殖だけでないカタチでも可能なわけで、「産まない」ことでも担うべき役割はそこにはあるのだ。これも人間の進化の証しなのかもしれない。だから、さ、皆でシェアできるしくみを作ればそれぞれが「産」を担えるということになるのですね。すごく単純ですが・・・。::::::::::::::::::::::::::::::::::私の親友Rちゃんは、大病の中にあっても決してあきらめなかった。お洒落も楽しもうとした一方で最期の最期まで治療方針は自分で調べ、自分で決めた。同じ状況の人々のネットワークに参加し、繋がっていった。自分の痛みや格闘を人のために役立てていた。ちょうどその頃、「子育て」の世界に棲んでいた私も同じように相互支援やネットワークという営みの中にいた。近況報告をしながら「相互支援」の持つ力ってスゴイよねって話しなんかもした。「でもね・・・私たちのネットワークはさ、頑張ってる人が突然連絡が取れなくなって、いなくなっちゃうんだよね・・・。」という彼女の言葉が印象にのこっている。彼女の“死”ではなく“生”を受け、私はきっと、もうしばらく生きていくことだろう。彼女がいて、私がいること。今ここにいること。彼女から受け取ったバトンをこの手に持っていること。私には肉体がある、目の前に広がる現実がある。一緒にいる仲間がいる。かわいらしさを決して忘れない人だったから、あんまり力みすぎないでいこう(笑)。でも、ちゃんとやろうって思う。彼女が綴ったブログをここに記させてください。私の大切で大好きな、誇るべき友人の言葉です。
September 11, 2007
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杉山です。5日に井出崎さんから原稿はいただいいていたのですが、出張で開けず、今日になってしまいました。井出崎さん、ご迷惑をおかけしました。 5日は朝から何だかいいこといっぱいの一日でした。年末年始に募金活動で応援していた山口県の阿波宏典君(3歳)が心臓移植の手術を無事に終えて元気に帰国したと朝のニュースで知りました。何はともあれ、良かったって感じです。・・・・バリアフリーマップを作っています。過去に掲載した歯医者さんから、子育て中のママ達が歯医者に行くのも困っているというのを知って、「無料の託児をつけることにしたからPRしてくださいませんか?」という依頼が今朝きました。ママ達が自分達の感じていることを表現することで街が変わっていく。嬉しい変化です。・・・・毎週水曜日に自宅の開放をやっています。アポなしで誰でも来られるように開放しているので、毎週誰が来るかはもちろんわかりません。今日はなぜかかつて毎週のように来ていたメンバーが同窓会をするかのように顔をそろえた一日でした。自分の気持ちがゆったりとしていくのを感じます。・・・・育児サークルに協力してもらって、その地域の中学校に赤ちゃんを連れて年に3回、家庭課の授業の協力をするという活動をしています。夕方、その事業を息子が通っている中学校でも実施できることが決まりました。息子の中学校では地域の母推さん、主任児童委員さん、そして保健師さん、助産師さん、つどいの広場、育児サークルが協力して、授業の内容を地域のみんなで作っていこうと思っています。ちょっと面白くなりそうです。・・・・さて、協働フォーラムですが、産みの苦しみを味わっています。でも、出産と同じように、その後には大きな喜びが待っていると確信しているので、この苦しみもまた、乗り越えられると思っています。先日第3回目の実行委員会の中で分科会や全体のテーマを決定したいと思っていたのですが、議論は白熱し、案の定時間は足りず、NPO側で課題を絞り直したうえで、ML上での投票することになりました。昨日は急な呼びかけにも関わらず、NPO側が集まりテーマの絞り込みをしました。今日は実行委員のMLでの投票となり、誰も反応してくれなかったらどうしよう・・・と思っていたのですが、各地できちんと議論されそれぞれの想いをのせた返信がありほっとしているところです。11月10日(土)のフォーラム開催は動かせないので、時間との闘いになっています。それでも、実行委員のみなさんの、子育てを一緒によくしていこうとの想いがたくさん、たくさん感じられて、きっとこの想いは繋がっていく!と感じた今日でした。
September 10, 2007
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秋田県の初日の自治体職員向けの研修でうれしかったこと。・参加してくださった職員さんのほとんどが、6月3 日のわたしの話を聞いてくださっていたこと。 (なれば、話が早い。いつも言う話はそこそこに、 「本題」のコーディネーターについての話ができた)・3月にも秋田に伺ったのだけど、そのときわたしの 話を聞いた保育所併設型子育て支援センターの保育士 さんが、具体的に動いてくださったことを知った。(小さな町なので、子どもの数も限られている。3月、 「センターに出てこれない子どもは何人いますか? その子たちに何をしていますか?」と聞いた。 保育士さんは、人数を再度調べ、出前保育などを行い、 出てこれなかった親子に的確なフォローをしてくださっ ていた)・後半のワークは、どのグループもとても熱心で、誰かの 顔色を伺って言うことを変えるようなところがなかった こと(そんなことやってる場合ではないというのがみんな のなかにあった) 2日目の潟上市のネットワーク会議でうれしかったこと。・育児サークルがたくさんできて、そのリーダーさんはじ めメンバーのみなさんが、保育付で参加してくれ、生き 生き活動されていたこと。・主任児童委員さんの参加も多く、虐待防止の見守りのことな どを、そうした育児サークルのみなさんにお話されたこと。・そんな立場の違う人たちで、自分たちの活動をよくしよ うではなく、潟上の子育て環境をどうしようか・・・という 話ができそうな気運が生まれたこと。・協働フォーラムの実行委員長を務めてくれたNPO法人 メリーゴーランドの佐々木久美子さんがわざわざ来てくれ、 「この人が県域の市民活動のネットワークをつくろうと しています」とご紹介できたこと。 3日目の青森の講演会でうれしかったこと。・4つ葉のブログなどでお知り合いになれた方たちとナマで お目にかかれたり、山口~青森ラインなど、人の縁がつな がったこと。・青森で子育て支援をがんばってきた人たちが、指定管理者 制度を利用して、県の施設の運営を任されていることを 知ったこと。・わたしの講演を聞いた保育所併設の子育て支援センターの 職員さんが、終了後の交流会にもたくさん残ってくださった こと。(「保育士さんは保育のプロではあるが、子育て支援となる と別のスキルが必要」というようなことを、率直に話したの で気を悪くされても仕方がないようなところなのに、最後ま で残ってくださり、子育て中のお父さん、お母さんたちと 意見交換してくださった) 逃げられない人、つまり、毎日子どもと向き合う母親、父親や、毎日子どもと親と向き合う子育て支援者や、自治体職員は、建前のお話をしている場合ではないのだ、と、わかっちゃっているんだと思う。わたしは、「杉山さんの話、おもしろかった、今日はいい話が聞けた・・・ って思っていただくために話をしているんではないです。 聞いて、明日から子どもたちのために具体的にアクショ ンを起こしていただきたいのです」と、お話している。全員が響くとは思っていなくて、響かなかった人は、残念だけど、その人はまあ・・・そうね、また別の人のお話を聞いては、「あの人の話はよかった」、「この人の話はここが気に入らなかった」とかなんとか、感想を言っていればいいんじゃないかと思うんだけど、響いた人には、ぜひ、さっそく、アクションを起こしていただきたくて、その人のためにわたしは次のツールをご用意したいと思っているのだ。 元気元気ママを支援の受け手にするような骨抜き支援ではなく、さらにエンパワメントしていただくには、どうしたらいいですか?という質問もいただいた。思うのは、どんなにその人に力があると周囲が思っても、その人が、その力を生かしたい、自立したいと思わなければ、ファシリテートすることはできないということだ。「わたしはこうしたい」と、「決める」のは本人。「だから、力を貸して」と、「決める」のも本人。決めることもできない人に対して、いったいどんな自立支援ができるのだろう? 松田さんのお父様の告別式の帰り、榊原さんが「わたしたち松田さんに何ができるかなあ・・」と、言うので、「いつでも彼女が帰ってこれるよう、4つ葉をしっかりやることしかないんじゃないかなあ」と、答えた。浜尾さんが、「4つ葉・・・やるよ」と、言うので、あわてて「いまは、いいって!」と、答えた。「すみません」とあやまる必要はないし、気を遣う必要もないし、プレッシャーに感じる必要もない。わたしたちががんばっているすがたに、何かしらパワーを感じて、少しずつ力をため、高めていってもらえたらなと思う。でも、強がっているところが実はあって、あなたがいないと、だめなの。だから、戻ってきてね。
September 9, 2007
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わたしが東北地方に出かけている間、金曜日、土曜日と日記の更新がないので、びっくりしたんですが、青森から飛行機に乗って、自宅についたのが、夜の11時を回っておりました。そんなわけで、さすがに詳しく書くほどの余力はなく。今日(もう昨日ですね)の朝に撮影した青森の海です。台風一過の空・・・といったところでしょうか。この夏、海を全然見ることができなくて、意図したわけでもないのに、「海」をテーマにした漫画を4冊も購入してしまったこともあり、(萩尾望都『海のアリア』2巻、五十嵐大介『海獣の子供』2巻)「たぶん、当面のテーマは海なんだな・・・」と思っていたので、北の海が見れたのは、幸運でした。ここは、いろいろと、なつかしい場所でもあって。急に雨が降ってきたりしてぼーっと海を眺めるまではいかなかったのだけど、こういう時間が持てて、少し、ほっとできました。秋田では、県主催の研修講座で、県内の自治体の担当者向けの講演&ワークを行い、翌日は潟上市の子育てネットワークづくりの初会合で、市内の育児サークルの代表者やメンバーのみなさんや、主任児童委員さん行政の担当職員のみなさんなど、ネットワークの構成員を期待されているみなさんを前に、ネットワークの必要性などについてお話させてもらい、青森では、県の子ども家庭支援センターのお招きで、子育て中のお父さん、お母さん、子育て支援者のみなさんを前に、「子育て支援でシャカイが変わる」と題した講演をさせてもらいました。微妙に内容が違うので、できるだけ参加者のみなさんの目的に適ったお話になるよう、気をつけたのですが、伝わっているといいなあと思っています。参加してくださったみなさま、そして、主催者のみなさま、本当にありがとうございました。どんなだったかなどなどは、また後日書かせていただきますね。
September 9, 2007
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4月から仕事で、保育士さんの研修の企画と運営を担当しています。保育士の皆さんの資質の向上は一番やりたいことなんだけど、ほぼ半年たって、慣れない仕事に追われてばっかりで、あまり余計なことを考える余裕がなくて、それが残念。時間も思うようにならないしなぁ。仕事よりもそんな余計なことのほうが、大事なんだけどなぁ。忙しいのは心を亡くすっていうけど、ほんとですね。今の安倍内閣はどうよとか、年金も大切だけどさぁ、桝添さんはちゃんと子どものこともやってくれるのかなとか。そんなことも気になってるんだけどなぁ。ニュースで政治家とお金をめぐる問題や、安倍総理の対応を見るにつけ、政治というよりも、国に対する国民みんなの不信が増しているような気がします。これってそうとう国としてヤバイ気がするけど。日本はだいじょうぶなんでしょうか?安倍総理はどう感じているのかな。一度、どっかで本音を聞いてみたいです。僕らが国を信頼できて、その信頼が次の世代にもつながっていくような、そんな信頼のスパイラルを作りたいんですけどね。簡単そうで、それって難しいんですかね。自分の周りでコツコツ実践してる人はたくさんいるけど。そんな僕らが信頼したくなる政治ができる人が、今の政治家にいるんでしょうか。それも気になります。
September 8, 2007
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先週の土曜日から昨日までというたった1週間の間に、立て続けに舞い込んだ3件の訃報。それでも日々はまわります。旅立たれた方たちがつないだ命は、確実に、次の世代へ引き継がれ。わたしたちに、未来への希望を見せてくれる。残念ながら一度もお会いすることが叶わなかった人生の大先輩の命の力や優しさが溢れるようなステキなお写真を見上げながら、伸びてきた若木に場所を譲ろうとする、大木を思い浮かべていました。松田さんのお父様のご冥福を心よりお祈り申し上げます。* * *自宅最寄りの駅に着くと、町はお祭りの真っ最中。昔の人々が秋という実りの季節に感謝した名残が、建物だらけの東京にもまだ生きていて。自然らしい自然とはおよそ無縁な東京生まれの東京っコたちがその、年に一度のお祭りを心から楽しんでいる。こんな単純な、でも、脈々と受け継がれていく確かな文化がどうか、いつまでも、平和に続きますように。
September 8, 2007
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台風が東京を直撃する・・と、新宿駅南口からひっきりなしにニュースが流れている中、今日は、前々から予約していた「レイク・スワン」を観に母と出かけた。前にテレビのPR番組で観ていた母が“行きたいわねぇ~”とつぶやき、付き合いで行くことになったのだけど、なかなかよかった。アイスバレーっていうのかどうかわからないけど、つまり、バレーの白鳥の湖をアイススケートで演じるというもの。普通の競技だと広いリンクに1人か2人が滑るが、これは違う。たぶん通常のリンクの半分か3分の1くらいのステージに氷が張られていて、その上でビュンビュンすごいスピードで多い時で20人くらいが演技をしてた。よくまぁ~、怖くないもんだねぇ~。傘とかステッキとか剣とかもってクルクルブンブンやりながらスピンしちゃったりするのは更にスゴイ。ペアのアイスダンスのように、パートナーをビュンビュン回したりするのだって、タイミングがずれたら隣のペアにぶつかるのは必至。リンク(舞台)の端の本当にギリギリまで猛スピードでダッシュしたり、何であんなことができるんだろう???というシーンの連続だった。ペアでやるには相手を信じていないとかえって危険は増すだろうし、集団となると、それぞれお互いに信じてないと、タイミングだって合わないし、危険この上ない。相手を信じることも、自分の能力を信じることも、同時で、その上に、あの感動する演技がなりたってるんだなぁ~その上に、プリマの素敵な笑顔がまたよかった。今日はしかめっ面しながらパソコンに向かってて気がついたら顔が硬直気味。心も顔も柔軟になってスマイルスマイル!!追伸:担当曜日が変わりました~。
September 6, 2007
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10月5日の4つ葉プロジェクトの久々の勉強会ではわたしのNPOの師匠、田中尚輝さんにはじめて!ご登場いただきます。田中さんのブログはこちら。田中さんにはじめておめにかかったのは、2001年のこと。子育て系のNPOをもっと強化していかないと・・・という思いが、当時NPO事業サポートセンターの事務局長をされていた、田中さんのなかにもあり、「マニュアルつくってみる?」ということで、「子育て支援NPO設立運営ハンドブック」の制作のチャンスをいただいたのでした。その間、介護保険制度ができるまでのさまざまなお話を周囲の人や田中さんからうかがい、「ああ、やっぱり制度や法律がないと、大きな動き にはならないんだぁ」と、痛感し、「田中さん、同じ手法で、子どものほうも動いて くださいよー(他力本願)」と、お願いしたのだけど、一貫して、「ぼくは、シニア世代で、社会を変えたいから」と、断られ続けたんでした。たまに、「子ども系も、ちょっと予算がつくようになったんデス」とか、聞かれもしないのに、報告したりするのですが、「あっそう」とか言って、にこにこ笑ってくれますが、全然関心なさげです。ただ、今の子育て支援が、民と官の二人三脚とは言えず、行政主導型になっている点は、大丈夫なのか?と、思われているようで、「行政の下請けじゃダメだよ」と、言われます。「4つ葉じゃ、まだまだ力不足で・・・」と、己の戦略のなさと、影響力のなさを痛感する次第。先週の土曜日、朝のNHKの番組で、シニア世代のボランティアについてゲストコメンテーターとしてお話されてましたが、「NPOには、熱い心と冷たい心の両方が必要 なんです」とおっしゃってました。社会的に必要と思っても、「これは自分の仕事ではない」と思ったら、手伝うことはあっても、深入りはしない。事業が軌道にのったら、さっと引いて、次にいく。執着のなさは、お見事すぎです。もしかして、介護保険制度をにらみながら、子ども・子育て施策を考えるのは時期尚早?と思いつつ、(通好みの)超!!豪華ラインナップをそろえて、勉強会を開催します。「制度なんてよくわからない・・・」かもしれないけれど、まあ、聞いてみないと一生わからないままだよ。介護保険制度については、わたしもマジ初心者なので、田中両名に、みっちり入門編のお話をしていただき、度山さんには、「ちなみに、これを子どもに置き換えると」みたいな話をしていただけると思います。ちなみに、高齢者施策の部署に移られて、連日敬老会などで、某演歌歌手の歌謡ショーを1日3ステージとかおつきあいで鑑賞している田中徹さんは、真顔で「若い人集めてくださいね」とおっしゃってました(笑)。夜の時間帯で恐縮ですが、ぜひ、ご興味のある方はご参加いただければ幸いです。
September 5, 2007
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sereno葦澤です。来月5日に、杉並区の「あんさんぶる荻窪」にて4つ葉プロジェクトの第6回勉強会を行います。詳細はこちら。申込締切は10月2日(火)です。以下、内容を抜粋してお知らせします。・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 「介護の社会化」を具現化した制度、「介護保険制度」が今、曲がり角にさしかかっています。何が問題になっているのか、制度はどのように変わるのか、それが「子ども・子育ての制度」にどのような影響を及ぼすのか。そんな視点でお話をうかがいます。「入門編」ですので、「こういう話は初めて」という方もお気軽にご参加ください。■日時:2007年10月5日(金) 18:00受付開始 18:30スタート■会 場:あんさんぶる荻窪 第一・第二・第三会議室■定 員:60名■進行予定:18:00 受付開始18:30~18:35 開会のあいさつ18:35~19:20 講義(1) 介護保険入門講座 「介護保険制度」はどういう制度か? 講師 田中徹さん (杉並区保健福祉部高齢者施策課長)19:20~20:00 講義(2) NPOにとって介護保険制度は何なのか? 「介護保険制度と高齢者NPO」 講師 田中尚輝さん (特定非営利活動法人 市民福祉団体全国協議会専務理事)20:00~20:30 質疑応答ゲストコメンテーター 厚生労働省社会保障担当参事官室(前少子化対策企画室長)の度山徹さんにコメントをいただきながら、質疑を進めます。 ■参加費:1000円■保 育:事務局に個別にご相談ください申し込みメール:4つ葉プロジェクト事務局FAX:03-3328-9832(FAX兼)・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ よのなかのことはみんなつながっている。知らんぷりしていても、きちんと見つめても、そこで起こっている現実は、いまそこで起こっている。いろんなことに目を向けて、一部のピースだけではなく、全体像を見る。そんな勉強会になるのではないかと感じています。みなさま奮ってご参加ください。
September 5, 2007
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amigoの石山です。先日の日記にもありましたが、元amigo代表の松田妙子のご尊父が旅立ちました。私たちの“じいじ”ジェシーのご冥福をお祈りします。週末の8日、9日の日程でお別れの式があります。お問い合わせ窓口はせたがや子育てネット03-6804-8710になっておりますことをこちらにご案内させていただきます。こういう時にいつも感じることですが、ある人が悲しみの中にあって動けなくても世の中は確実に動いている。命が生まれても、消えても、地震が起きても太陽は昇り、沈んでゆき、悲しいかな・・・お腹も空く。ただ、やっぱり関わる人にとっては“特別”な日常。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・今日のamigoは午前中は産後フィットネスのクラス。午後からはノゾミさんと私で事務作業。ノゾミさんと二人での事務作業は、なんだかすごく久しぶりだった。なんとなく一緒に過ごしたい私たちだったんだと思う。そして、なぜか不思議にそこにいることができるスケジュール・・・。普段はなかなか会えないのに。そして気がつけばamigo部屋にいるのは松田家の子どもたち。誰もじいじのことは口にしないけど、淡々と、黙々と事務作業する私たち。淡々と、黙々とドミノでお花畑をつくる小学生たち・・・。「もう学校始まってるよね?」ってさりげなく尋ねてみたら「うん、でも今日は特別だから。」と、2年生が答えた。「そうだよね~。」・・・黙々・・・「ねぇ、Dのお母さん」(←私のこと)「なーに?」「なんで保育園とamigoが一緒にあるの?」「amigoにさ、お母さんと赤ちゃんが来るでしょ? 皆の様子を見るだけで、 お母さんになりたての人たちは 元気が出たり、勇気が湧いたりするみたいだよ。 あなたたちが赤ちゃんと遊んであげると 赤ちゃんも嬉しそうだけど、 お母さんがすごく嬉しそうなんだよね。」何にも考えずに出た答えはこんな感じだった。「みんながいるだけでいいんだよ。」とノゾミさんも。・・・・黙々・・・・・amigoという場をものすごく感じた。ここはここでしかないのかもってくらい不思議で面白くて優しい場所。見た目はボロイ一軒家。エアコンいれても汗だくで、でっかい蚊がブンブン飛んでいる。そこでは年齢も立場もないみーんなただの人。わたしもただのイシヤマ、それだけ。松田妙子さんが始めて、妙子さんが特別な時でも大丈夫、回るようになっている。頑張りやの次女を経て時々とんでもない発言をする真面目な私が今いる場。仲間とやっていける場。いろいろあるけど(笑)、きっと大丈夫だと思う。
September 4, 2007
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ルーシーダットンでは、最後に、深い呼吸を繰り返し、「いま、ここ、にいる感覚を味わってください」と言われる。ヨガだと、屍のポーズを最後にする。そんなふうに、「いまここ」しかないことや、「死」をイメージする。なんだか、そういうのが、ちっとも恐くなくなってきた。年のせいか。池田晶子さんの読みすぎか。生と死の境界線こそ、実は以外に簡単に超えてしまえるんじゃないか? そんなふうに思ったり。「縁起でもない」とか、避けるほうが、なんか変。アホちゃうか、あんただって遅かれ早かれ死ぬのにって気分。・・・・・・・・・・今日は、わたしが20代の頃からお世話になっている、クオレ・シー・キューブという会社の「月の宴」にお邪魔した。かけだしライターだったころ、保育園代も出せず、クオレでバイトさせてもらってたんでした。創業者の神馬さんは、子宮がんと乳がんを患って亡くなられてしまったのだけど、その神馬さんのおかげでクオレで働くことができ、今の社長の岡田さんやスタッフのみなさんと知り合うことができ、送る会で牧田さんと出会い、その後も、いろんな人を引き合わせてくださった。そんな「月の宴」に、今回はわたしひとりでなく、一緒に働いてくれている芦澤さんや山田さん、コマームの小松さんをお誘いして行けたことで、なんか、すごく満ち足りた気持ちになれた。クオレは女ばかりの会社。わいわい、がやがや、好き勝手。でも、なんとなく調和して。お互いの再会や出会いを喜んで。この前みた映画「ボルベール」を思い出した。「わたしたちは心にかかわることを仕事にしています」というクオレは、そういうわけで、こつこつこつこつこだわって丁寧に、手仕事のような仕事をしてきて、ここにきてようやく芽が出てきた感じだ。時代がようやく振り向いた?取締役の細井さんは孫が5人もいるおばあちゃん世代なんだけど、「経験の積み重ねだと思う。これからよ」とにっこり笑ってらした。早稲田大学の先生には「早稲田で何かやる際には」と浜尾さんを売り込み、「ケータリングのご要望の際は」と、松田さんのお母さんを売り込み、「BGMにはわたしフルート吹きますっ」と自分も売り込みました。いろんな人が行き交う感じの「月の宴」でした。またみんなでセッションできるといいなー。つまり、「持続可能性」ってこういうのを言うんじゃないのかな。即効性とか、この人に取り入っておくと得か損かとか、ギラギラとか、シタゴコロとは無縁の。・・・・・・・・・・・・ジェシーズバーのカクテルを、もう一度飲みたかった。フルート、一緒に吹きたかったです。わたしはひそかに、「シニア世代の子育て支援の星」になっていただこうと、あれこれ画策していたのに。でも、そんなことは、もういいの。「松田妙子」を育ててくださって、ありがとう。松田さんのお父さんのご冥福をお祈りします。
September 4, 2007
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山口の井出崎さんが、「青森にいる知人が、熱烈ラブコールを送ってるよ~」と教えてくれました。9月8日土曜日、青森に行きます。6日から秋田入りするので、秋田から青森へ、鈍行列車で3時間かけて移動です。わくわく(わたしは北陸出身「日本海の女!!」なのです。演歌が似合うんです?)青森のみなさん、よかったら来てください。今回は、わたしには珍しく、子育て支援者だけでなく、お母さん向けのお話も盛り込んでいます。終わった後の交流会も楽しみにしています。★第6回 子育て広場★ 平成19年9月8日(土) 10:00~16:30 会場:アピオあおもり 青森市中央3-17-1 ◇午前:親子わくわく広場 A「ふろしきシアター」 B「親子スキンシップ体操」 ABともに 10:00~10:45 11:15~12:00 ※定員30組まで 要申し込みアピオまで C「手作りおもちゃコーナー」10:00~12:00 ※申し込み不要ですが、材料なくなり次第終了 ◇午後:杉山千佳さん講演会 「子育て支援でシャカイが変わる」 基調講演 13:30~15:00 交流会 15:15~15:45 定員100名 要申し込み(託児あり) で、ホームスタートでしたね。昨日の第三の道の説明で、ホームスタートの虐待予防についてお話しました。今日は3つめの「ボランティア活動」について書きます。赤ちゃんを抱え、専業主婦生活を送っていたときから、お世話になっているマザーリング研究所のたけながかずこさんが、これからの人は、「仕事」と「家庭」と「ボランティア」の3つの輪を持つことが大事。そして、その3つのバランスを取ることで、本人自身が安定して生きていけると、繰り返し繰り返しお話してくださいました。マザーリングという3つの輪のリングまで持っている(笑)わたしは、結構この教えに忠実で、ワークライフバランスが叫ばれる今だけど、仕事と家庭だけじゃダメなのよ・・・と思っています。アメリカの優秀なエグゼクティブは、平日しっかり働き、土日は、汗流してボランティアやってるって、聞きます。一方日本は、本当に不幸なことに、仕事する人と、ボランティアする人を明確に分けたがる傾向があって、ボランティアする人は、専業主婦・・みたいに思われていて、それが、「女性の自立」問題と複雑にからむので、本当に本当に困っています。全部カネで解決できないんだって!と思う一方で、なんでこんな安い値段で子ども預かったり、子育て支援やったりするんだよぉー!! 女性の労働をなんだと思っているんだよー!とも思うのです。(そんなふうに、思い悩んでいるのは、わたしだけ?)とどのつまり思うのは、日本は、「ボランティア」の文化がなさすぎなんじゃないか?ということです。カネとか、数字とか、モノとか、わかりやすい成果で測ってばかりきたので、成熟した大人文化がないってことだろうなあ。ってことで、大人の国イギリスのボランティア文化をまねしようじゃないの・・・・と、思っている次第。「お金をもらったら、ただのヘルパーになってしまう。お金はいただかないから、この仕事をやっているのよ」っていう誇りは、いったいどこから来るんだろう?お金との付き合い方だったり、生き方そのものだったり、宗教観だったり、根本の問題のように思うけれど、まずは、そのあたりも肌で感じ取りたいかな?と思っているのです。まあ、直輸入は無理でしょうが、文化や時代背景について言えば、なんのために日本史やってたのってことで、多少は昔とった杵柄も引っ張り出せそうだし。仏教の本は結構読んでるぞ、わたし。 西郷先生は3つにわけましたが、わたしはもうひとつホームスタートに期待していることがあるので、それについては、近日中に書き留めたいと思います。
September 3, 2007
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へたっているなんてブログを書いたので、実家の母からは心配のメールをもらうし、別便では、子育て支援とはまったく違うお仕事の方が、「杉山さんというナゾな人は何をしている人?」と関心を持ってくださって、ここにたどりついてくださったりしているという報告が入り(これでは、ますますナゾが深まるばかり?)、多方面の人たちが読んでいること、4つ葉プロジェクトを広めること、を自覚しながら書かないとダメねぇーと、ちょっとだけ反省しました。(ちょっとだけかよ?)今日は昼間、自治体の人向けの研修用に、協働のメリット・デメリットのパワポをつくっていたのだけど、(われながらなかなかいいこと思いついたぞ)と思ったら、(コーディネーターをどう育てるか)が主なオーダーだったことにあとで気づき、もうちょっと練る必要があるなーと、またもや宿題を持ち帰る日々。 ・・・・・・・・・・・で、ホームスタート。土曜日に朝日新聞の生活情報面で紹介いただいたこともあり、サイトづくりが突貫工事で進んでいます。(どうでもいいが、わたしの二の腕は太い!)副理事長の西郷先生が、わかりやすくホームスタートの特徴をまとめてくださっているので抜粋します。当団体が紹介するホームスタートは、ホーム・ビジティングの1形態でボランティアによる家庭滞在型サービスである。ホームスタートは3つの意味で子ども家庭福祉の「第3の道」であるといえる。1つは、サービス提供の場の点からである。子どもや家庭への近代の福祉サービスは児童保護施設(第1の道)の設置・運営である。そして、その後地域に点在する利用施設(第2の道)に発展し、その後家庭の中で提供されるサービス(第3の道)に進化してきている。すなわちホームスタートは第3のサービス提供の場なのである。2つ目は、サービスの領域である。重度化の予防領域(第1の道)から、早期介入領域(第2の道)に拡大したサービスは、「第3の道」としてホームスタートなどの発生予防領域に発展してきている。3つ目は派遣される人についてである。専門家(第1の道)の派遣や、ホームヘルパー(第2の道)の派遣に追加して「第3の道」としてボランティアの派遣であるホームスタート等へと広がりを見せてきている。家庭という場で提供されるサービスであり、予防(発生予防、早期発見・早期介入、重度化の予防)を目的にした、ボランティアを派遣するサービスであるホームスタートの全体像を説明することで、今後のわが国でのホーム・ビジティング、すなわち育児支援家庭訪問事業の更なる展開に資することとしたい。くわしくは、こちら西郷先生が示す、ホームスタートの第三の道は、1.家庭における子育て支援である2.虐待の予防、早期発見である3.ボランティア活動であるの3つであると言えそうです。先日のわたしの書き込みでは、主に「家庭における子育て支援」の大切さを語ったので、ここでは、「虐待予防」について少し補足をしておきたいと思います。 セレーノは、ご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、日本子ども家庭福祉学会という小さな学会の事務局を引き受けています。この学会は、「児童福祉」という概念をもう一度、「子ども家庭福祉」として検証しなおそうということで始められた学会で、子育て支援を研究している研究者と、虐待予防や対応に関して研究していたり、現場で日々対応に追われている職員の方々が主たる会員となっています。研究成果については、事務局仕事がめいいっぱいなので、いまはまだ首を突っ込むことができずにいるのですが、事務局仕事をしながらも気づいたのは、人手が足りない(現場職員も研究者も)仕事が終わらない(現場職員も研究者も)バーンアウトしてしまう職員も少なくないらしい ↓ ↓ ↓だから、虐待の対応が遅れ、子どもが傷つき 最悪の場合は死ぬで、特に遅れるのが、予防である、ということです。で、先進国の事例を見ると(学会会員さんが研究された)、虐待予防を行っているのは、NPOが多いんです!!で、結構いろいろなプログラムがあるみたい。子どもが死ぬってことに対して、わたしはかなり感応するほうで(ってヘーキな母親はそう多くはないと思うけれど)、だから、虐待で死んだとか、事故で死んだとか、病気で死んだとか、もう、いてもたってもいられなくなるわけです。だからといって、事情も知らず虐待している大人や、本当に少人数で切り盛りしている、児童相談所や養護施設や現場の人たちを責めることはできなくて、むしろ、わたしにできることは何かを考えるし、アメリカやEUみたいに、NPOで虐待予防したい!!と、夢のように思っているのです。ホームスタートは、たぶん、その第一歩になるに違いないと思っています。で、虐待対応最前線の職員さんや研究者の数の確保と、質の向上には、何をさておき、おカネだ!と思っているし、だから、4つ葉プロジェクトなんじゃん!!と、すべての道は4つ葉に通ず・・なわけなのです。
September 2, 2007
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お盆あたりに夏風邪をひいてから、夫が夜間救急で病院に行ったり(う。わたし免許はあるけど運転できないので、そんなときでも彼は自分で運転したんだよねー。ちょー役立たず)、息子が高熱で寝込んだりで、認めたくないけど、この暑さに家族全員やられています。9月に入って、涼しくなったけれど、これでまた体調崩すかもなあ・・・と、まだ本調子ではない自分としては、びくびくしているところです。そんなときは、漫画に限ると、つくづく思います。わたし世代よりちょっと上ぐらいの人だったら必ず知っている、萩尾望都さん。いつもわたしの傍らにあったんだなあーと、最近気づきました。それぐらい、息が長い実力派。トーマの心臓、ポーの一族に始まって、百億の昼と千億の夜のおかげで、わたし、宗教に対するアレルギーもなく、仏教好きになったと思うし、阿修羅好きになったと思います。メッシュは、一番最初のハードカバーで持ってたし、この前も、マージナルを久々に引っ張り出して読んでは、エンディングにやっぱり泣いたりしました。(キラとか、岡野さんの安倍晴明もそうだけど、別に大げさに「地球を守るんだ!!」なんてヤマト風に構えるんじゃなく、もっとスマートにかっこよく、でも、「ああ、あなただったんですねこの世界を支えてくれたのは・・・」と、救われる気持ちになる読後感のお話しがいいな。これはひとえに作者の世界観によるものだし、「この人は、本当に漫画を描くことで世の中を救おうとしているな」とわかるから、だから、読み応えがあるんです)わかりやすい勧善懲悪とか、「ここで泣け」とばかりの「お涙頂戴」ストーリーとは、一線を画した、深い洞察力。複雑な人間関係。一筋縄ではいかない、人間の個性。みんな思いをもったいい人なんだけど、ちょっとずつずれていて、それがこじれたり、乱れたりして、あれよあれよで悲劇を生んだり、喜劇になったり。お見事。それに、第一、絵がきれいだからねー。(漫画家ならはずせない。話がおもしろくても絵が汚いとそれだけでNG)無駄なコマがひとつもないし。(それでいうと、青池保子さんもそうだけど)最新刊の「山へ行く」を、つい買ってしまって、軽いタッチなんだけど、これまたお見事。とてもここまでのクオリティの維持は難しいけれど、こういう感じで仕事続けたいなー「バルバラ異界」続き買おうかしら・・・?どうしよう。 ・・・・・・・・・・・・・すみません、これでバランスとってます。ホームスタートのお話と、セレーノリニューアルに関してのお知らせは、今日(日曜日)の午後にでも。
September 2, 2007
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杉山さんの「プロならば」を読んで、思い出したこと、、、NGO活動の中での話。他国の役員のサポートやプロジェクトに一緒に取り組んだ時に、言われた言葉がある。"You are so professional!"初めてその言葉を聞いた時に、へぇ~、そういう表現するんだ、とちょっと違和感をもって受け止めた。この活動は完全ボランティア制で経費は自腹。ただ、役割や責務は明確で様々な役職名があり、役職の任命は総会の場で右手を上げて「宣誓」をするという西欧式。「自分の能力を最大に発揮して本組織活動にコミットし、世界平和に貢献します」というような文面だ。有言実行できるか否かをつきつけられる。私自身、個人の意地もあったけど、日本人のプライドに賭けて、みたいな気持ちもあった。「こだわり」を持っていたかったし、そのことへの美学みたいなものもあったつもり。先のプロフェッショナルという評価は、そんなところを評価されたのかな、と、嬉しく思ったりもした。時として日本人の設営は、 何もそこまでやらなくても、、、みたいな目で他国の人に写ることもあったようだが、ま、それは日本人の民族性だし、誇れるとこでもあるんじゃないの、と思うようにしていた。(細部に凝るあまり、本質を見失うのは問題だが)プロフェッショナルという形容詞に合うかどうかは、その人のレベル設定によるのだと思う。 「ここまででいいや」と、こだわりを捨てた瞬間にそのレベルは定まる。お金をもらうから奉仕だからは関係なくて、自身の美学とかプライドなんだろうなぁ~と、振り返ってみると感じたりする。そしてもう一つ、自分にとって「こだわり」をもった仕事をするには、全体を見渡して自分の立ち位置を感じることも大切だったんだってこと。求められるもの、必要なものを嗅ぎ別けるために。いろんな人と一緒にやっていくには、作業的な効率性だけでなく、関わる人々の感情面も織り交ざってくるから、奥が深い。そして時に悩ましい。みんなが気持ちよく仕事できる環境づくりみんなで達成感を共有できる目標づくりみんなで、という意識は、「こだわり」同様に「和」を尊ぶ日本人らしさなのかも。こうして改めて書いてみると、自分って日本人だよなぁ~。(友人曰く、日本女性らしからぬ人らしいが・・・苦笑)子育て支援の世界で事務局業に携わる今も、前線で活動する皆さんにとって「いい仕事」をしていきたいと思っています。自分の立ち位置を知るには、さらなる知識と経験が必要そうだけど、アンテナはビシビシです。皆さんからもっともっと学びたいですっ!よろしくお願いしますっ!
September 1, 2007
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昨日、夏休みやなんやらでずっと話し合いのできなかった4つ葉プロジェクトの事務局の引継ぎについてアミーゴ代表の石山さんと打ち合わせをすることができた。杉山ゼミにも参加してくれていた石山さんは、去年の4つ葉タウンミーティングでもサンゴガールズとして、一緒にゴリエを踊った仲。どういう方なのか、ご本人がどういう志向をお持ちの方なのか、だいたい把握したところで、これをやっておくと、彼女にとってもきっと役に立つことで、わたしが石山さんを見込んで、お願いしたかったことをお願いした。事務局作業とは別に、「社会保障制度の勉強をしてもらえないか」。「はい。勉強大好きです」と、彼女は言ってくれたのだけど、お子さんもまだ小さいし、アミーゴだって大変だし、わたしの手前、いい返事したんちゃう?(にやにや)と思いつつ、そんなことは、わたしにとってはどうでもいいんだ。ご本人にやる気があって本を読むならそれでいいし、いろいろなことが重なってデキナイならそこまでだ。次の機会を待とう。わたしのためにいい返事しようが、しまいが、大事なのは、本人の姿勢。知識を得て得をするのは本人。それをするかしないかも、本人。そして、わたしが見るのは「結果」だけなので。で、わたしにできるのは、出してくれた「結果」に対していろいろなかたちで十分報いることだけだ。みんな、子育て支援でお金がほしいという。だったら、プロならないとダメだと思う。子ども、自分の体調、などなど言い訳が先に出るうちは、仕事以前だ。もちろん、無理して仕事にする必要はなくて、ボランティアでやったらいい。仕事の体制ができて、そして、質を高めてお金がいただけるか、どうか・・・でしょう。今でこそ、だいぶ、好き勝手書くようになったけれど、職業として「ライター」を名乗っていた頃は、何でも書いた。(何でも書いたから、いま、専門的な好き勝手を書いて、お金をいただけるようになったのだと思う)気分で書いたり書かなかったり、左右されるなんてこと、許されなかったので、どんなものでも、一定のクオリティで仕上げることは、当たり前だけど、してきた。そこがプロとアマの違い。日記も、「毎週書いてね」と約束して、ただだろうが、報酬が出ようが、それを引き受けたら、わたしは毎週書く。プロだから。それだけのこと。さて、次世代育成支援協働フォーラムinやまぐちの事務局のみなさんが、サイトを開設してくださってました。井出崎さん、せっかくこちらのブログに毎週書いてくれているんだから、ちゃんと告知してくださいねhttp://forum.soreccha.jp/山口の奮闘ぶりが伝わってきます。ぜひごらんになってみてください。11月10日当日は、とうきょう子育てねっとから山田、杉山も参加予定です。また、新しい少子化対策企画室長にも登壇いただける予定です。 昨日、石山さんとも話をしたのだけど、わたしは、みんなが一気にプロになれるとは思っていなくて、なってほしいとも思っていなくて、個人レベルの発火 → 発光 を経て、主体的なグループづくり → 運営での悪戦苦闘 転換期 → 組織化 → プロをめざす →プロみたいに、いくつものプロセスを踏まないと前には進めないだろうと思っています。で、それは、誰かのためにとか、評価されたいからではなく、ご本人の問題。(そのあたりは、新しくできる4つ葉プロジェクトのサイトのほうできちんと解説できると思いますのでもうちょっと待ってくださいね)放っておいて、「ああなりたいなー」って思っていたら、誰かが、そこまで連れて行ってくれるなんてことは全然なくて、すべてにおいて「努力」しかない(ベタだけど。本当のこと)と、思っています。山口のみなさんは、ものすごい勢いで進化している。東京モンは。わたしは、ほんと、甘えていると思っています。だって、本人が何もしなくても、何でも手に入るから。それに慣れている人が多すぎるから。わたしも含め。ただ、わたしは地方暮らしが長かったので、結構危機感があって、比較もするので、いろいろやってみようとは、思うのだ。だから遅ればせながら、東京のネットワークをつくったし、4つ葉の活動のような、国の機関が集中している、東京でしかできないことをしようと思ったのです。来週は、秋田、青森に行きます。ここ数年、たぶん、わたし自身の目的意識がはっきりしてきたからだと思いますが、オーダーも、主催者の目的がはっきりしてきたなーと、実感しています。だから、すごく手ごたえを感じます。各地のみなさんにお目にかかるのを楽しみにしています。 最後ですが、協働フォーラムの目的(事業の最初にわたしが書いたんでしょう)なるほどー、そうだったそうだったと思ったので、転載します。このフォーラムの目的・協働についてとことんこだわる はやり言葉のようにいわれている「協働」ですが、 果たして現実に協働は進んでいるのでしょうか。 子育て支援NPO側がそれだけの力量を持っていない という話も聞かれます。真の「協働」とは 何かについて考えます・理屈や理想論に終始するのではなく、実践がないと 意味がないとの考えから実行委員会から「協働」で 行っていきます。 行政担当者(県・市)と子育て支援NPOによる実行 委員会を結成し、運営していきます。・フォーラムの成功は「当日盛り上がった」というだけ ではなく、フォーラムに続く新たな協働の誕生にある。 参加者が何人かということを評価指標とするだけでな く、議論された内容そのものと その後の協働の展開をにらんでいます。・地域、地域で分断されるのではなく、開催各地がゆる やかにつながり、そこから新しい価値を生み出したい。 市町村、都道府県の枠を超え、実施した地域のナナメ の関係づくりができるよう、ゆるやかなネットワーク づくりを担っていきたいと考えています。・最終的には当事者の家族⇔地域のコミュニティやNP O⇔市町村⇔都道府県⇔国の風通しをよくし、 子どもたちが安心して暮らせる街をつくりたい 「協働」のための「協働」ではなく、最終目標は、子 どもたち、家庭の幸福です。 そのための手段としての「協働」という点を押さえな がら子育て支援を盛り上げていきたいと考えたいます。 (とうきょう子育てねっと)
September 1, 2007
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民主党の圧勝に終了した選挙が終わって、ずいぶん経ちましたが政局は相変わらず、不正の掘り起こしに窮していて、もちろん、これも大事だと思うのですが、国民の生活について考えてくれるのかなと疑問です。おととい、突然引出しを整理し始めたら、少し前のお給料明細が出てきました。正直、がんばってるから収入はそれなりに上がっているけれど、税金だらけで、手取りはちっとも上がりません。働いても、それが仇となって、税金が上がるので「残業」という極めて、非低率的な時間を増やすとまるで「お国のために働いている私」・・という感覚がぬぐえない。収入面ばかりでなく、本当に生活が良くなっているのかな?というのはなんとなく実感がないままです。大臣の不正に集中するマスコミと自分たちの生活が、なんとなく頭の中で折り合わないまま、政治に無関心になっていく自分を感じます。そういえば、具体的に政策を自分の中に落とし込む機会ってありません。1:お給料が出てみて初めて年金とか税金とかの多さに愕然とする。2:学童保育の署名活動の依頼をみて、国の施策の矛盾を知る。というくらい。選挙のときに投票した、あの候補がどうしているかって結局深く知らない・・。こういう自分の無関心さに結構腹立たしく思うこの頃です。皆さんは、どうですか?
September 1, 2007
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