ゆうさんの日記

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2026.05.28
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あの悪夢のような事件の後、私はすぐに智恵子さんにすべてを打ち明けた。
智恵子さんは私のボロボロになった割烹着を見て、静かに、でも激しい怒りを瞳に宿して私を抱きしめてくれた。それから一週間、大吾さんや透、そして親衛隊の男の子たちが「明美さんの心の傷が癒えるまで、俺たちが店を警備します!」と交代で店の前に立ってくれた。
みんなの温かい守りに支えられて、私は一週間の臨時休業を終え、再び厨房に立つことができた。
シャッターを開ければ、そこにはいつもと変わらない下町の賑やかな日常が待っていた。から揚げを揚げる油の音、常連さんたちの笑い声。私はまた、お弁当屋の女将として前を向いて歩き始めた。
――そして、十年の歳月が流れた。
私は四十歳になった。
鏡を見るたび、目尻の笑いシワに重ねてきた月日を感じるけれど、形から入るタイプのご利益か、下町の美魔女・智恵子さんの指導のおかげか、プロポーションの衰えだけは徹底して食い止めていた。
相変わらず、私の隣に定住する男はいない。
三十代の間、何人かの男性とそれなりの夜を共にする機会はあった。けれど、悲しいかな、どうにも相性が良くないのだ。智恵子さんと大吾さんのように、昼下がりの診察室で息を呑むような情熱的な関係に憧れはすれど、私の身体を芯から満足させてくれるようなタフな男には、貴史さん以降、ついに出会えぬままだった。

智恵子さんと大吾さんは相変わらず「絶対にバレていない」という建前で大人の関係を続けているし、透も相変わらず大吾さんへのアタックを諦めていない。そんな可笑しな日常が、私のすべてだった。
ある初夏のよく晴れた昼下がり。
お昼のピークが過ぎ、私は少し腰を伸ばしながら、真っ白な割烹着の紐を結び直していた。
ガラガラと、店の引き戸が開く。
「いらっしゃいませ」
いつものように顔を上げた私は、その場に釘付けになった。
そこに立っていたのは、一人の若い女の子だった。
初々しい白いブラウスにデニム姿。すらりと伸びた手足、少しクセのある前髪の生え際。そして、何よりも私の心を激しく揺さぶったのは、その大きくて真っ直ぐな瞳だった。
あの日、深い赤色のランドセルを背負って私の前に現れた、七歳のあの女の子が、そのまま目の眩むような美しい大人の女性に成長した姿だった。
「あの……『樹里スペシャル』、まだありますか?」
鈴の鳴るような声。私は震える唇を必死に動かした。

女の子の瞳から、大粒の涙がぽろぽろと溢れ出した。彼女は一歩、また一歩とカウンターに近づき、愛おしそうに私を見つめた。
「うん、樹里だよ、お母さん……!」
今年で十八歳、成人を迎えた樹里。
あの元夫の鉄雄が、彼女が大人になったのを機に「お前の本当の母親は、あの下町の弁当屋にいる明美だ」と、すべての真実を話してくれたのだという。
「私ね、七歳のあの日、このお店に来たときのこと、ずっと思い出に残り続けてたの。パパの静かな車と違って、ここはから揚げのいい匂いがして、みんなが優しくて……。大きくなってから、私、実はあのお弁当屋さんのお姉さんが、私のお母さんなんじゃないかって、ずっとずっと思ってたの……!」

そして、油の匂いの染みついた私の真っ白な割烹着の上から、細い腕で思いきり私を抱きしめてくれた。
「お母さん! 会いたかった……ずっと、会いたかったよ……!」
「樹里……っ、樹里……!」
十年間、ずっと胸の奥に閉じ込めていた愛おしさが一気に決壊した。私は我が子を折れんばかりに抱きしめ、声を上げて泣いた。
実家を失い、母を亡くし、孤独の中でがむしゃらにフライヤーの前に立ち続けた日々。そのすべての苦労が、樹里の体温と「お母さん」という響きによって、一瞬で報われた気がした。
暖簾の隙間から、異変に気づいた智恵子さんと大吾さん、そして透が顔を覗かせ、みんなして涙を流して微笑んでいるのが見えた。
私は涙を拭い、世界で一番大好きな娘の顔を見つめた。
「お帰り、樹里。お母さんの特製ハンバーグと卵焼き、今すぐ作ってあげるからね」
四十歳になった私の小さな城に、本当の春がやってきた。私は新しく仕入れたばかりの真っ白な割烹着の袖で涙を拭い、人生で一番最高の『樹里スペシャル』を作るために、誇らしくフライヤーの火を点けるのだった。





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Last updated  2026.05.28 20:07:20
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