ゆうさんの日記

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2026.05.28
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「私ね、この春から東京の大学に進学したの。だから、ここならすぐ近くでしょう?」
涙で濡れた笑顔のまま、樹里は私の割烹着のポケットに、小さな手作りのパスケースを滑り込ませた。中には、真新しい大学生の通学定期券が入っている。
「学校の休みが合えば、絶対にまた遊びにくるから。……ううん、お母さんのお弁当、毎週でも食べにきちゃうからね!」
そう言って、樹里は私の両手をぎゅっと握りしめてくれた。その手の温もりは、十年前の小さな女の子のもののままで、でも確実に、私を支えてくれるくらい大きくなっていた。
夕暮れ時、迫る電車の時間を見計らって、樹里は何度も振り返り、大きく手を振りながら駅の方へと歩いていった。
その後ろ姿が見えなくなっても、私の涙は止まらなかった。厨房の片隅で割烹着の袖を顔に押し当て、声を上げて泣き続けた。
(鉄雄さん……本当に、ありがとう……)
胸の奥で、かつて私を激しく罵り、すべてを奪い去った元夫への感謝が溢れていた。
離婚したあの日は、彼を世界で一番憎んだ。学歴もない、教養もないと見下され、引き裂かれるように樹里と引き離された。けれど、彼は冷血漢ではなかった。約束通り、樹里が成人するまで、何不自由なく、こんなにも真っ直ぐで優しい、綺麗な女の子に育て上げてくれたのだ。そして、大人になった彼女に、隠すことなく私の存在を伝えてくれた。

あの日、亡き母が遺してくれた手紙の言葉は、何一つ間違っていなかった。
「明美ちゃん、本当によかったわね……!」
「明美、おめでとう。僕まで涙が止まらないよ」
いつの間にか店に入ってきた智恵子さんと透が、もらい泣きしながら私を抱きしめてくれた。大吾さんも、照れくさそうに、でも心底安心したような顔で、黙って私の肩をポンと叩いてくれた。
みんなの顔を見つめながら、私は心の底から思った。
男なんて、もう本当にいらない。
三十代の頃は、身体の寂しさに負けそうになったり、イケメン営業マンに期待して不発に終わったり、ストーカー男に怖い思いをさせられたりもした。相性がいい男を探そうと、躍起になっていた時期もあった。
けれど、そんなものは今の私の幸せの足元にも及ばない。
私には、毎週のように会いに来てくれる、世界で一番愛おしい娘がいる。
そして、私の大好物のから揚げを「世界一だ」と言って食べてくれる、温かい下町の仲間たちがいる。
これ以上のものが、私の人生に一体何が必要だというのだろう。

私は涙を拭い、新しい真っ白な割烹着の紐を、これまでで一番強く、誇らしく結び直した。
四十歳、男はいらない。私の両手には、フライヤーの熱い油と、娘から貰った「お母さん」という最高の勲章がある。下町の小さな弁当屋の女将は、これからもこの場所で、愛する人たちのために力強く、最高の味を守り続けるのだった。





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Last updated  2026.05.28 20:10:03
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