ゆうさんの日記

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2026.05.31
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カテゴリ: まこととかおり
「ちょっと、薫! 大変、大変ッ!!」
ある日の午後、史華がワンルームマンションのドアを文字通り蹴破るような勢いで飛び込んできた。手には一枚の派手なチラシが握られている。
「これ、エントリーしといたから!」
「は?……なんだよ、これ」
薫が寝惚け眼で受け取ったチラシには、燃え盛る炎のグラフィックと共に、デカデカとこう書かれていた。
『第一回・全日本ドラム野郎コンテスト:最強の叩き手を決めろ!』
日本の名だたるトッププロや音楽プロデューサーが審査員に名を連ね、優勝者には大手レーベルとの契約と、超大物アーティストのツアーサポートドラマーとしてのプロデビューが約束されるという、まさに一攫千金のオーディションだった。
「勝手に決めんなよ! 俺、こういう目立つやつ苦手だって……」
「何言ってんの! 薫のドラムは世界一なんだから、スタジオミュージシャンになりたいなら、ここで名前売るのが一番手っ取り早いでしょ!」

2つ年上の彼女の熱意に押され、薫の胸の奥にもふつふつと青い炎が灯る。
「……やってやるよ。やるからには、絶対優勝だ」
本番までの期間はわずか一ヶ月。
そこから、薫の地獄の特訓が始まった。
日雇いバイトの時間を最低限に削り、実家への2万円と史華への2万円を捻出する以外の時間は、すべてスタジオに注ぎ込んだ。
薫の課題は、審査員を唸らせる「圧倒的な音圧」と「超絶変拍子の正確さ」だ。
スティックを握りすぎて手の皮が剥け、血がドラムヘッドに飛び散る。腕の筋肉はパンパンに膨れ上がった。しかし、それ以上に薫を苦しめたのは、やはりあの「持病」だった。
(くっ、腰が……ここに来て、マジで限界だ……!)
連日の猛特訓による疲労。そして追い打ちをかけるように、史華が「激励(夜の駅弁)」を毎晩のように求めてきたせいで、薫の腰椎は爆発寸前だった。スタジオの椅子に座るだけで激痛が走る。
それでも薫は、腰に湿布をこれでもかと貼り、ガチガチにコルセットを巻いてドラムセットに向かい続けた。実家の薄い壁の向こうにいる真面目な父、怪しい母、悩める妹の顔が浮かぶ。
(ここで一発、人生変えてやる)

渋谷の大型ライブハウスは、全国から集まった猛者ドラマーたちと、業界関係者、そして観客の熱気で満ち満ちていた。
楽屋でコルセットを限界まで締め上げる薫のもとに、史華がやってくる。
「薫、緊張してる?」
「いや……腰が痛すぎて、緊張する余裕がない」
「あはは、終わったら、たっぷりマッサージしてあげる。……信じてるよ」

眩いスポットライトの中、薫はドラムスツールに腰を下ろした。観客席の最前列には、祈るように両手を合わせる史華の姿がある。
審査員席のプロドラマーが冷ややかな視線を送ってくる。
制限時間は3分。自由演技のソロ。
薫は深く息を吸い、スティックを高く掲げた。
――ドンッ!
最初の一撃。地響きのようなバスドラムの音が、会場の空気を一瞬で支配した。
そこからは嵐のようだった。
薫のドラムは、ただ速いだけではない。日雇い労働で鍛えた体幹から繰り出される音圧は重戦車のようで、それでいてミリ単位の狂いもない正確なビートを刻んでいく。
タムからスネアへ、縦横無尽にプロペラのように駆け巡るスティック。
変拍子を鮮やかに操る薫のプレイに、最初は冷ややかだった審査員たちが、一人、また一人と前のめりになっていく。
(いける……これなら、勝てる!)
確信したその時、ラスト30秒。
薫は最大の魅せ場である、立ち上がっての両手連打(ツインペダル大爆走)の大ワザに打って出た。
全身の体重を乗せて、限界まで身体を反らせた、その瞬間。
――ピキィィィィィィィィンッ!!!
薫の脳内に、文字通り「電撃」が走った。
間違いなく、過去最大級のギックリ腰の予兆。いや、すでに何かが限界を超えて弾け飛んだ音だった。
(が、あ、ああああっ……!!!)
視界が真っ白になるほどの激痛。叫び出しそうな声を、奥歯を噛み締めて強引に飲み込む。
今、動きを止めれば、プロへの道は完全に閉ざされる。実家の2DKに逆戻りだ。
「おおおおおおおッ!」
薫は魂の咆哮を上げ、割れるような腰の激痛を、そのままドラムへの「怒りと情熱のパワー」へと変換した。痛みで歪む顔が、むしろ鬼気迫るロッカーの表情として観客の目を釘付けにする。
シンバルが激しく鳴り響き、最後の一発を叩き込んだ瞬間、会場は割れんばかりの歓声と拍手に包まれた。
ステージの真ん中で、薫はスティックを掲げたまま……ピクリとも動けなくなっていた。
歓声の中、笑顔の史華と、驚愕の表情を浮かべる審査員たち。
薫のプロへの扉は、今、確かに開きかけていた。
文字通り、自らの「腰」と引き換えにして――。





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Last updated  2026.05.31 04:39:36
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