ゆうさんの日記

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2026.05.31
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カテゴリ: まこととかおり
「……それでは発表します! 第一回・全日本ドラム野郎コンテスト、栄えある初代王者は――エントリーナンバー12番、小田切 薫さんです!」
割れんばかりの拍手と、地鳴りのような歓声が会場を包み込んだ。
ステージ中央のドラムセットには、スポットライトがさんざめく。しかし、そこに主役の姿はなかった。
「……あれ? 小田切さん? 薫さーん?」
司会者が戸惑う中、ステージの袖では、真っ青な顔をした史華とスタッフたちが、完全に「くの字」に固まったまま微動だにしない薫をストレッチャーに運び込んでいた。
薫は優勝した。しかしその栄光の瞬間、彼はプロへの階段を駆け上がるのではなく、救急車のサイレンを響かせながら整形外科の夜間病棟へと文字通り「担ぎ込まれて」いたのである。
診断結果は、重度の急性腰痛症。いわゆる、特大のギックリ腰だ。
医師からは「2週間、完全安静。寝返りも極力控えるように」と非情な宣告が下された。
数日後。

差出人は、誰もが知る大手の芸能事務所および音楽レーベル。中には、燦然(さんぜん)と輝く金文字の『優勝表彰状』と、今後のプロ契約、そして超有名アーティストのサポートメンバーとしてのスケジュールがびっしり書かれた書類一式が入っていた。
誠は「薫がプロに……!?」と目を丸くして感動し、真琴は「芸能界なんて凄 parental……!」と(イケメンマネージャーとの出会いを期待して)色めき立ったが、当の薫は、その書類をすべて史華のワンルームマンションに持ち込ませていた。
なぜなら、実家の狭い部屋で寝ていれば、誠から「これからの人生どうするんだ」と真面目な顔で問い詰められるし、母親の夜遊びの気配も鬱陶しい。何より、今の薫には24時間体制の「専属看護師」がついていたからだ。
「薫、お粥(かゆ)できたよ。はい、あーんして」
史華のワンルームのベッドの上。薫は、枕を高くしてもらい、仰向けに横たわっていた。
史華は、エプロン姿でスプーンを薫の口元に運ぶ。その表情は、どこか楽しげで、弾むような笑みを浮かべていた。
「……美味い。ありがとな、史華」
「いいのよ。今の薫は、日本の宝なんだから。私がしっかり管理してあげなきゃ」
史華にとって、この「薫の2週間絶対安静」は、神様がくれた最高のご褒美のような時間だった。
普段はぶっきらぼうで、自分の世界を持っている2つ年下の彼氏が、今は自分なしでは起き上がることも、トイレに行くこともままならない。
朝の洗顔から、着替えのズボンの履き替え、果ては寝たまま飲むストロー付きの水分補給まで、史華は上から下まで、至れり尽くせりの世話を焼いた。

「ダメ! 動いたらまたピキッてなるでしょ! ほら、大人しく私の言うこと聞いてて」
嬉しそうに、甲斐甲斐しく動き回る史華。薫は、申し訳なさと同時に、男としてのプライドが少しばかり痒(かゆ)いような、しかし最高に甘やかされている心地よさに浸っていた。もちろん、今はあの恐怖の「駅弁体位」を求められる心配も100%ない。腰の痛みを除けば、ここは天国だった。
ベッドの脇に置いたスマホが震えた。
画面に表示されたのは、送られてきた書類に記載されていた、芸能事務所の担当マネージャーの連絡先だ。
史華にスマホを耳元に当ててもらい、薫は寝たきりのまま通話ボタンを押した。

『あ、小田切くん! 体は大丈夫!? 審査員一同、君のあの鬼気迫るプレイに圧倒されて満場一致の優勝だったんだよ。これからのこと、早く打ち合わせしたくてね!』
電話の向こうのマネージャーは、薫の想像以上に大興奮していた。あの腰の激痛で歪んだ顔が、「魂のロッカー」として業界人に強烈なインパクトを残したらしい。
「ありがとうございます。あの……本当に情けないんですが、今、腰をやってしまって動けなくて。医師から2週間の絶対安静を言い渡されているんです。……なので、腰が治り次第、すぐにそちらに伺わせていただきます」
『ははは! 職人気質のドラマーらしいね! 分かった、体が一等大事だから、2週間しっかり休んで。席を開けて待ってるよ!』
電話が切れると、薫は深いため息とともに、シーツに深く頭を沈めた。
「良かったじゃん、薫。待っててくれるって」
史華が優しく薫の髪を撫でる。
「ああ……。なんか、本当にプロになるんだな、俺」
つい一ヶ月前までは、日雇いバイトで小銭を稼ぎ、実家とこの部屋に2万円ずつ入れるのが精一杯だったフリーターだ。それが2週間後には、プロとしての第一歩を踏み出す。
「でもさ、薫が有名になっても、私のこと捨てないでね?」
史華が少し悪戯(いたずら)っぽく、だけど少しだけ不安そうな瞳で覗き込んできた。
薫は、優しく彼女の手を握り返す。
「捨てるわけないだろ。俺の腰をここまでボロボロにしたのは、史華なんだから責任とってよ」
「もう! 人聞きが悪いこと言わないで!」
ワンルームに、二人の明るい笑い声が響く。
小田切家の長男・薫。彼の人生は、この狭いベッドの上から、確実に、そして劇的に変わり始めようとしていた。





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Last updated  2026.05.31 04:40:41
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