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2026.05.31
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カテゴリ: まこととかおり
「今回の件は、絶対許さない」
泣き崩れる史華(25)を前に、薫(23)の声は冷徹なまでに静かだった。
激昂して怒鳴り散らすわけでも、部屋を飛び出すわけでもない。その静寂こそが、ドラマーとして数々の修羅場をくぐり抜けてきた薫の、男としての圧倒的な迫力だった。
かつて実家で母親の裏切りを冷めた目で見ていた薫は、裏切りがどれほど家族を、人の心を壊すかを知っている。だからこそ、自分の信じた恋人からの裏切りは、魂を抉られるほどの痛烈な一撃だった。
薫はテーブルの上の男物のライターをゴミ箱へ叩き込むと、荷物をまとめ直してドアへと向かった。
「……これから先、それでも史華が俺についてくるのかどうかだ。ついてくるなら、それなりの覚悟を見せろ。しばらく、頭を冷やす」
そう言い残し、薫はマンションを出た。事務所の寮やホテルの部屋を転々とする日々。連絡は一切絶った。残された史華にとって、それは死刑宣告を待つよりも恐ろしい、完全な孤立の時間だった。
史華が答えを出したのは、ちょうど一週間後のことだった。
約束通り、薫が重い足取りでマンションのドアを開けると、そこには一週間前とはまるで違う、凄絶なまでの覚悟を瞳に宿した史華が立っていた。

そして史華は、あのジムの男の連絡先を完全に消去し、ジムもその日のうちに退会していた。それだけではない。彼女の手には、ある「書類」が握られていた。
「薫……これ」
差し出されたのは、新しく始めたという夜間のデータ入力のアルバイトの雇用契約書だった。
「私……薫の稼ぎに甘えて、ゴロゴロして、寂しいなんて勝手な理由で薫を裏切った。本当に、自分が最低だと思う。……でも、薫と離れるなんて嫌。これから私もちゃんと夜中まで働いて、薫の帰りを待つ。薫が一生ドラムに集中できるように、私が死ぬ気で支える。これが、私の覚悟」
史華は床に膝をつき、頭を深く下げた。2つ年上のプライドをすべて捨て去り、震える声で許しを請う姿に、薫は深く、長いため息をついた。
「……一回だけだからな。次はない」
薫は史華の肩を掴み、ゆっくりと引き起こした。
すぐには元の関係に戻れないかもしれない。けれど、どん底の痛みを経て、二人の関係は「ただ甘やかす同棲」から、お互いの人生を背負う「本当のパートナー」へと、血を流しながら生まれ変わろうとしていた。
一方、2Kのアパートで暮らす香織(18)と紗季(18)の間にも、静かな涙が流れる夜があった。
「ごめんね、香織……本当にごめんね……」
ある日の深夜、専門学校の課題と深夜までのコンビニバイトに追われ、心身ともに限界を迎えていた紗季が、突然ベッドの中で声をあげて泣き出してしまった。

「紗季、どうしたの?」
驚いて目を覚ました香織は、すぐに紗季の異変に気づき、その華奢な身体をそっと力強く抱きしめた。
「だって……香織は朝早くからビルクリーニングでクタクタになるまで働いて、私の学校のために頑張ってくれてるのに……私、これっぽっちしか役に立てなくて……。事実婚なんて言ってくれたのに、私、香織の隣にいる資格ないよ……」
涙で顔を濡らし、自分を責め続ける紗季。
その健気で、あまりにも自分を想ってくれるが故の涙に、香織の胸は締め付けられるような愛おしさでいっぱいになった。

香織は優しく紗季の涙を親指で拭い、そのおでこを自分のピタッとくっつけた。
「資格なんて関係ないよ。私はね、紗季が2年後に無事に専門学校を卒業して、ちゃんとお仕事が始まるのを、誰よりも楽しみにしてるの。今は私がちょっと多めに出してるかもしれないけど、それは先行投資。紗季が卒業したらさ……今度は私が、いっぱいいっぱい紗季に甘えるから」
「香織……っ」
「だから、今は私に支えさせて。二人で一つの人生なんだから。ね?」
香織の温かい言葉と、背中を優しく撫でる手のぬくもりに、紗季はしゃくりあげながらも、深く、深く頷いた。
「うん……私、絶対、世界一の医療スタッフになって、香織を幸せにする……!」
「うん、期待してる」
二人は暗闇の中で、何度も、何度も深いキスを交わした。
身体の相性だけでなく、心の一番深い部分で傷をなめ合い、支え合う。その夜の涙を経て、香織と紗季の愛は、もはや何者をも寄せ付けないほど、強固で美しいものへと昇華していった。
バラバラになった小田切家の子供たち。
薫は裏切りを乗り越えた「大人の覚悟」を。
香織は最愛の彼女を支える「大黒柱の責任」を。
狭い2DKのアパートから飛び出した兄妹は、それぞれの歪みや苦しみを抱えながらも、自分の愛する人と共に、確かな一歩を刻み続けていた。





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Last updated  2026.05.31 04:59:19
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