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青海のテレコムセンタービル21階の展望室東側は、東京港とその埋立地の施設を望むことが出来る。南東方面に、港内東側航路を跨ぐ東京ゲートブリッジが見える。南の眼下には、青海の巨大なコンテナターミナルがある。 北東方面にビッグサイトや有明埠頭が見える。ゆりかもめ線青海駅の東側、大観覧棟の跡地むでは、大型再開発プロジェクト工事が進んでいた。来年秋の開業をめざす、新アリーナの「トヨタ アリーナ東京」だ。全天候型のスホーツ施設(バスケット、バレーボール、パラスポーツなど)がお台場地区にできる。 展望室から2隻の「RORO船」が見えた。中央防波堤に接岸していたのは、日本通運の「ひまわり8」10,620トンで、東京-苫小牧・釧路間を運航。10号地埠頭西側岸壁には、近海郵船の「しゅり」9,800トン、東京-大阪を主に運行。RORO船は、トレーラシャーシがそのまま乗り込める。写真1 テレコムセンター展望室からの南東景色。写真2:青海・有明地区に建設中のトヨタアリーナ東京。写真3 港内東側航路とビッグサイトの建物。写真4 青海コンテナターミナルと港内西側航路。写真5 近海航路株と日本通運株のRORO船。写真6 21階展展望室の東側エリアの様子。
2024年09月22日
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江戸川沿いの稲刈りは終わった。納屋や倉庫で乾燥等を行い出荷する。品質低下が予想される倒れたイネは、最後に刈り取られる。各農家にコンバイン機があるので、刈り取り、脱穀、風選を同時にしてくれる。そして乾燥、籾摺り、選別、袋詰と一連の作業があって、初めて流通に出る。コメの品薄感は消えたが、値段が1.2倍以上する。高値のコメが店頭に並んでいた。 今年の夏は、猛暑、ゲリラ雷雨、コメ不足などで例年より早く、イネの刈入れが行われた。9月に入っても猛暑日がつづいた。一度刈り取った稲から孫(ひこばえ)の生育が著しい。西日本では、「ひこばえ」から再度コメを収穫する試み(再生二期作)が行われている。田植えは1回、収穫は2回。利点があるが欠点もあるという。 今年の残猛暑を裏付ける記録がある。9月18日の東京は猛暑日だった。これは、観測史上最も遅い記録。1942年の9月12日を大幅に記録更新した。長びく残暑、9月の電気代を見たくない・・。写真1 稲の刈入れ直後(9月上旬)。写真2 刈入れ後豪雨に遭う。写真3 田圃が青々して来た(9月18日)。写真4 稲孫・「ひこばえ」が急速に発育した。写真5 倒れた稲と店頭に並んだ新米。写真6 稲刈時期の富士山。
2024年09月21日
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利根運河口付近の江戸川土手から「中秋の名月」を眺めた。この辺りからだと満月は、大型物流施設の背後から昇って来る。江戸川左岸の田圃では、ほとんど稲が刈り取られコメとして出荷されている。一部、雷雨等で倒れたイネが放置(乾燥)。また土手には、ススキが見当たらない。芒に似たオギ(荻)が沢山生えている。 2024年の「十五夜」(中秋の名月)は、9月17日となっている。しかし、天文学的の満月は、翌日となっている。旧暦の季節・秋は、7月から9月なので、その真ん中にあたる8月15日が中秋にあたる。地球・月・太陽の運行か関係から満月と1日の差異が生まれた。 我家でもささやかに、月見団子(15個)を添えて食後デザート(あん付けて)として食べた。お月見の風習は、ちょうど米の収穫期と重なっていたことから、コメの粉で満月のような団子を作り、供えるようになったとされる。来年の豊作を願うもの。今年の夏、「令和のコメ騒動」があった。来年も同じように、コメ不足の夏になるのだろうか・・。写真1 9月17日17時半の中秋の名月。写真2 利根運河口から中秋の月を望む。写真3 東空に浮かんだ十五夜月。写真4 大型物流施設と中秋の月写真5 青い縦帯(反薄明光線)。写真6 十五夜の月見と団子。
2024年09月19日
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江東区青海にあるテレコムセンタービルの展望室を訪れた。この建物は、門型のデザインが特徴で、昔話題となった。東棟と西棟があり、展望室は東棟の21階(地上高さ99m)にある。入場料は500円。日本夜景遺産にも登録されており、臨海都心の美しい夜景が見られる。 展望室の視界は、北側(都心側)と東側(東京港)に分かれる。北側の景色は、レインボーブリッジ、東京タワ、麻布台ヒルズなど東京を代表する景色が広がっている。日中は、訪れる人が少ないので、ゆったりと時間を過すことが出来る。ソフトドリンクを持参した。写真1 テレコムセンター展望室からの北景色。写真2 品川方面を望む。写真3 船の科学館と首都高速8号と11号とのJCT。写真4 21階西側のフロア。写真5 ビュースペースと喫煙所。写真6 テレコムセンタービルと記念写真場所。
2024年09月18日
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六月中旬から咲き始めたサルスベリが9月の酷残暑に負けずに咲き続けている。今年の夏は、昨年に負けず劣らず暑(熱)かった。日本の四季では、6月から8月の3か月を夏としているが、そろそろ9月も夏の仲間にいれたらどうか・・。 サルスベリ(百日紅)は、その名の通り約100日間もの長い間、咲き続けることが出来る。この耐暑性の生命力は何処からくるのだろうか。公園や庭園そして街路を華やかにしてくれる。独特の滑らかな幹の感触と鮮やかな花々が魅力的な花だ。 夏、散歩していると花壇や鉢に色どりどりの花を見かける。しかしこの時期、目線より高い花木では、ほとんどが百日紅。近隣の公園・校舎や江東区青海の「水の広場公園」で見かけたサルスベリを保存する。写真1 学び舎の門近くの百日紅。写真2 猛暑に負けない紅の花。写真3 空地の紅白サルスベリ。写真4 海辺の百日紅。写真5 広場のサルスベリ。写真6 夏の公園に彩をそえる百日紅。
2024年09月17日
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早朝の西空が印象的だった。淡いピンク空から青い帯が伸びていた。日の出前の陽が赤く染めた薄い雲に、雲の影が帯のよう重なったのだろう。西の彼方から青い帯が出現したような感覚になった。 昇り始めた朝日は、東の空に広がる低層雲を紅く、更には黄金色に染めた。江戸川土手から見ると、大型物流施設が燃えているようにも見える。今日も湿気と暑さに悩まされる一日になりそうだ・・。写真1 淡い外と青い帯。写真2 日の出前の西の空。写真3 東空の朝焼け雲。写真4 大型物流施設が燃えているような・・。写真5 黄金色に輝く朝焼け。写真6 淡く染まる雲景色。
2024年09月15日
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小樽市内を横断する臨海道路の勝納交差点から南西に進むと、国道5号線に出る。800メートルの直線で緩やかな坂道を上ると、龍徳寺前交差点に着く。そこから山側に進むと、龍徳寺の山門が見える。住所は小樽市真栄。この坂道は参道のように思える。お盆前には骨堂を訪れ、花と線香を捧げた。 海雲山龍徳寺は、市内で最も古い寺院の本堂を有している。市の歴史的建造物にも指定されており、多くの訪問者がある。創建は1857年(安政4年)とされ、1874年(明治7年)に市内の若松から真栄へ移転した。宗派は、越前・永平寺を総本山とする曹洞宗。 本堂に隣接する古い金毘羅殿がある。客殿では、明治時代の北前船主によって奉納された船絵馬が8面、梁に掲げられている。金毘羅は海の守り神として知られ、船乗りや商人から深く信仰されていた。船絵馬以外にも、明治から昭和初期にかけての絵画や写真があり、これらは貴重な資料。写真1 海雲山龍徳寺の本堂。写真2 納骨堂から日本海を望む。写真3 本堂内陣と禅の象徴の達磨水墨画。写真4 欄間の豪華の彫刻。写真5 山門と金毘羅堂。写真6 金毘羅殿に展示されている船絵馬その他。
2024年09月14日
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三郷流山橋から見た増水した江戸川は、本流が濁流となり流速が速かった。江戸川右岸の河川敷(埼玉県側)は冠水し、運動場は茶色の水に浸かっていた。ラグビーゴールポストが水中に立つ様子が見えた。 三郷流山橋は、江戸川に架かる有料道路で、三郷市と流山市を結んでいる。昨年開通したこの橋は、県道52号を通じており、長さ約500メートルの鋼桁橋です。歩道は床版の下流側に広く設けられているため、安全に散歩を楽しむことができる。全長は往復1キロメートル。江戸川の風を感じながら歩いてみよう。 各河川には、防災を目的とした3つの水位基準が設けられている。(1)氾濫注意水位:これは警戒水位とも呼ばれ、河川敷が冠水する可能性のある水位。(2)避難準備水位:特別警戒水位とも称され、避難の準備を始めるべき水位を指す。(3)氾濫危険水位:これは計画高水位に相当し、堤防の崩壊を引き起こす可能性のある水位。幸いなことに、江戸川では過去30年間で(3)の水位に達したことはない。一般的に、堤防の設計には60cmの余裕が加えられている。写真1 三郷流山橋の左岸(流山)側。写真2 江戸川左岸の流れ。写真3 橋歩道から川中央部を覗く。写真4 江戸川右岸河川敷の冠水状況。写真5 江戸川の上流を望む。写真6 三郷流山橋の下に赤い常磐道橋梁が見える。
2024年09月12日
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港と坂の街・おたる。その玄関口の小樽駅に、シンボリックなものが飾られている。硝子ランプと鐘だ。それぞれ小樽の歴史を物語るアンティーク品。 明治から大正にかけて小樽は、生活必需品の「石油ランプ」と漁業で使用する「ガラス浮き球」の製造で、ガラス工業が盛んだった。小樽駅舎のエントランスホールのランプカーテンやホームの明り取りなど、計333基の硝子ランプ設置されている。これらのランプは、駅に着いた人々を出迎える。 駅正面玄関に「むかい鐘」が設置されている。自由に鳴らすことが出来る。構内スピーカーが普及する前は、列車の到着を知らせるのは鐘であった。上り列車と降り列車で打数を変えていた。1番線・2番線ホームに、「むかい鐘」のミニチュアが置かれている。鐘は、鉄道と人、ひとの心を結び付ける響きがある。写真1 小樽駅舎内の硝子ランプカーテン。写真2 駅エントランスの天井。写真3 ホームからランプカーテンを見る。写真4 ホームの軒下ランプ。写真5 驛玄関のむかい鐘とホームのミニチュア鐘。写真6 駅前から運河に通じる坂道(中央通り)。
2024年09月11日
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東京青海のクルーズターミナル(東京CT)に、美しいイタリア帆船「アメリゴ・ヴェスプッチ」が寄港した。船の規模は、全長100m×3本マスト×帆26枚×3410トン。イタリアと日本との交流を目的に、8月25日から8月30日まで停泊。「旅するイタリア大使館」と呼ばれている。知人から写真が送られて来た。 アメリゴ・ヴェスプッチ号は、1931年に竣功した、イタリア海軍の練習帆船。その船名は、新大陸アメリカを発見したイタリア人の名前に由来する。2023年7月イタリアのジュノバを出発して、31か国(36の寄港先)を航海する。22か国目の寄港先が東京だった。 ヴェスプッチ号は、次の目的地はであるオーストラリアのダーウィンへ向かっている。台風期の大平を南下している。乗組員410名の無事を祈ります。写真1 東京CTに寄港したイタリア帆船。写真2 東京発入港の交流イベント。写真3 東京青海に停泊の美しい帆船。写真4 アメリゴ・ヴェスプッチ号。写真5 東京出航後の行き先は豪州ダーウィン。写真6 東京国際クルーズターミナル(2024年4月)。
2024年09月09日
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江戸川土手から雲湧き上がる筑波山を見た。この朝、緩やかな南風が吹いていた。標高877mの筑波山は、独立峰なので、色々な雲を作り出す。南西の方角に富士山が見えない場合、しばしば筑波山頂付近にレンズ雲、笠雲などが現れる。 筑波山に向かって少し離れた場所に、小さな山がある。しかし煙のような湧き雲に埋もれていた。小さな山は、茨城県石岡市の郷土富士で、「柿岡富士」と呼ばれている。標高152mの富士山(ふじのやま)が山火事を起こし、煙を上げているようだ・・。写真1 雲が湧き上がる筑波山。写真2 筑波山と煙雲の中の柿岡富士。写真3 大きな笠雲。写真4 笠雲が割れてゆく。写真5 雨後の江戸川と稲穂状態。写真6 流山市クリーンセンターの煙突。
2024年09月08日
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北大キャンパス内へ。北9条の正門から入り西に進むと、レトロな建物が点在している。古河講堂や旧札幌農学校時代のものが残っている。4件の国の登録有形文財が林の中に建っている。朝の静かな時間帯に散歩した。その時、木蔭を動き回るエゾリスに出合った。 古河講堂は、明治42年に建てられた旧東北帝国大学農学校。足尾銅山で財を成した古河財閥が寄付した建物。現在、文学研究科の校舎として使用している。内部にはいれるのは、北大関係者のみとされる。 古河講堂からさらに北に進むと、若草色の屋根が特徴の平屋の建物がある。旧昆虫および養蚕学校を改修した「北海道ワイン教育センター」(2023年4月に開設)のようだ。隣接して、旧札幌農学校図書館の赤い屋根の建物(明治35年に竣功)が佇んでいる。近代文化の発信地にもなった建物。写真1: 北海道大学構内にある古河講堂。国の登録有形文化財です。写真2 華麗な外観の建物。写真3 旧札幌農学校の建物。現在はワイン教育センター。写真4 旧札幌農学校の図書室他。写真5 石積み書庫とエゾリス。写真6 北大の正門と南門。
2024年09月06日
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江戸川を散歩していると、虹を見かけることがある。江戸川土手を歩くのは、もっぱら朝が多い。夕方は、羽虫などが舞っているので避ける。但し、冬は夕日・ダイヤモンド富士を観にでかけるが・・。玉葉橋の近くで、短い虹に出合う。 半円ではなく、長さが短い虹。不連続の虹とも言える。雨と晴が入れ替わるような日に、虹がよく現れる。そした太陽高度が低いほど、大きな虹となるとされる。青い空に、大きな七色の虹を見ると、幸せな気分になる。短い虹でも、ささやかな幸せをもたらしてくれそうな気がする。 今年の4月、駿河湾沖で海上虹をクルーズ船から見ることが出来た。日没直前の短い虹だったので、垂直に立っているようだった。上に伸びる縦虹は、目標や夢に向かう意志を感じさせてくれる。写真1 玉葉橋と短い虹。写真2 1/4円の淡い虹。写真3 上空で消えてゆく虹。写真4 橋を挟んで「短い虹」が出現。写真5 翌日も短い淡い虹が現れた。写真6 以前見た、駿河湾の海上虹(二重虹)。
2024年09月05日
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札幌駅から大通公園方面を向かう場合、ほとんどの観光客は、地下歩道を歩く。風雨、積雪そして強い日差しを避けることができ、かつ信号待ちも無い。従って、駅南口の広場に寄る機会がない人が多い。大丸デパートの野外イベントを除いて・・。 駅南口の東側にベンチのある休息処に、5体のブロンズ像「牧歌」がある。彫刻像は、北海道を象徴するポプラの若木、トウモロコシ、そしてスズランをもった3人の女性。その両脇で、角笛を吹く男性と子羊を抱く男性が見守っている。60年前から札幌駅のランドスケープであり。待ち合わせ場所だった。 牧歌の像は、昭和35年に設置。札幌出身の彫刻家・本郷新氏の作品。古い札幌駅では、駅前の西側に設置されていた。当初の像は、駅前通を向いていた。1990年の南口再開発の際に現在の位置に復元された。本郷氏の作品はこの他に、大通公園の「泉の像」そして広島平和公園の「嵐の中の母子像」などある。写真1 札幌駅前の5体のブロンズ像。写真2 札幌駅前広場と牧歌像の位置。写真3 新旧札幌駅における牧歌像の位置。写真4 駅南北自由通路部と「星の時計」。写真5 駅前通りを望む。写真6 大通公園の「泉の像」と広島平和公園の「嵐の中の母子像」。
2024年09月03日
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玉葉橋を渡って、埼玉県側の江戸川右岸へ行く。右岸土手から夏富士など、遠くの山を眺めた。夏に富士山や赤城山のシルエットを見かけることはめったにない。前日の雨で、空気が澄んでいた。 北東の方角に、日本百名山の筑波山が見えた。「西の富士、東の筑波」と呼ばれ、朝夕に山肌の色を変えるかとから「紫峰」と呼ばれた。男体山(標高871m)と女体山(標高877m)の二つの峰を持つ、古くから信仰の山。 台風10号は、一時925hpaまで発達して、8月29日8時頃薩摩川内市付近に上陸(955hpa)した。その後ゆっくりと、四国、関西に向かうようだ。宮崎県では降り始めから800ミリを超す雨量をもたらした。台風から遠く離れた場所でも、災害・交通に大きな影響が出ている。コメ不足の列島、更にコメ不足が続きそう・・。写真1: 江戸川にかかる玉葉橋を渡る。写真2 江戸川から観る富士山。写真3 右岸土手の富士見景。写真4 赤城山と日光連山を遠望。写真5 紫峰とも呼ばれる筑波山。写真6 スカイツリー方面と台風10号の動き。
2024年09月02日
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