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感動が出来る人生の過ごし方
教えて頂いたこと64
マイナスに考えマイナスに表現したら、マイナスの生存となる結果をもたらすのを悪といいます。
悪というのは、マイナスの生存の結果をもたらします。
善というのは、プラスの結果をもたらします。そのような思考であり、感情であり、行いの種です。これをプラス善と言っています。
目先で欲求を満たす事をしてしまった。この目先のマイナスの感情に流されてマイナスをした事が本当に自分の一生にプラスかどうかです。
善とは、そのときはつらいけれども、後で結果的にはプラスになる事です。感情は、常に刹那的であす。熱いという感情は、喉元すぎれば、実感はそのときしかありません。
例えば、おいしいお菓子を食べて、プラスの実感を持つと、食べて良かったな、ああ良かったなとなるのです。これが、心豊かに、生きる味わいとなるのであす。そして生存がプラスとなるのです。
生存を、より広く、より長くプラスにしていかなければなりません。より広くとは、己だけではなく、一家だけではなく、全人類、全生物に、他のものに、よりプラスを与えていくことです。今は、一寸つらいけれども、頑張ってもっと大きなプラスをもたらすことです。これを善といいます。種をまき、一生懸命育て、素晴らしい収穫をたくさんしました。これを善といいます。
目先で感情を満たしたとしても、後で結果的にもっとつらい事がきます。これを悪といいます。今、目先の感情で、ああだ、こうだといい、そして結果的には人間関係をその感情で駄目にする。これを悪といいます。
自己防衛と自分の我を満たしたいが為に、己の感情に左右されて、その感情をコントロールできない。これを悪といいます。そして己自身をマイナスにしてしまいます。
教育改革にしても、其の人の観念を切り換えなければ、制度をいくら変えても人間は変わりません。
己の人間性、己の中身を変えないと制度を変えても本当の改善はありえません。本当に中身から、根本から変えようとするのは、制度が問題ではなく、私達の実感が問題です。
しかし、その実感は理性的判断力、思考という問題に由来します。
マイナスの思考は、マイナスしか考えられません。そしてマイナスの実感を持ちます。癪にさわりますとその行動しかしません。マイナスの感情の行動しかしません。感情に左右されてその様になってしまいます。それが全てになってしまっています。
感情がより広く、より長くなるのが善といいます。自己の生存は他の生存に直結しています。自他一如であります。つまり、他のことも我が事であります。
感情がより刹那的、より短く、より自分だけ、より小さいものを悪といいます。猫が目先で魚を取るように、人類も長い目で見たらその様な事をしています。
生命性に目覚めた神性意識のある人は、生きるのは素晴らしいと、その前提と感動にたって生きられるのです。
同じ一日生きる生き方が恐怖に生きるのではなく、今日一日が感動で生きるのです。生存を感動で生きなければなりません。
与えられている人間関係、職場や家庭、今、与えられている運命・環境のこの中で最大の、最高の、最善の喜びと感動をもって通るのが悟りです。
その為には、実際プラスの種まきをするのであります。その為には実感がプラスでなければ出来ません。感情がプラスになるのには、プラスの思考をしなければなりません。プラスで判断しなければなりません。
プラス思考、プラス善、マイナス悪、一人一人がマイナスの行いをするとマイナスの蓄積となる地球となってしまいます。
今この生きている感動を神実感してみる事が大切であります。思い方一つ、感じ方一つ、判断し方一つ、プラスでもっともっと判断してみる必要があります。
その為に、プラスの思考をし、理性的判断をプラスにし、プラスの実感をもって生きていかなければなりません。
なる、また普遍(空間を越えた、何処でもという事)なる存在であるからです。
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