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近年、日本の社会では、リーダーの資質として、「才覚」が重んじられてきました。たとえば経済界では、才能にあふれ、顕著な功績をあげた者が、社長など経営トップに任命され、高く遇されています。しかし私は、咋今の不祥事を見るにつけ、それだけで評価してはならないと思うのです。「才子、才に溺れる」といわれるように、才能をもって成功を収めたリーダーが自分の力を過信して失敗してしまうケースがあまりに多いからです。優れた「才覚」の持ち主であればあるほど、その力をコントロールするものが必要となってきます。それが、いわゆる「人格」というものであり、その「人格」を高めるためには、哲学や宗教など聖賢の教えを通じて、「人間としての正しい生き方」を繰り返し学ばなければなりません。
「才党」あふれるリーダーも、この「人格」の大切さは十分知っており、哲学や宗教についての知識も持っています。しかし、知っていることと実践できることは違うのです。多くのリーダーが、「人間としての正しい生き方」などは一度学べば十分と思い、自分の血肉になるまで繰り返し学ぼうとしません。そのために、才に溺れるリーダーが続出するのです。スポーツマンが毎日鍛錬しなければ、素晴らしい肉体を維持できないように、人間は少しでも心の手入れを怠るとすぐに堕落してしまいます。
◎プリミティブな教えを徹底して守り通す
では、「人間としての正しい生き方」とは、どのようなものでしようか。
それは、
リーダー、たとえば大企業の社長たちに、このようなことを問えば、
「一流大学を卒業し、トップにまで登りつめた自分に失礼だ」と 一蹴 されるかもしれません。
しかし実際には、そのような大企業のリーダーが、プリミティブ(基本的)な教えを守ることができなかった、あるいは社員に守らせることができなかったから、企業不祥事が続発したのです。
実際、平成十四年に日本の新聞紙上をにぎわせた、雪印や日本ハム、三井物産、東京電力などでは、業績に影響を与える事象が生じたときに、「欲張り」、企業の利益を優先しました。また、その事実が発覚しそうになったときに、「嘘を言い」、「人を騙し」、事実の 隠蔽 に走ったのではないでしょうか。
いま、社会倫理の回復を図るために、法制度などの厳格化を求める意見もありますが、私はそれよりも、この「欲張るな」、「騙してはいけない」、「嘘を言うな」、「正直であれ」というような、「人間としての正しい生き方」を示した、単純でプリミティブな教えを、まずは社会のリーダー自身が徹底して守り、また周囲に守らせるほうがはるかに有効であると考えています。
最近発党した企業不祥事は、氷山の一角に過ぎず、日本の社会にはまだまだ多くの不正が隠されているのではないでしょうか。そうであれば、私はリーダーを筆頭にわれわれ日本人のすべてが、先に述べたように、心の手入れを怠らず、プリミティブな教えを頑なに守り通そうとする、 生真面目 な社会をつくることが、一見 迂遠 に思えるものの、日本を再生するための最善の策であろうと思います。
日本は現在、危機的な状況にありますが、私は日本人が本来持っている、このような高い倫理観や勤勉性を取り戻すことにより、必ずや復活できると信じています。
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