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ストレスに負けない生き方
筑波大学大学院 医学系・教授 松崎一葉
いま、会社で心を病む人が増えているという。しかし、同じ環境で働いても病む人と病まない人がいるのはなぜだろうか。ストレスに負けず、賜った生命を存分に発揮するために大切な心がけを、筑波大学教授で産業精神医学が専門の松崎一葉先生にお話しいただいた。
【企業を悩ます未熟型うつ病】
日本企業にメンタルヘルスという概念が定着して久しくなります。いまや厚生労働省が旗振り役となって職場内のメンタルヘルス対策を呼びかけていることも、現代社会において会社で心を病んでいる人がいかに多いかを物語っています。
私もこれまでいくつかの企業に精神科産業医として関わってきました。確かにここ数年、ストレスから「うつ病」をはじめとするメンタルヘルス不全に陥り、休職や退職していく人が増えているのは事実です。しかし私が気になるのは、その傾向が以前と変わってきていることです。
かつて日本の高度経済成長期を支えた企業戦士の中にも、うつ病になる人はいました。従来タイプは「メランコリー親和型」と呼ばれ、次のような特徴がありました。
・社会的役割への従順
自分は杜会でこういう役割を果たさねば、と強く思う
・規範への好意的同一化
倫理観や常識を重んじ、そのとおりに生きていかねばと強く思う
・秩序指向性
自分の中に秩序があり、それを守っていかねばと思っている。例えば書類の書き方など、周囲は「そこまでやらなくてもいいよ」と言っても、完璧を求めて自分のこだわりを貫き通す
概ね彼らは真面目で仕事熱心、「うつ病だから少し会社を休みなさいと言われても、「うつ病になるのは自分が弱いからだ。休んで皆さんに迷惑をかけるのは申し訳ない」と、自分を責めて働き続けてしまいます。
最近一部の若者に見られる「うつ」の症状 はこれとまったく正反対です。学問的には「ディスティミア親和型」とも言われ、要は人間的に未成熟なことから環境に適応できず、うつ状態になるため、「未熟型」とも呼ばれています。
彼らは社会的な役割などには無関心で、とにかく自分が大好き。自分が第一なので、自分が納得できない規範を守ることにストレスを感じます。
そして心身の不調を感じると、自ら「私はうつ病です」と名乗り出て傷病休暇を申請。中には「自分をうつにした会社が悪い」と労災を中請したり、パワーハラスメントで訴訟を起こす人までいます(現在、私も証人として二件の民事訴訟に関わっています)。つまり自身の不適応に対して内省せず、他罰性の強いことがその特徴の一つです。
療養休暇中は、「これまでのストレス発散」という名目で趣味を満喫。実際、私が対応したケースにも療養中にグアムにサーフィン旅行に行った人までいました。
従来のうつ病ならば、すべてのことに興味と喜びを失い、「お父さん、せっかく休みをもらってるのに、あれだけ好きだったゴルフをやらないなんて」と奥さんに驚かれたりするわけです。究極的にはトイレに行くことすらおっくうに感じて、その場で失禁してしまうこともある。それがうつ病です。
未熟型うつの人たちは決して仮病を使っているのではなく、会社で、好きではない勤務をするなど、自分が抵抗を感じることに直面すると実際に抑うつ症状が出現することは確かなのです。ですから心療内科を受診すれば「抑うつ状態」という診断書が出されますから休職させないわけにはいきません。好きなことはできるけど、嫌いなことはできない。かつては「自分勝手」と一刀両断されたこのような事態も、うつ病の社会的認知度が上がったために、企業も「病」として認めざるを得なくなってきたのです。
【社員を大切にすることは即投資である】
未熟型の特徴としては、従来型が秩序を重んじたのに対し、秩序には否定的で、例えば「コピーは揃えて取りなさい」と上司に注意されると、「いいじゃん、別に。これでも分かるし」と思う。そして「俺はいまこの会社で働いているけど、自分の能力をもっと発揮できる会社があるに違いない」という漠然とした万能感を抱いていて、結果的にいろいろな会社を渡り歩く人が少なくありません。
これらの原因の一つには、恐らくテレビゲームの影響があると私は考えています。ゲーム中、うまくいかなくなると子供はどうするか。リセットボタンを押して、もう一度最初からやり直します。
それと同様に、入社して少し努力をしても期待したような評価が得られないと、あたかもゲーム機のリセットボタンを押すかのように会社をリセット、つまり安易に辞めてしまうのです。
そうして行きつく先がフリーターや派遣です。昔なら「会社を辞めたら食べていけないよ。せっかく入ったんだからもう少し我慢しようよ」と言って説得することもできたでしょうが、いまは安易に派遣業へと流れていってしまいます。私の関わった患者さんの多くもそうでした。
話はそれるようですが、昨年末、世界的大不況の波を受けて大手企業が派遣社員との契約を打ち切った「派遣切り」が大きな社会問題となりました。もちろん個々人の事情はあるでしょう。しかし総じて言えば、彼らは自ら「派遣社員」としての自由な働き方を選んだはずです。
一方、正社員を雇うよりも、うまく派遣社員を使うほうがコスト面から効率がよいと考える経営者が増えたことも事実です。
以前は終身雇用が多くを占めましたから、経営者はある意味でその人の人生を預かる気概で社員を雇っていました。だからこそ、時には怒鳴られたり叩かれたりしながらも、「なんだかんだいっても、親父さん(経営者)は俺たちのことを考えてくれている」と感じて社員たちはついていったのです。
かつての日本型経営の根底に流れていたもの、それは「情」ではなかったかと思います。明文化された規則ではないにせよ、労働者側にも経営者側にも、心情的に「これは」なければならない」「これはしてはならない」という信義がありました。
効率を求めるアメリカ式経営を導入し、情は無駄だといってどんどん切り捨てた結果、今日のような騒動に発展したのではないでしょうか。また、職場間の対人関係に悩んでストレスを抱えたり、心を病んでしまう人が後を絶たない原因も、そこにあるような気がしてなりません。
いまはどの企業でもCSR(Corporate Social Responsibility =企業の社会的責任)を考える時代になりましたが、その大原則は「ステークホルダーは互いに影響し合う」ということです。ステークホルダーとは利害関係者という意味で、株主や取引先、行政や圧力団体など、企業活動を行う上で関わるすべての存在を指しますが、この時、経営者が従業員を重要なステークホルダーとして認識しているかどうか、それが非常に重要なのです。
そこで私が経営者の皆さんに事例としてよくお話しするのは、和倉温泉の加賀屋さんです。加賀屋さんは約四半世紀にわたり「プロが選ぶ日本のホテル・旅館100選」で上位をキープしている日本を代表する温泉旅館ですが、その秘訣は何かといえば、社員教育に力を注ぐと同時に、社員が安心して働ける環境を整備しているからだと聞いています。例えば託児所や社員寮を完備し、子供のいる女性が仕事に専念できるよう手厚く保護をしているのです。
つまり従業員が懸命に働ける環境を整え、手厚く保護する。すると従業員の職務満足度が増し、彼らが提供するサービスの質も上がる。それによって顧客の満足も向上し、業績が伸び株価も上がっていくという繋がりがあります。
私は経営者の皆様にそういう観点からメンタルヘルスを考えてほしいと思っています。「うつ病の社員を出さないようにするにはどうしたらいいか」というリスク管理的な側面だけでなく、仕事熱心な社員が安心して働ける環境を整えれば、それに比例して職員も満足し業績も向上する。そういう前向きな投資的視点で総合的な予防的メンタルヘルス対策を考えていただきたいと切に願っています(参照:拙著『会社で心を病むということ』)。
【ストレスに負けない三つの感覚】
話を戻しましよう。
同じような環境で、同じような仕事内容で働いていても、病気になる人とならない人がいます。それはなぜでしょうか。
うつ病に限らず、すべての疾病は環境要因と個体要因のバランスによります。例えばどんな屈強な男性でも、何日も寝ないで重労働に従事すれば体を壊してもおかしくはありません。それが環境要因です。一方で本人の資質に起因する病もあり、特に精神的な病の場合、その人のストレスの感じ方によるところも大きいでしょう。
その昔、医療社会学者のアーロン・アントノフスキーがユダヤの強制収容所から生還した人たちの健康調査を継続的に行ったところ、一部の人たちはとても長生きをしたことが分かりました。そしてその人たちは、共通して次の三つの特性を持っていたと報告しています。
一、有意味感
つらいこと、面白みを感じられないことに対しても、意味を見いだせる感覚。明日ガス室に送られるかもしれない中でも、自暴自棄にならずに、きょうの労働に精を出せること。
我々のレベルに置き換えると、望まない部署に配属されても、「将来なんかの役に立つかもしれないし」と思って前向きに取り組めることといえます。
二、全体把握感
先を見通す力、とも置き換えられるかもしれません。つらいことに直面すると、人は一生それが続くように感じてしまいますが、「ひとまず夜がくればこの過酷な労働も終わりだ」とか、「いつかは戦争が終わって解放されることもあるだろう」と思えること。
仕事に転じれば、例えば今週は忙しくて土日出勤になったとします。「なんて忙しいんだ」と思うのではなく、「今週は休めなかったけど、来週のこの辺は少し余裕ができるから、そこで休めるな」など、先を見て心の段取りが取れること。
それはそのまま仕事の段取りに通じます。「来週のこの辺で忙しくなりそうなので、他部署からヘルプをお願いできませんか?」と、パニックになる前に助けの要請を出せることで、自分もチームも円滑に仕事が回せるのです。
三、経験的処理可能感
つらい強制労働など、最初はこんなことは絶対にできないと思っても、「そういえばあの時もできないと思ったけど、意外とできたよな。今回もできるんじゃないかな」と思えること。
初めて手がける仕事でも、過去の経験からこの程度まではできるはず、でもその先は未知のゾーンだと冷静に読める。ただ、その未知のゾーンも、あの時の仕事の経験を応用すればできるかなとか、あの人に手伝ってもらえそうだなと把握できる感覚です。
また、大きくとらえれば、学生時代に努力して練習したら大会で優勝できたじゃないかとか、先生に無理だと言われたが、頑張って勉強したら志望校に合格できたから今回もできるのではないか、と思えることも、経験的処理可能感といえるでしょう。
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