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今朝、「今日は雨ですが、ピアノを運ぶのを別の日にしましょうか?」とわざわざ運送会社の方が電話してくれました。しかし、すぐに受け取りたかったのと、なんとなく天気は大丈夫な気がしたので「今日でお願いします!!」とお願いしました。三時頃ピアノはやってきました。思ったとおり雨は上がってラッキーでした。下の子は学校から帰ってきていたので、運び込まれるとき本当に大喜び。私もわくわく。二人で連弾したり、順番で弾いたりしていると上の子も帰ってきました。スカイプで実家につないで、プチ演奏会をひらいたり。その後も、「代わって!!」「弾かせて!!」と、三人で交代しながらピアノを楽しみました。今は、渋めの茶色い布(バティックでも、イカットでもない、アジアのどこかの布)をかけているんですが、白いリビングにはちょっと重過ぎるので、今度、リネンでシンプルなピアノカバーを作りたいな。
2009.06.30
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昨日、午前中は絶好調だった私。しかし、やっぱり張り切りすぎて午後からがっくりときちゃいまして、激しい頭痛が今朝まで続きました~(涙)家事が全くできないので、お薬飲んじゃいました。くやしいけど西洋薬は効くの早いねえ、やっぱり。普段使っていない筋肉を使ったり、伸ばしたりしたうえ、いつも以上に働いたからびっくりしちゃったんだね?私の体。いつも本当にごめんよ。もっと、ゆっくり、じっくり物事に取り組めるようにしますから。今日はピアノがやってきます。あと少しお部屋のお掃除をして、到着を待ちます。
2009.06.30
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本日 三回目の更新です。どうしたことか、書きたいことがたくさんあって、止まりません。今度は、七夕のイベント紹介PART2です。Eiko@アンドロメダさんの七夕イベント「満月の七夕をみんなで楽しもう~♪イベント!!」7月7日(火)19時~23時59分までです。前回、夏至のときにも、参加者が思い思いの楽器を奏でたり歌ったり踊ったりして、楽しい時を共有しました。といっても、みんなが集まったわけではないのですが、時と場所を越えて、魂でご一緒したわけです。私は、とっても楽しかったです。なんのこっちゃと思う方もいらっしゃるかな。その時間にEikoさんがクリスタルボウルを奏でてくださるわけですが、それと同じ時間(もしくは違う時間でも)に思い思いの方法で参加して七夕を楽しむわけです。文章がちょっとわかりにくいですね。Eikoさんのブログを見てくださったほうが良いかも。ブログを読んでわかったのですが、その日は満月なんですね?なんだか、ブラボーな一日になりそうです。
2009.06.29
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本日二回目の更新です。今度の七夕、各地でさまざまな催しがあって、本当に楽しみな一日なんですが、あざみ野のアートフォーラムでも、素敵な上映会があります。長野の小学校で催された「全校音楽劇・望月の駒」という作品です。(上映会のパンフレットが見れます)長野県の4つの小学校が統合されるときに、その統合イベントとして民話「望月の駒」を全校550人で音楽劇をつくろうという事になり、その音楽劇本編と、練習風景や制作風景を上映します。私は、まだ見ていないのですが、この映画を見て感動した幼稚園のママ達が「ぜひ上映会をやろう!!」ということで今回企画されたものです。チケット(月のしおり)を牛乳パックの紙漉きで作ったりした、お母さんの手作り上映会。しおりには、映画の中に出てくる言葉を手書きでかいてあるのですが、それが、今の私にぴったりの言葉だったりしてまるでオラクルカードのようです。私は「耳をすませて じっと聞いてごらんなさい」でした。一緒にチケットを買った友人は、正確には言葉を覚えていないんですが、土に種をまくような感じの言葉でしたが、(素敵な言葉だったんですよ・・)その日、折りしもハーブを植えるために土をどっかりと買い込んだ事もあって、思わず、「ぴったり~」と鳥肌がたったものでした。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・とき 2009年7月7日(火・七夕)開場 9時15分 開演 9時45分~12時ところ アートフォーラムあざみ野 (1Fレクチャールーム) 9:45~ 『全校音楽劇・望月の駒』本編 『もうひとつの望月の駒』練習風景や制作課程 (ダイジェスト版)上映 11:30~ 脚本・演出 宮沢あけみ 講演 「こころを伝える…」定員:193名(先着順) 入場料: 500円 お申し込み・お問い合わせ 『望月の駒』上映会・実行委員長 山下伸子 080-5082-9582 メール: love-and-art@ac.auone-net.jp ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・です。とっても楽しみです!!
2009.06.29
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昨日、実家からピアノが運び出されました。今日は、運送会社の定休日なので、明日自宅にピアノが届きます。とっても楽しみ。でも、スカイプで実家と話したときに、今までピアノがあった場所ががらんとしていたのを見たときには寂しかったなあ。(後でこっそり泣いちゃった)子供のころから、そこにあったピアノ。妹と二人で弾いたり、一人で好きな曲を必死に練習したり、悲しい事や、いやな事があった時にはそれをぶつけるように激しく弾いちゃったり楽しいときには楽しい曲を、夕方には、なんとなく穏やかな気分でノクターンなどを。大人になってあまりピアノを弾かなくなったときにも、また、子供が弾くようになってからは、つたない演奏を聴いてみんなで拍手してみたりもしたな。そこにはいつもピアノがあって、それが当たり前の風景だったのに。まあ、そのピアノはどこかに行っちゃうのではなくてうちに来るわけなのだから、お別れではないのに、なんとなく、実家での、あのピアノでは無いんだなあと。子供の頃の思い出のピアノ。ありがとう。実家でのピアノ。そして、これからもよろしくね。妹は、昨日仕事に行っている間にピアノが運ばれていって帰ってきてから、「ああ、お別れを言うのを忘れてたなあ」と。まあ、うちに来たときにでも弾いてください。今まで練習に使っていたDX-7は今日の練習の為にそのままリビングに置いていて、明日ピアノが届いたらどこかにしまうか、もしくは廊下に置くのですが、明日ピアノが運ばれてきても、ちょっと並べておいて、二台で弾いてみようかな。一台の連弾は、鍵盤に限りがあるので弾ける曲が限られますが、二台となると、広がりますからねえ。といっても、子供との連弾ですので、それほどレパートリーは無いですけれど。ああ、アラベスクの連弾が弾ける!!楽しみ!!今日は、廊下の物を移動したり、家具の配置換えに伴う大掃除をしていますが、朝にチベット体操をしたおかげか、体が良く動きます!!張り切りすぎる悪いくせを、うまくなだめながらできるだけ、片付けておきましょう。すでに汗だくです!
2009.06.29
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昨日は、子供の幼稚園の時の友人宅にお邪魔しました。友人のお子が通っている横浜シュタイナー学園のチャリティピアノコンサート(収益金は、横浜シュタイナー学園の校舎移転のための資金として寄付されます)のチケットの受け取りと、面白いマンガを借りる、遊ぶというミッションをこなす為。とっても久しぶりだったのに、久しぶりな感じも無く、とっても楽しい時間をすごしました。お近くの、これまた幼稚園の時の友人母子も来て、子供たちも楽しそうに遊び大人三人も、いろんな話題で盛り上がりました。去年はなんだか下の子が学校で苦労していたのもあって、なかなか私がお友達と遊ぶということがなかったのですが、今年は精神的にゆとりが出てきたんでしょうね。本当に楽しかったです。小学校のママ友にはスピ系の事はカミングアウトしていないのですが、幼稚園の時のママ友とは自然にそういうお話ができるしなあ。夕飯もいただき、子供たちはシャワーも一緒に浴びて。(お近くの友人母子は、早めに帰りましたが)久しぶりだったので、8時過ぎくらいまでお邪魔してしまいました。今日は、昨日お誘いを受けた、チベット体操講座(レッスン?)を受けにアートフォーラムに。昨日一緒に遊んだ、幼稚園ママ友達のご主人が先生なのですが、一人ひとりの姿勢をチェックしてくださって、良い姿勢を教えてくださったり、自分の弱いところ、悪いところ、苦手なところなども、どのようにしたら良いかを丁寧に教えてくださいました。私は、本当に最近なにも運動していなかったので、良い姿勢を保つだけでも筋肉がぷるぷるしたり、汗をかいたり。で、チベット体操をする以前の問題だわと冷や汗もかきました。ほかの皆さんは、もうすでに3週間ほど(?)実践されている方々だけあって、私のように「ふう~!」とか、「うぐっ」とか奇声を発することなくさらさらと、こなしておりました。私も3週間後には、あんな風に?以前、本屋さんでチベット体操の本を見つけて、すぐに飛びついて、しかし独学だったためいまいち良くわからず、そして根気も続かずほとんどゼロの状態で参加したわけですが、やっぱりきちんと習うということは大切ですねえ。自分の重心がどんな感じとか、わからないですものね。チベット体操も始めますが、まずは正しい姿勢を保つことからはじめようと思います。壁に背中をつけて立つとき、背中がぴたっと壁につくように。前に傾いている骨盤を立てるというか、水平にするというか。肛門を引き締めるとか。正しい姿勢を保っているとチャクラなども、地面からまっすぐ上に並んだ感じになるのでこれなら、気なども、すーっと通るというか、グラウンディングもセンタリングもばっちりというか。頭だけで(イメージで)各チャクラにエネルギーを通すとか、私などはなかなか難しくてできにくいのですが、体のほうを正しく使うことで、もっとすんなりできるようになる気がします。まずは続けなくては!そうそう、お掃除のほうも続いています。いつまで続くやらという自分の心の声も聞こえますが、背伸びせず、ぼちぼちやって行きたいと思います。
2009.06.28
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写真はバナナシフォンと、おやつのさんぴん茶クッキー今日は友人が自宅で開いているお菓子教室に初参加してきました!(おまけのお菓子1品と軽食付き 4000円と、とてもお得なのです。)私の写真の腕が良かったならば、このお宅の素敵さ、お菓子、お料理のおいしさがふんだんにお伝えできたのに!!と臍を噛む思いなんですが、まあ、私の持てる限りの文章力を駆使して、今日の楽しかった教室の様子をレポートしようと思います。伝わらなかったらすみません~。おうちについて、語りだすと、「この、無垢材の床が心地よいですね~(某渡辺さん番組風)」とか素敵満載なので、とても語りつくせないのですがリビングは風通しがよく、窓からの見晴らしもよく、これまた、心地の良い木のテーブルで冷たいお茶をいただきながら、少しおしゃべりを楽しみ(その間先生は少し準備をされておられました)それから、先生の模範演技ならぬ、模範調理(?)今日のレシピは、「バナナシフォン」先生は(これからは友人はと書きますね)ベーキングパウダーなどを極力使わずに、家にある材料で、手軽にざっくりと作るお菓子を教えてくれるのですが、これは、「材料をたくさんそろえなくてはいけなかったり、手間がかかりすぎると おうちで気楽に作れない」からだそうです。(とは言っても、友人は、手間のかかるお菓子ももちろん作れます。)今日の材料も、卵、洗双糖(じゃなくても、良いと思います)、なたね油(サラダ油でも)バナナ、薄力粉、のみでした。模範調理の後は、自分たちで作業するのですが、今まであんなに手早く卵白が泡立ったことがありませんでした。今までは、ボールに水気があったり砂糖を入れるタイミングを誤っていたのかもしれませんが、友人宅の泡だて器!こちらが優れものでした。マトファーというメーカーのものです。それは、すばらしいメレンゲができました。作り始めてから、あっという間にオーブンに入れたような・・。本当に短時間で出来上がりました。オーブンによってくせが違うので、自宅のオーブンと対話しながら焼くとして、こつは、焼き始めてから半分くらいの焼き時間になったら一度天板の前後をひっくり返すこと。(裏表じゃないですよ・・。当たり前ですね)そうすることで、オーブンの扉側と奥側の温度差?などによる焼きむらが防げるようです。途中で扉開けてもいいんだね?(シュー生地などはしぼむから、だめです)ふっくら、柔らかに焼き上がり、シフォン型ごとびんの上にひっくり返して載せて荒熱をとり冷まします。お昼は友人が ちゃちゃっと用意してくれたご飯をいただきました。こちらのお菓子教室は、軽食つきなんですよ!お得です!!軽食と聞いていましたが、しっかりとしたお昼をいただきました。(今日は、ちょっとおかず多目だったようですよ!ラッキー!) お味噌汁と、煮物が写って無いですね。塩おむすび(かまどさんという土鍋にて炊きたて、握りたて!)いんげんの香味炒めきゅうりの塩昆布和え大根と人参とさつま揚げの薄味煮紫花豆煮どれもこれも、おいしかったです~。更にデザートも!レモン寒天に、自家製黒蜜をかけたもの。今日は暑かったので、ひんやり口当たりも良く、とってもおいしかった!さんぴん茶のクッキー(さんぴん茶とは沖縄のお茶。友人は沖縄出身なのです)は、ほろほろさくさく。アイスコーヒーも淹れていただいて。お土産にクッキーもいただいて、すっかり大満足で帰りました。来月のお教室ご案内(友人HPから抜粋) 7月のおかしは、 沖縄の姉直伝の 「パッションフルーツとクリームチーズのパウンドケーキ」 今の時期ならではのパッションフルーツを使ったおかしを みんなで作れるのが 今から楽しみであります。 沖縄からパッションフルーツを送ってもらう予定。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・との事です。たまプラーザ駅、もしくはあざみ野駅が最寄です。ご興味のある方は、友人HPおちゃじたくをご覧ください。焼きあがったシフォンは、半分を友人に届けるつもりだったのですが、子供たちがお友達を連れてきたので、あっという間に食べつくされてしまいました。やさしいバナナ味は子供に大好評でした。(私ももちろん食べました。しっとり柔らか~!)忘れないうちに、作らなきゃ。バナナダイエットに飽きて、ちょっと熟れ過ぎな感じのバナナもあることですし!!
2009.06.23
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本日は、お掃除伝道師&お掃除セラピストなかやまゆうみさんの「カン・タン・キレイの法則講座」というお掃除の講座に参加してきました!昨晩、つらつらとネットを見ておりましたら、これを見つけまして、「明日!行ける!!行きたい!行かなきゃ!」と急に思い立ったのです。私の事をよく知ってくださっている方は、私が、お掃除が苦手であることをよくご存知です。物が捨てられない。趣味が多い。掃除にあまり興味が無い×2名(大人)そして、私たち夫婦に似てしまった子供たち。みんな思い出君なので、物がたまっていく一方です。そして、私は、実は完ぺき主義者なところがあり、分類が細かすぎたりして物を分けている間に時間切れになり、疲れきり、整理がつかなくなったり・・・。まずは、物を捨てることが大事なんでしょうね。本日参加してみて、思ったのは「プロの方は、やっぱりテクニックが違うなあ。 うまく道具などを使い分けたり、日々研鑽しているのだなあ。」ということも思いましたが、一番強く思ったのは「私も、ゆうみさんみたいにお掃除が大好きになりたい!」でした。ゆうみさんは、汚れを見ると、「ああ、それ落としたい~!!私にやらせて~!!」とわくわくするようです。お掃除について語っているゆうみさんは、本当にきらきらしていました。そうなったら楽しいだろうなあ!参加している一人ひとり、「一年前の自分と今の自分の変わっているところ」「うらぎりについて」というテーマで語る事になりました。みんなそれぞれ、一年前と今では違いがあり、そして「うらぎり」については、思い浮かぶ人、自分がうらぎったと反省する人裏切られたと思う人、それぞれでした。何がよくて、何が悪いということではなく、まずは自分を見つめる事なんだなと思います。この二つのキーワードはもちろんお掃除にもつながっていて、とても納得したのですが、うまく説明ができないので、ゆうみさんのブログを読んでみてください。よく、部屋は自分(の心の中や状態)をあらわすといいますが、私の場合は、「いろんなものに興味があって、あれこれ手を出すけど、なにか中途半端」だったり主人は、「さびしがりや、インナーチャイルド」な感じかな。一通り語った後は、お掃除についてくわしくレクチャーを受けました。汚れの分類。そしてその分類にあった汚れの落とし方。それは、本当にわかりやすく教えてくださいました。最後に、実際におトイレを掃除しているところを見せてくださったのですが私ならまず洗剤をかけちゃうところ、全く洗剤を使わず、紙やすりなどでキレイに汚れを落としていました。ゆうみさんが、お掃除をして、きれいになっていくと、きれいになった場所が喜んでいるのがわかる、というか、感謝しているのがわかるというのを聞いて、なんだか私は急に涙が出ました。なんの涙だったんだろう。「私は、そんな風にお掃除をしてあげたことがあっただろうか?」という反省なのか感動なのか。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・お掃除講座の後は、みんなでお弁当を食べながらあれこれおしゃべりをしました。ゆうみさんのマヤ暦のお話(私も見ていただきました。もっとじっくり学びたいな)やレイキのお話、子育てのお話、本当に楽しかった。みんなお会いするのははじめての方ばかりでしたが、やっぱりああやって集まるのには意味があるんだなあ。ご縁があった方たちなんだろうなあ。夜、お風呂に入っているときにいままでは、あまりこすると傷がつくかなと思って今度、水あか用洗剤でも使って掃除しようと思っていた蛇口周りなども、スコッチブライトで掃除してみたらすぐにきれいになりました。まだ築三年(?)なのでそんなには汚れが固まってはいない今のうちになんとか、もう一度新築の状態くらいにできればいいな。「今日聞いたテクニックを試したい。ぜひ!」という熱が冷めるまでになんとか、「お掃除苦手~」から「お掃除楽しい!」という脳に切り替えるべくちょくちょくお掃除しようと思います。ゆうみさん、みなさま、ありがとうございました!
2009.06.18
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昨日は、友人に誘ってもらった「Meditation in English」に参加してきました。前の私だったら、「英語そんなに得意じゃないし」とかで辞退したんでしょうが、子供たちが通っていた幼稚園の、懐かしいママ友のお誘いで、なんだかとっても会いたかったし、「得意じゃないし~」よりも「会いたい!瞑想も一緒にしてみたい」という気持ちがうわまって参加することができました。先生は、すらっと背が高く、姿勢も正しいそして、蒼い目の美しい男性でした。15分瞑想して15分(?)歩いて・・・というのをいろんな誘導で繰り返しました。全部で90分のワークでした。一人だったらそんなに長く瞑想できないですが、先生の誘導や、一緒に参加している方たちとの一体感というか和やかな雰囲気というかそういったものに助けられて、とても気持ちよい時間をすごしました。体の一部分一部分に、あんなにじっくりと意識を向けたことはありませんし、最近あんなにゆっくりと動いたり呼吸を気をつけたりということもしていなかったことに気がつきました。途中で、レーズンが二粒配られたのですが、それを一粒手に取り、指で挟み、目でじっくりと観察し、次ににおいを嗅ぎ、そして口に入れて、舌の上に乗せ、まだ噛まないで感触などを味わい、噛み・・・・と一粒のレーズンを味わい、感じ、それはゆっくりと私の胃の中に降りていきそれはやがて私の身になっていく・・・。それを二粒行いました。とてもおいしかったし、なんだかとっても愛おしかったし感謝が湧きました。というようなことを、普段やっていないので、とても感動的でした。いつもだったら、「うん、これおいしいな。ぱくぱくごくん」ですものね。英語は思ったより聞き取れて、でも、気を抜くとやはり聞き逃したりするので、最後まで眠らずに(!)すんだ感じでした。瞑想も終わって、最後にシェアというか感想を述べるのですが、英語をしゃべることにコンプレックスを感じている私は、お得意な方に英訳していただいて先生に伝えてもらいました。思ったことを、ああやってすらすらと英語で伝えられたら気持ちがいいだろうな!また次回があったらぜひ参加したいですという意見が多く、次回がとても楽しみです。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・午後は、ずーっと暴力的な眠気にさらされていました。心身ともにリラックスしたからだろうな。眠れればよかったのですが、やることがたくさんあったのでゾンビのように、のろのろと、なんとかこなしました。夜から朝に掛けて、何回か楽しく、そして深い夢を見ました。瞑想、やっぱりいいな!また再開してみようかな。
2009.06.15
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以前、予告などを見て、あまりの衝撃シーンに、「無理、まず無理、絶対無理」と思って見れなかったけどずっと気になっていた映画。で、今のキリスト教関係の癒しの流れで、見ようか、まだ早いかと迷っていた映画。今日、ほかの映画を借りにいったけどそれが無くて、ぱっと目に入ってしまったのが「パッション」これは、やはり見る流れなんだなと思い借りてきて午前中、見ました。はじめから最後まで泣いていました。ずっと、祈っていました。号泣もしました。「イエス様やマリア様や、人々の痛みが軽くなりますように。 人々が赦されますように。 私も赦してください。」見ている間、いろんな思いが浮かびました。人間の弱さ、ずるさ、幼さ、おろかさ、清らかさ、強さ、苦しみ、悲しみ、痛み、幸福な記憶、絶望、信仰、妄信、真理とは?なぜ、彼はあんなに苦しまなくてはいけなかったのか。人々のために。人々に愛を、真理を、神の奇跡を見せるためにあんなにも苦しまなくてはいけなかった。そうしないと、あの時代の幼い愚かな私たちには届かなかったの?昔、「キリストは私たちすべての人間の為に十字架にかけられた」と聞いたときに、「え~?なんで?私はそのときには生まれてなかったし」とか思いましたが今はうまくは言えませんが「私たちすべての罪をお赦しください」と思います。そして感謝します。私たち人間よりも、はるかに大きな愛と計画をお持ちの大いなる存在が私たち人間が、いろんな歴史を生きてきて紆余曲折しながら育っているのを見守ってくださっている。私たちは、いろんな罪を赦されている。今、私たちは正しい方向に進んで行っているのだろうか?少しでも近づいていけているだろうか?赦されているからといって、甘えていないだろうか?あまり厳しく自分を見つめてしまうと過去の修道士(?)時代のように、なってしまうので、今の私は今の私にできることをできる範囲で自分を許し、周りを愛しながら光の道を進んでいけますようにと思います。今までは、「私はキリスト教徒では無いし」と思って、軽々しくイエス様やマリア様に祈ることはできないとたまにしか祈れませんでしたが、宗教が違うとか祈りの言葉を覚えていないとか細かな事は関係なく、人々の為に生きてくださった偉大な方の為に懺悔や感謝やもろもろの気持ちを自分の言葉でまずは祈ろうと思います。
2009.06.09
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最近、またちらほらと癒すべき過去が浮かび上がったりしている私ですが、今日は、Eiko@アンドロメダさんのエメラルドの一斉ヒーリングを受け取りました。リアルタイムでは昨日だったのですが、昨日は受け取れなかったので今日、コールインで。リビングの床に横になって受けていたのですが、とても暖かくなり幸せな気分になりました。その後、TVで、今日が環境の日,世界環境デーという事を報道しており、それにちなんで、地球上の映像を流していました。美しい自然、アフリカの難民キャンプ、アメリカ(?)の夜景などなど。見ていて涙があふれました。この美しいかけがえの無い地球に、私たち一人一人が何かをお返ししていかなくてはと思いました。Eiko@アンドロメダさん、ありがとうございました!!その後、洗濯物を干そうとしていたら突然、胸が痛くなり、なんだか泣きたくなりました。泣いているうちに、「人はそれぞれの時代、その時の自分でがんばって生きてきたんだ」と。迫害に加わった人も、その当時の常識や、迷信や、そういった諸々の中でその時の自分のレベルで必死に生きた。戦争などで、他国を侵略した人たちも、自分が生きるために、自分が富むために必死に戦った。人は、過ちを犯してしまうものだけど、それでも、生きるためにがんばっていたのだと。暴力や、殺人、戦争、迫害、などを肯定するつもりは全く無いですが、うまくは書けないのですが、そうやって、いろんな過去を生きてきて、過ちをおかし、それを悔い改め、また過ちをおかし、良い行いをし・・・と気の遠くなるような時を、必死に何かを学び(そして失い)生き続けてきているその事に、なんだか愛おしさと、赦しのような感情が浮かび上がってきたのです。私も、数々の過ちを犯してきた事でしょう。加害者にもなり、被害者にもなり。でも、今こうして生きているという事にとても感謝が浮かびました。またすぐにこの感動を忘れ、家族に当り散らしたり(!)するかもしれないですが、最近の、もやもやは今日のこの気付きで癒された気がします。まだまだすべて手放せたわけではありませんし、今世で手放しつくせるわけではないでしょうが、こうやって、少しずつ少しずつ。きっと、みんなで光に向かって進んでいく。そう思いました。そのためには、このステージである地球が健康であるように私も行動をしていこうと思いました。
2009.06.05
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最近、キリスト教についての気付きがあったので、それらを書こうと思ったのですが、まだまだまとまらないので、少しずつ、覚え書きのように書いていこうと思います。私が、自分の中を整理していくための日記になりますので、読んでも面白くないというかもしれませんが、お暇な方はお付き合いください。そして、苦手な方はスルーしてくださいね。しかし、まだアップする時期じゃないのか、先ほど書いたものが一度消えました。もう一度試しに書いてみて、だめだったら、また時期をずらそうっと。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・私は子供の頃から、「神様が見ているから」と思う事の多い子供でした。(それは、見ていてくださっているという安心感というよりは、 見られているから、きちんとしなくてはという感じだったような)いつもできるだけ良い心でいようと。でもやはり子供ですから、親に叱られたくないからとか小さなことで嘘をついてしまったり。そんな時には、後で「神様、仏様ごめんなさい」と謝っていました。実家は仏教ですので、朝晩お仏壇にお参りするのが日課でしたし、事あるごとに、仏壇を掃除しなくてはと思うのは私の役目でした。年末の番組 行く年来る年が大好きで、輪廻の思想を知ってからは、きっと自分は前世修行僧か何かだろうと思っていました。その反面(?)土曜日の朝に放送されていた、「こころのともしび」というキリスト教の番組も大好きで、良く見ていました。「暗いと不平を言うよりも、進んで灯りをつけましょう」という言葉が当時の座右の銘のようなものでした。初めてロザリオを見た時に、とても欲しくて(今でもですが)でも、「私はキリスト教徒じゃないし・・・」と硬く諦めたことも。アクセサリー的に持つのは許せなかったんですね。いろいろな宗教を知りたくなって、たくさん本を借りて各宗教の事を読みました。どの宗教も、開祖というか始まりの頃はとてもピュアな感じででも、時代が進んでいくうちに、信者が増えていくうちに、なんだか、私利私欲に走る人たちや、他の信仰を弾圧してみたり。自分が信じるものを信じて、他の人のことは、非難しなければいいのに。と思い至りました。きっと、各宗教は、大きな山をいろんな道で登っていっているようなもので、登り方は違うけど、最後には同じようなところに到達できるのでは?と。で、各神様は、一番大元というか根源というかそういう存在に近い方々で・・・みたいな。うまく書けないのですが。こんな風に考えていたので、私は宗教的差別をしていないつもりで生きていたのです。でも、先日上の子が、近くにある教会のイベントにあそびに行きたいといい、父親と遊びに行きました。そこはカトリックではなくてプロテスタントの教会のようで、子供向けイベントはとてもにぎやかな感じでした。帰ってきてからも、「楽しかった~!」という子供の話を聞いて良かったねと思う反面、「教会でゲームのような事をしたり、屋台でお菓子などを食べ放題。 そんなことで、人を集めるなんて。やっぱりカトリックの方がいいな・・・」なんて思ったんです。カトリック教会の厳かな感じが好きなのは良いとして、私がその時感じたのはカトリックではない教会のやり方を「まちがっとる!」と批判する気持ちでした。神様の前で、大騒ぎするなんて。不謹慎だ。みたいな。これは一つのとらわれというか、偏見というか、そういうもんだな。と。私は、今まで自分が偏見を持たない人である・・みたいに奢った気持ちを持っていたなと。そのプロテスタントの教会でも、やはりお話の時間はあって、くだけた話し方だけど、イエスさまについてのお話を子供向けにしてくれて、子供たちも真剣に聞いていたようです。神様について、真剣に語って、祈っている教会なのに。カトリックじゃないからと批判した。それに、神様の前で、楽しく過ごしても良いじゃないか。でも、私はそれはいけない事だと思っていた。きっと、神様は、形式や作法や、そんな事を厳しく気になさらないだろう。楽しく大騒ぎしても信仰の気持ちがあれば良いのだろう。なのに、どうして私は?・・・と考えた時に、浮かび上がってきたのは自分が厳格な修道院のような所にいた記憶のかけらのようなものでした。今まで、自分がキリスト教に関係していた事はないと思っていたのでちょっと驚きました。それからは、あちらこちらから、情報が入ってきました。音階の事を調べていたら、教会的旋律や、グレゴリオ聖歌の事が書いてあってそこからまた、記憶というか感情が浮かび上がってきたり。聖歌などは、中央の方では正しく伝えられましたが地方にはわざと正しい聖歌を教えなかったりしたのですが、(中央特権を守るためや諸々の理由から)それを読んだ時に、「ああ、正しく教えたかったのに。こんな事をして何になるのか」と思った事や子供が借りてきた、「ジャンヌ・ダルク」を読んで突然涙があふれ、「私たちは神様の言われたとおりに、戦ったのに。 助けを呼んでも、神様には声は届かないじゃないか」と浮かんだり。この記憶は、私がジャンヌということでは無くて、仲間のような感じでした。一緒に戦ったのかな?それとも、数ある十字軍のような物で戦っていたのかな?(ジャンヌ・ダルクは以前映画を見たのですがその時には、何も浮かばなくて、 かわいそうな人だったんだな。せつないな。くらいでした。 時期じゃなかったんでしょうね。)後は迫害の記憶。こちらは、まだ思い出したくないようで(もしくは思い出さなくても良いのかな)うっすらとした感情や、情景が浮かぶくらいです。過去世の事は、以前のように、無理やり「なんとしても思い出し、そして癒さん!!」という感じでは無くなっていたのですが、そう思わなくなって肩の力が抜けたからか、それとも今手放す時期なのか折に触れ浮かび上がってきます。ゆっくりゆっくり、向き合ってみたいと思います。
2009.06.03
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なんだかエネルギーの感じが変わったのか、私が変わったのか、6月に入ってから、ようやく元気になってきました。5月は、内にこもる月だったようで、あまり外出する気分になりませんでした。予定はこなしていたのですが、それ以外はやる気が出ないというか・・・。で、久しぶりに内観が多くなっていました。が、それがうって変わって、「お出かけしたい~!」になりました。運動会が終わって、振り替え休日などで二連休になりましたが、昨日は、体調も優れなかったのに、突然、外に出たくなりお弁当を作ってこどもの国に行きました。色々あそんで、ボートに乗っていたら、時間前だというのに長女が「もう降りたい」と。で、何かありそうだったから降りまして、しばらくしたら、雨がざーっと降ってきました。その前から、遠雷が聞こえていたのですが、なんだか私は、もう少しボートに乗っていようかななんて、以前だったら考えられない事を思っていたんです。かさを持っていっていなかったので雨宿りをしていたら結構雨が強くなり雷も近づいてきました。しかし、あのいやな空の色(黒っぽかったり、黄色っぽかったり)じゃないからかものすごい恐怖という感じではなく、ちょっと怖いなというくらいで落ち着いていられました。(どうしちゃったんだろう、私)しかも、雨宿りの時間が長かったので、小ぶりになったら移動しようと。少しごろごろ鳴っている中、移動。何回か雨宿りしながら、駐車場までたどり着き、帰路に着きました。家に帰ってからは、急にものすごく眠くなり、子どもたちを勝手に遊ばせて私は夕寝しました。昨日は、なんだか不思議なエネルギーの一日だったな。夜は、最近お仲間と行なっていたチャクラのヒーリングの最終日。めずらしく起きていられましたが、とても体が温かく気持ちよかったです。5月に、いろいろと過去世やらを見つめ、手放す時期にあるものを掘り起こしました。結構心身ともにしんどかったですが、もしかしたら6月はそれらを手放していけるのかな。雷もその一つ。毎年少しずつ恐怖を手放していってます。音はだいぶ、慣れてきた。後は、光。特に夜間の雷。これも、もうじき慣れてきそうな予感。今までは、「いや、まだまだ手放せない。怖い。ちょっと良くなってきた気がするけど、 まだまだ」と思っていましたが、それは言い訳みたいな感じなのかな。それと、もう一つは宗教関係。子どものころから、いろんな宗教に興味があって、独学で学んでいて、「どの宗教も、一番ピュアな部分は正しい。 また、それを信じている人には真実。 どれか一つだけ正しくて後は間違っているという事は無い。 宗教論争とかしないで、自分は自分の信じている物を信じて 他人が信じている宗教を批判しなければ良いのに」と思っていたのですが、最近、自分にも、あるこだわりというか、偏見というかそういうものがあるのだということに気づきショックを受けました。それはキリスト教関係でした。このお話は長くなるので、また後日。
2009.06.02
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今年も、雨で一日延期になってしまった運動会。せっかく遊びに来てくれた妹も、お仕事のために運動会前日に帰って行きました。その夜のことですが、上の子が突然38度越えの熱を出しました。ちょっと前は、下の子がおなかをこわす風邪で数日学校を休んだりしていたし上の子も、数日前からおなかが・・・とか言っていたので、風邪!?明日は長女と私はお留守番?とどきどきしましたが、私がやれることはやって、後は天にまかせようと眠りました。運動会当日、上の子は元気に起きてきて、あまりの回復に、「もしかして、やる気まんまんで具合悪いの気がついてないのか?」などと、思いましたが様子を見て大丈夫そうなので登校させました。私も何か行事の前には体調を崩す人だったのですが、子どもって、本当にこんなことあるんだ!とあらためて驚きました。一体、何の熱だったんだ?今年の運動会は、主人のおばさん(とても働き者で、綺麗好きで、ものすごく元気)が来てくれる事になっていて、もしかしたら、うちに寄るかもしれないとまずお弁当を作って、いつもより念入りに掃除をしました。やはり、早めに到着したのでうちに寄ってくれました。(しかも、掃除もお弁当も私の準備も途中。まあ、いつもの事だからいいか)電車で来たというのに、ものすごく大きなかばんに取れたての野菜をたんまりと持って。重かったでしょうに。ありがたいことです。上の子の「はまこい踊り(鳴子というのを持って踊ります)」下の子の「ジンギスカン」などなどばっちりと見て、お弁当を食べて颯爽と帰っていきました。午後から予定があるからです。運動会は、終わりのほうで雨が降ってきました。下の子の徒競走(今年も途中で気を抜いて、4位になってました。でもかわいかった)6年生の「ソーラン節」(雨の中、とてもかっこよかったです)4・5・6年の選抜リレーと、雨の中大いに盛り上がったのですが、最後の得点発表、トロフィー授与などは取りやめになりました。今年こそは、白組が勝つ!と言っていた子どもたちは、多分、勝っていそうだっただけに、残念がっていました。毎年、子どもたちの成長が見られて楽しい運動会ですが、なんとかもっと天気に恵まれるといいなあ。
2009.06.01
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