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緊急呼びかけ!! 福島市の「まるごと博」の自重を求む (緊急で録音が間に合いません)2012年9月27日の読売新聞に福島市が行う「まるごと博」の記事が大きく出ていました。「福島原発事故の風評被害を吹き飛ばすため」とありましたが、読売新聞には記事の訂正を、福島市には中止を、福島市民には不参加を呼び掛けます。まず第一に被曝は危険です。本格的な病気に発展するかは別にして、普通なら100人に1人の甲状腺異常が、福島の女子小学生で54人、女子中学生で55人です。チェルノブイリでは26年経っても甲状腺ガンが増えていることを考えると、お子さんを持つお母さんのご心配はいかばかりでしょう。このような人たちを増やそうとしているのです。福島市を汚染したのは東電であり、福島市の人ではありません。このままこのようなことをすると福島市民が加害者になります。放射線障害が出る可能性が高く、そうすると福島市の人は傷害罪と同じです。すでに法令で「被曝をできるだけ少なくすること」となっていて、それを社会人が知らないとは言えません。法令は「お上」が決めるのではなく、国民(福島市の人、日本国民)の合意です。つまり、福島の「まるごと博」に福島市民が参加したら、国民の合意を破り、病気の人がでたら福島市民が加害者になります。「まるごと博」の会場前でデモをしてピケを張ってください。自分が被曝を避けられないから、他人を被曝させるというのは日本人の気持ちではありません。・・・・・・・・・第二に、風評被害ではありません。法令では一般人の被曝限度は1年1ミリであり、福島市ではそれを超えます。福島市の人がそこにお住みになるかは個人のご判断ですが、それを「風評被害」と称して他人を呼び入れるのは、違法であり、善良な市民がするべき事ではありません。日本国民を被曝させて生活を守るのではなく、東電と国に保障を求めるべきです。自分が交通事故にあったから、他人を車ではねても良いということはありません。交通事故の被害が大きくても、あくまで補償を求めるべきであり、「俺は傷ついたのだから、他人を傷つける」というのは善良な日本人がすることではありません。福島市の皆さん! 苦しいことは分かるつもりですし、除染もできるだけ早くやって綺麗な福島を取り戻すために私も全力を挙げます。でも、被曝者を増やすことは賛成できません。是非、中止してください。原子力関係者、お医者さん、教育関係者、公務員の皆さん、協力してください。健康を守り、法令を守ること、それはとても大切なことです。他人を法令違反の範囲に呼び込んでお金を儲けても何もなりません。辛い反省の一生が残るだけです。私もこんなことを呼び掛けると、非難されますが、被曝して傷つく子供達の痛みを思うと、私などなんでもありません。法令を守る人をバッシングする人など、軽蔑するばかりです。一致団結して、子供を守りましょう!!(平成24年9月28日) 武田邦彦
2012年09月28日
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放射線と被曝の教室(5) 食品の汚染の限度 「tdyno.246-(15:19).mp3」をダウンロード食品の被曝、特に「お子さんの被曝」をどのように考えたら良いか、多くのお母さんが迷っておられます。かつて、同じ事が「農薬」や「食品添加物」に不安を感じたお母さんが多かったのですが、最近はかなり改善されました。なぜ、農薬の不安が減ったのかというと、「農薬で健康を害する人が出たら農業は終わりになる」と思ったからです。近代農業は人手も少なく、収入はそこそこ必要なので、農薬を使わずに農業をやるのは困難でした。でも、食べるものですから、食べる方が不安に感じるものは売れるはずもありません。また日本の食糧自給率はカロリーを基準にして40%、田畑の面積を基準にするとたった25%しかありませんから、日本の農作物に不安が広がると、壊滅してしまいます。そこで、具体的には二つのことをしました。一つは「危険な農薬を使わないこと」、もう一つは「100分の1基準を守ったこと」でした。比較的、安全な農薬を使って、それを公表し、加えて「動物実験で安全とされた量の100分の1を基準とする」としたのです。”100分の1ルール”というのは、まず「毎日、食べ続て、一生、食べ続けて安全な量」をADIと定義し、それを100分の1にした量を「基準量とする」としたのです。なぜ、100分の1かというと、1)実験データの不確かさで10分の1、2)人の体力や食べ方、年齢などのバラツキが10分の1、ということで結局、100分の1としたのです。人間の知恵には限界があります。いくら動物実験を繰り返して「この量が安全だ」と分かっても、それが将来にわたって正しいとは限りません。たとえば「活断層が新しく見つかった」というように、学問は真実が分かっている方が希なのです。そこで、まず科学者は謙虚に10倍の余裕をとるようになりました。そして次に人によって体力が違い、病気の方もおられ、食生活も様々です。たとえば、厚労省が「標準摂取量」というようなもの・・・日本国民が平均してどのぐらいの食材を何グラム食べるか・・・を発表しています。早とじりの人は「きちんと計算しているから1キロ100ベクレルでも大丈夫」と言っていますが、お米を多く食べる人、サカナが好きな人などさまざまです。そして幼児はミルクばかりとか、さらに様々です。そこでさらに10倍の余裕を取ったのです。 このグラフはADIを元にして「危険なものがどのぐらい含んでいるものOKとするか」というものですが、「無毒性量」からさらに左側のところに使用領域があります。こんなに安全を見なくても良いようにおもいますが、現実は「無毒性量」というところ自体に不明なところがあったのです。そして、結果的にこれが成功しました。今まで危険な農薬の問題が常にあったのですが、日本は100分の1の基準を作ってから、食材に対する信頼性があがり、徐々に日本の食材の価値が上がっていきました。まだ絶対に安全と言うことではありませんが、現代農業と食品安全という難しい問題を真正面から取り組んで成功したと言えるでしょう。・・・・・・・・・ところで、原子力でもおおよそ100分の1基準を使っていました。典型的には次の2つです。1) 1年100ミリシーベルトで明確な障害者が出る。それも100人の0,5人のガン死というかなりの高率である。従って、その100分の1をまずは基準にする。そうすると1年1ミリとなり、平均として1万人0.5人のがん死になり、社会が許容する。2) 1年1ミリシーベルトを基準にするけれど、どんな場合でも安全という意味で、クリアランス(放射性物質で汚れていないとするレベル)はその100分の1の1年10マイクロシーベルトとして、それに罰則(1年以下の懲役)をかけて国民の安全を担保する。ところが、福島原発事故の直後に、1年20ミリの小学校の暫定基準を作り、セシウムだけで1年5ミリの給食用食材の基準を決めました。実に不見識で、なんの根拠もなく、これまでの食品安全の基本を破壊しました。この時に審査に当たった委員が「法令やこれまでの食品安全の基準を使ったら、日本国民は飢えて死ぬ」などと御用学者ぶりを発揮し、それをテコに考えられない危険な基準としたのです。事故の直後は実に危険です。次のブログに出しますが、事故の初期段階では放射性ヨウ素が出ますから、甲状腺の被曝は空間からの被曝は数倍になりますから、小学生を守るには「暫定基準」は逆方向だったのです。そして、2012年に決まった基準も法令違反であり、かつADIの概念とも全く違うものです。すなわち、現在の食材基準は1キロ100ベクレルですが、これを決定した食品安全委員会自身が「標準的な人が食材だけで1年1ミリシーベルトになる」と説明しています。福島原発事故が起こって、外部被曝や呼吸による内部被曝が多い現状では法令で定められている「外部被曝+内部被曝」の合計を1年1ミリにしなければなりません。この法令を食品安全委員会が破ったのは、御用学者の集まりであったということもありますが、縦割り行政だからです。つまり、ある人がどのぐらいの外部被曝を受けるかは国土交通省や環境省、運動によって土ほこりを吸い込んだことによる内部被曝は文科省、そして食材などは厚労省だから、「国交省、環境省、文科省のことは知らない、厚労省関係だけで1年1ミリで何が悪い。他の省庁はゼロにしろ」と言うことです。ところが文科省は文科省の分野だけで1ミリ、国交省は国交省の範囲で1ミリ、自治体は自治体の範囲で1ミリなどとしているので、現実には1年5ミリぐらいの被曝を受けます。それに子供は大人の2倍から3倍といわれますし、食材の種類も大人より少ないので、親はより慎重に考えてあげなければなりません。ところで、原子力規制庁委員の中村佳代子さんなどのように、専門家は知らないふりをしていることが多いのですが、原発事故からにわか勉強した人の中には、内部被曝を50年間で計算するので、計算結果を50で割っている人がいますが、内部被曝は毎日、摂取する食材からの放射性物質がどの時点で体外から排出されるかを仮定し、積分することによって得られますので、奇妙な説明に惑わされないようにしてください。・・・・・・・・・結論: 1) 外部被曝、土ほこり被曝、水被曝を0.6見て、食材から0.4ミリとすると、1キロ40ベクレルがまずは基準となる、 2) 子供は感度が高く、体が安定せず、食材の種類も少ないので、1キロ20ベクレルにする、 のが適当と思います。なぜ、40ベクレルと20ベクレルを基準にしなければならないのかは、この記事の最初の方をじっくり読まれれば理解できると思います。そして、食品安全委員会には専門家の倫理を守り、法令の規定と自らが進めてきたADIの精神を尊重して、早く1キロ100ベクレルを変えてもらいたいと思います。また、農家の方は「食品とは食べる方が信頼し、安心して食べることができるものを供給する職業だ」という職業の倫理を守って欲しいと思います。自らの生活より、職業の誇りこそが日本人の大切な魂です。(平成24年9月26日) 武田邦彦
2012年09月27日
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時事寸評 選挙をすると負けるから、国会では通らないから・・・ 「fudannodoryokutdyno.247-(7:21).mp3」をダウンロード消費税を10%に上げるというのは政策の大転換である。2009年に民主党に投票した人の多くは「増税無き財政再建」を支持したし、野田首相みずから選挙演説では「増税は絶対にしない。口で言ったことでも守らなければならないが、紙に書いたのだから絶対だ」と言った。それを増税したのだから、これほど民主主義、選挙制度を愚弄したものはない。本来、批判的な論陣を張るべき新聞は「新聞だけは増税を免れる」という通知を財務省筋からもらい、増税賛成に転向するという、あり得ないことをした。「増税するなら選挙で国民に問わなければならない」と言う声もあったが「選挙すると負けるから増税できなくなる」という理由をおおっぴらに表明して国会で採決した。もしも、「法の精神」を最も大切にする裁判官がいたら、増税の採決は無効との判断を示すだろう。「選挙の時の公約を無視し、選挙したら負けるから国民に問わない」というのは、明らかに違法行為である。最近の裁判は「国民の良識」ではなく、「法曹界の特殊用語」を使うので、「違法行為の成立要件」なるものが出てくるが、法の前に社会がある。・・・・・・・・・原子力の安全性を審査する原子力規制庁の人事・・・国会で決めようとすると批判が多く議決できないので、国会が開かれていないときに政府が任命すれば良い・・・という超姑息な方法で原子力規制庁の人事が決まった自らに誇りのある日本男児なら任命を断るだろう。このような姑息な政治的トリックの中で委員に選ばれても、軽蔑されるだけだ。でも委員の顔ぶれを見ると、事故の前と後とまったく違う事を言ったり、事故の時にNHKで間違いばかりを発言したり、原発は絶対に事故をおこさないなどと言っていた人がずらっと並んでいる。「国会では任命できないから、閉会中に特例で任命する」というのは、「選挙をやると負けるから、選挙をしないで権力を使う」というのと同じで、詐欺の一種だ。これが詐欺と感じられないのは、日本社会のスタンダードがかなり汚れているからだろう。・・・・・・・・・日本国憲法の前文には、民主主義や国民の権利、平和などは私たち国民の不断の努力で獲得でき、続けられるものと書いてあったと記憶している。「選挙したら負けるから、このまま政権に」とか「国会で反対されるから休会中に」というような民主主義に反する行為は徹底的に糾弾しなければならない。すでに新聞やテレビはその機能を発揮できないので、国民の不断の努力をなし得る媒体はネットやデモ、投票行為になるが、私は「どの政党を支持するか」という問題と「次回の選挙では民主党に投票できない」というのは次元が違うと思う。党首選挙で野田首相が再選されなければ、すこしは信用を回復したと思うけれど、野田代表が再選された。ということになると「民主党」という政党自体は、もし日本が民主主義なら存在しない政党であると考えられる。つまり「違法性のある政党」で、その違法性は民主主義の基本を逸脱しているので「賄賂」より悪質である。ここをハッキリさせておかないと、原発の誤報も、尖閣の情報隠しも、日本国民はすべてを失う可能性がある。すべては国民の意思次第だけれど。(平成24年9月22日) 武田邦彦
2012年09月25日
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時事寸評 福島 最大の線量率(1時間1.6ミリシーベルト!) 「fukusimakousenryoutdyno.247-(7:24).mp3」をダウンロード2012年(今年)9月21日の報道によると、「福島第1原発事故が起きた2011年(昨年)3月の空間放射線量で最大なのは、原発から北西に約5・6キロの双葉町上羽鳥で、12日午後3時に毎時1.59ミリシーベルトだったことが福島県から1年半経った9月21日に公表された。福島県は一般の人の年間被ばく線量限度1ミリシーベルトをわずか38分で超える数値で、この最大値は1号機の水素爆発前であることから「爆発の前から放射性物質が漏れ出していたと考えられ、風向きが影響した可能性がある」とした。事実は事実としてまずは認識するとして、実に不見識、不親切な内容だ。 ・・・・・・・・・まず第一に、当時の政府(枝野官房長官)、原子力保安院、それに東電の発表と事実の関係である。この値は、モニタリングポストの自動計測値だから、測定直後に政府は把握している。地震によって原子炉が自動停止してからすでに丸1日経っているから、緊急の警戒態勢に入っている。1号機の爆発は3月12日午後3時36分であり、観測値は3時だから爆発前である。しかも、その量は「38分で被曝限度を超える値」である。つまり、これまで「直ちに健康に影響がない」というのは、1年1ミリを超える場合でも低線量なら白血病が2年目ぐらいから、甲状腺ガンが5年目ぐらいからだから、「直ちに」は間違いではないという言い逃れ(私にはまったくの言い逃れで、適切ではないと思われるが)をしていたが、2日15時間が100ミリシーベルトを超える場所があるということを知っていながら、言ったとなると、これは「故意」であり、明らかな「犯罪」である。またこの情報はNHKは知っていたと考えられる(もし知らなければなぜモニタリングの値を取材しなかったのかを釈明する必要がある。受診料はそのために払っているから)。報道しなかった理由をハッキリさせることが求められる。・・・・・・・・・第二に、発表の時期と福島県のコメントである。「危険を避けるには、正しい情報を早く」というのが鉄則だが、この情報は速報性が必要なのに1年半を経て発表されている。この理由はなにか?次に、仮に福島原発から「放射線」が出ていたら、NHKで東大の先生が解説したように「距離による。距離の二乗に反比例して減る」ということになる。もしそうなら「漏れた瞬間」には双葉町に到達する。ところが原発からは「放射線」はでない。東大教授の解説はウソであり、原子力の専門家なら誰でも「放射性物質が風で流れる」ということを知っている。当時の放射性物質の流れは1時間に30キロぐらい(風速8メートル前後)だから、12日の2時半頃、福島原発からかなりの放射性物質が流れたことになる。もともと「なぜ、福島原発から放射性物質が出たのか?」がまだ不明である。原子炉が破壊されていなければ放射性物質はでない。また水素爆発は建物の上部で起こり、それによっては原子炉は破壊しないから、これも出ない。ということは、2号機などがかなり初期の段階(3月11日か12日未明)で破壊していて、その段階で大量の放射性物質が流れたとも考えられる。3号機の爆発以後なら小規模核爆発の可能性もある。いずれにしても大規模なデータ隠しが行われていることは確かであり、今回の発表でそれが裏付けられた。発表に1年半を要し、しかもつじつまの合わない発表になったのは、「ウソをつく」ことが前提になっているからだろう。お役人も人生でこんな大きなことを扱うのは一回ぐらいだろう。その時ぐらい、日本人に帰り、自分の保身ではなく、日本の子供達を守って欲しいものだ。(平成24年9月23日) 武田邦彦
2012年09月24日
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時事寸評 相変わらず「子供に被曝」の川崎市長 「kawasakitdyno.238-(4:53).mp3」をダウンロード川崎市長は川崎市の人が選挙で選んだ人だから、私がクレームをつける必要は無いけれど、原発事故以来、「子供を被爆させたい」という発言(比喩的ではなく、直接的に子供は被曝した方が良いと発言している)が目立ち、もう少し法律や被曝と健康について見識を持ってもらいたいと思います。私は普通は個人を批判することはしませんが、市長という立場で子供の給食を左右する権限を持っていますので、ここで警告をしたいと思います。事の発端は川崎市の給食にセシウムが含まれているミカン(4月から)とリンゴ(9月から)を出していて、それに対して阿部市長は、被曝を防ぐという論理から言うとかなり強引なことを言っています。その趣旨は、「子供が被爆で危険な環境にいることを勉強する必要があるから食べさせる。またこのぐらいの汚染でびくびくする方がおかしい。交通事故にあったり、道路を歩いていて刺されたりするのだから、それで人に会うなと言うのか」この論理は次の点で社会の指導層が発言することではありません。反社会的だからです。社会における危険、あるいは被曝と健康、さらに現代社会を構成する人は法規で安全が守られるということからも論理破綻をしています。1) 社会は「危険をできるだけ避ける」というのが原則で、「交通事故が多いから、このぐらいなら良いのだ」という論理を使うことは指導者には許されません。 2) 路上で人を刺すのは犯罪です。東電が犯罪をしたなら、東電を逮捕してからこのような論理を展開しなければなりません。東電は怖いから弱い市民や子供を我慢させるという論理です。3) 現在の食材の暫定基準(1キロ100ベクレル)は、「内部+外部」ですが、食品委員会は「食品だけで1年1ミリ」と言っています。これは法規違反ですから、まして子供に強制するなどの考えは市民を守る立場の市長として考えられません。 4) 川崎の空間線量率は少し高めなので、場所によっては1年1ミリ近く被曝する人がいます。まして子供は校庭で運動して砂埃から内部被曝を受けます。先日、アメリカ軍の調査では宮城の子供で甲状腺被曝が20ミリから30ミリもあります。市長は川崎市の子供の甲状腺被曝についてデータを持っていないと思います。5) 被曝は足し算です。普段、被曝原因がないときは別ですが、現在のように子供がギリギリで生活している時には「少しでも被曝を減らす」ということをしてあげる必要があります。水俣病の時も「基準以下だから水銀の入ったサカナを食べさせるべきだ」などという大人はいませんでした。1キロ10ベクレルでも不要な被曝を避けることが子供を愛する人の当然の態度です。 6) 一説によると川崎市長は福島出身のために、汚染されたものを食べさせたり、焼いたりすることに懸命だという話ですが、もしそれが本当なら、福島を裏切ることになるでしょう。福島は「被害者」ですが、その放射性物質を拡散すると「被害者が東電と同じ加害者」になるからです。川崎市長は、法律を守り、科学の社会に身を置いて(川崎市の最大の被曝を受けた子供の甲状腺被曝量を公表してください。それがなくて「大丈夫」とは言えません。その時、計算根拠を示すこと、ベータ線による体内被曝を計算することに注意してください)欲しいものです。(平成24年9月21日) 武田邦彦
2012年09月22日
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時事寸評 福島の子供の甲状腺ガンをどう考えるか? 「informedtdyno.237-(5:39).mp3」をダウンロード福島の子供に甲状腺ガンが見つかり、また検査した子供の100人に36人が甲状腺に異常が見つかり、多くの方が心配しています。これに対して福島の医者団は「チェルノブイリの時に小児甲状腺ガンの発祥は4年目からだから該当しない」とコメントしています。これをどのように考えるべきでしょうか?まず、かなりの被曝をしたのですから、子供の甲状腺の異常が見られ、ガンも発症すると考えるのが「普通」で、「大丈夫だ」というような科学的な根拠はありません。また、医師が「事故から1年半だから、甲状腺ガンの発症は考えられない」というからにのは、次の事を説明しなければなりません。 1) チェルノブイリという1回だけの経験によると、明らかに事故の影響とみられる甲状腺ガンは4年目からですが、その前から甲状腺ガンは見られています。 2) どの甲状腺ガンが被曝によるのかは分からないために、「被曝による甲状腺ガン」というのは、「統計的に被曝前から明らかに増えてきた時点」からのもので、その前の甲状腺ガンが被曝かどうかは分かっていないので、医師はウソをついたと考えられます。 3) いずれにしても被曝によって障害が出る可能性は否定できないので、できるだけ被曝を避けるようにしてください。 これでこそ医師です。被曝によってガン、生殖異常、免疫疾患などがでることは確かで、それは個人差があり、また統計的(誰にでるか分からないし、出ない人も多い)ということです。おおよそは「法規の基準以内なら交通事故より多くなり、法規の基準以上なら交通事故より危険になる」という感覚で良いと思います。国際的、あるいは国内で「1年1ミリシーベルト」を決めるときには「もともと被曝は有害だが、原発からの電気をもらうためには仕方が無いので、我慢する」という「我慢の限界値」という考え方です。決して、無害とかそのような概念ではありません。・・・・・・・・・今回のことで、お子さんを持つ親御さんは福島の方を含めて、「断固として子供の被爆を減らす。できるだけのことをして何も起こらなかったら、それはそれで良いとする」という信念をもってください。福島の人はあきらめているように見えますが、子供は大人を信頼しています。また、親御さんは今度のことを受けて、驚くことはなく、このようになる可能性があったことですから、そのまま注意を続けてください.注意をした親のお子さんはそれだけ安全です。精神を強くもって頑張ってください。私たちができることはそれだけです。マスコミも「事故の2日目に自分たちは逃げて、福島の人には安全だと言った」という罪を償う機会ですから、事実を詳細に報じ、解説陣はどんどん被曝を避ける方法を解説してください。日本の子供は日本の親が守るものです。もう一つ、甲状腺に異常のある36%の子供達の検査は2年後ということになっていますが、親御さんとしては心配です。1年後に検査をして欲しいと希望する子供は検査すべきです。「インフォームドコンセント」と言われて10年以上が経ちますが、病気に立ち向かうには医学だけではなく、患者さんと一体となった納得性も要ります。その点で、この「2年後」と決めた医師は実に古いタイプというか、威張っている、患者さんを人間と思っていないという感じです。(平成24年9月12日) 武田邦彦
2012年09月20日
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尖閣・竹島・四島・・・領土と国(3) 尖閣だめ押し 「tdyno.236-(4:47).mp3」をダウンロード(放射線の問題が厳しく、なかなかこの問題に手が回らないのですが。そうはいっても)尖閣列島の帰属について、二回にわけて整理をしてきました。台湾は歴史上、まだ「国」になったことがなく、強いてどの国という答えをしなければならないとしたら「日本」と答えざるを得ないことを書きました(日本は台湾を取り返そうなどと言う心は一切、ありません)。 また「中国」というのは国ではなく、支那人の定義によると「世界中はすべて中国だが、当面は自分の力の及ぶ限り」という事であることも明確に示しました。「中国」というのは国の名前ではなく、「概念」なのです。中国人からいえば「世界はすべて中国のもの」ということですが、他の国の人から見ると自分勝手に見えます。尖閣列島は沖縄と台湾の近くなので、「近く」という点では沖縄(日本)か台湾(日本)のどちらかになりますので、どちらでも日本ということになります。 まず、ここまでで基礎的なことが分かった時点で、だめ押しをして起きたいと思います。1930年、日本陸軍が尖閣諸島の詳細な測量を行っています。この測量が尖閣列島の最初の測量ですが、もともと「他人の国を測量できない」というのは当たり前なので、尖閣諸島は日本の領土だったことがハッキリします。 この地図が陸軍の測量図で、無人島の一つ一つを詳細に測量しています。さすが軍隊ですね。歴史的にそれまでまったくどの国にも所属せず、かつ無人島だったのですから、最初に測量をした国の所属であることは言うまでもありません。 次に、台湾はサンフランシスコ条約で日本が放棄して当面、アメリカをはじめとした連合国の信託統治になり、その後、中華民国の人が移動してきて実効支配しています。その意味では、台湾の最終的な帰属は今の中華人民共和国(大陸)が決めることはできず、中華民国(台湾)、アメリカ、そして日本が参加して平和の内に最終決定することが必要でしょう。くり返しますが、中華人民共和国は台湾の帰属について口を出すことはできません。その中華民国が自分の国土を示した切手をだしていますが、その切手の中には尖閣諸島は含まれていません。つまり、台湾の実質的な占拠者である中華民国ですら、尖閣諸島は自分たちと関係がないとしているのです。 ところで、中国大陸では「尖閣問題で日本人をバッシング」という事件が続いています。確かに支那人からみると「世界はどこでも中国」と思っているのでしょうが、人の領土を勝手に自分たちのものとして、それを守らないから乱暴狼藉をするというのは感心したことでありません。中国大陸の人も国際常識がある人や人格者もおられると思いますので、「全世界は中国ではない」と言うことぐらいは国民に説明する必要があるでしょう。日本はきわめてハッキリした態度で臨むべきです。日本人は誰もが地主の許可さえあれば尖閣諸島に上陸できますし、付近の海域は日本の領海です。このところを日本がハッキリできなければ、中国と正反対で「日本人は日本の国土を世界共通のものと思っている」と言うことになります。(平成24年9月14日) 武田邦彦
2012年09月18日
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時事寸評 韓国とアメリカに報復せず、日本の子供に報復する日本政府 「tdyno.235-(7:12).mp3」をダウンロード韓国が放射性物質による汚染を理由に輸入を拒否してる食材の一部を示します。(2012年(今年)の8月27日現在) これは栃木産、茨城産、宮城さんのものですが、福島産は当然ですが、このほかに輸入を拒否している食材がある県は群馬、千葉、神奈川、岩手に及んでいます。また、熊本、長崎など九州のものでも政府発行の証明書を求めています。今のところ、政府は韓国に抗議もしくは報復措置をとっていないと考えられます。政府は日本の子供に「安全だ」と言って上記の県産の食品を食べさせているのですから、「安全」について確信があるのでしょう。なにしろ将来の日本を担う子供達に「安全な食材、給食を強制的に食べさせる」ということをしているのですから、韓国が食材の輸入をゆえなく拒否するのは許せないと考えられます。私は韓国人との友好も大切と思いますが、日本の子供の方を親としては守る必要があると考えます。 これはアメリカが輸入禁止にしている岩手と宮城の食材です。もちろん、このほかに各県別に輸入を制限しています。韓国と違い、アメリカとは現在でも友好的関係にあり、放射線汚染については提携もあるのですから、アメリカと直ちに交渉して「安全だ」ということを納得してもらう必要があります。このままでは日本の子供達は「韓国人もアメリカ人も食べられない食材を給食で強制的に食べさせられているということになり、親として認める事はできません。 これは福島の食材の輸入禁止品目です。ほうれん草、お米、牛乳、キノコ、山菜類、サカナの多く、ウナギ、飼料などが含まれています。これらのものは「地産地消」のなのもとで、「輸出はできないけれど、福島の子供達には食べさせる」ということが行われていないでしょうか?もし、輸出できないようなものを子供達に食べさせているとしたら、表現は厳しいですが「鬼のような大人」と言うことになりますし、もし給食に出ているのなら「鬼のような先生」と言うことになります。一刻も早く、少なくとも国際的に許せないものを子供に食べさせないでください。お金なら原子力予算が4500億円ありますし、私たちは子供を失ってお金を儲けても仕方が無いのです。(平成24年9月13日) 武田邦彦
2012年09月17日
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放射線と被曝の教室(2) シーベルトとベクレル・グレイ 「tdyno.235-(9:36).mp3」をダウンロード(このシリーズは法規にも違反することを言って、子供の被爆を増やそうとしている人たちへ具体的な反撃をするために執筆したものです)このシリーズの(1)に、日本は法治国家であり、原子力は昔からあるので国民を被曝から守る法規は存在すると書きましたし、具体的な法規も示しましたが、何しろ相手はそんなことはよく知っていてウソを言っている人たちですから、こちらももう一段、武装をしておく必要があります。被曝を防ぐ法律には、「シーベルト」を記載しているものと「ベクレルやグレイ」を示しているものがあります。これをたとえで説明します。高速道路の速度標識に「時速80キロ」とあります。本当はこの80キロというのは厳密に言うと「安全の指標」ではありません。高速道路のある区間で「1年に1名の犠牲者なら仕方が無い」と決めて、それから事故確率と速度の関係を使って、「それでは80キロ」ということになります。つまり、あることを規制する場合、本質的な数値ではなく、実行可能な数字を表示するのが普通です。高速道路に「1年1名の犠牲者になるような速度で走ること」などと言われても、現実的に役に立たないからです。同じように、酔っ払い運転でもそうで、「呼気の中にアルコールが0.15mg/L」などと決まっていますが、この数値に意味はありません。「酒に酔って危険な運転になるアルコール量」と言うのが普通で、本来なら人によって酒の強さ、運動神経などに差がありますから、一定の値ではないのが普通です。でもそれでは取り締まることもできないので、呼気中のアルコール量で表示します。・・・・・・・・・この関係を知っていて逆手に取る人がいます。被曝に関する法律ではその多くが「シーベルト」の制限を明記していますが、「一般公衆の被曝限度」が明記されているものはほとんどありません。それは「シーベルト」と「ベクレル、グレイ」などの本質的な差によっています。表記されていないから1年1ミリシーベルトが決まっていない訳ではありません。放射線の基本的な単位は、ベクレル(放射性物質の量)、グレイ(放射線の強さ)で、シーベルトは「人間が受けるダメージ」です。つまり、人がどのぐらい被曝で痛むかがシーベルトなので、法律を作るときにはまずシーベルトを決めます。一般公衆の被曝限度、自分の意思で放射線作業につく成人男性などによって、それぞれ「許されるシーベルト」が決められます。これは高速道路の1年何人の犠牲者にするかというような数値なので、これを法律に書いてもあまり意味がありません。そこで、まず法律を作るときに「1年1ミリシーベルト」を確定して、それが確定されると、「管理区域では1年5グレイ、食材では1キロ100ベクレル、水道なら1リットル10ベクレル」と決まっていきます。つまり、「シーベルト」という単位は「被曝と健康」の時の単位で、「ベクレル、グレイ」が物理的な単位なのです。たとえば、食品の暫定基準値が1キロ100ベクレルとなっていますが、これについて、食品安全委員会が「食品からの内部被曝が1年1ミリシーベルトとすると、食品の基準は1キロ100ベクレルになる」と言っていることと符合します。 (法規では外部被曝、内部被曝合わせて1年1ミリシーベルトで、今の日本では外部被曝がありますから、この食品委員会の数値は「日本の食材を食べるなら、日本に住んではだめだ」と言っていることになります。・・・・・・・・・このように、もし、公衆の被曝限度1年1ミリシーベルトが決まっていなければ、食品の基準も原子力施設の基準も決まりません。原子力の施設やレントゲン室の基準も、まずは「1年1ミリ」の基準を決め、それに基づいて、レントゲン室から外に漏れる量が決まり、コンクリートの厚みが決まるということです。ですから注意深く読むと、放射線の施設から廃棄したりするときには「1年1ミリ」が表記されます。つまり施設内は1年5ミリでも、その施設から出すものは公衆に触れますから、1年1ミリが表に出てくるのです。また、私が「福島から運びだすものは汚染度を測定して」と言っているのは、放射線が高いところからものを出すときには1年1ミリ以下の被曝になるように「表面汚染の限界」が定められており、さらに、人間が住む土壌の汚染も決まっています。日本人を被曝から守るおおもとの数字が「1年1ミリシーベルト」であることが理解されたと思います。原発事故から1年半が経ちましたが、私の感じでは、専門家は最初は政府に追従して「1年1ミリなど規定がない」と言い、それがウソとばれると「ICRPは20ミリと言っている」と言うようになりました。また、テレビや新聞などはここで説明したことはもちろん、すべて知っているのですが、報道すると政府に睨まれるとか、電力会社のコマーシャルが入らないということで、間違いを承知で報道しています。2011年、1年1ミリ以外のことを言っている人との対談が何回か組まれましたが、すべてキャンセルになりました。対談の計画の時に、私から「ご研究の結果については何も異議をもうしませんが、法律で1年1ミリと決まっていることは言います」と言うと、すべて断ってこられました。法律で決まっていることを知っているのに、ウソを言って子供を被爆させるということが許されるはずがありません。自分が後ろめたいので汚い言葉でバッシングをしてきますが、少しは日本人の誠意を見せて欲しいものです。まるで「酔っ払い運転をしても、事故が起こるとは限らないじゃないか!」と居丈高にいっているアウトローの人たちのようです。事故直後、多くの専門家は「国民は法律に気がつくはずはない」と考えて、1年1ミリを口にしませんでした。つまり東電側についたのです。しかし1年たってウソを突き通すことができないと分かると、多くの専門家や厚労大臣は1年1ミリと言い出しました。でも、悪質な自治体は未だに「1年100ミリで障害がでるという科学的結果はありません」とこれも「ウソ」を言っていますし、評論家などで未だに法律を読まない人もいるようです。私は絶対に負けません。負けたら子供が被爆します。(平成24年9月11日)武田邦彦
2012年09月16日
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時事寸評 なぜ、民主党は滅びたか?「minsyutouhorobutdyno.235-(6:54).mp3」をダウンロード民主党が滅びた理由は簡単だ。自民党、民主党は名前は違っても、同じ政策だから、言ってみれば同じ政党だということにあるだろう。同じ政党なのに違うような体裁をとるのでどうしても無理があり、だから必然的に滅びる。つまり、「自民党と違う政治的信念があって党を作った」のではなく、烏合の衆が「権力を目指して集合した」からだと思う。このことは民主党ができた最初の時にはハッキリはしていなかったけれど、政権をとってからは誰にでもわかるようになった。基本政策が自民党と民主党の政策がどのように違うのか、区別できる人はいない。もっとも大きな政策で「自公民」が一致するなどということは起こるはずもないからだ。だから党の理念((綱領)=政治信念)を持たない奇妙な党になっていた。それに加えて、「政治家の言葉は全部ウソ」を実現した。●言葉のウソの記録(思い出したくないけれど) 「増税無き財政再建」→「増税に命をかける」(消費税10%アップ) 「子ども手当で余裕ある子育て」→「子ども手当止めて、扶養控除も廃止」(実質26万円ぐらいの増税になった) 「普天間は国外、最低でも県外」→「沖縄県のまま」 「高速道路無料化」→「ほぼ有料のまま」 「2020年までにCO225%減」→「10%増」(お金が取れる時にはCO2が出てくる=自然エネルギー) 「衆議院議員80人削減」→「増減ゼロ」(このぐらいは自分でできたのに)「コンクリートから人に」→「どちらも行わずにばらまきだけ」(天下り促進)・・・・・・・・・現在の日本の政治の主要課題は、1)できるだけ民間の活力を高めて日本を発展に導くのか、2)増税して規制を強め縮小傾向にするのか、が基本的な方向性で、さらに副次的には、3)再軍備、あるいは核武装するのか、4)エネルギー政策を民間主体にするのか政府が強い介入をするのか、などであり、さらに農業問題、教育問題など副次的な課題がある。自民党はもともと「規制を緩めて民活路線」であり、民主党は「規制中心の縮小社会」のように見えた。しかし自民党が増税、民主党が増税反対で政策が逆になっていて、最初からねじれていた。民活無し、増税無しで具体的にどのような政策があり得るのか、ほとんど議論されないままムードだけをマスコミが盛り上げ、そして政権が交代した。「二大政党の存在が大切」と言うけれど、ポリシーが異なってこそ意味がある。顔が変わるだけでは意味は無い。その点で先に述べたように「三党合意」というのは、前の政権と今の政権が最重要政策で合意するのだから、政権交代は全くの意味を持たなかったということだ。次の選挙は難しい。候補者の公約が「減税」なら「増税」と読み替えなければならないし、「核の平和利用」なら「核武装」と思って投票しなければならない。2009年の民主党の公約はすべて逆になったのだから、次の選挙では有権者は「読み替え」がどうしても必要になった。・・・・・・・・・今、選挙を控えて政治番組が復活しているが、「口に出して言っていることと逆」だから聞いていて疲れる。いちいち、肯定を否定に、否定を肯定に翻訳しながら聞かなければならないからだ。「直ちに健康に影響はありません」→「健康に影響があるのでゲノム解析をします」 「福島にいても安全です」→「政治家とマスコミは全員、事故の数日後には福島から引き上げました」 政治家は言葉が命である。2009年から今まで言葉にウソのあった政治家は次の選挙には出ないで欲しいし、でても国民が「政治家の最低の要件=言ったことを大切にすること」を無視している候補者に絶対に投票しないことだ。また、もう一つ。大阪維新の会は良いのかも知れないが、安部さん、麻生さん、民主党・・・いつも「選挙の顔」というのが出てきて、マスメディアがはやし立て、素晴らしい政権ができたと思ったら1ヶ月も経ったら、今度は評論家が非難し始め、1年で首相が交代するということをくり返している。せめて、今回の場合、メディアは「民主党政権ができるとき、なにか間違った報道はなかったか」について紙面を割いて国民に知らせる必要があるだろう。(平成24年9月6日) 武田邦彦
2012年09月15日
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放射線と被曝の教室(1)被曝から日本人を守る法体系 「tdyno.242-(5:42).mp3」をダウンロード(このシリーズは法規にも違反することを言って、子供の被爆を増やそうとしている人たちへ具体的な反撃をするために執筆したものです)日本で放射線を扱うようになったのは、戦後ですが、放射線による被曝が健康に障害を与える可能性があるので、放射線(レントゲンなど)や放射性物質(原発や研究所)などは、国民が被曝によって被害を受けないように法律の整備を行ってきました。また国際的には、海外に旅行に行った人が高い被曝を受けたり、海外から購入する食材や水が放射性物質で汚れていたらいけないので、世界で協定を結び、ほぼ同じ基準で被曝を避けるようにしています。さらに、放射線や放射性物質は見えないので、推定したりすることなく、危険があるかも知れない場合は、まず測定し、その測定値で判断することを大原則にしてきました。・・・・・・・・・この3つを再度、くり返したいと思います。 1)日本には国民を被曝から守る法体系がある、 2)国際的にも旅行、輸入などについて安全になっている、 3)測定しないものを判断してはいけない。この3つだけでも、被曝させたい人たちにはかなりの反撃ができます。たとえば、「ICRPは1年20ミリまで大丈夫と言っている」と相手が言ったら、「ICRPはそう言っているかも知れませんが、日本には日本人を被曝から守る法律や規則はないのですか?」と聞くことができます。また、「非常時だから、1年20ミリまで良い」と言ったら、「1年1ミリを超えると、環境客も日本に来なくなり、輸出もできなくなるのではないですか?」と反撃できます。さらに相手がごまかしてくる可能性もいあるので、それについてはまた上級編に入ったら、説明をします。「これぐらい大丈夫だ」と言う人がいたら、「測定値はいくつですか?」と聞くことがまず第一です。後で詳しく説明しますが、3ヶ月で1.3ミリシーベルト(ほぼ1年で5ミリ)を超える可能性のある地域から出すものは「測定しないで安全」と言ってはいけない事になっています。・・・・・・・・・具体的な法律は、文科省の管轄の「放射性同位元素等による放射線障害防止に関する法律」と厚労省管轄の「電離放射線障害防止規則」の二つで良いでしょう。人体への影響に関することですから、法規によって値が変わるということはありません。原発だけ特例になっていないのは当然ですが、被曝と健康はそれが「原発事故だから」とか「研究用だから」などによって変化する訳ではなく、たとえばセシウム137による被曝なら、原発からでも、研究からでも、医療からでも同じだからです。(平成24年9月11日) 武田邦彦
2012年09月14日
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電力はなぜ足りたのか?シリーズ3 関電が向いている方向 「kanden3tdyno.233-(6:24).mp3」をダウンロード関西が今年の猛暑を乗り切ったのは、関電が原発再稼働無しに供給できると言っていた約2500万キロワット(後同じ)に対して、原発再開によって3000になった。これに対して、最大消費量は約2700だったからだと関電は説明した。でも、大飯原発は2基で230だから、3000-(2500+230)=270万キロワットは原発ではない。つまり、「原発は必要か」を論じていた5月頃、関電が示した2500は「原発を動かさなければ」という意味ではウソだったのだ。さらに、このブログにも書いたように、関電が動かそうと計画している量が2500とか3000であり、決して最大能力ではない。このことについて読者の方からのご協力で、次のことが新たにわかった。まず、関電が原発依存を高める中で計画を中断していた和歌山火力(370万キロ)の再開の準備をしていなかったこと、2006年に廃止していた高砂火力(90万キロ)は動かすことができた。このほかに多奈川第二発電所(2005年休止)、宮津エネルギー研究所(2004年休止)、姫路第二(330万キロで半分だけ運転)などが休止している発電所だ。昨年、関電が原発の再開を心配している関西の人に配慮して、これらの発電所を整備して稼働すれば、和歌山火力を除いて 70+165+90+347=672万キロワットからの電気が生産できた.そうすると、原発再開をしないで調達できる電気量は、2500+672=3172万キロワットだから、実際の消費量2700を遙かに超えるし、予想された最大消費量の3000もクリアーしていたのだった。原発を動かすために関電が使った表は、発電所一覧に「停止中の発電機なし」と書いてあることだ。現実には停止中が多いのだが、これに対して関電は「計画的に停止しているものは、停止中の発電機に入りません」という説明をしている。こんな日本語はない。このブログでも解説したように、電力会社の「供給電力」というのは電力会社が「供給しよう」と思ったもので、「発電機の量」ではないからだ。こんなに甘えたことが許されるのは電力が独占だからに他ならない。これに福島事故のあとすぐ計画すれば来年にでも稼働できる和歌山火力の370を足せば、関電は原発無しに3540万キロワットがあり、当面、まったく電力には心配が無いという恐ろしいことが分かる。またこの計算には自家発電、他電力からの融通の努力不足などが含まれていないから、それを足すとおおよそ4000万キロワットの出力を持っていると推定される。つまり、自分のお金(火力など)を出したくないので、4000円持っているのに、3000円もないといい、他人のお金(原発)で済まそうということなのだ。関電は関西の人からお金をいただいている.その人達は「原発を動かさずにすめば動かしたくない」と希望していた。関電がお客さんの方を向いていれば、3540万キロとか4000万キロという数字を示していただろうし、その方が関電は信用が高まる。最近、ある講演会に行ったら、電力会社の方がおられたが、その方に対して司会者が「良く出てこられた」と言っていた。電力会社は堂々たる会社なのに、社会に出てこれないような惨めな団体になった。まるでアウトローの取り扱いだが、それでは先輩が泣くだろう。この際、関電は「全力を挙げたら、原発をやらずにこのぐらいは出せます」という「身を切るような」数字を出してみたらどうだろうか。日本のほとんどの会社はそうしているのだから。(平成24年9月10日) 武田邦彦
2012年09月13日
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時事寸評 福島から送られてきた製品や袋はどうしたらよいか? 「tdyno.237-(4:18).mp3」をダウンロード福島から送られてきた工業製品、段ボール、袋などのことで困っている人が多いようです。困るのは正常な判断で、平気という方は理性を失っている状態ですから、これからの日本の科学の発展に問題を残します。日本人を放射線から守る法体系の考え方としては、「汚染地域から運び出す物品については、検査をし、記録を残し、汚染されていなければ運び出すことができる」というもので、この場合の「汚染地域」とは、「空間線量で1年5ミリシーベルトを超える(1時間あたり0.57マイクロシーベルト)」か「1平方メートルあたり4万ベクレル以下」が相当します。その点では福島の3分の1程度が該当しますから、まずは福島の人が日本人を放射線の被害から守る法体系を遵守していただくようにお願いしたいと思います。このようになった犯人は東電であり、東電の犯罪を福島県以外の人の被曝という形で転嫁しないようにしてください。それこそが「絆」だからです。・・・・・・・・・一方、福島から送られてきたものをどうするかということですが、 1)表面を水拭きできるものは良く拭いて、もし線量計を持っていれば、表面から30センチぐらいのところから線量を測定する、 2)食材で1キロ40ベクレル以上のもの、あるいはベクレル表示のないものは廃棄する、 のが当面、守る方法として考えられます。放射線からの被害を守るためには、放射線防護の大原則とされる「測定値で判断する」ということは大切なことです。このことについてはおそらく放射線防護の専門家では日本で一人も異議を言わないと思います。政府、自治体、東電は別にして、私たち日本人はどんなに大きな事故が起こっても我を忘れず、パニックにもならず、法規を遵守し、子供の健康に配慮することを忘れないようにしましょう。(平成24年9月10日) 武田邦彦
2012年09月11日
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電力はなぜ足りたのか?シリーズ2 関電の能力 「tdyno.237-(9:48).mp3」をダウンロードこの夏の電力危機を乗り切った理由として、関電は次のように説明しています。(単位はすべて万キロワット) 大飯原発再開前の発電計画 2542 大飯原発再開後の発電実績 2988 予想された8月の最大消費 2982 関西地区の最大消費(8月) 2682【関電の説明】大飯原発を再開しなければ関電が供給できる電力は2542万キロワットでしたが、大飯原発を再開できたので2988万キロワットを生産できました。一方、これまでの実績から猛暑の8月に予想された消費量は2982万キロワットだったのに対して、皆さんが協力してくれて2682万キロワットに留まったので、2988の生産能力に対して、2682を消費したので安定した電力供給ができました。この説明を聞いて、多くの人が納得するでしょう。それは、「ああ、そうか。原発を稼働させて、自分たちも節電したから、何とか乗り切ったのだな」と思うからです。原発の再稼働も正しく、努力も報われたと感じるのですから、自己満足も得られ、とてもいい気分になるからです。政府や大阪市への信頼感も出るでしょう。でもこれは「優れた頭脳の働きをズルに使う」という模範的(詐欺的)な回答です。これは学校教育の失敗が原因です。つまり、もっとも大切なことを回答せず、形式的な回答をすることによって、本当に必要なことを隠すという高級な手口で、これで学校では100点がもらえるところに問題があります。この回答のどこが「詐欺的」であるかというと、「なぜ、大飯原発を再開しなければならなかったのか?」という疑問に何も答えていないからです。真に原発の危険性を心配している人が知りたいのは、このような数値ではなく、次の数字なのです。関西電力が製造・調達ができる最大電力量は以下の8つを合計したものです。 1)8月に稼働した火力発電所の最大発電能力 2)稼働しなかったが設備としては存在する火力の最大発電量 3)火力・原子力以外の発電量の内、8月に稼働したもの(水力など) 4)他電力から融通を受けることができる最大電力量 5)企業の自家発電の稼働を要請することによって補填する最大電力量 6)個人の太陽光発電など分散電源 7)原発の電力量・・・・・・・・・もし関電が「良心的な企業」であったとします。多くの人は電力会社は隠すのが当然だと思っていますが、独占的販売権を持っているのですから、そのかわり「正直である」というのは必要なことです。関電「皆さんができれば原発を再稼働させたくないとお考えのことは良く知っています。そこで原発が再稼働しない状態で、関電社員一丸となり、また関係会社にもご協力を得て、「原発を再稼働しない場合の最大調達量」を計算しました。」関電「その結果、上記の1」から6)を合計すると、3500万キロワットになります。猛暑の時の最大消費量は3000万キロワットになりますから、この夏は原発無しに乗り切ることができますし、皆様も特別な節電は必要ありません。でも調達できると考えられる3500万キロワットの内、他の電力会社からの融通、自家発のご協力などは不確定です。また発電所のトラブルも考えられます。その場合はギリギリになりますから、その時は節電をお願いします。」つまり、関電の説明は「原発を動かすために、他の電気を得る方法をサボれば」という仮定が入っていたのです。それに計画より増加した400万キロワットのなかで実は200万キロワットは原発以外ですから、ここもトリックが入っています。大飯原発の再開問題というのは、「原発の再稼働に反対する人がいなければ、再開すればいつもの年のように過ぎる」のは当たり前です。でも「原発の再稼働を心配している人がいるから、検討する」というものだったのですが、実は「原発を動かさないでも大丈夫か?」ということを「誰も考えなかった」のです。トリックというのは恐ろしいものです.特に頭の良い人が集団でズルをしようとするとこのようになるという典型的なことですが、関電の幹部の方にも良心的で国民のことを考えている方が一人ぐらいはおられるでしょうから、ぜひ、1)から6)を示してください。また、これで終わりではなく、来年がありますから、次の2つを追加しなければなりません。 1)大急ぎで火力発電所を建設する敷地も持っている場合の発電量と建設期間(突貫でやれば、3年.発電量は1000万キロワット程度と推定される) 2)自家発電、他電力の融通枠を緊急に増やすことによって調整できる電力枠(おそらく400万キロワットぐらい) これで原発無しで4000万キロワットレベルに達しますから、関電管内の電力不足は3年後には解消すると考えられます。またこの時の電気代は現在より少し安くなると考えられます。このことについてはすでに整理しましたが、また機会を見て整理します。(平成24年9月8日) 武田邦彦
2012年09月10日
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時事寸評 「ねじれ国会」というNHK解説委員 「nhknonegiretdyno.236-(4:16).mp3」をダウンロードNHKの解説委員は、衆議院と参議院の与野党が逆転している現状を「ねじれ国会」という表現を使い、盛んに批判している。他局でも見られないことはないが、あまりにも不見識なのでブログで取り上げなければならない。日本の政治制度は、衆議院と参議院があって、それぞれ別の時期に投票される。まれには「同時選挙」もあるけれど、任期も違い、解散のある衆議院と任期が決まっている参議院だから選挙の時期が違うのは当然のことだ。だから、自民党の勢力が強かった時代、衆議院と参議院が同じで「参議院はそえもの」などと言われたよりも「正常」な状態だ。それを「ねじれ」とあたかも「異常」なように解説するNHKというのはあまりにもレベルが低い。アメリカでも大統領は民主党、議会は共和党とか、議会でも上院と下院の勢力が違うなどは普通のことで、他の先進国も珍しいことではない。それなのに、なぜ日本の衆議院と参議院の勢力が違うだけで「ねじれ」という表現を使い、なんとなく「悪いこと」のように表現する「文化人」が多いのか不思議だ。もともと「ねじれ」が悪いのではなく、党議拘束が強く、議員が単なる投票機械にほかならない。憲法の精神から言えば、衆議院と参議院の考えが違っても良いし、それは議員一人一人が国民の代表として正しく行動することが大切なのである。もしNHKの解説委員が批判するとしたら、まず「ねじれ」という「異常事態」と思われる用語を使わないように呼び掛け、その上で「せっかく、日本も衆議院と参議院が別々の考えを持てるようになり、二院制の意義がでてきたのだから、議員一人一人が党議に拘束されることなく議論をするべきだ」と言って欲しいものである。そのぐらいの判断力に基づいてNHKが言わないと、なんで強制的にお金を取る放送局があるのか、その意義を認めることはできない。(平成24年9月7日) 武田邦彦
2012年09月08日
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時事寸評 電力はなぜ足りたのか? 「tdyno.234-(8:58).mp3」をダウンロード夏に向かって大飯原発の再開問題が議論されているときに、野田首相は支離滅裂なことを言っていたが、仙谷元官房長官は「原発を止めるなど集団自殺だ」といい、米倉経団連会長は「電力需要が逼迫する夏に原発を止めると日本経済は破綻する」と言った。日本国内が海外の論調と全く違う方向に進み、日本の海外駐在員が日本に正確な情報を伝えないというのも問題であり、かつ電力需給の見通しを出した専門家が御用学者だったこともあるが、すでに2011年3月の事故直後に「日本の電力は原発を止めても不足しない」との計算がIEA(国際エネルギー機関)から出ているのだ。そこには具体的な数値も入っているが、日本の場合は数値はなく「大丈夫」か「足りない」だけであとで責任を追及できないようになっている。猛暑となった今年の夏。しかも電力生産の40%を原発に頼っていた関西電力。それがなんなくこの夏を乗り切った理由は簡単だ。電力の消費率としてテレビに出ていた数値は、間違っていたのである。電力は、 1)設備容量(おおざっぱな比率を示すのに、これを100とする) 2)稼働可能設備(約80) 3)本日の稼働予定設備(60) 4)本日の消費電力(50) の4つが問題だが、「消費率」としてテレビに出ていたのは、4)÷1)ではなく、4)÷3)だから、電力会社がその気(設備を最大限に動かす)という気になれば、設備容量はざっと言って2倍ある。このことは専門家なら誰でも知っているが、テレビでは説明していなかった。電力の消費量がいつも80%から90%になっているのは、その日に電力会社が作ろうと決めた数字に対して消費する電力を指しているからである。本当に国民が知りたかったのは、電力が全力を挙げて生産したときと、国民が全力を挙げて節電したときにどのようになるかであり、それを間違った(ふりをして原発再稼働を行った)政府と専門家の責任は重い。原発の再開に賛成する人もいても良いが、「ウソをついて原発を再開する」のは民主主義でもなく、人格がある人とも思えない。まさに「売国無罪」(宮脇先生による)の一つである。「国民はバカだ。だから本当のことは言わなくて良い」という「偉い人」の戦略が見える。・・・・・・・・・ただ、電力は国民の活動の源泉であるから、節約するのは日本の将来を暗くする。節約するのだったら、贅沢品など将来の日本に影響の少ない方からやらなければならず、節電のようにもっとも節約していけない電気を節約するというのは実にばかげたことなのである。子供のことを考えれば、贅沢品を節約しようという気になるはずであり、決して活動のもとになる電気を節約するのではなく、むしろアメリカ人一人あたりの消費電力の2分の1という状態をアメリカを抜くぐらいにしないと子供は悲惨な生活を強いられるだろう。そろそろ大人は目の前のお金ではなく、50年後の日本を考えて行動するときのように思う。(平成24年9月6日) 武田邦彦
2012年09月07日
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時事寸評 電力、議員の根回し開始・・・自己責任にすれば解決 「tdyno.231-(6:57).mp3」をダウンロード電力が民主党議員に対して、原発再開の根回しを始めました。核武装(原発を止めると核武装が難しくなる)とお金をちらつかせて説得に当たると考えられます。このような行為を一つ一つチェックして批判するのはかなり大変ですが、一気に解決できる方法があります。それは「原発も実施者の自己責任とする」ということです。今や、電力会社は国会、マスコミなどを押さえ込む力を持っているのですから、電力のやることを国や国民が助ける必要はありません。次のことから国が手を引けば、電力は原発を止めると考えられます。1)核武装をしない政策を明確にする(次回の総選挙で)、 2)原子力の開発、立地、廃棄物の貯蔵などはすべて電力が自らのお金と敷地で行う、 3)原子力に出している4500億円の国庫予算を止めて、さらに細かい補助金などからも撤退する(国民の70%が反対しているのだから、税金を投入する根拠はない)、 4)事故が起こった際の避難用のバス、緊急の医療体制、学校の疎開地と学校建設、汚染された廃棄物の処理などすべてを電力の責任とする、 5)東電の後始末を今は政府がやっているが、すべて東電と電力9社にやらせる。これらのことは普通の会社(たとえば可燃物を扱っている化学会社)なら当然のことです。国民が圧倒的に原子力を支持しているなら、税金を出しても良いのですが、反対しているものに出すことはできないからです。このようにすると原子力発電は経営的なうまみがないので、電力は議員への根回しどころか、原子力から離れるでしょう。そして再生可能エネルギーも含めて、電力会社が会社として事業を計画し、将来の設計をして行けば自動的にムダな再生可能エネルギーも無くなると考えられます。新エネルギーで事業をやる人に電力業の認可を与え、送電を電力が協力することだけが政府がやることにすれば、日本の電気の将来も明るく、電気代も半分になるのは確実です(このブログにすでに書いたように、鉄鋼産業と同じになる)。(平成24年9月5日) 武田邦彦
2012年09月05日
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人生講座(5) 血圧が高い方が良い 「ketuatutdyno.230-(12:39).mp3」をダウンロード(かつては年齢+90が適正な血圧と言われました。でも、今は基準が変わり「高い」というのは血圧が気になる年齢で、働き盛りの人で130以上のこと言います。本当に131は薬を飲まなければならないほどの高血圧症なのでしょうか?)私がこのブログで、タバコ、コレステロール、そして今回のように血圧などを書くと、「なにをそんなにムキになっているんですか?」と訝る方もおられますが、私は地震予知にしても、このような健康問題にしてもこだわったり、ムキになったりすることはありません。ただ、地震では東海地方に先に地震が来ることが「分かっていない」のに、あたかも「東海地震が来る」と言って、阪神淡路、東北の大震災の犠牲者を出しました。地球温暖化もそうですが、科学的な衣を着て、実は狙いが別にあるという場合、その結果として、今回の原発事故のように甚大な被害が起こることがあります。それでも中部電力課長は「死者がでていないのだから、あれは事故とは言えない」と言いました。こんな考えですと、「発がん物質を売ってなにが悪い。すぐガンで死ぬわけではないのに」とか「アスベストを使って何が悪い。20年ぐらい経たないと死なない」という理屈になり、社会がムチャクチャになってしまいます。電量会社の幹部が「反社会的」であるというのは問題です。前回の人生講座で説明したコレステロールでもそうです。体内で70%も作られ、必須のものなのに「悪玉」などと批判し、その実は薬の売り上げのことだったというのでは残念です。事実、コレステロールを抑制して、死亡率があがり、飛び降り自殺が増えているのですから、死の商人でもあります。・・・・・・・・・さて、今回は「血圧」を取り上げますが、これも単にネットで勉強してというのではなく、少なくとも専門のお医者さんごはお話して書いています。血圧が高すぎる(180以上)のが問題であることは言うまでもありません。でも現在の指導血圧(130ミリ)は年配者にとって健康を害するほどの「低い血圧」なのです。血圧は「低い方が良い」のではなく、「適度な血圧が望ましい」ものだからです。なぜ「血圧」というのがあるかというと、体全体に血を流すので、そのために「ポンプの圧力」がいるからです。何しろ体の隅々まで、毛細管まで血を流すのですから、圧力がなければ流れません。それでも人間はまだ低い方で、キリンや恐竜などの大型動物ですとかなり高い血圧でないと頭まで血液が届きません。人間も、血圧が低くなると問題が起きます。そうかといって圧力が高すぎると地を運ぶホース(血管)が破れてしまいます。だから、どうしても「適当な圧力」が必要となります。適当な圧力とは、(「血圧が高いとかかる病気」+「血圧が低いとかかる病気」)の合計を減らすことで、片方だけを減らしてもダメです。血圧が高くなると出血性の病気(脳出血など)になり、血圧が低くなると虚血性の病気(脳梗塞など)になります。脳出血は病気で、脳梗塞は病気ではないなどということはありませんから、「適正な血圧」が必要です。まず第一に知ることは、人間には血圧を正常に保つ機能があり、その機能がダメになるのが「病気」であるということです。人は病気になると薬で血圧を上げたり、下げたりする必要がありますが、正常なら体が判断して「この血圧が適切だ」としている場合は薬で調整する必要はありません。コレステロールや痛風の原因になる尿酸なども同じですが、体内で70%から80%も合成されるものは、体が病気(適正な量をコントロールできなくなった時)だけに治療が必要です。つまり、正しい方法は「血圧が異常に高くなった」と言うときには「血圧を下げる薬」を使うのではなく、「血圧をコントロールできなくなった体を直す」というのが本来の治療です。かつて「肺炎にかかったらペニシリン」という時代がありました。これは肺炎の原因となる細菌が抗生物質ペニシリンの注射を打つことによって細胞壁を作ることができなくなり、その結果、増殖が抑えられて肺炎が治るということでした。これでずいぶんの人の命が助かりました。これとは逆にインフルエンザにかかって熱がでたという場合は、ウィルスの治療薬がなかったので、「とりあえず胃腸の薬を出しますから、ゆっくり寝て栄養のあるものを食べてください」ということになります。つまり、治療薬がなければとりあえずの苦痛を除いたり、回復を早める薬を出すのであり、解熱剤は当座の苦痛を和らげたりする役割で、本当の治療とは言えません。「血圧を正常に保つ」という薬はまだ普及の段階にないので、おどろくべきことに「血圧が正常かどうかを診察せずに決めて、決めた値よりおおきければ降下剤を投与する」という馬鹿らしいことをやっているのです。「日本国民はまったく個性や個人差がないので、血圧の正常値を一律に決める」と厚労省が決め、今は130ミリ(65才以下)になっているという野蛮な状態です。そして医師は労働者のように患者さんが来られると血圧を測り、130以上の場合、その人にとって病気でもなんでもないのに、降圧剤を出すということになります。そしてなんでもお役人を信じるという人が「俺は130以上なのに医師は降下剤を出さなかった。医療過誤だ」というので、病院は面倒でもあり、薬価もあるのでお薬を出すという具合です。なにしろ、国民の1000万人以上が病院で「高血圧の病気」と言われ、推定で5000万人が該当するとも言われています。国民の約半分が「病気」になるという奇妙な基準なのです。・・・・・・・・・それでは、どの程度が「適度な血圧」なのでしょうか? 日本でも有数の優れた医師にお話をお伺いすると、「その人個人や年齢によって違いますので、一概に言えませんが、140,150ミリぐらいは問題がない場合が多く、強いて数字で言えば180を超えるようなら注意が必要でしょう。むしろ下の血圧も注意しなければなりません」と言われる。また病気には血圧が高いと血管が破裂するという場合と、血圧が低いと血管が詰まるという場合があり、高ければ危険、低ければ危険ということはなく、「その人にとって適正な血圧が良い」という当たり前のことなのです。また、今の基準のように130以上は高血圧とすると、50才以上の日本人の半分が「病気」ということになります。人間の体は自らが調整する力を持っており、必要も無いのに降圧剤を服用することは勧められることではありません。端的に言うと、今の「高血圧騒動」は「国民の健康」を犠牲にして「薬の販売」を優先するというお金中心の社会から出てきたものです。ちなみに食塩を摂る量では全国で上位である長野県の男性の平均寿命が日本の都道府県の中でもっとも長いということが、「高血圧騒動」、「減塩騒動」の間違いを良く表しています。(平成24年9月1日) 武田邦彦
2012年09月03日
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時事寸評 政府の「人体実験」政策 「genomukaisekitdyno.231-(5:27).mp3」をダウンロード政府は原発を進め、核武装まで行くという方針のもと、福島原発で被災した福島県の人の全DNAの遺伝情報の解析を進めると発表した。事故直後、政府は「健康に影響はない」と連呼して、福島の被曝地帯からの住民避難に一台のバスも出さなかった。チェルノブイリの時にソ連政府が事故の翌日からキエフなどからのバス1100台で住民の避難をさせたのとは大違いだった。「健康に影響がないから避難しなくてもよい」という政府の基本的な考え方なら、福島の人のゲノム解析は必要がないし、もしゲノム解析が必要なら住民の避難をさせなければならない。これでは完全な人体実験だ.特に環境省が「子供を中心に調べる」としているのは重大なことでもある。子供に影響がある可能性があるのなら、事故直後にまず避難させて、しかる後の「逃げ遅れた子供」とか「被曝を避けるように努力はしたが、結果的に被曝した子供」の検査をするなら筋が通っているが、「逃がすこともせず、子供の遺伝子の解析をする」というのでは、いくら何でも切ない。特に福島の子供の36%、実に3分の1以上に甲状腺の「異常」が認められていて、しかもそれが「異常かどうか不明」という状態だ。このブログでも指摘しているように、被曝の不安の原因は、「事故前まで被曝は危険だとしながら、事故が起こったら被曝は安全だ」と180度変わった政府や専門家の言動にある。ゲノム解析のような事は政府が政治的に音頭を取るのではなく、学会や学者が取り組むべき課題であり、それに政府としては研究促進をするというぐらいである。もともと政府の強力な権力のもとで学術的な研究をするというのは、ナチスやスターリン時代のことでもある。私たちはこのような「歴史の教訓」もおろそかにしてはいけない。民主党政権がなにか居丈高で、権威主義、全体主義のように見える理由はなんだろうか?おそらくゲノム解析の結果は「影響が少ない」ということになり、それを元に政府は原発政策を推進するだろう。これが学術的な結果によるなら方向がどのようになっても人類の知恵の進歩として歓迎することだが、人の健康や生死に政治が入ったら意味を失う。(平成24年9月1日) 武田邦彦
2012年09月02日
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時事寸評 中部電力課長事件から1ヶ月 「tdyno.229-(10:49).mp3」をダウンロード近来まれに見る衝撃的な発言を中部電力課長がして以来、1ヶ月以上が経ちました。「福島原発事故と言うけれど、死者がいないのだから事故とは呼べない」という趣旨の発言は、さまざまな日本の根底にある問題点を明らかにしました。・・・・・・・・・まず第一に、学校で成績が良く一流大学を出た人がこのような発言をするということは「教育の失敗例」でもあります。もともと原発事故というのは「即死」はほとんど無く、「5年後から犠牲者がでる」という性質のものです。このようなものは、「発がん物質」、「中皮腫の原因となるとされるアスベスト」、「水銀を含んだサカナ」、「エイズウィルスが入った血液製剤」など多種類あり、これらは社会的に決して許されるものではないのですが、1年以内に死者がでるものではありません。そんなことを中部電力の課長に教えなければならないとしたら、中部電力自体が危険な会社ということになります。でも、この課長は人間としては教養があり、礼儀正しいかも知れないのです。このことを先日「日本人は個人では立派でも組織の中では豹変する」という人がいましたが、もしそれが正しいとしても教育の失敗です。今の教育は集団性を重んじていますが、それは「社会的に悪でも組織に合わせる」ということを先生が教育しているとしたら、これもとんでもないことです。教育基本法にあるように教育の基本は「正義を愛する人物」を育てることです。いじめの問題も同じ背景を持っていますが、教育現場でより強く「正義」を守る強い心を持った子供を育ててもらいたいと思います。・・・・・・・・・第二に、中部電力は電力を使ってくれる国民が不安に思っている原発を強行しようとしているのでしょうか? それは政府が5000億円もの税金を原子力発電に提供しているからで、政府の決定は国民の意思でもありますから、国民が原子力をやってくれと言っているとも言えるからです。でも、それは形式的ないいわけに過ぎません。もし、電力が「自らの社会的責任」を重んじれば、浜岡原発を再開したいとは思わないでしょう。事実、名古屋で行ったテレビ局の調査では、「冷房を我慢しても原発は再開したくない」という意見が70%もあったのですから、それにも触れる必要があります。「なにをそんなに意固地になっているの?」と言いたいぐらいの電力の固く、お役人のような顔にはビックリします。私の長い原子力関係の経験では、国、東大教授、電力会社の幹部は、ほぼ全員「国民はバカだ。原子力が必要であり、安全だと言うことを知らない」と思っています。そして事故が起こっても「安全だ」と錯覚しているところが奇妙に感じます。これも教育の失敗かも知れません。いくら何でもあれだけの事故を目の前にして、多くの人が苦しんだのです。爆発当時、寒さに震え、逃げ惑い、どうしたらよいか分からなかった精神的苦痛は「放射線が怖いかどうか」などとは関係のないことで、目の前で原発が爆発し、幼い子供を抱えていて平気という人が居たらその人の方が常識外れだからです。そして、電力が20年来、自らの従業員の被曝を1年1ミリにしてきたことからも、医師がレントゲンを撮るときに自らが鉛の側室に入ってスイッチを押してきたことも、いずれも国民に「被曝は危険」とのメッセージになっていたのです。人間の心は電力が事故を起こしたからという理由だけで急激に「被曝は安全」などと変化するものではありません。これも電力会社はまだ理解できないのです。政府も、東大教授も、そして一流大学を出た人で構成される電力幹部も理解力が低いということになると、やはり教育の欠陥と言わざるをえません。・・・・・・・・・私はこの発言に衝撃を受け、しばらく「原発以外のことは言わない方が良い。あの事故が事故でないという人が居なくなるまで」と思いました。そして1ヶ月、少しは気を取り直してきたのですが、おそらく中部電力は「反省」をしていないでしょう。おそらく「自分たちが正しい」と思っているでしょう。その間は、中部地区の人は自らの意思を示し続けないと元に戻ってしまうとおもいます。この発言は「電力会社は福島程度の事故が起こってもかまわない」と心の中で思っていることを示していますから、私たちは緩めることはできません。表面では「安全に注意している」と言い、裏では「爆発しても良いじゃないか」と思っている状態がもっとも危険だからです。(平成24年8月31日) 武田邦彦
2012年09月01日
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