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前に紹介した「ニッキ紙(がみ)」と同様に、毒々しい着色料で色づけされた駄菓子は他にもあった。その一つが「べろべろ」と言うものだ。寒天あるいは、わらび粉でつくられた、人間の舌と同じ大きさで赤く着色された駄菓子だ。 もちろん、その赤い色は合成着色料の色だが、正式な商品名ではないと思うが、舌に似ていたからか「べろべろ」と呼ばれていた。それが、底に竹の皮を敷き詰めた木製の箱に、ずらっと並べられていた。 実は、「べろべろ」は、くじ引きとして販売されていたので、その並んだ「べろべろ」の傍には、当たりの少し大きめの四角い形のものや、特賞の鯛の形をした大きなものも並べられていた。 そのくじに使われていたのは、今ではあまり見かけなくなった「めくりくじ」だった。1.5cm角くらいの小さなくじで、表には鯛が描かれていた。うろ覚えだが、外れは小海老、当たりは蛸やカレイ、特賞の鯛が描かれていたと記憶している。 この「めくりくじ」は、「べろべろ」の専用のくじとして作られていたかどうかはわからないが、想像では「べろべろ」のくじ引きを思いついて、鯛の「めくりくじ」を利用して、「べろべろ」の当たりの形状を決めたのではないだろうか。 今となっては、その真相を究明するすべは、ほとんどないが、「べろべろ」が駄菓子屋さんの店頭から消えてしまった後でも、鯛の「めくりくじ」だけは生き残っていたことを覚えている。「こどものあそび(遊び方)」は、次のページでいろいろ紹介しています。あそびセレクトFC2ブログランキングにも登録しています。↓よろしければ、ご支援のクリックを↓多忙のため、コメントへ返信できない場合がありますので、ご了承の程よろしくお願いいたします。
2013.01.31
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この「遊び学辞典」の草稿は、遊邑舎のサイトに、遊邑舎版「遊び学事典」として、加筆・訂正して編集・掲載している。(再掲)ニッキ:[にっき] クスノキ科ニッケイ属の植物のニッケイ(肉桂)、あるいはその樹皮から作る香辛料のこと。 ニッキを使った駄菓子に、ニッキ紙や貝ニッキなどがある。貝笛:[かいぶえ] 一般的に、二枚貝の殻頂(蝶番の部分)をコンクリートや石の上で摺って穴を開け、その穴から息を吹き込み、楽器のカズーのようにして鳴らす笛を指すが、「ほら貝」のような巻貝をトランペットのようにして吹き鳴らす笛を指すこともある。パタパタ手品:[ぱたぱたてじな] 何枚かの板(あるいはカード)が連なったもので、一番上の板を反転させると、その下の板が連鎖的に、パタパタと反転していく玩具。 板の反転に伴い、絵柄も変化するので、変わり絵や変わり屏風と呼ばれることもある。パタパタ:[ぱたぱた] パタパタ手品に同じ。板返し:[いたがえし] パタパタ手品に同じ。変わり絵:[かわりえ] 基本原理はパタパタ手品と同じで、絵柄が変化するものの呼称に限定的に用いられたりもする。変わり屏風:[かわりびょうぶ] 基本原理が、パタパタ手品と同じ玩具や調度品を指す。 屏風のように横に拡げることにより絵が変化するものの呼称として限定的に使用される場合もある。 [同義]からくり屏風。からくり屏風:[からくりびょうぶ] 変わり屏風に同じ。伝承折り紙:[でんしょうおりがみ] 過去または現在において、世代を越えて伝承され続けられていたり、伝承され続けている、折り紙の作品や技法の総称。 (例)「折り鶴」、「奴さん」、「連鶴」など。「こどものあそび(遊び方)」は、次のページでいろいろ紹介しています。あそびセレクトFC2ブログランキングにも登録しています。↓よろしければ、ご支援のクリックを↓多忙のため、コメントへ返信できない場合がありますので、ご了承の程よろしくお願いいたします。
2013.01.30
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団塊の世代がこどもの頃(1950年代)には、今では考えられない駄菓子が販売されていた。その一つが「ニッキ紙(がみ)」と言われるものだ。和紙などにニッキ味の着いた濃い砂糖液を浸み込ませて乾燥させた代物だ。これだけでも相当なものだが、さらにその紙に赤や緑のどぎつい着色料で絵が描かれているのだ。 こんな怪しい駄菓子を、どのように食するのかだが、何と適当な大きさに手でちぎって、チューインガムのように口の中でしがんで、ニッキ味の甘さを味わう?のだ。もちろん、味が無くなれば吐いて捨てるが、そこはこどもだから、紙そのものの嫌な味がするまで、とことんまでしがみ込む。 そんな状態だから、舌はあのどぎつい着色料の色に染まってしまう。舌を出せば妖怪あるいは吸血鬼状態だ。まあ、それも面白がったのも、こども故のことだが、今考えると、ゾーッとする思いだ。 さて、そんなニッキ紙だが、当時の駄菓子屋さんでは、くじ引きで販売されることが多かった。小さなニッキ紙を引いて、当たりが出れば、大きなニッキ紙がもらえたのだ。健康のことを考えれば、はたして、当たる方が良かったのか甚だ疑問の多い、旧き時代の話である。「こどものあそび(遊び方)」は、次のページでいろいろ紹介しています。あそびセレクトFC2ブログランキングにも登録しています。↓よろしければ、ご支援のクリックを↓多忙のため、コメントへ返信できない場合がありますので、ご了承の程よろしくお願いいたします。
2013.01.29
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この「遊び学辞典」の草稿は、遊邑舎のサイトに、遊邑舎版「遊び学事典」として、加筆・訂正して編集・掲載している。(再掲)茶壺:[ちゃつぼ] 一人で楽しむ手あそびの一つ、あるいはそのために歌われる手あそび歌。 歌詞は、「茶茶壺、茶壺、茶壺にゃ蓋が無い。底を取って蓋にしよ」と「茶茶壺、茶壺、茶壺にゃ底が無い。蓋を取って底にしよ」がある。奴さん:[やっこさん] 「奴さん」の形を模した、日本の伝承折り紙で、この折り方の途中から、奴さん用の袴やパクパクなどの、様々な折り紙の作品を作ることができる。袴:[はかま] 「袴」の形を模した、日本の伝承折り紙で、奴さんの途中から変化して折り上げる。貝割り:[かいわり] 蛤(ハマグリ)などの貝殻を割り合って対戦するあそび。 地面や手のひらの上に置いた、相手の貝殻を、自分の貝殻で叩いて割る。貝ニッキ:[かいにっき] 蛤などの貝殻の中に、ニッキ味を着けた砂糖菓子を詰めた駄菓子。 ニッキ貝とも呼ばれる。 食べた後の貝殻は、貝笛や貝割りなどのあそびに活用されたりもした。ニッキ貝:[にっきがい] 貝ニッキに同じ。「こどものあそび(遊び方)」は、次のページでいろいろ紹介しています。あそびセレクトFC2ブログランキングにも登録しています。↓よろしければ、ご支援のクリックを↓多忙のため、コメントへ返信できない場合がありますので、ご了承の程よろしくお願いいたします。
2013.01.28
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こどものあそびには、数を数えるための「あそび歌」である「数え歌」が登場するあそびがある。その「数え歌」には、同じ曲に対して、様々なバリエーションの歌詞が存在する。 バリエーションが生まれるのは、そうしたあそびが、書籍などで文字として伝えられると言うよりも、主としてこどもたちにより、あそぶことにより各地に拡げられたり、次の世代に伝えられて来たからに他ならない。 さて、その「数え歌」の様々なバリエーションをみると、面白いことが読み取れる。それは、どの曲のバリエーションも、概ね4あるいは5以上の数の歌詞に変化が見られ、数が大きくなるにしたがって変異が大きくなる傾向にあるのだ。 たとえば、「一羽のカラス」などは、「4は白髪のおじいさん」までは、ほぼ一緒で、その後の5は、「ゴリラのラッパ吹き」、「ご褒美頂いて」、「御殿のお姫様」などがある。 では、何故4や5以降に変化が多くなるのだろうか。それは、このような「数え歌」は、縄跳びやお手玉などの、跳んだり投げ受けする回数を数えるあそびに用いられるからだ。 それらのあそびは、途中で失敗することがしばしばあり、何度も初めの歌詞から始めることを繰り返す一方で、4や5以降の歌詞を歌う機会が少ないので、その歌詞が記憶に残り難いからだ。 また、それらのあそびが、比較的に年齢の低いこどもたちのあそびに多くみられることも、大きい数の歌詞が覚え難い原因ともなっている。だから、その地域や時代によって、こどもたちの関心のある物事で、忘れた歌詞が置き換えられてきたのだろう。 「数え歌」のバリエーションの豊かさは、こどもたちがあそびを拡げ伝えるたくましさの現れなのだ。そんなこどもたちのたくましさを、いつまでも守っていきたいと、思いを新たにする私だ。「こどものあそび(遊び方)」は、次のページでいろいろ紹介しています。あそびセレクトFC2ブログランキングにも登録しています。↓よろしければ、ご支援のクリックを↓多忙のため、コメントへ返信できない場合がありますので、ご了承の程よろしくお願いいたします。
2013.01.27
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今回も、「遊び」と脳の関係に関する記事を以下に紹介する。【まず、1924年生まれの女性が脳波測定器を付けてパチンコ・パチスロを遊技。ケアマネジャーからハンドル操作やゲームの楽しみ方など説明を受けながら遊技を楽しんだ。実験後には「面白くて脳に良いのはうれしいこと」と笑顔。データでも脳がトレーニングされていることが確認できた。テーブルゲームでは5人の女性がブラックジャックに参加。ケアマネジャーをディーラーに、談笑しながら勝負を満喫した。これらゲームに興じることは、脳に刺激を与えたり、脳トレになるだけでなく、ケアマネジャーや仲間同士とのコミュニケーションを促し、これも認知予防やリハビリにつながる。】(【】内は記事から一部引用、Google ニュース/SankeiBiz:2013/01/26) 上記の引用は、パチンコ台などの遊技機器を扱う企業の活動を紹介した記事の一節だ。昨日のブログでは、こども向けの「右脳を鍛える」ブロック玩具などを批判的に論じたが、高齢者の「脳のリハビリ&介護予防」に、遊戯機器を活用するにも、一定の注意が必要だ。 パチンコ店やゲームセンターで遊ぶことが、「脳のリハビリ&介護予防」に効果があるにしても、少なくとも賭博的な要素の強いものには、節度をもって対処する必要がある。その点で言えば、純粋のゲームとして、麻雀や花札などのテーブルゲームを、高齢者仲間と楽しむのはお奨めだ。 また、テーブルゲームに限らず、いろんな遊びを楽しむことでも、「脳のリハビリ&介護予防」の効果が期待できる。あそびが仕事のこどもたちだけでなく、高齢者も大いに遊ぶことが大切で、自分の好きな遊びを、気の合った仲間と楽しむことができれば最高だ。「こどものあそび(遊び方)」は、次のページでいろいろ紹介しています。あそびセレクトFC2ブログランキングにも登録しています。↓よろしければ、ご支援のクリックを↓多忙のため、コメントへ返信できない場合がありますので、ご了承の程よろしくお願いいたします。
2013.01.26
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【「ブロック遊びの良さは、無限の組み合わせの中で、自由に自分の”想像力”と”創造力”を発揮できることです。自分の手を使ってものを作ることは脳(特に右脳)に刺激を与え、創造力を掻き立てます。完成形があってそれを作っていくのもいいですが、自由に自分の想像力にまかせて形をつくる作業は、さらにお子さんの右脳開発に効果的です」】(【】内は記事から一部引用、Google ニュース/マイナビニュース:2013/01/24) 上記引用は、人気ブロック玩具を使った「企業向け問題解決手法」の「認定ファシリテーター資格」を持った方のコメントだが、そうした指摘の妥当性はともかく、「右脳を鍛える」とか「右脳開発」などのうたい文句で、玩具を宣伝するやり方には手放しでは賛同できない。 このブログでも度々指摘してきたことだが、もし上記引用が正しいとしても、それはブロック玩具に限ったことでもない。もっと素朴な積み木でも、私の好きなユニット折り紙でも可能だ。 また、「右脳」ではなく「左脳を鍛える」あそびや玩具があったとしても、当然それは特定のあそびや玩具だけに限られたことでもない。さらに、どちらかと言えば、「右脳も左脳」も鍛えることができれば、それにこしたことはない。 上記引用のようなコメントに惑わされて、ブロック玩具ばかりさせられるようにもなれば、こどもにとっては、これほどありがた迷惑なことはない。少なくとも、嫌がるこどもに押し付けるのだけはやめるべきだ。逆効果さえ生まれかねないからだ。 もちろん、記事のブロック玩具も素晴らしい玩具であり、私も好きな玩具で、おとなもこどもにも楽しんでいただきたい玩具の一つでもある。それだけで十分ではないだろうか。「こどものあそび(遊び方)」は、次のページでいろいろ紹介しています。あそびセレクトFC2ブログランキングにも登録しています。↓よろしければ、ご支援のクリックを↓多忙のため、コメントへ返信できない場合がありますので、ご了承の程よろしくお願いいたします。
2013.01.25
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作成しようと考えているサイト「遊邑あそび館」では、あそび方のを紹介するにあたって、文字だけで伝えようとしても難しいので、適当な画像や図表が必要となってくる。当然ながら、そのためには、画像や図表を作成するソフトが必要となってくる。 多くのパソコンに付属のソフトでも何とかなるが、できれば手ごろなソフトを購入するのもいい。見栄えの良いものを作るには必要だが、使い切れないようなソフトも必要はない。ただ、それなりの技術は必要で、そのためにも自分の使い勝手のいいソフトで、実践すれば技術も身に付いてくる。ちなみに、使っているソフトは、次のシリーズだ。(続く)「こどものあそび(遊び方)」は、次のページでいろいろ紹介しています。あそびセレクトFC2ブログランキングにも登録しています。↓よろしければ、ご支援のクリックを↓多忙のため、コメントへ返信できない場合がありますので、ご了承の程よろしくお願いいたします。
2013.01.24
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この「遊び学辞典」の草稿は、遊邑舎のサイトに、遊邑舎版「遊び学事典」として、加筆・訂正して編集・掲載している。(再掲)おはぎの嫁入り:[おはぎのよめいり] 手あそび歌や縄跳び歌として用いられる替え歌。 原曲は「リパブリック賛歌」で、一般的な歌詞は「おはぎがお嫁に行く時は、あんこときなこでお化粧して、丸いおぼんにのせられて、着いたところは応接間」となっており、二番以降の歌詞のあるものなどのバリエーションがある。 手あそびの仕方は、基本的に歌詞の内容に沿ったものが多い。 「おはぎがお嫁に」など、歌詞の最初の部分が、呼称となっていることもある。おはぎがお嫁に:[おはぎがおよめに] 「おはぎの嫁入り」に同じ。ゴム跳び歌:[ごむとびうた] ゴム跳びで用いられるあそび歌。 (例)「アルプス一万尺」、「カチューシャ」など。あやしあそび 幼いこどもをあやすあそび。 (例)「上がり目下がり目」、「一本橋こちょこちょ」。いちじくにんじん:≪無花果人参≫ 数え歌の一つで、手あそび、大縄跳びなど、数を数える様々なあそびに用いられる。 歌詞は、「いちじく、人参、山椒に、椎茸、牛蒡に」くらいまではほぼ共通で、その後は様々なバリエーションがある。 歌詞の一例、「いちじく、人参、山椒に、椎茸、牛蒡に、むかご、七草、白菜、胡瓜に、冬瓜」。ひとめふため:≪一目二目≫ 数え歌の一つで、羽根突きに用いられる。 代表的な歌詞は、「ひとめ、ふため、みやこし、よめご、いつやの、むさし、ななやの、やつし、ここのや、とおや、ひいやふ、みやよ、いつやむ、ななや、こことお」。 大きな提灯小さな提灯:[おおきなちょうちんちいさなちょうちん] リーダーあそびの一つで、リーダーの言った形状の提灯を、参加者が手でつくることができれば成功となる。この時リーダーは同じ形状の提灯を作ってもいいし、違った形状の提灯を作ってもいいので、参加者はこのリーダーの策略に引っ掛からないようにしなければならない。 一般的な、リーダーが提示する提灯の形状には、「大きな」「小さな」「長い」「短い」などがある。「こどものあそび(遊び方)」は、次のページでいろいろ紹介しています。あそびセレクトFC2ブログランキングにも登録しています。↓よろしければ、ご支援のクリックを↓多忙のため、コメントへ返信できない場合がありますので、ご了承の程よろしくお願いいたします。
2013.01.23
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いよいよ、総索引・分類項目別索引・個々のあそびと言う三階層のページを作っていくわけだが、実は、私はホームページ作成用のソフトを使用せず、HTMLタグを手打ちして、WEBページを作成しているのだ。 これは、全く私自身の趣味・趣向の問題で、ある意味パズルを解くような感じで、ページを作っている。少なくとも、HTMLタグを学習して、ページの構造・仕組みを理解する上では役に立っている。お奨めはしないが、試してみるのもいいだろう。 さて、各ページだが、ページを階層的にすると、それぞれのページ間の連携・移動をスムーズにしないと、閲覧者の利便性に欠けるので、ページの上部と下部にリンクバーを設置し、サイドにも適当なリンクを設けることにした。 これらに留意しながら、ページを作成するのだが、全くの空白から始めてもいいが、基本的に過去に作ったページを転用している。これは、自分の各サイトの使い勝手が同じになることで、閲覧の利便性をはかることともなる。 なお、初めてページを作成する方は、ネット上の既存の様々なサイトから、転用するのも一案だ。もちろん、そのままの形でHTMLソースを使用すれば問題もあるが、適切な形で加工すればいい。いろんなサイトの良いとこ取りも可能だ。 もちろん、そのためにはHTMLタグについての、基本的な知識がいるが、それさえも今では、ネット上に多く掲載されている、要は、試行錯誤を繰り返せば、HP作成の知識とともに、WEBページの質も上がっていくだろう。(続く)「こどものあそび(遊び方)」は、次のページでいろいろ紹介しています。あそびセレクトFC2ブログランキングにも登録しています。↓よろしければ、ご支援のクリックを↓多忙のため、コメントへ返信できない場合がありますので、ご了承の程よろしくお願いいたします。
2013.01.22
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サイトを構築するにあたって、当然ながら、どんなコンテンツを掲載するのかと言うことが、主要な問題となってくる。現在、構想中の「遊邑あそび館」は、こどものあそびの「あそび方」が主要なコンテンツとなるが、「あそび方」と言っても、よく吟味すれば、そう簡単なものでもない。 例えば、どのように「あそび方」を並べていくかでも、様々な形式が考えられる。ただ、片っ端から並べては、サイト閲覧者の利便性は低くなる。だから、できる限り整理して並べる必要がある。 そのためには、こどものあそびを、なるべくサイト閲覧者のニーズに応じた形で分類する必要がある。そのニーズで比較的多いと考えられるのが、年齢別による分類だ。その他、人数別、あそび場別、難易度別、必要用具別、運動機能別などが考えられる。 そのニーズ別の分類は、もちろん基本的に分類項目が重複することもあるので、分類項目名の索引の下に作る分類項目内の、「あそび」の索引には、他の分類項目内の「あそび」と重複させて掲載する必要がある。 よって、索引だけで見れば、総索引と分類項目別索引との二段階の索引コンテンツが必要となる。この二つを同一ページ内に掲載してもいいが、どうせ分類項目をワンクリックするならば、分類項目別の「あそび」の索引は別ページにしても大差がない。 以上のことから、サイト「遊邑あそび館」には、個々の「あそび」のページを含め、最低三段階の階層状になったページが必要となり、当然ながら、それぞれの段階ごとのページデザインも必要となる。(続く)「こどものあそび(遊び方)」は、次のページでいろいろ紹介しています。あそびセレクトFC2ブログランキングにも登録しています。↓よろしければ、ご支援のクリックを↓多忙のため、コメントへ返信できない場合がありますので、ご了承の程よろしくお願いいたします。
2013.01.21
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私は、幾つかのサイトを運営しているが、その一つで利用しているのが、「FC2」の(http://fc2.com/)のサイトだ。無料で広告が原則的に入らないのと、容量が初心者では十分すぎるくらいにあるのが気に入っている。 さらに、ホームページでアフィリエイトも基本的に自由で、楽天のアフィリエイトバナーなども設置している。もちろん、それで稼ごうと思っているわけではないが、塵も積もれば山となるので、設置しておいても損はないだろう。 さて、そんな無料ホームページを使って、これから進めようとしているのが、こどものあそびのあそび方を紹介する「サイトinサイト」の構築だ。現在、サイト「遊び学の遊邑舎」では「遊び学事典」のページの充実をはかっている最中だが、語句の解説にあたり、どうしても「あそび方」の紹介が欠かせなくなってきているのだ。 だから、現在利用している無料ホームページで運営している、サイト「遊邑舎分館」内に、あそび方を紹介する「遊邑あそび館」を作ろうと考えたわけだが、その「遊邑あそび館」構築の経過を、このブログで適時報告していく予定だ。これからホームページを作成しようと思っておられる方への、ほんの些細なヒントでも提供できればと思っている。(続く)エッセイは、次のページでいろいろ掲載しています。遊邑エッセイFC2ブログランキングにも登録しています。↓よろしければ、ご支援のクリックを↓多忙のため、コメントへ返信できない場合がありますので、ご了承の程よろしくお願いいたします。
2013.01.20
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この「遊び学辞典」の草稿は、遊邑舎のサイトに、遊邑舎版「遊び学事典」として、加筆・訂正して編集・掲載している。(再掲)大波小波:[おおなみこなみ] 大縄跳びの一つで、歌われる縄跳び歌の歌詞は、「大波小波で、ぐるっと回して、あっぱっぱ」が基本形だと考えられる。 歌詞のバリエーションに、「あっぱっぱ」が、「猫の目」や「ニャンコの目」と変化したものがあるが、縄の跳び方は同じであるので、これはあやし歌の「上がり目下がり目」の歌詞が混同されたとものと考えられる。郵便屋さん:[ゆうびんやさん] 大縄跳びの一つで、歌われる縄跳び歌の歌詞は、「郵便屋さん、お入んなさい。ハガキが10枚落ちてます。拾ってください、1枚、2枚、3枚、4枚、5枚、6枚、7枚、8枚、9枚、10枚、ありがとさん」が基本形だと考えられ、様々なバリエーションがある。 一般的には、ハガキを拾う動作の時は、縄を跳び越える時に、手のひらを地面に軽くタッチする。一羽のカラス:[いちわのからす] 大縄跳びの一つで、歌われる縄跳び歌は一種の数え歌となっており、その歌詞は「一羽のカラスが、カーカー。二羽のにわとり、コケコッコー。」までがほぼ共通で、それ以下は様々なバリエーションがある。カギ:[かぎ]≪鍵≫ 一部の、パズルやクイズなどの、ヒント。いろはにこんぺいとう:≪イロハ二金平糖≫ 1)しりとり歌の一つで、その歌詞は「いろはに金平糖、金平糖は甘い、甘いは砂糖、砂糖は白い」までは、ほぼ同じで、それ以後の歌詞には、様々なバリエーションがある。 2)ゴムひもを使ったあそびで、お持ちの二人が、手に持ったゴムひもの輪を、「いろはにこんぺいとう」と言いながら、様々な形に変化させた後、「上か下か真ん中か?」と跳び手に問って、後ろ向きの跳び手は、ゴムひもの状態を見ずに、それに答えた位置のゴムひもの輪の、上・間(あいだ)・下を、跳び越えたりくぐり抜けたりしてあそぶ。通天閣高い:[つうてんかくたかい] しりとり歌の一つで、その歌詞は、「通天閣高い、高いは煙突、煙突は黒い」以下に様々なバリエーションで続く。 通天閣が登場するしりとり歌には、最初に「父ちゃん、ダイヤモンド買(こ)うて、ダイヤモンド高い、高いは通天閣、通天閣は怖い」と続く歌詞のものがある。 この歌詞と前記の歌詞が混同されて、「通天閣高い、高いはダイヤモンド、ダイヤモンドは綺麗」などと続くバリエーションもある。「こどものあそび(遊び方)」は、次のページでいろいろ紹介しています。あそびセレクトFC2ブログランキングにも登録しています。↓よろしければ、ご支援のクリックを↓多忙のため、コメントへ返信できない場合がありますので、ご了承の程よろしくお願いいたします。
2013.01.19
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この「遊び学辞典」の草稿は、遊邑舎のサイトに、遊邑舎版「遊び学事典」として、加筆・訂正して編集・掲載している。(再掲)花火:[はなび] 火薬を主原料とした物で、点火することにより、燃焼させたり破裂させたりして、その火花や破裂音などを楽しむ。 (例)おもちゃ花火、打ち上げ花火。打ち上げ花火:[うちあげはなび] 火薬によって打ち上げ、上空で破裂させて楽しむ花火。手持ち花火:[てもちはなび] 手で持って楽しむおもちゃ花火。 (例)線香花火。線香花火:[せんこうはなび] 藁(わら)や竹ひごなどの一方の側に、黒色火薬を直接塗り付けた手持ち花火や、それから派生した、和紙の「こより」の一方の側に黒色火薬を包み込んだ手持ち花火。 点火した後、時間経過によって様々に変化する火花の様子を楽しむ。鉛筆シューティング:[えんぴつしゅーてぃんぐ] 紙と鉛筆だけで楽しむ、対戦型のペンシルゲーム。 一般的に、紙の上に、鉛筆を芯を下にして直立させ、鉛筆の上の端に人差し指を当て、その指で芯を前方に滑らせるように、押し弾くことによりできた軌跡が、相手の兵器などに当たれば攻撃成功となる。メッカチン:[めっかちん] ビー玉あそびの一つで、自分の目の位置近くで、狙いを定めて保持したビー玉を落として、足元に置いた相手のビー玉に当てて取り合う。一本橋こちょこちょ:[いっぽんばしこちょこちょ] あやしあそびの一つで。 用いられるあやし歌の、一般的な歌詞は、「一本橋こちょこちょ、たたいてつねって、階段登って、こちょこちょ」と考えられるが、「つねって」の後に「なでて」が入ったり、「階段登って」の後に「裏から回って」が入ったり、二番以上の歌詞を付加した、様々なバージョンがある。上がり目下がり目:[あがりめさがりめ] あやしあそびの一つで。 用いられるあやし歌の、一般的な歌詞は、「上がり目下がり目、ぐるっと回って、ニャンコの目」だが、「ニャンコ」が「猫」になったバージョンもある。「こどものあそび(遊び方)」は、次のページでいろいろ紹介しています。あそびセレクトFC2ブログランキングにも登録しています。↓よろしければ、ご支援のクリックを↓多忙のため、コメントへ返信できない場合がありますので、ご了承の程よろしくお願いいたします。
2013.01.18
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【鬼ごっこ、スポーツ化で復権 町おこし・婚活にも(中略)昔懐かしい鬼ごっこが復権している。「スポーツ鬼ごっこ」と称して、戦い方のルールを定めた遊びが子どもたちの人気を集め、全国大会も開かれた。さらに地域活性化や婚活に使ったり、職場の風通しをよくするために活用する企業も現れたりするなど、大人も鬼ごっこの意外な効用に注目。裾野が広がっている。】(【】内は記事から一部引用、Google ニュース/日本経済新聞:2013/01/15) 記事の、「スポーツ鬼ごっこ」に限らず、ドッジボール、けん玉、お手玉、ヨーヨー、縄跳びなどなど、それらのあそびがこどもたちの日常のあそびから影を潜めるのと比例するかのように、こどものあそびをスポーツ化する動きは、近年の風潮ともなっている。 さらに、幼稚園・保育所・学校・学童保育所などでも、あそびが指導されるなど、こどもたちのあそびに、おとなが直接関与する事例が急速に増大し、それらがこどもたちのあそび時間に占める割合が、こどもたちだけの「自由な」あそびの時間に比べて圧倒するほどの極端な例も少なくない。 さらに、このように直接関与するだけでなく、「知育遊び」や「遊びながら学習」などと称した「あそびもどき」や、ゲーム機・ゲームカード・携帯端末などに依存しすぎた「遊び」など、間接関与の好ましくない事例も増えている。 上記記事には、有料記事部分に「大人の介入に批判も」との記事があるようだが、学童保育所の保育師だった私自身の反省でもあるが、おとながこどもたちのあそびに関与することは、こどもたちに素晴らしいあそびを伝えるなどのいい側面と、こどもたちから自分で工夫したり、自主的に揉め事を解決する場を奪うなどの好ましくない側面もあることを忘れてはならないだろう。 こどもたちのあそびにおとなが関与しないでも、「鬼ごっこ」、「お手玉」、「縄跳び」などのあそびが、毎日のように、楽しくそして思う存分できる、そんな環境づくりにこそ、今おとなが最も関与しなければならないのだ。 そのためにも、こどもたちの自由で自活的なあそびにとって、最も必要な継続した十分なあそび時間を確保することが大切だ。どこかのタレント弁護士市長や文部科学省が始めようとしている「学校6日制」だが、もしこどもたちの平日の継続したあそび時間の確保につながるなら大賛成だ。「こどものあそび(遊び方)」は、次のページでいろいろ紹介しています。あそびセレクトFC2ブログランキングにも登録しています。↓よろしければ、ご支援のクリックを↓多忙のため、コメントへ返信できない場合がありますので、ご了承の程よろしくお願いいたします。
2013.01.17
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今日、ネットオークションで落札した、レトロ玩具が届いた。パズルゲームの一つだが、その名前が面白い。次の画像の通り「双連隊」となっている。 実は、画像にもあるように、このパズルは「ソリティア」の一つで、元々は「一人あそび」から名が付いた。それを二人で遊ぶように工夫して、その名前の「ソリティア」をもじって「双連隊(そうれんたい)」としたのだろう。 それにしても、昔の商品名の付け方、特に外国からの入って来たものに対するネーミングは、ほとほと感心させられる。このパズルゲームの年代は、次の画像のように、旧仮名遣いになっているので、少なくとも戦中以前と思われる。見方によっては、戦時色の強い玩具の一つでもある。「こどものあそび(遊び方)」は、次のページでいろいろ紹介しています。あそびセレクトFC2ブログランキングにも登録しています。↓よろしければ、ご支援のクリックを↓多忙のため、コメントへ返信できない場合がありますので、ご了承の程よろしくお願いいたします。
2013.01.16
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【鉄道模型の「Nゲージ」やプラモデルなどを販売する河合商会(東京)が東京地裁に自己破産を申請し、破産手続きの開始決定を受けていたことが18日、分かった。(中略)河合商会は鉄道模型を中心に堅調な経営を続けてきたが、リーマン・ショックによる販売減に加え取引先の倒産も響き業績が悪化した。】(【】内は記事から一部引用、Google ニュース/大分合同新聞:2013/01/18) 昭和の時代は、こどもからおとなまでが、年に何回かは、模型作りに熱中するひと時を過ごしたものだ。私も、木製の戦艦作りから、プラモのバイクまで、様々な模型作りに励んだ。 住んでいた小さな町にも、模型屋さんがあり、文房具屋さんでも売っていた。今、住んでいる区は、その十数倍はある広さだが、模型屋さんは見当たらない。区内くまなく探せばあるかも知れないが、そんな程度に模型屋さんは少なくなった。 これでは、「リーマン・ショック」が無かったとしても、鉄道模型メーカーが倒産するのは、いたし方がないだろう。こどもの時に、模型作りに魅了されたからこそ、おとなになって鉄道模型などの精巧な模型作りに金をかけられるのだ。 もちろん、コンビニ・スーパー・百貨店などでは、今でも模型は少なからず販売されているが、昔ほどの活況はない。接着剤無しで精巧なモデルが作れる、そんな便利な時代になってこれだから、何かを作ってあそぶことが、過去のあそびとなってしまう時代は、すぐそこにやって来ているかも知れない。「こどものあそび(遊び方)」は、次のページでいろいろ紹介しています。あそびセレクトFC2ブログランキングにも登録しています。↓よろしければ、ご支援のクリックを↓多忙のため、コメントへ返信できない場合がありますので、ご了承の程よろしくお願いいたします。
2013.01.15
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【大阪・体罰自殺問題 全ての部活動を当面の間自粛大阪市立桜宮高校の男子生徒が、部活動の顧問から体罰を受けた翌日に自殺した問題で、学校は、全ての部活動を自粛することを決めた。】(【】内は記事から一部引用、Google ニュース/FNN:2013/01/14) まずは、今回の事件で、尊い命を落とされた方のご冥福を祈るとともに、ご家族に心からのお悔やみをここに表明しておく。 私の反省でもあるが、今回の事件は、記事の様に「体罰自殺」事件として報道されることが多いが、そもそも該当顧問の行為は、法律で許されないとされる体罰ですらなく、暴行そのものであり、「暴行自死」として報道されなければならないと思っている。 事件が明るみになった当初では、仕方がないとは思うが、すでに事件の概要が明らかになった今でも、「体罰」として報道するのは、事件の真相究明や根本的解決を遅らせることとなる。 ただ、誤解の無いように付け加えれば、「体罰」であったら、自殺を招いた責任が小さくなるものでもないし、「体罰」そのものも許されるものではない。だから、今回の事件は、二重の意味で、極めて悪質な暴行による、悲惨な自死事件だと捉えるべきなのだ。 マスコミが、事件の本質を見誤らせる「体罰自殺」という位置づけを、早急に改めて、「暴行自死」と言う位置づけをすることこそ、「体罰」を無くし、あらゆる暴行を無くしていく一歩となり、かけがえのない命に応える確かな一歩となるだろう。エッセイは、次のページでいろいろ掲載しています。遊邑エッセイFC2ブログランキングにも登録しています。↓よろしければ、ご支援のクリックを↓多忙のため、コメントへ返信できない場合がありますので、ご了承の程よろしくお願いいたします。
2013.01.14
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これまでの考察を踏まえて、「意志自由」が発揮できる状態を示す語幹として、「あそ」が選ばれた経緯を考察し、「遊ぶ」や「遊び」の語源の、探究をさらに進めて行く。 古代の日本人は、「意志自由」が発揮できる状態を、語幹「あそ」を構成する二つの音「あ」と「そ」に、イメージしたわけだが、何故その二つの音が選ばれたかを考えてみる。 それは、二つの音「あ」と「そ」が、イメージする内容や状態が、「意志自由」が発揮できることと矛盾しないことを考察すればいい。まず、音「あ」は、「意志自由」の意志の主体者である、「私(わたし)」および「自分自身」をイメージしていると考えることができれば矛盾はない。 音「あ」が「私」をイメージする例として、古語の「吾」や「我」がある。しかも、それらの古語は、「古事記」が編纂された時代にも存在していたと思われるので、「遊ぶ」や「遊び」の語幹「あそ」の音「あ」が、「わたし(私)」をイメージしていると考えても矛盾はない。 次に、音「そ」だが、これは動詞の「沿う」・「添う」・「育つ」などの音「そ」から、「何かに寄り添いながら、その何かの成すがまま」の状態がイメージできることに着目する必要がある。 このことは、名詞「傍」の音「そ」が、「何かと遠くは離れていない」状態をイメージし、「其れ」の音「そ」が、「話す相手と遠くは離れていない」状態をイメージしていることを見ても矛盾しない。 これらのことから、「遊ぶ」や「遊び」の語幹「あそ」は、私の意志に寄り添う状態、すなわち意志が貫徹できる「意志自由」状態をイメージしていると結論付けて、大きな問題はないだろう。 また、その傍証として、「する」の尊敬語「遊ばす」が、高貴な人などに対して用いられることがあげられる。尊敬語「遊ばす」が生まれた時代においては、自分の意志を貫徹させ、何でもできる自由をもっていたのが、一部の支配者たちに限られていたからだ。語幹「あそ」は、そうした「高貴な」人たちの行為をイメージする上でもピッタリの語幹でもあるのだ。 結論として、「遊び」の語源は、自分の意志に沿って物事が進行できる状態をイメージさせる、音「あ」と音「そ」が合わさってできた語幹「あそ」と考えても、大きな矛盾はないだろう。 以上の「遊び」の語源についての試論は、この間まとまりつつある途中段階の私見であり、完全なものとは、まだ言い切れないものではあるが、もしこのつたない私見により、「遊び」の語源の解明に、ほんの僅かでも貢献できればと思っている。「こどものあそび(遊び方)」は、次のページでいろいろ紹介しています。あそびセレクトFC2ブログランキングにも登録しています。↓よろしければ、ご支援のクリックを↓多忙のため、コメントへ返信できない場合がありますので、ご了承の程よろしくお願いいたします。
2013.01.13
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遊びの「時間自由」の格差を歴史的に見た時、「遊び(あそび)」の語源を探り当てるための、一つのヒントが浮かび上がってくるのだ。名詞の「遊び」を考察するには当然ながら、動詞の「遊ぶ」を考察しなければならない。 この「遊ぶ」を手元の辞書で調べると、その最初に「好きな事をして楽しむ。」(旺文社国語辞典第九版より引用)とあり、その他の字義は、この延長線上のことと考えていい。「あそぶ」すなわち「好きな事をして楽しむ。」ためには、これまで述べてきたように、やはり「時間自由」の獲得が必須条件となる。 「好きな事」をしたいという意志が、「時間自由」を獲得することにより、「好きな事」が実現し「楽しむ」事ができる。これが「遊ぶ」や「遊び」の持っている性質だと考えると、それらの語幹である「あそ」こそが、「遊び」の語源を探究する手がかりとなる。 次に、日本語の「あそび」や「あそぶ」などの、語幹に「あそ」を持った語が、文献上に早い時期で登場するのは、「古事記」だとされており、その例を以下に示す。「我が天皇、なほその大御琴あそばせ。」(仲哀記)、「我が大君の 遊ばしし」(雄略記) この両者に共通するのは、その字義はともかく、「あそ」は、天皇・大君と言う、その当時の最も身分の高い人たちに対して使用されていることだ。同様のことは、「する」の尊敬語「遊ばす」が、高貴な人たちなどに対して用いられることにも見られる。 このことから、語幹「あそ」が、「時間自由」を持った人たち、たとえば「古事記」が編纂された時期には、「時間自由」を有していた高貴な人たちなどに許されている行為や状態を、示していると推論できる。すなわち、「意志自由」が「時間自由」の存在により発揮できる状態、言い換えれば何でも意志通りに自由に出来る状態を、語幹「あそ」が意味していると考えることができる。(続く)「こどものあそび(遊び方)」は、次のページでいろいろ紹介しています。あそびセレクトFC2ブログランキングにも登録しています。↓よろしければ、ご支援のクリックを↓多忙のため、コメントへ返信できない場合がありますので、ご了承の程よろしくお願いいたします。
2013.01.12
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前回は、人間のこどもたちの遊びの「時間自由」を考察してきたが、ここでおとなの遊びの「時間自由」を考察していく。こどもたちがおとなの子育てにより、遊びの「時間自由」を獲得した一方で、牧畜・農耕技術の発達、外敵に対する武器などの進歩による「労働時間」の短縮により、おとなたちも遊びの「時間自由」を増大させていった。 もちろん、その「時間自由」の量は、こどもたちと同様に、時代の経過の中で時代や身分の違いにより、大きく変化してきた。奴隷制のあった時代の奴隷階級や、江戸時代などの農民には、遊びの「時間自由」は、ほとんど無いに等しい時期も多かった。 このように、おとなもこどもも、遊びの「時間自由」は、その時代その時代の社会的・階級的な状況に大きく左右されてきたし、現代でも然りだ。当然ながら、その時代の社会状態に見合って、遊びの「時間自由」には、格差が存在することになる。極端な時期においては、遊べる者と、遊べない者に二極分化することもある。(続く)「こどものあそび(遊び方)」は、次のページでいろいろ紹介しています。あそびセレクトFC2ブログランキングにも登録しています。↓よろしければ、ご支援のクリックを↓多忙のため、コメントへ返信できない場合がありますので、ご了承の程よろしくお願いいたします。
2013.01.11
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おとなによる子育てにより、こどもたちが遊びの「時間自由」を獲得はしたが、その「時間自由」も常に十分に保たれていたわけではない。このことについて、人間のこどもたちを例にとって考察していく。 人間の歴史を見ても、こどもたちが全く「労働時間」から解放されたわけではない。石器時代などにおいては、こどもたちは、おそらく幼い時期から、おとなと一緒になって狩りや採集などの労働に従事していただろう。また、江戸時代の農村部においても、こどもたちは大事な労働の担い手だっただろう。そうした時代においては、こどもたちのあそびの「時間自由」は、大きく妨げられていたと考えていい。 さらに、学校を始めとした教育制度が確立して以降は、こどもたちにとっては、義務的な勉強と言う、新たな「労働時間」に相当する時間が加わることとなり、近年では塾や習い事などが、こどもたちの遊びの「時間自由」を、少なからず制限していくこととなる。 もちろん、こどもたちの発達にふさわしい適量の勉強や習い事は必要ではあるが、少なくともこどもたちの発達や、人間としての諸能力の獲得が阻害されるような、過度の勉強や習い事と言う「労働時間」の拡大には問題があるだろう。(続く)「こどものあそび(遊び方)」は、次のページでいろいろ紹介しています。あそびセレクトFC2ブログランキングにも登録しています。↓よろしければ、ご支援のクリックを↓多忙のため、コメントへ返信できない場合がありますので、ご了承の程よろしくお願いいたします。
2013.01.10
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前回までのことは、生命は、遊びの「時間自由」を獲得することにより、「遊び」を創出してきたと要約できるが、その遊びの「時間自由」をさらに考察していく。そのためには、遊びの「時間自由」を妨げている対象を見極める必要がある。 そのために、生命活動と時間の関係を見ると、生命活動において絶対に欠かせない時間がある。それは、個々の生命を維持するために必要な時間と、次の世代へ生命を引き継いでいくための世代交代活動に必要な時間だ。 具体的には、生命体を作り上げるための物質と、生命活動に必要なエネルギーとを獲得するための時間で、人間で言えば水分補給を含む食事と、その食事を得るための諸活動に当たり、「労働」と概念定義してもいい。この概念を他の動物にも適応できる。この「労働」のための時間を「労働時間」としておく。なお、「労働時間」には外敵から身を守るための諸行動などに必要な時間も含まれる。 さらに、多くの動物にとって、休息や睡眠も、生命体を維持していくためには必要となり、そのための時間をまとめて「休養時間」とし、世代交代活動のための時間を「生殖時間」としておく。 以上のことをまとめれば、遊びの「時間自由」を可能にするには、労働時間・休養時間・生殖時間から解放された時間が必要となる。もちろん、それらから解放された時間があっても、すべての生命に「遊び」が発生するとは限らないが、少なくともそうした時間が無ければ、「遊び」は発生しなことも自明だ。 さて、生命史を見た場合、生命が遊びの「時間自由」を十分に獲得できるのは、少なくともこどもの生命体にとっては、「子育て」と言う、おとなの生命体にはあらたな「労働時間」を強いることになって以降のこととなり、こどもの生命体の遊びにとって極めて好都合の「時間自由」を持つこととなる。 おとなの遊びはともかく、こどもの期間の遊びの「時間自由」は、生命が「子育て」と言う活動を獲得することによって、大幅かつ抜本的に増大したのだ。親が子のために、食物を得たり、外敵から守ったりするおかげで、こどもたちには、安心して遊ぶことに専念できる時代が訪れたのだ。(続く)「こどものあそび(遊び方)」は、次のページでいろいろ紹介しています。あそびセレクトFC2ブログランキングにも登録しています。↓よろしければ、ご支援のクリックを↓多忙のため、コメントへ返信できない場合がありますので、ご了承の程よろしくお願いいたします。
2013.01.09
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「遊び」と「自由」を考える上では、遊びに備わった「意志自由」だけでは不十分で、遊びとそれをとりまく条件(環境)との関連で「自由」を考える必要がある。言い換えれば、遊びの「対象自由」を考察することだ。この遊びの「対象自由」を考察することで、生命史における「遊び」の発生を考察する道が拓けることにもなる。 さて、遊びを取り巻く条件は数多くあるが、遊ぶことを可能にする条件、言い換えれば、遊べる自由を生み出す条件で、主要な条件には、昔から「遊びの三間(さんま)」と称される、遊び時間・遊び空間・遊び仲間がある。 この主要な条件の中でも、決定的、本質的に遊びを成立させる条件として、遊び時間、すなわち遊ぶ自由を生み出す時間がある。「対象自由」に関わる遊び空間・遊び仲間が存在し、前回論じた、遊びの「意志自由」である、「遊びに参加する自由」が確保されたとしても、遊ぶための時間がなければ、遊びはそもそも成立しないのだ。 だからこそ、生命の長い歴史の中で、「遊び」が発生するには、この「遊び時間」の創出が必要条件となるのだ。言い換えれば、遊ぶための時間的余裕のある全ての生命には、遊ぶための条件が備わっているのだ。この遊ぶための時間的余裕がある状態を、ここで仮に遊びの「時間自由」としておく。(続く)「こどものあそび(遊び方)」は、次のページでいろいろ紹介しています。あそびセレクトFC2ブログランキングにも登録しています。↓よろしければ、ご支援のクリックを↓多忙のため、コメントへ返信できない場合がありますので、ご了承の程よろしくお願いいたします。
2013.01.08
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「遊びは自由な活動」を、自由を妨げている対象との関連の中でとらえると言う留意点に基き考察すると、この命題における「自由」を妨げている主要な対象は、遊んでいる者以外の、他者個人や他者集団、すなわち遊び相手や遊び集団となり、それらとの関連における「意志自由」がその考察の主眼となる。 その「意志自由」に基いて、命題「遊びは自由な活動」における自由を考察すると、大きく二つに分けられる、それは「遊びに参加する自由」と「遊びから離脱する自由」になる。「遊びは自由な活動」とは、遊びへの参加と、遊びからの離脱に関して、その意志が自由に発揮できるということだ。 ただ、前記の通り、「遊びは自由な活動」における「意志自由」は、それを妨げる相手や集団が存在するので、時によっては、参加したい意志や離脱したい意志が、実際に参加・離脱として実現するには、大きな困難が伴う場合もあり得る。しかし、そんな相手や集団とは、再び遊ぼうとする意志も萎えてしまい、違う相手や集団を自由に選ぶだろう。もちろん、一人で遊ぶ自由もある。 その一方で、遊びが展開されている最中は、一人遊びは別にして、厳密には自由に遊んでいないことになる。すなわち、その遊びがもっているルールなり、他者の存在・行動などに対して、完全に自由に振る舞うことは出来ないのだ。もちろん、遊びを面白く感じている間は、それを不自由に感じることは無いし、たとえ面白くなくなっても「離脱する自由」があれば全く問題はない。 「遊びに参加する自由」と「遊びから離脱する自由」を、あそびの本質とするなら、少なくないところで行われている「自由遊び」と言う活動や言葉が、極めて違和感のあるものだと理解できる。無論、そうした活動の意義まで否定するものではないが、「自由遊び」は本来のあそびに比べて、極めて不自由な活動だと認識する必要がある。(続く)「こどものあそび(遊び方)」は、次のページでいろいろ紹介しています。あそびセレクトFC2ブログランキングにも登録しています。↓よろしければ、ご支援のクリックを↓多忙のため、コメントへ返信できない場合がありますので、ご了承の程よろしくお願いいたします。
2013.01.07
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物事の起源や、言葉の語源を求めることは、それらが何らかの形で、文字や絵として、現在まで伝えられていないものを除いて、極めて困難だと言える。しかし、その文字が発明される以前に、その源を有するものは数多い。このブログの主題となっている「遊び」も然りだ。 日本語の「遊び」も、漢字の「遊」が伝来する、おそらくそのはるか遠くの昔から、古代日本人により、言葉として確立していたと考えていい。当然、「遊び」の語源は、科学的な推論として、求めざるを得ない。私も、微力ながら、その語源についての探究をしてきた。 その結果、正確には途中経過として、ぼんやりとしてではあるが、「遊び」の語源についての私見が、形作られつつあるところだ。そのことについて、私見をまとめる前に、このブログにおいて、「遊び」について、思いつくままに試論を掲載していく。 まずは、「遊び」と「自由」について考察していく。このブログでの指摘に留まらず、遊びは本来、自由な活動だとされていることは、ほぼ定説となっている。さて、この「遊びは自由な活動」と言うことだが、厳密に突き詰めていくと、意外とわかっていてそうで、わかっていないのが、素直な私の思いだ。 そもそも、「自由」と言う言葉すら、辞書や辞典などでは、大きく分けて、二つの意味合いを持って、説明されている。一つは、「自分の意のままにふるまうこと」などに代表される、人の意志との関連でとらえた「自由」で、ここでは仮に「意志自由」としておく。もし、人以外の動物にも「意志」を認めるなら、動物にも「意志自由」は適用される。 二つ目は、人および動物だけでなく、他の事物にも「自由」が適用されるもので、「自由落下」や「自由電子」などがその例だ。これは自由を何らかの形で妨げる特定の対象との関係で、その特定の妨げから解放される自由と考えられる。ここでは仮に「対象自由」とでもしておく。 以上のように、「自由」を考察してきたが、実は自由を突き詰めれば、この世界には、妨げる対象が全くないものは存在しないのだ。なぜなら、どんな微細な素粒子でも、それ単体では存在していないのが確固とした事実なのだ。他の存在が一つでもあれば、重力による束縛など、それとの何らかの関係が成り立ち、その関係からの完全な自由は無いと考えていい。 説明がくどくなったが、「自由」を考える際には、それを妨げる対象との関係において論じなければならないのだが、このことが往々にして省略あるいは無視されて論じられることが多いので、解り切ったことではあるが、再確認の意味で提示しておいた。 だから、遊びと自由を考察するには、その自由を妨げている対象を明確にして考察する必要がある。もちろん、妨げている対象により、考察すべき「自由」は違ってくるし、その「自由」は一つではなく幾つか存在する場合もあるが、考察すべき内容を決定付ける、主要な「妨げている対象」があることもにも留意する必要がある。(続く)「こどものあそび(遊び方)」は、次のページでいろいろ紹介しています。あそびセレクトFC2ブログランキングにも登録しています。↓よろしければ、ご支援のクリックを↓多忙のため、コメントへ返信できない場合がありますので、ご了承の程よろしくお願いいたします。
2013.01.06
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まずは、駄菓子に関するネット配信のニュース記事を二つ、以下に引用する。【県事業引き継ぎ支援センターは、後継者のいない事業所の担い手を探す「引き継ぎ支援プロジェクト」の第2弾を実施する。11月に休業した静岡市葵区の「駄菓子屋カフェ」(池田庭子代表)の後継者を、ビジネスプランコンテストを開催して選ぶ。(中略)同センターは「難しい事業だが、持続可能な経営に向け、大人も顧客に取り込む斬新なアイデアを求めたい」と話している。 同店は2011年3月に「子供たちのふれあいの場」をコンセプトに同区鷹匠にオープン。店舗の老朽化などの事情で休業中だが、近い場所に新店舗オープンを計画している。】(【】内は記事から一部引用、Google ニュース/静岡新聞社:2012/12/17) 【毎週土曜18時56分から放送の『お願い!ランキングGOLD』。今夜(1月5日)の新年第1回目の放送は日本全国50社にも及ぶ駄菓子メーカーが集結した「第1回 駄菓子総選挙」で送る2時間半スペシャル! 今やコンビニ、スーパー、ショッピングモール、駄菓子バーなど様々な場所で手に入る駄菓子。安くてお手軽、種類も豊富、昭和のにおいを感じさせてくれる懐かしさも満載で、文字通り老若男女に愛されている存在であるが、そんな駄菓子の頂点を決定する「駄菓子総選挙」では、我こそは…と意気込む駄菓子メーカーが全国から集結。50社の企業が自慢の商品をエントリーし、国民1万人が本当に好きな商品を選ぶ。】(【】内は記事から一部引用、Google ニュース/マイナビニュース:2013/01/05) 一つの記事は、駄菓子屋の現代での有り方の一つ、もう一つの記事は、現在でも生き残っている駄菓子の、人気コンテストだが、どちらも、駄菓子がこどもの日常の生活においては、すでに昔事になってしまっていることを示す、象徴的な記事となっている。 駄菓子は、おとなが「旧き良き時代」を、懐かしく顧みる対象となってしまった。もちろん、それは駄菓子屋さんが街中から姿を消してしまったからでもない。こどものあそびが大きく変わってしまったのだ。正確には、変えられてしまったのだ。 こどものあそびを変えたのは、記事の「駄菓子総選挙」に投票をする国民であり、「駄菓子屋カフェ」に通う市民であり、私を含めたおとなのせいでもある。せめて、「駄菓子総選挙」と「駄菓子屋カフェ」が、火付け役となって、再び駄菓子がこどもたちの日常に戻ればと期待はするが、それはこどもたちのあそびを昔のような状態に戻すことでのみ実現するだろう。「こどものあそび(遊び方)」は、次のページでいろいろ紹介しています。あそびセレクトFC2ブログランキングにも登録しています。↓よろしければ、ご支援のクリックを↓多忙のため、コメントへ返信できない場合がありますので、ご了承の程よろしくお願いいたします。
2013.01.05
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この「遊び学辞典」の草稿は、遊邑舎のサイトに、遊邑舎版「遊び学事典」として、加筆・訂正して編集・掲載している。(再掲)クロスワードパズル:[くろすわーどぱずる] 一般的に、白と黒で塗り分けられた幾つかのマスで構成された表の、白いマスを、ヒント(カギ)により導き出される語句や言葉で埋めていくパズル。 白いマス一つには、一文字を入れて、縦と横にそれぞれ連続した一連のマス目で、語句や言葉を作る。 そのために、語句や言葉の最初の文字が入るマスには、その語句や言葉に対応した、ヒント(カギ)の番号を示す数字が、小さく記入されている。ナンバープレイス:[なんばーぷれいす] 一般的には、縦横3×3のマスで区切られて太線で囲まれた正方形のブロックが、さらに縦横3×3に配置された正方形の表の各マスに、1~9までの数字を埋め込んでいくパズルを指し、各ブロック内および、縦と横の各列内の、9個のマスには、全て違う数字を入れなければならないというルールがある。 全く同じパズルは、「ニコリ」により「 全く同じ数独」として商標登録されている。 斜めの9個のマスにも、同様のルールを適応したものや、4×4のマスで構成されたブロックを、4×4に並べて、1~16までの数字を入れるものなど、幾つかのバリエーションがある。数独:[すうどく] ニコリ社が商標登録しているパズルの名称。 あそび方は、ナンバープレイスに同じ。お絵描きロジック:[おえかきろじっく] 幾つかのマスに区切られた表のマスを、縦・横それぞれの一列のマス目に対したヒントの数字を元にして、マス目を塗りつぶすことにより、絵や文字を描き出していくパズル。 縦・横の各列に対応したヒントの数字は、それぞれの列内で連続して塗りつぶすマスの数(かず)を示し、塗りつぶす個所が複数ある場合は、その分だけの数字が記入されているが、塗りつぶさないマスの数は記入されていない。 イラストロジック、ピクロス、ののぐらむなどの呼称がある。イラストロジック:[いらすとろじっく] お絵描きロジックに同じ。「イラストロジック」は、日本文芸社のパズル専門誌の名称でもある。ピクロス:[ぴくろす] お絵描きロジックに準じる、任天堂のゲームソフトの呼称。ののぐらむ お絵描きロジックに同じ。 「ののぐらむ」は、いしだのん氏の著書名の一つでもある。お絵かきロジック:[おえかきろじっく] お絵描きロジックに同じ。 「お絵かきロジック」は、世界文化社の登録商標となっている。「こどものあそび(遊び方)」は、次のページでいろいろ紹介しています。あそびセレクトFC2ブログランキングにも登録しています。↓よろしければ、ご支援のクリックを↓多忙のため、コメントへ返信できない場合がありますので、ご了承の程よろしくお願いいたします。
2013.01.04
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この「遊び学辞典」の草稿は、遊邑舎のサイトに、遊邑舎版「遊び学事典」として、加筆・訂正して編集・掲載している。(再掲)三角取り:[さんかくとり] 三角形を取り合って楽しむペンシルゲーム。 紙になるべく多くの点を記し、ジャンケンで勝つごとに1本だけ、直線で点と点を結ぶことを繰り返し、作った三角形の数の多さを競い合う。 この時、三角形は必ず3点で作られていなければならず、三角形の内側には点が一つもないことが条件となっている。 何人でもあそべるが、2・3人であそぶのが適している。ペンシルゲーム:[ぺんしるげーむ] 基本的に、紙と鉛筆だけで楽しめるゲームを指すが、広義にはデジタルゲーム化されたものも含まれる。 (例)三角取り、まるばつなど。ペンシルパズル:[ぺんしるぱずる] 基本的に、紙と鉛筆だけで楽しめるパズルを指し、広義にはデジタル化されたものなども含まれる。 (例)クロスワードパズル、ナンバープレイス、お絵描きロジックなど。数拳:[かずけん] 出した拳が示す数(かず)の合計を当てて勝負する遊び。 (例)長崎拳、いっせーのーせなど。長崎拳:[ながさきけん] 16世紀に長崎に伝来した数拳。 握った片手の伸ばした指の本数で明示した数の、合計を当てて勝負する。 本拳とも呼ばれる。本拳:[ほんけん] 長崎拳に同じ。あみだくじ:≪阿弥陀籤≫ 一般的には、必要本数の平行線と、その平行線同士を始点・終点が、お互いに重ならないように結んだ、適当本数の横線で構成されるくじを指す。 本来は、阿弥陀仏の後光のように、放射状に引いた直線でくじを行ったので、あみだくじの名が付いた。くじ:≪籤≫ 当たりはずれ、勝ち負け、順番などを、公平に選定する行為(あそび)や、そのための道具(玩具)や仕組みを指す。 (例)あみだくじ、めくりくじなど。めくりくじ:≪捲りくじ/捲り籤≫ 二枚重ね、あるいは二つ折りで、周囲が接着された紙を、めくって行うくじの総称。 (例)三角くじ、シールくじなど。三角くじ:[さんかくくじ]≪三角籤≫ 正方形の紙を二つ折りにして作られた、三角形のめくりくじ。シールくじ:[しーるくじ] シール状になっためくりくじ。 くじを貼り付ける対象が、台紙だけでなく、物品に直接貼られているものもある。「こどものあそび(遊び方)」は、次のページでいろいろ紹介しています。あそびセレクトFC2ブログランキングにも登録しています。↓よろしければ、ご支援のクリックを↓多忙のため、コメントへ返信できない場合がありますので、ご了承の程よろしくお願いいたします。
2013.01.03
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【こどもの城では、12月22日から1月7日までの11日間を冬休み特別期間として、子どもたちと季節の遊びと文化を楽しく体験するプログラムを開催している。(中略)今年のテーマは「あそぶ門には福来る」。ことわざの「笑う門には福来る」からイメージをふくらませた。「門」には「家」や「家族」と言う意味がある。冬休みのこどもの城で、家族みんなで遊んで、おおいに笑って、新しい年が素晴らしい年になるように、ひとつひとつのプログラムを考えたという。】(【】内は記事から一部引用、Google ニュース/リセマム:2012/12/28) とかく、勉強とあそびは、相反するものだと捉えがちだが、「遊び学の遊邑舎」のサイトやこのブログでも指摘してきたことだが、こどもたちにおけるあそびは、勉強はともかくとして、学力の形成には極めて大きな効果をもたらす。 また、学力に留まらず、あそびは社会生活を送る上でも欠かせない、知識や知恵を育んでくれる。この知識・知恵と学力とを合わせて「智」と考えれば、「あそぶ門には智来る」と考えていい。 さらに、今のこどもたちには乏しくなったと言われるコミュニケーション能力や、昔に比べて劣り気味と言われる体力・運動能力さえも、本来ならばあそびが培ってくれるのだ。 智力と体力が兼ね備わったこどもたちに、幸せ、すなわち福が来ないわけはない。新年が、こどもたちにとって福多き年となることを願い、「遊び学の遊邑舎」トップページ掲載のキャッチコピーの一節を以下に記して、そのために微力ながら奮闘する決意をここに表明しておく。 「あの町この村に、子どもらの遊ぶ笑顔を求めて.....」「こどものあそび(遊び方)」は、次のページでいろいろ紹介しています。あそびセレクトFC2ブログランキングにも登録しています。↓よろしければ、ご支援のクリックを↓多忙のため、コメントへ返信できない場合がありますので、ご了承の程よろしくお願いいたします。
2013.01.02
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新年あけまして、おめでとうございます。本年も、どうぞよろしくお願いいたします。 このブログが開設されて、この9月で満10年となります。しかし、今のこどもたちの遊びの現状は、このブログの主題であります、「あそびはこどもの仕事やで!」という状況には、基本的に到達しておりません。たかが一凡人のつたないブログでは、こどものあそびの現状を改善するには、課題が大きすぎるのかも知れませんが、たとえ「ハチドリのひとしずく」にも遠く及ばなくても、日本の、そして世界の、こどもたちのもとへ、あそびのひとしずくを届けてまいりたいと思っております。風のほーせん「こどものあそび(遊び方)」は、次のページでいろいろ紹介しています。あそびセレクトFC2ブログランキングにも登録しています。↓よろしければ、ご支援のクリックを↓多忙のため、コメントへ返信できない場合がありますので、ご了承の程よろしくお願いいたします。
2013.01.01
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