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イスラム革命防衛隊(IRGC)がアメリカ海軍の空母とミサイル駆逐艦に対して弾道ミサイルを発射したと同隊は9月5日に発表した。イラン側によると、アメリカの空母と駆逐艦は損傷を受けて撤退したという。同時にIRGCはホルムズ海峡の「非認可ルート」を航行していた石油タンカー3隻攻撃とアメリカに関連する別の3隻を攻撃したしたという。それに対し、CENTCOM(アメリカ中央軍)は同日、イランの原油タンカー3隻を攻撃したと発表した。 CENTCOMはタンカーに対する攻撃について空母と駆逐艦に対する攻撃への報復だとしているが、その前、8月30日にアメリカ軍はドローンでララク島を攻撃している。 イランはオマーンと3週間にわたってホルムズ海峡の通航管理を誰が担うかについて水面下で交渉、航行の管理や通航船舶からのデータ収集を行う「共同調整センター」の設置について両国は合意に近い段階にあったとされているが、その管理システムにおいてララク島は中心的な役割を果たすことになっていた。そのララク島をCENTCOMは攻撃したのだ。 それ以外にイラン人を怒らせる攻撃をアメリカは実行した。アメリカ軍は8月30日に結婚式場を爆撃、式に参加していた市民のうち少なくとも5名が殺され、70人以上が負傷したと報じられている。目撃者によると、結婚式に参加するため数十人の住民が集まっていた。 IRGCによるのアメリカ海軍の空母やミ駆逐艦に対する攻撃はそうしたアメリカ軍による攻撃を受けて実行されたわけで、報復だと言える。イランの原油タンカーに対する攻撃に対する報復も不可避だ。 アメリカの政府や軍は強硬発言を繰り返しているが、口先だけだ。少し前、空母「エイブラハム・リンカーン」の劣悪な食事や生活環境が問題になったが、これは西アジアに派遣されているアメリカの艦船全般に言えること。艦船のシャワーはカビだらけで、トイレは壊れ、洗濯機は故障、お湯が出ないうえに食事は悲惨な状態だ。石鹸も脱臭剤も歯磨き粉もないという。その結果、乗組員5000人の精神衛生も悪化、海への飛び込む人が少なくないとされている。その原因はアメリカ軍の兵站拠点の崩壊にある。 2月28日にアメリカ軍はイスラエル軍と共同でイランを騙し討ちにして最高指導者だったアヤトラ・アリ・ハメネイ師を含むイランの要人を殺害したのだが、それでもイランの体制は倒れず、すぐにイスラエルの主要都市や西アジアにあるアメリカ軍基地に対する報復攻撃が開始された。 イランの標的にはアメリカ軍が使っているカタールのアル・ウデイド空軍基地、クウェートのアル・サレム基地、アラブ首長国連邦のアル・ダフラ空軍基地、バーレーンのアメリカ軍第5艦隊基地、サウジアラビアのリヤドにあるプリンス・スルタン空軍基地、ヨルダンのムワファク・アル・サルティ空軍基地、クウェートにあるふたつの基地などが含まれる。イスラエルのテルアビブやハイファ、ディモナにあるシモン・ペレス・ネゲブ原子力研究センター(ディモナ原子炉)近辺なども攻撃された。 バーレーンの第5艦隊基地はアメリカ海軍の艦船にミサイルや食糧を補給する重要な場所で、アメリカの艦船は補給が困難になった。今ではミサイルや食糧を補給するため、インド洋の中央部にあるディエゴガルシア基地やシンガポールまで行く必要がある。 アメリカ軍はイラン軍との戦争で劣勢にあること明白だが、「無敵のアメリカ」を演出したいドナルド・トランプ大統領は攻撃とプロパガンダで乗り切ろうとしているが難しそうだ。そうした演出はアメリカの置かれた状況をさらに悪化させている。 アメリカのシオニストは責任をイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相に負わせて逃げようとしているが難しそうで、トランプ大統領の周辺には「戦術核」を選択肢と考える人びとがいると伝えれている。いうまでもなく、「戦術核」という概念には意味がない。核兵器を使えば容易に「戦略核」へエスカレートする。 トランプ政権はウクライナでも窮地に陥っている。すでにウクライナのクーデター体制は崩壊状態にあり、NATOが前面に出つつある。アメリカ政府の特使であるスティーブ・ウィトコフとジャレッド・クシュナーはモスクワからキエフへ向かったが、一旦ポーランドのジェシュフへ向かい、そこで航空機から列車に乗り換えてキエフ入りしている。NATOがウクライナへ軍事物資を運ぼうとしていたことからロシア軍がキエフの空港を爆撃、損傷していたからだとも言われている。**********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.09.07

アメリカ政府の特使、スティーブ・ウィトコフとジャレッド・クシュナーが9月5日、モスクワのブヌーコボ空港に到着、ロシア大統領特別代表を務めるキリル・ドミトリエフの出迎えを受けた。その直前、ロシアのセルゲイ・リャブコフ外務次官はアメリカ政府に対し、現実を素直に受け入れなければならないと警告している。ロシア大統領府が9月5日に発表したところによると、この訪問に合わせ、ウラジミル・プーチン露大統領はキエフへの攻撃を3日間停止するように命じた。 ウィトコフとクシュナーは外交の素人であり、特使に任命されてから行ったことはインサイダー取引くらいだと陰口を叩く人もいる。ふたりはウクライナ戦争を終結させるための提案をモスクワへ持ち込むとされているが、今回の訪問で和平が実現すると考えている人は多くないだろう。2014年2月にバラク・オバマ政権がネオ・ナチを利用してキエフでクーデターを成功させた直後からプーチン政権は話し合いでの解決を模索してきたが、それを欧米諸国は拒否してきた。特に好戦的だったのはイギリス政府である。 イギリスをはじめとするヨーロッパの好戦的な国々はロシアの飛び地であるカリーニングラードに対する攻撃を匂わせ、ロシアを挑発している。そのカリーニングラードへ大型輸送機のAn-124が飛来、2日間滞在した後、9月3日にサンクトペテルブルクへ戻ったという。ベラルーシへ中距離弾道ミサイルのオレシュニクを運んだ時に使われたケースがあるため、オレシュニクや短距離弾道ミサイルのイスカンデルのような強力な兵器が持ち込まれたのではないかと推測する人もいる。 すでにロシア軍はキエフやオデッサにあるNATO諸国の企業も攻撃し始めていることから、ウクライナ向けの兵器を製造しているNATO諸国の工場を攻撃したとしても不思議ではない。 NATO/ウクライナは2014年2月から22年2月にかけてのミンスク停戦期間中にキエフのクーデター政権の戦力を増強した。クーデター軍に兵器を供与、将兵を訓練、ヒトラーユーゲント的な組織で年少者に対する戦闘訓練と思想教育を施す一方、要塞線を築いている。その中核がマリウポリ、ソレダル、マリーインカ、アブディフカの地下要塞だが、マリウポリとソレダルは2022年に、またマリーインカとアブディフカは23年にそれぞれ陥落。それでも要塞線は存在していたが、戦略的に重要な工業都市のコスティアンティニフカをロシア軍が今年に入って制圧、勝敗は決したとみられている。 NATO諸国は一発逆転を狙ったギャンブル作戦を繰り広げているが、成功していない。昨年12月28日から29日にかけて91機のドローンがモスクワ北西部のノブゴロド州にある大統領公邸を攻撃した。 ロシア軍は29日に撃墜されたドローンの航法装置を調査、飛行計画を含むファイルを取り出すことに成功している。そしてドローンの最終目的地がロシア大統領官邸内の施設のひとつであったことを突き止め、そのデータはアメリカ側に提出されたという。 プーチン大統領の暗殺を狙ったということだが、こ右下作戦を実行するためにはドローンを誘導する衛星が必要であり、プーチン大統領の行動に関する情報も入手する必要がある。ロシア側の主張が正しければ、つまりアメリカやイギリスの情報機関が関与していた可能性が高い。この出来事はロシア政府が外交的な解決を断念する要因のひとつだともみられている。8月25日にジョン・ラトクリフCIA長官がモスクワを訪問したのはロシアから見ると挑発以外の何ものでもない。ロシア政府から相手にされなかったのは当然だ。 NATO諸国の内部は現在、ウクライナをめぐって対立が生じている。そのひとつの現れがSBU(ウクライナ安全保障庁)とGUR(ウクライナ国防省情報総局)の対立。9月3日朝にはGUR側に死傷者出た。その背景にはオレクサンドル・ポクラドSBU長官代行と今年1月までGURの総局長を務めていたキリロ・ブダノフの対立があると言われている。 2014年2月のクーデター直後、SBUはCIAの管理下に入ったが、2019年5月に大統領となったウォロディミル・ゼレンスキーはイギリスの対外情報機関MI6の指揮下にあり、その後、SBUはゼレンスキー派、つまりMI6が支配するようになった。それに対し、CIAの訓練を受けたブダノフはCIAがついているとみられている。その対立は資金源、例えば詐欺の拠点である「コールセンター」事業の支配権をめぐる争いという側面もある。 ロシアとの戦争に最も熱心な国がイギリスだということは2022年の段階で判明している。この年の2月、NATOによるドンバス(ドネツクとルガンスク)への攻撃を察知したロシアはウクライナに対するミサイル攻撃を開始、ドンバス周辺に集結していたウクライナ軍、ウクライナ各地の軍事施設や生物化学兵器の研究開発施設を攻撃するが、すぐに停戦交渉が始まり、ほぼ合意に達する。仲介役のひとりだったイスラエルの首相だったナフタリ・ベネットは交渉の内容を長時間のインタビューで詳しく話した。 ベネットは2022年3月5日にモスクワへ飛んでプーチン大統領と数時間にわたって話し合い、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領を殺害しないという約束をとりつけることに成功、その足でベネットはドイツへ向かってオラフ・ショルツ首相と会った。 その3月5日にSBUはキエフの路上でゼレンスキー政権の交渉チームで中心的な役割を果たしていたデニス・キリーエフを射殺している。ウクライナの国会議員、フョードル・ベニスラフスキーによると、キリーエフ暗殺に関与したSBUのアレクサンダー・ボバは今回のGURメンバー殺傷事件にも関係、拘束されたという。 2022年の停戦交渉はトルコ政府も仲介、やはり停戦でほぼ合意に達していた。その際に仮調印されているのだが、「ウクライナの永世中立性と安全保障に関する条約」と題する草案をプーチン大統領はアフリカ各国のリーダーで構成される代表団が2023年6月17日にロシアのサンクトペテルブルクを訪問した際に示している。 それに対し、イギリスの首相を務めていたボリス・ジョンソンがキエフへ乗り込み、戦争を継続するようウォロディミル・ゼレンスキー大統領(当時)に命令、停戦合意は壊された。2022年4月9日のことだ。(ココやココ) ゼレンスキーは2020年10月にイギリスを公式訪問したが、その際、MI6の長官だったリチャード・ムーアを非公式に訪問している。アメリカ海兵隊の元情報将校で、UNSCOM(国連大量破壊兵器廃棄特別委員会)の主任査察官を務めたスコット・リッターが製作したドキュメンタリーによると、ゼレンスキーはMI6のエージェントであり、そのハンドラー(エージェントを管理する担当オフィサー)はMI6長官を務めていたリチャード・ムーアだと推測されている。ゼレンスキーの周囲で警護している要員はイギリス人だとも言われている。 CIAの前身であるOSSはMI6を教官役として組織されたが、いずれも背後に存在しているのは金融機関。MI6にしろCIAにしろ、情報機関は金融機関が政府を操る仕組みとして機能している。イスラエルのモサドもこの2機関と緊密な関係にある。 つまり、MI6、CIA、モサドは近い関係にあるのだが、ウクライナをめぐっては対立しているようだ。情報機関の背後にいる私的権力の利害が対立しているのだろう。負け戦になると分裂が始まる。**********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.09.06

アメリカ軍は8月30日にドローンでララク島を攻撃、9月1日にはシリクで開かれていた結婚式の会場が狙われた。ララク島が攻撃された直後に2名が殺され、2名が負傷と報告され、結婚式に参加していた市民のうち少なくとも5名が死亡、70人以上が負傷したと報じられている。目撃者によると、結婚式に参加するため数十人の住民が集まっていた。 結婚式で殺された人のうちふたり、また負傷者のうち19人以上が10歳未満の子どもだ。この攻撃がアメリカ軍によって行われ、3機のミサイルが使われたことが確認されている。いわゆるトリプル・タップであり、救助の駆けつける人も殺そうとしている。 ロイターによると、兵器専門家による画像と映像の分析からミサイルが屋根に命中した可能性が高く、イラン側が発射した防空ミサイルではなく、アメリカ軍のものである可能性が高いという。イスラエル軍はガザで女性や子どもを意図的に殺しているが、アメリカ軍も同じことをしているようだ。 アメリカ軍とイスラエル軍は2月28日にイランを騙し討ちにして最高指導者のアヤトラ・アリ・ハメネイ師、アブドルラヒム・ムサビ参謀総長、アジズ・ナシルザデ国防相、イラン革命防衛隊(IRGC)のモハメド・パクプール司令官、最高安全保障委員会(SNSC)事務局長でハメネイ師の顧問を務めていたアリ・シャムハニを含むイランの要人を殺害した。 その際、イランのミナブ女子小学校も攻撃され、168名から180名が殺されたが、その大半は7歳から12歳の少女。この時も攻撃は繰り返し数度あり、最初の攻撃で生徒たちが避難した礼拝堂も狙われている。最初の攻撃で人びとを一カ所に集め、救助隊もろとも殺す計画だった可能性が高い。この時もダブル・タップ攻撃、あるいはトリプル・タップ攻撃だ。この殺害はカルト的な「儀式」で、生徒たちは生贄になったとする人もいる。 アメリカ軍が攻撃する前、イランとオマーンは3週間にわたってホルムズ海峡の通航管理を誰が担うかについて水面下で交渉、航行の管理や通航船舶からのデータ収集を行う「共同調整センター」の設置について両国は合意に近い段階にあったという。 新たな管理体制によると、ララク島の周辺海域やオマーン領海を通る暫定ルートを廃止、新たな水路へと切り替えることが想定されているため、アメリカ軍が攻撃したララク島はホルムズ海峡の通航をめぐるイランとオマーンの共同管理体制において地理的かつ行政的な中枢をなす場所だと元CIA分析官のラリー・ジョンソンは指摘している。この新管理体制が始動すれば、アメリカは排除される。その管理体制をアメリカは認めないという意思を示したとも考えられている。 今回のアメリカ軍による攻撃に対し、IRGC(イスラム革命防衛隊)は数時間後に報復攻撃を開始した。まずヨルダンにあるアメリカ海兵隊のキャンプ・ティティンへ弾道ミサイルを発射、ついでクウェートのアリ・アル・サレム空軍基地にあるアメリカ軍の司令部などをミサイルやドローンで攻撃し、相当数のアメリカ軍の要員が死亡したという。 さらにイラクのクルド人自治区にあるアメリカ軍の基地もIRGCは攻撃。アラブ首長国連邦にあるアル・ダフラ基地やアル・ミンハド基地にあるアメリカ軍のレーダーシステムや軍事拠点も目標にし、ホルムズ海峡上空ではアメリカ軍のドローン、MQ-9を撃墜したという。ヨルダンのキング・フセイン空軍基地やアル・アズラク空軍基地やアメリカ中央軍の前方司令部と位置付けられているカタールのアル・ウデイド空軍基地も標的だったとされている。 ドナルド・トランプ米大統領は8月11日、アメリカがホルムズ海峡を「完全に支配」、「今後も維持するつもりだ」と宣言した。アメリカ海軍による封鎖は「鋼鉄の壁」であり、それに対して「イランに打つ手はない」としていた。8月14日になると「ホルムズ海峡は我々のもの」であり、海峡をアメリカの領土だと宣言するとまで言った。 トランプによると、海峡は自由に航行でき、石油で満ちているはずだが、現在、ホルムズ海峡を航行している船舶はほとんどなく、今回のアメリカ軍による攻撃は西アジア情勢をさらに悪化させることは不可避である。タッカー・カールソンのように、ドナルド・トランプ大統領がイランに核兵器を落とすのではないかと懸念する人もいる。 トランプの主張が正しいならば、イランを攻撃する必要などないはずだが、攻撃した。アメリカ軍がイランを攻撃する前日、イランのアッバス・アラグチ外相は日本にある軍事資産をアメリカ軍が使っていると共同通信の取材で発言している。「平和を愛する日本国民はアメリカが犯した犯罪について日本政府に責任を問うべきだ」と語ったというが、日本人の大多数はそうしたことを考えていない。明治維新以降、マスコミと教育で国民は考えないように飼育されてきた。その手先になってきた日本の「エリート」はアメリカに従属することで自らの富と地位を維持しているのである。 アラグチがインタビューを受ける前、イギリスの「UKディフェンス・ジャーナル」誌は三沢基地に駐留するアメリカ軍のF-16戦闘機が3月と4月に中東へ派遣されたと伝えている。言うまでもなくイランとの戦争に参加するためだ。アラグチが日本政府の戦争責任を問うのはそのためだ。これまでイランは日本に対して好意的な姿勢を示してきたが、日本政府はその関係を壊そうとしている。 日本の経済にとって重要な国であるロシアや中国を敵視する政策を日本政府が推進しているのはアメリカの支配層からの命令があるからだ。この仕組みは明治維新から続いている。徳川時代の余韻が残っている時期はブレークがかかっていたが、今はブレーキが存在しない。 本ブログでは繰り返し書いてきたように、「東アジア戦略報告(ナイ・レポート)」が発表され、大きな事件が立て続けに引き起こされた1995年以降、日本をアメリカの戦争マシーンに組み込む作業が本格化した。 1994年6月に長野県松本市で神経ガスのサリンがまかれ(松本サリン事件)、95年3月には帝都高速度交通営団(後に東京メトロへ改名)の車両内でサリンが散布され(地下鉄サリン事件された。松本サリン事件の翌月に警察庁長官は城内康光から國松孝次に交代したが、その國松は地下鉄サリン事件の直後に狙撃されて瀕死の重傷を負う。 そして1995年8月にはアメリカ軍の準機関紙と言われているスターズ・アンド・ストライプ紙に85年8月12日に墜落した日本航空123便に関する記事が掲載されたが、それは日本政府を脅す代物だった。その記事はJAL123便が墜ちる前、大島上空を飛行していたアメリカ軍の輸送機C130の乗組員だったマイケル・アントヌッチの証言に基づいて書かれている。その中で自衛隊の責任を強く示唆している。 国防総省系のシンクタンク「RANDコーポレーション」が発表した報告書によると、GBIRM(地上配備中距離弾道ミサイル)で中国を包囲する計画を彼らは持っている。自衛隊は2016年に与那国島でミサイル発射施設を建設、19年には奄美大島と宮古島、そして23年には石垣島でも施設を完成させた。 専守防衛の建前と憲法第9条の制約がある日本の場合、ASCM(地上配備の対艦巡航ミサイル)の開発や配備で日本に協力することにし、ASCMを南西諸島に建設しつつある自衛隊の施設に配備する計画が作成されたとされていたが、すでにそうした配慮は放棄されている。**********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.09.05

日本政府全権の重光葵と大本営全権の梅津美治郎が東京湾内に停泊していたアメリカの戦艦ミズーリで降伏文書に調印したのは昭和天皇(裕仁)がラジオを通じて「ポツダム宣言」の受諾をアメリカ、イギリス、中国、ソ連の4カ国に伝えたと「臣民」に発表してから18日後、1945年9月2日のこと。これによって日本の敗北が正式に決まったのだが、この時、すでにアメリカやイギリスはソ連と戦争を始めていた。 ウォール街と対立、反植民地を掲げていたニューディール派のフランクリン・ルーズベルト米大統領は帝国主義者のウィンストン・チャーチル英首相と敵対、むしろソ連のヨシフ・スターリン共産党書記長と親しくしていた。そのルーズベルトは1945年4月12日に急死、その翌月にドイツが降伏すると、チャーチルはソ連に対する奇襲攻撃の作成を合同作戦本部(JPS)に命じた。そして5月22日にアンシンカブル作戦が提出される。 その作戦によると、攻撃を始めるのはその年の7月1日。アメリカ軍64師団、イギリス連邦軍35師団、ポーランド軍4師団、そしてドイツ軍10師団で「第3次世界大戦」を始める想定になっていた。この作戦が実行されなかったのは、参謀本部が5月31日に計画を拒否したからだ。拒否した理由のひとつはソ連がまだ降伏していなかった日本と手を組むことを恐れたからだとも言われている。(Stephen Dorril, “MI6”, Fourth Estate, 2000) 原子爆弾の開発も計画を実行に移さなかった理由のひとつかもしれない。1945年7月16日にアメリカはニューメキシコ州のトリニティ実験場でプルトニウム原爆の爆発実験を行い、成功。ハリー・トルーマン大統領は原子爆弾の投下を7月24日に許可、26日にアメリカ、イギリス、中国はポツダム宣言を発表、8月6日に広島へウラン型原爆が投下され、その3日後に長崎へプルトニウム型原爆が落とされている。 ソ連に対する核攻撃に執着していたチャーチル首相は1941年11月にベンガルで焦土作戦を打ち出した。1939年にノモンハンでソ連軍に惨敗した日本軍が南進に転じたことを受けてのことだ。日本軍の食糧にしないということで、イギリスはサイロや倉庫から種籾を含む全ての米を押収し、輸送手段を奪うために漁民の船や自転車を取り上げた。 その作戦を推進中の1942年10月にベンガル地方はサイクロンに襲われ、農作物が大きな打撃を受け、死傷者が出た。食糧不足は避けられない状態になって飢餓が見通されたのだが、イギリスは米の運び出しを続けた。チャーチル首相は1943年1月、イギリスの食糧と資源の備蓄を強化するため、インド洋で活動していた商船を全て大西洋へ移動させた。(Madhusree Mukerjee, “Churchill’s Secret War,” Basic Books, 2010) 1943年10月には現地の提督からチャーチル首相に対し、政策の継続は大惨事を招くという警告の電報が打たれ、イギリス下院では満場一致で食糧を送ると議決したが、それを首相は無視。食糧を送るというルーズベルト大統領の提案も拒否した。 その結果、ベンガルでは1943年から44年にかけて大規模な飢饉が引き起こされ、餓死者の人数はベンガル周辺だけでも100万人から300万人に達したと推計されている。**********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.09.04

SBU(ウクライナ安全保障庁)のメンバーとGUR(ウクライナ国防省情報総局)のメンバーが9月2日の夜からキエフ市街で銃撃を繰り広げたと伝えられたが、その様子を撮影したとされる映像を見ると、両機関の隊員がロシア語で口論を始め、SBU隊員が非武装のGUR隊員を自動小銃の銃撃、GUR隊員を死傷させたようだ。銃撃戦はなかった。現地では、詐欺の拠点になっているコールセンターの「警護」をめぐる両機関の対立が原因だったと噂されている。**********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.09.03
アメリカはウクライナでロシアに敗北、西アジアではイランに敗北しつつあり、エネルギーや食糧の供給連鎖が麻痺、西側世界は危機的な状況に陥っている。 安価なエネルギー資源を供給できるロシア、そして巨大なマーケットを抱える中国との関係を破壊、良質な水を手に入れられるにもかかわらず農業を破壊してきたのが日本は中でも深刻な状態だ。ロシアや中国のような国とは違い、自給自足が不可能だからだ。 そうした狂気の政策を進めている日本が支援しているウクライナは壊滅的な状況にある。言うまでもなく、ウクライナを壊滅的の状態にしたのはNATO諸国にほかならないのだが、そのうちアメリカはウクライナの敗北を見通し、すでに距離を置こうとしている。前面に出ているのはヨーロッパ諸国だ。その中でもイギリス、フランス、ドイツが最も強硬な発言を続けているが、軍事力にしろ経済力にしろ中身はない。 本ブログでも繰り返し書いてきたが、NATO/ウクライナ軍によるロシア深奥部の民間施設への攻撃、そしてロシア産穀物輸出の約4分の1が通過するアゾフ海における船舶への攻撃への報復として、ロシア軍はオデッサをはじめ黒海に面した港を封鎖、黒海を回避した輸送ルートのドナウ川に面したレニ港やイズマイル港もロシア軍は破壊、さらにキエフなどへの攻撃を激化させた。 攻撃目標の中にはNATOの地下司令部やショッピング・センターの地下倉庫を改造したドローンの組み立て工場、そのショッピング・センターを出入りしてドローン発射に使われている配送用トラックも含まれている。 ロシア軍に攻撃を激化させたのはNATO/ウクライナ軍にほかならない。ウラジーミル・ゼレンスキーが言うところの「40日間作戦」が原因である。NATO/ウクライナ軍はドローンを用いてロシアの石油産業を攻撃し、さらにクリミア、モスクワ、サンクトペテルブルクの電力施設、そしてアゾフ海と黒海にあるロシアのすべての船舶や港湾施設を目標にした。そしてワイルドベリーの倉庫などの民間施設に対する攻撃する。 この攻撃が始まるまでロシア軍は攻撃目標を軍事施設や工業施設に限定、民間施設への攻撃は避けていた。攻撃の頻度も限定的で、キエフも平穏。オデッサ港を出入りする船舶は安心して航行できた。住民は食糧もエネルギーを心配する必要もなかった。そうしたロシア政府の方針を40日間作戦は変えてしまったのだ。ウクライナ軍の前線部隊に対する補給が困難になっただけでなく、街中の店から商品が消えている。このまま進むと人びとが冬を越すのは難しい。 すでにウクライナでの戦争はNATO軍が主力になっている。NATOが兵器を持ち込み、NATO軍の将兵が監督、アメリカの衛星が提供する情報に基づき、その衛星に誘導されたミサイルやドローンでロシアを攻撃しているのが実態だ。ウクライナの軍や親衛隊はゾンビ状態だと言えるだろう。そのゾンビ組織の内部で抗争が起こっている。 9月2日の夜からキエフ市街でSBU(ウクライナ安全保障庁)のメンバーとGUR(ウクライナ国防省情報総局)のメンバーが銃撃を繰り広げ、GURのひとりが死亡、ふたりが負傷したと伝えられている。銃撃事件の発端は、その1週間前にRDK(ロシア義勇軍)のステパン・カプルノフ副司令官が拉致されたことにあるという。 現地では詐欺の拠点になっているコールセンターの支配権をめぐるオレクサンドル・ポクラドSBU長官代行と今年1月までGURの総局長を務めていたキリロ・ブダノフの対立だった囁かれている。 現在、大統領府長官を務めているブダノフは8月28日に放送されたインタビューの中で、ウクライナ軍の戦力を維持するためには少なくとも毎月3万人を動員しなければならないと語ったが、これはNATO/ウクライナの公式発表とは違い、事実に近い。 ウォロディミル・ゼレンスキーの命令でポクラドがブダノフの影響力を弱めようとしているという見方もあるが、ブダノフはCIAの訓練を受けた人物であり、SBUは2014年2月のクーデター以降、CIAの管理下にある。 銃撃戦が起こった正確な理由は不明だが、いずれにしろウクライナが組織として機能していないことが原因だ。**********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.09.03

1923年、つまり今から103年前の9月1日に東京周辺が巨大地震に襲われた。家屋が倒壊しただけでなく、大規模な火災が発生して大きな損害を受けている。被災者は340万人以上に及び、死者と行方不明者を合わせると10万5000名から14万3000名、損害総額は55億から100億円(現在の貨幣価値に換算すると4兆円から7兆円)に達したと言われている。その復興資金の調達を日本政府はJPモルガンに頼ったが、この銀行はロスチャイルドからスピンオフした金融機関。それ結果、このJPモルガンは日本の政治経済に大きな影響力を持つことになる。 JPモルガンの創業者であるジョン・ピアポント・モルガンの父親であるジュニアス・スペンサー・モルガンはジョージー・ピーボディーとロンドンで銀行を経営していたが、1857年に業績が悪化する。その苦境を救済したのがピーボディーと親しかったロスチャイルド一族。ピーボディは1864年に引退し、ジュニアス・モルガンが率いることなった。その銀行でジュニアスの息子、ジョン・ピアポント・モルガンも働くようになるが、そのジョンをロスチャイルドは自分たちのアメリカにおける銀行の代理人に据えた。 ジョン・ピアポント・モルガンは1913年3月に死亡、息子のジョン・ピアポント・モルガン・ジュニア(通称ジャック)が引き継ぎ、アメリカの金融界、いわゆるウォール街の大立者になる。関東大震災当時のJPモルガンを率いていたのはジャックだ。 そのウォール街を揺るがす出来事が1932年にあった。大統領選挙でロスチャイルドに操られていた現職のハーバート・フーバーがニューディール派のフランクリン・ルーズベルトに敗れたのだ。そこでウォール街の大物たちはニューディール派を排除するためにクーデターを計画するのだが、これは海兵隊のスメドリー・バトラー退役少将によって阻止された。バトラー少将は名誉勲章を2度授与されたアメリカ海兵隊の伝説的な軍人だ。 バトラー少将によると、1933年7月に在郷軍人会の幹部ふたり、ウィリアム・ドイルとジェラルド・マクガイアーが彼の自宅を訪問したところから話は始まる。(Public Hearings before the Special Committee on Un-American Activities, House of Representatives, 73rd Congress, 2nd Session) シカゴで開かれる在郷軍人会の大会へ数百人の退役兵士を引き連れて参加し、演説して欲しいと要請、必要な経費を負担するということだった。ふたりは演説の原稿を置いて帰った。その原稿には金本位制への復帰を求める文言が含まれていた。 似た動きは日本でもあった。1930年1月、浜口雄幸内閣は金本位制への復帰を決めているのだ。このときの大蔵大臣、井上準之助は当時の日本で最もJPモルガンに近い人物だと言われている。1920年に対中国借款の交渉を井上は行っているのだが、この過程でJPモルガンと親しくなったのだという。井上は緊縮財政を推進するが、これも巨大金融資本の意向に沿うものだ。(NHK取材班編『日本の選択〈6〉金融小国ニッポンの悲劇』角川書店、1995年) こうした政策によって日本では不況は深刻化、庶民は経済的に厳しい状況におかれる。東北地方で娘の身売りが増えたのもこの頃のことだ。こうした経済政策を推進した浜口首相は1930年11月に東京駅で銃撃され、翌年の8月に死亡、32年2月には井上が本郷追分の駒本小学校で射殺されている。そして1936年2月26日、陸軍の在京部隊約1500名が決起した。二・二六事件だ。 アメリカ大統領だったフーバーは任期を終える直前、1932年に大物を駐日大使として日本へ送り込む。ジョセフ・グルーだ。グルーのいとこ、ジェーンはジョン・ピアポント・モルガン・ジュニア、つまりJPモルガンの総帥の妻である。しかもグルーの妻、アリスの曾祖父にあたるオリバー・ペリーは海軍の伝説的な軍人で、その弟は「黒船」で有名なマシュー・ペリーだ。 グルー夫妻は皇族を含む日本の支配層に強力なネットワークを持っていたが、特に親しかったとされている人物が松岡洋右。松岡の妹が結婚した佐藤松介は岸信介や佐藤栄作の叔父にあたり、岸もグルーと親しい関係にあった。秩父宮雍仁もグルーの友人として知られている。秩父宮が二・二六の将校を支持していたとは思えない。 ところで、3度目の訪問時、マクガイアーはスポンサーのひとりがグレイソン・マレット-プレボスト・マーフィだということを明かす。この人物は在郷軍人会を創設したメンバーのひとりだが、ウォール街で証券会社を経営し、ギャランティー・トラストの重役でもあった。(Jules Archer, “The Plot to Seize the White House,” Skyhorse Publishing, 2007) ウォール街からの訪問者はドイツのナチやイタリアのファシスト、中でもフランスの「クロワ・ド・フ(火の十字軍)」の戦術を参考にしていた。50万名規模の組織を編成して政府を威圧、「スーパー長官」のようなものを新たに設置して大統領の重責を引き継ぐとしていた。一種の摂関政治だ。このシステムを導入するため、ウォール街の住人たちは在郷軍人会を動員してホワイトハウスを恫喝しようとしていた。マクガイアーたちの目的は金本位制の復活であり、失業対策として彼らが考えていたのは強制労働収容所にすぎなかった。 ウォール街の大物たちはパリでクーデターの指揮官を選定、軍の内部で圧倒的な人望があったバトラーが選ばれたのだが、JPモルガンが考えていた人物は陸軍参謀長を務めていたダグラス・マッカーサーだった。 この軍人が結婚した女性はルイス・クロムウェル・ブルックス。その母、エバ・ロバーツ・クロムウェルが再婚した相手、エドワード・ストーテスベリーはJPモルガンの共同経営者だった。マッカーサーはJPモルガンの人脈に属していたのだ。そのマッカーサーが選ばれなかったのは、軍隊の内部でバトラーほどの人気がなかったからだ。バトラーを抱き込まない限りクーデターは成功しないと判断する人が多かったということだろう。 しかし、結局ウォール街はバトラーの説得に失敗。50万人の兵士を利用してファシズム体制の樹立を目指すつもりなら、自分は50万人以上を動かして対抗すると応じ、内戦を覚悟するようにバトラーは警告した。(Public Hearings before the Speecial Committee on Un-American Activities, House of Representatives, 73rd Congress, 2nd Session, Testimony of Major General Smedley D. Butler, December 29, 1934) クーデター計画に気づいたバトラーは信頼していたフィラデルフィア・レコードの編集者トム・オニールに相談、オニールはポール・コムリー・フレンチを確認のために派遣している。フレンチは1934年9月にウォール街のメンバーを取材、コミュニストから国を守るためにファシスト政権をアメリカに樹立させる必要があるという話を引き出した。(Jules Archer, “The Plot to Seize the White House,” Skyhorse, 2007) バトラー少将は1935年にJ・エドガー・フーバーに接触してウォール街の計画を説明するのだが、起訴するために必要の証拠はなく、自分には捜査を命令する権限がないとして断っている。(Peter Dale Scott, “The American Deep State,” Rowman & Littlefield, 2015) 計画が発覚すると、名指しされた人びとは誤解だと弁解したが、非米活動特別委員会はクーデター計画の存在を否定することはできなかった。それにもかかわらず、何ら法的な処分は勿論、これ以上の調査は行われず、メディアもこの事件を追及していない。この問題でウォール街を追い詰めても内戦になる可能性があったからだろう。 1935年9月10日にアメリカではひとりの上院議員が暗殺されている。ヒューイ・ロングだ。富裕なエリートや銀行を批判、ルーズベルト政権を当初は支持していたが、ニューディール政策は貧困対策として不十分だと考え、1933年6月に袂を分かつ。ロングは純資産税を考えていた。ウォール街の支配者にとって、ロングはルーズベルト以上の敵だ。 医師のカール・ワイツが4フィート(約1.2メートル)の距離から拳銃でロングを射殺したとされているが、ワイツはロングのボディガードたちに射殺されたため、公判は開かれず、証拠や証人の検証もなかった。ワイツの家族はカールが殺したとする公式ストーリーを否定している。 クーデター計画と並行する形で民主党の反ニューディール派議員は「アメリカ自由連盟」を設立している。活動資金の出所はJPモルガンやデュポンといった巨大企業のほか、アンドリュー・メロンやロックフェラーの周辺を含む富豪たち。武器はレミントン社からデュポン経由で手に入れることになっていた。 ルーズベルトは1936年、40年、そしてドイツや日本の敗北が間近に迫っていることが明らかだった44年の選挙でも勝利する。戦争が終われば、ウォール街とナチスとの関係が調べられ、責任を問われることも予想されたのだが、ルーズベルトはドイツが降伏する前月、1945年4月12日に急死、ニューディール派の影響力は急速に弱まる。そしてアメリカでは「赤狩り」と称する反ファシスト派弾圧が始まった。***********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.09.02
ウクライナのキリーロ・ブダノフ大統領府長官は8月28日に放送されたインタビューの中で、ウクライナ軍の戦力を維持するためには少なくとも毎月3万人を動員しなければならないと語った。戦死者、重傷者、脱走兵を含めるとその程度になるということだろう。ウクライナ側の戦死者は150万人から200万人程度だろうと推測されていた。 本ブログでは繰り返し書いてきたことだが、ウクライナの東部や南部はロシア文化圏であり、半数以上の住民はロシアに親戚がいると言われている。その関係を利用してロシア軍と連絡をとり、投降しているウクライナ兵もいるという。部隊ごと行方不明ということもあるようだ。そうした投稿を阻止することもウクライナのネオ・ナチ部隊に課された任務だ。 ウクライナ各地で行われている強制的徴兵、要するに拉致の様子を見ても兵士不足は深刻だ。ウォロディミル・ゼレンスキーは2022年2月以降に戦死したウクライナ兵の数を5万5000人と主張しているが、この数字は論外である。戦死が確定すると遺族に補償する必要があり、行方不明で処理されている人も少なくないようだ。ウクライナ側はロシア軍の死傷者数を148万人以上としているが、これは現実的でない。西側の大手メディアはウクライナ側の主張に基づく宣伝をしているが、ロシア側の死傷者はウクライナ側の約1割と見られている。 ロシア軍はオデッサをはじめ黒海に面した港をミサイルやドローンによる攻撃で封鎖、黒海を回避した輸送ルートのドナウ川に面したレニ港やイズマイル港もロシア軍は破壊し、ウクライナは武器弾薬を受け取れず、ヨーロッパは食糧を確保できない状態。 そしてキエフなどの都市ではNATOの地下司令部を含む施設を破壊している。最近1週間でロシア軍は約3600機のミサイルやドローンをウクライナへ撃ち込んでいるが、ここにきて目立つのはショッピング・センターなど民間施設への攻撃。 そうした施設の地下には倉庫を改造したドローンの組み立て工場があり、配送用トラックを利用して部品を運び込み、製品を持ち出して発射していた。ウクライナの救急隊員が撮影した映像から、破壊されたトラックの荷台にドローンが積まれたことも確認された。こうした施設への攻撃では、保管されていた爆発物によると見られる大きな二次爆発が目撃されている。 NATOに加盟するヨーロッパ諸国はロシア深奥部の民間施設を攻撃したりウラジミル・プーチン露大統領の暗殺未遂事件も引き起こし、ヨーロッパ諸国を攻撃させとアメリカ軍とロシア軍を直接戦わせようとしているが、ロシアはその思惑通りに動いていない。ウクライナに入っているNATO軍の将校やエンジニアがいる施設を狙うだけだ。 ウクライナにおけるロシア軍との戦争からアメリカ軍は距離を置いているが、衛星による情報提供やミサイルなどの誘導はアメリカが行なっている。アメリカのパトリオット迎撃システムは役に立たないが、そのミサイルも枯渇している。 イランとの戦争でもアメリカ軍は劣勢にあり、西アジアにおけるアメリカ軍基地は破壊され、イスラエルの諸都市も大きなダメージを受けている。西側の大手メディアは「アメリカの勝利」を演出しているが、それには限界がある。報道管制を強化しているが、強化するほど信頼されなくなる。 ロシアに対する戦争を煽ってきたヨーロッパの「指導者」はアメリカを支配する私的権力を全能だと信じ、その全能の人びとに従っていれば好き勝手なことができるとでも思っていたようだが、それは日本でも同じだ。明治維新以降、日本の支配システムはアメリカやイギリス、つまりアングロ・サクソンの金融資本に支配されてきた。彼らがいなければ天皇カルトを作り上げることもできなかっただろう。そうした流れに逆らった人びとはことごとく排除されてきた。琉球併合や台湾派兵においても、アメリカやイギリスの外交官の果たした役割は小さくない。つまり米英を中心とする支配システムの崩壊は日本を支配してきた勢力をも崩壊させる可能性がある。**********************************************【Sakurai’s Substack】【櫻井ジャーナル(note)】
2026.09.01
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