《櫻井ジャーナル》

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2014.05.15
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カテゴリ: カテゴリ未分類
 いわゆる「集団的自衛権」で日本が組む相手はアメリカだろうが、この国は先住民を殲滅し、他国を侵略してきた歴史を持つ。1933年3月から45年4月にかけての間は反ファシズムや反植民地を主張するフランクリン・ルーズベルト政権が存在したものの、例外的な存在。キューバへの軍事侵攻やベトナムからの撤退を主張、ソ連との平和共存を訴えていたジョン・F・ケネディ大統領は暗殺され、短期間で終わった。

 21世紀に入ってからの行動を振り返ってもアメリカは侵略を繰り返している。その名目に使われたのが「民主化」や「人道」だが、その実態は民主主義の破壊であり、人権の否定である。

 そうした現実を誤魔化すために支配層は偽情報を流しているのだが、被支配層も嘘だとわかっているだろう。強者に刃向かえば傷つき、勝つ見込みはほとんどなく、騙された振りをしていた方が「利口」というものだ、と考える人が日本では圧倒的に多い。

 21世紀に侵略は2001年9月11日の航空機によるニューヨークの超高層ビル突入やペンタゴン(国防総省本部庁舎)への攻撃が引き金になっている。その「テロ」に対する報復ということなのだが、アフガニスタンもイラクもその攻撃には関係なかった。

 事件直後、オサマ・ビン・ラディンが率いるアル・カイダが実行したとジョージ・W・ブッシュ政権は宣伝していたが、その主張に疑問点が多く、ビン・ラディンをFBIは指名手配していない。

 フランスのル・フィガロ紙によると、2001年7月にビン・ラディンは腎臓病を治療するため、アラブ首長国連邦ドバイの病院に入院していた。その入院患者を見舞うために家族のほか、サウジアラビアやアラブ首長国連邦の著名人が訪れているのだが、それだけでなく、CIAのエージェントも目撃されている。そして2001年12月26日、エジプトのアル・ワフド紙はオサマ・ビン・ラディンの死亡を伝えている。その10日前、肺の病気が原因で死亡し、トラ・ボラで埋葬されたというのだ。

 アメリカ政府はイラクが今にもアメリカを核攻撃するかのように主張していたが、これも荒唐無稽な話。つまり、イラクへの攻撃は「自衛」のために行ったわけでなく、侵略戦争にほかならなかった。この侵略戦争に日本の政府やマスコミは賛成、開戦の障害になりそうな人びとを激しく非難していた。

 こうした連中が言う「集団的自衛」は「侵略」と同義語。軍事侵攻し、反撃されたなら侵略を始めた国を支援することになる。この問題を議論する前に、イラク侵略に賛成したことをどう考え、どのように責任をとるのかを表明する義務が政治家、官僚、学者、編集者、記者といった人びとにはある。世界各地に存在するアメリカ軍基地を攻撃する能力のある国をアメリカが攻撃したなら、日本は侵略の片棒を担ぐことになる。

 イラク後、アメリカはリビアやシリアの体制を転覆させるために軍事介入している。いずれもアル・カイダを手駒として使い、リビアではNATO軍が空爆を実施、特殊部隊が潜入していたとも言われている。その際にも嘘をまき散らしていた。つまりメディアも戦争に協力していた。

1991年からアメリカ政府は50億ドルを投入 、「オレンジ革命」も成功させ、一部の人間は不公正な手段で巨万の富を築いた。そのひとりが投機家ジョージ・ソロスの影響下にあった ユリア・ティモシェンコ 。国家安全保障国防会議のネストル・シュフリチ元副議長と電話で話した際、ロシア人を殺すと繰り返していた元首相だ。有力な次期大統領の候補だという。

 アメリカに支援されたキエフのクーデター政権は東部や南部で制圧作戦を展開しているが、住民の強い抵抗にあっている。そうした中、オデッサでは5月2日に反クーデター派の住民が虐殺されている。50名弱が殺されたと伝えられているが、反クーデター派は120名から130名が殺されたと主張、300名という数字も流れている。

事件後の調査 によると、オデッサでの虐殺は10日前にキエフで開かれた会議で始まるという。

 議長は大統領代行を名乗るアレクサンドル・トゥルチノフ。そのほか、オリガルヒのアルセン・アバコフ内相、CIAの傀儡だというバレンティン・ナリバイチェンコSBU長官、そしてキエフのクーデターで現場の指揮官を務め、アメリカの特殊部隊と連絡を取り合っているというアンドレイ・パルビー国家安全保障国防会議議長。サッカーのフーリガンを利用するという案をだしたのはアバコフ内相だったという。また、オブザーバーとしてドニエプロペトロフスク市のイゴール・コロモイスキー市長も意見を求められたという。アメリカの傭兵を引き連れて乗り込んだという市長だ。

 事件の数日前になると パルビーは数十着の防弾チョッキをオデッサのネオ・ナチへ運んでいる 。その装具を受け取った ミコラ・ボルコフは虐殺の当日、労働組合会館へ向かって銃を発射 、状況をキエフの何者かに報告する様子が映像に残っている。

Parubiy

 当日、午前8時に「サッカー・ファン」を乗せた列車が到着し、虐殺の幕が開く。フーリガンやネオ・ナチを誘導し、住民を虐殺する状況を作り上げる上で重要な役割を果たした集団は赤いテープを腕に巻いていたのだが、その集団は「NATOの秘密部隊」ではないかと疑われているUNA-UNSOだという。

 ウクライナでアメリカはネオ・ナチを使っているが、その前、中東や北アフリカではアル・カイダを利用して体制転覆を図った。いずれも1990年代の初頭、約20年をかけてのプロジェクトだ。リビアではNATOという形で直接的に軍事力を行使、シリアやウクライナでも軍事侵攻を姿勢を見せている。



 こうした侵略戦争をアメリカは「民主化」や「人道」といったフレーズで飾っているのだが、これに騙される、あるいは騙された振りをするような人たちが「集団的自衛権」という名目で行われる侵略を止めることは不可能である。止めようともしないだろう。





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最終更新日  2014.05.16 13:20:40


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