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時が止まったように思える。
周囲には、本当に、二人以外は誰もいなかった。
しかも、少し大きな声で呼べば、十分に声が届く距離である。
コイユールの心臓は、早鐘のように激しく打ちはじめた。
手足が微かに震えてくる。
釘付けられたままの彼女の瞳の中で、アンドレスはこちらに背を向けたまま、幾度も、幾度も、ただ黙々と、一刀一刀に渾身の思いをこめるようにサーベルを振っていた。
素人の彼女の目にもわかるほどに、それは、本当に、力強くも美しい動きだった。
あの少年の日、アンドレスの瞳の中に燃えていた蒼い炎が、彼の全身から発せられているのを、コイユールは今、はっきりと感じ取ることができた。
コイユールは切なさと共に、否、それ以上に、何か感極まるものを感じて、胸が熱くなるのを覚えた。
彼女は揺れる恍惚とした瞳で暫しアンドレスの姿を見つめた後、そっと瞼を閉じて、その後ろ姿にむかって心の中で指を組んで祈りを送った。
インカの民の解放、その共通の願いが、あのまだ幼かった二人の心を結び合わせた懐かしい日々。
そして、今、その同じアンドレスは、それに相応しい一人の武人に成長して、あのインカ皇帝にも等しきトゥパク・アマルの信頼のもとで、確実に、かつての願いの実現を形にしつつあるのだ。
アンドレスが己の道を真っ直ぐに進んでいるように、自分も、自分なりにできることを精一杯するのみなのだ。
物理的な距離がどれほど遠くとも、傍で感じられなくとも、大事なことは、そんなことではないはず。
コイユールは、うっすらとこみあげた涙をつい泥のついた指先でぬぐってしまい、泥が顔についてしまうと、ちょっと慌てながら夜闇に感謝する。
それから彼女は、音を立てぬように注意深く残りの作業をすませてしまうために、再びジャガイモに視線を戻した。
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