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小学生の頃、友達のお母さんに
「子どもはエエなぁ。遊ぶのが仕事や。
中学校になったら試験がいっぱいあるし、今が1番良いときやで」と言われたことがある。
そうかー、遊ぶのが仕事か。子どもって大人よりいいなあ、と思った。
中学生の頃、親戚のおじさんに
「中学生はまだ義務教育や。守られているときなんやで。
高校に行ったら色々悩みも増えるし、今が1番良いときや」と言われたことがある。
そうかー、守られているのは中学までなんやな。今が1番良いときなんだ、と思って過ごした。
高校生の時に、母から
「女子高生って1番楽しいときやで。
お肌もゆで卵みたいにツルツルやし、箸が転げても笑うっていう時期や」
と言われ、なるほど、今が1番楽しい時期やなーと思って毎日を過ごしていた。
大学生の時に、父から
「学生の時が1番気楽で良かったよ。
社会人になったら楽しいだけでは済まないからね。
今を楽しんでおきなさいよー」
と言われ、そりゃそうだ、社会人になったらきっと大変だろうな、学生の間が1番楽しいに違いない、と思い、毎日を楽しく過ごした。
会社に入社した時に、先輩社員さんから
「おっ、社会人1年生か。
新人は元気が1番大事だ。新人から元気を取ったら何も残らん。いいか、新人のうちはまだ失敗が許されるんだ。 多少の失敗を恐れずにどんどん仕事を覚えて自分のものにしてほしい。新人のときが1番良い時だよ。」
と言われ
そういうもんかもしれない。新人のうちが1番楽しい時かもしれない。
まだ社会の怖さも知らないし、学生の気分が抜けていないノリも、新人だからという理由で許されているし、今が1番楽しい時期かもしれない、と思って毎日を過ごした。
やがて部下ができ中間管理職になったときに上司から
「今、思い返すと、最初に部下が出来て必死に仕事をしている時期が1番おもしろかったな。今が1番やりがいがあって仕事も楽しい時期だと思うし頑張れよ」と言われ
なるほど、確かにやりがいがあって、楽しいなーと思って毎日を過ごした。
やがて退社して、田舎に戻ったときも
18歳から1人暮らしして、10年近く、まともに家族と過ごしたことがなかった。今、家族と過ごせて嬉しい。この先、嫁いでしまったら、また家を出ることになる。
家族と過ごせるのは今だけだ。今が1番良いときかもしれないと素直に思えた。
もう1度、大学に行きたい、と決心して大阪の大学に社会人入学をした時も
「再び、学生生活なんて夢みたい。ものすごく楽しい。今が1番楽しい」と思って一生懸命勉強した。
結婚が決まり、式をあげるまでの期間、友人から
「夫婦なんて、結婚なんて、つまんないよー。式をあげるまでが1番ラブラブで幸せなんだからー。今が1番いい時よ」と言われ
「そうなの?結婚まだしてないからわからないけど、挙式の準備してるときってすっごく幸せ~♪今が1番良いときなのかー」と思って楽しんでいた。
結婚すると今度は姉が
「結婚して子どもが出来るまでが1番よい時期よー。
子どもが出来たら、思い通りには身動きできなくなるし、夫婦2人きりで出かけることも出来なるし、今のうちに行きたいところに遊びに行っておきなさいよー」と言われ、なるほど、姉の幼い子がいる生活を見てると、今のうちに遊びに行っておこう!今が1番楽しいときかもしれない、と思って過ごした。
妊娠がわかると、「生まれたら大変よー。生まれるまでにやりたいことをやっておきなさいよー。生まれるまでの今の時期が1番幸せな気分にひたれて良い時期よ」と言われ
なんだ?なんだ?私はいつも『今が1番良いよ』と言われて過ごしているなあ。
でも確かに生まれたら大変だろう。オナカに居る間が1番しあわせな気持ちにひたれるというのは良くわかる。だって、すごく幸せな気持ちなんだもん、と思って毎日を過ごした。
産まれてくると、今度は先輩ママさんから
「まだ、寝ているだけでしょ。寝返りとかハイハイとか動きだしたら大変よ。いまが1番良いときよ」と言われ、
動きだしたら動きだしたで「離乳食がはじまったら大変よ、今はオッパイだけなんだし、またラクチンよ、今が1番良い時よ」
離乳食が始まったら「あんよがはじまったら目が離せないし大変よ。今が1番良い時期よ」
あんよが始まったら「1歳から3歳くらいまでが1番カワイイ時期よ。幼稚園とかに行きだしたら生意気なこと言いだすし、いろいろ悩みも出てくるし、今が1番良い時期よ」
なんやかんやで、今まで、ずーっと良い時期よ、と言われて過ごしてきている
ということに気付いた。
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「私、今までいろいろあったけど、ずっと人から「今が1番良いときやで」と言われ
そのつど、今が1番良いときなんやーって信じて、楽しく過ごしてきたように思う。これってすごく幸せなことやね」と母に話した。
すると母が少し驚いたような顔で
「へー、あんたもか?私もそう言われ続けて、ずっと今が1番良いときやーと思って生きてきたんやで。いっつも今が1番楽しいって思って20代も30代も40代も過ごしてきたわ」
と言った。
お母さんも私と同じように考えて生きてきたことが嬉しかった。
確かに嫌なこともたくさんあったし、苦労もしたけど、でも基本的に今が1番幸せと思って生きていることは、大変ありがたいことだと思う。
「でもな、50代だけは、苦しかったな」母は続けて言った。
大病を患い、入院、手術をし、
通院しながらも夫の親を介護し、最期を看取り、遺品を整理し、
また自分の親を介護し、その死を受け入れる間もなく、
孫が次々と誕生しては里帰りし世話をする。
「しんどい」と何度も口にしていた母。
「50代だけは今が1番良いときって思えなかったな。」と言った母は
少しだけ小さく見えた。
。。。。。。。。。。。
「おかあさん、60代は幸せ~、今が1番よい~って言えるかな?」
母の誕生日の前日、尋ねてみた。
「さぁ。どうかな。あまり期待しないでおくわ。
懸賞ハガキに明日から59歳ではなくて60歳って書くのがイヤやわ。
なんか急におばあさんって感じ」
と言いながら、新聞に載っていたクロスワードを解いていた。
「これがボケ防止かな」と笑っていた。私も笑いながら
「60歳代って子どもも巣立って、介護する親もいないし、やっと自分の時間がもてるし、
体はまだ若くて動きまわれるときやし、1番良いって世間では言わはるやん。
たぶん1番良い時期やで。」
1番良い時期であってほしいと本気で願った。
翌日、母の60歳の誕生日は、私たち子ども3人がそれぞれ相方と子どもを連れて集合した。
孫5人に囲まれ、
赤いちゃんちゃんこを着せられて、誕生日パーティーをした。
母は嬉しそうだった。
子ども、つまり私たちきょうだい3人は皆、母似ではない。
母は昔から「だれか1人くらい私に似ても良いのにね」とよくつぶやいていたものだ。
しかし、私が子どもを出産した時のビデオがあるのだが、
産む瞬間のイキんでいるその時の私の顔はおそろしいほど母に似ている。
私が「母」となった瞬間は、母の顔になっていた。
母の性格は花に例えるなら、野に咲くひまわりのような人だ。
いつも前向きで、よく笑い、マジメでひたむきで、他人にも親切で
気を遣いすぎるところがちょっと困るんだけど、
私はそんな母が大好きだ。
「1番良い時期が今日から始まるねんでー」
還暦を迎えた母に贈る言葉です。