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ものすごく久しぶりにのらねこちゃんと遭遇した。あまりにうれしくて、スマホを構えてずっと後をつけ回してしまった。で、この表情(笑)かわいかったなぁ〜♪何か用?
2022/12/29
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ある小山の上にある美術館。大のお気に入りで何度も行っている。最寄りの駅からえっちらおっちら山を登るのだが、それがなんとも爽快で大好きだ。が、さすがにちょっとばかし衰えを感じているので、行きは無料送迎バスを利用してみた。お楽しみは帰り道だけ。散歩はしたいとは思うけど、体力もなくなってきていて歩くのも遅く鈍いので、今の私の年齢に合わせて楽しんでいこうと思うようになってきた。楽しみ方も少し変わっていきそう。That’s me.
2022/12/11
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最近、私にはちょっとした楽しみがある。なんでしょう?それは、百貨店の美術画廊に行くこと。美術館に行くことが趣味だが、百貨店のこの美術画廊の展示即売というものも、実に興味深くおもしろいのである。百貨店というところは、思いの外頻繁に展示即売という催しをしている。少々お呼びでない上の方のブティックの階を過ぎると、どんどん客が減っていって、マスクが良い塩梅にあくびを隠しているが居眠りしていることは隠せない店員がボサッと上の空で突っ立っている。接客するのは月に何回だろう?店員の様子を横目で窺いながら抜き足差し足姿を消し、一角にあるひっそりと静まり返った人が通った形跡もないような場所へ。ここが美術画廊である。すべての商品が厳重にショーケースに収められ、商談用の高級などっしりとしたテーブルと椅子、そして必ずや手の平よりも大きな電卓が置かれている。ここ。ここへ行くことがちょっとした楽しみなのである。ただポツポツと等間隔で商品が並んでいるだけだが、薄暗くノスタルジックな美術館とは違い、細部まで隈なく見られる煌々とした照明の下で観賞できる醍醐味は案外ここだけかもしれない。舐めるように観る。ため息が出るほど美しい。そしてもう一つの楽しみは、展示即売なので、売約済みの札の掛かる商品が目の前にあることだ。先日は1650万の花瓶が売約済みだった。以前行った時は1320万の壺に札が掛かっていた。200万の小さな絵画は、だんだん金銭感覚が麻痺してきて、あら安いの買ったのねって思う。消費税を頭の中で大まかに計算して顎が外れそうになったり、これだけ並んでいる品の中でなぜこれを選んだんだろうとか、買った人を想像して一つの物語を作ったりして遊ぶ。よくアパホテルの社長が浮かぶのだが、大金持ちの女性に大きなリボンの付いた大きな帽子を被せるのは私だけではないだろう。見るのだけは自由だ。店員の刺すような視線を一身に浴びる覚悟と図太さがあれば行ける。あまりに現実離れしていてこんな世界もあるんだなっておもしろいから、是非行ってみてね。
2022/11/17
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さて、今年の前半は未知の経験である更年期が始まり、新しく病気を患ったかのようにしんどくて、本当に引きこもってじっとしていた。気力がなく、ただここに座っていたい、何もしたくない、面倒くさい、という呆けたような身体になっていた。こんなにも家にいたのは、発病後の自宅療養以来だと思う。今は、更年期のこの症状に慣れてきたということもあり、大好きな冬に向かうことだし、ようやくこの先の道が見えてきたところである。出かけたいという気持ちも蘇ってきているので、また美術館通いに精が出そう。掃除もしっかりとして、とにかく周りの環境だけは清々しさを保っておくことを徹底しておきたい。地元です。黄金色のシャワーを浴びて。
2022/11/07
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秋になって過ごしやすくなり、頭部のMRIの結果から病気が悪化していた訳でもないことを知り、更年期の体調にも慣れ、気持ちが少し上向きになってきた。紅葉を見に行きたいなとか、甘いものも無理せずほどよく楽しむことにしたから、出かけようかなという意欲も湧く。以前から足繁く通い詰めているある美術館がある。数年前だったか、たまたま文化の日に訪れたら、今日は文化の日のイベントで入場料無料でご覧いただけます、と言われた。そうなんだ、そんなイベントしてたんだ。偶然の出来事にうれしくなり、それ以来毎年文化の日に行くようにしている。最近ヤフオクでアンティークショップばかり見て一人ニタニタとほくそ笑んでいるのだが、実に品が良く素敵なショップだなぁとうっとりするほどに私好みのショップがあり、気になっていた。何の気なしにショップデータを見てみると、なんとその美術館の3つ向こうの駅ではないか。まさか、日本全国こんなにも広い中で、あまりの近さに驚き、帰りに足を伸ばして行ってみた。ランプ専門のアンティークショップなので、もう店は異世界であった。照明が所狭しと天井から吊るされ、キラキラと眩いばかりに輝いてここは一体どこだろうと目をぱちくりさせる。心も身体もとっても充実した素晴らしい一日となった。
2022/11/04
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ということで、実に半年ぶりぐらいに地元を散歩してみた。長い夏を越え、街も様変わり。ピカピカの建築中の一軒家をちらと横目で見、前に住んでたあのおばあちゃんはたぶん亡くなったんだな、とか、道路が舗装されて道が広くきれいになってるな、とか、新たな発見がいっぱいあった。たかが半年されど半年。と、公園に立ち寄ってみたら、とんぼがいた。撮ってくださってもいいことよと言わんばかりに、まるで静止画のようにじーっとしている。なんて美しい羽根をお持ちなんでしょう。知らないおばさんがそろりと近寄ってきた。ちょっと風変わりな方だったけれど、赤とんぼの仲間でメスだと教えてくれた(名前は忘れちゃった)。ふいに散歩に出ると、思いがけない出逢いがあるのであった。とんぼは寒い日陰が嫌いなんだとか。日向ぼっこしてます。
2022/11/01
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1800年代前半に書かれた海外文学を読んだりすると、もう、読むだけで一苦労で難解極まりない。時代背景はもちろんちんぷんかんで、そもそも私には歴史の知識が乏しいこと甚だしく、ただ読みたいという欲望だけでやっとこさ読了していると言っても過言ではないと思う。翻訳者によって、その小説のおもしろさは10倍にも100倍にも膨れ上がる。言葉の選び方や言い回しの粋、特に一般庶民の遣う言葉の巧みな表現は、心から感動したりする。たった一冊の小説を訳すのに10年かかることもあるのだとか。そうやって仕上げられた小説を今この令和の時代に生きる自分が読めることの素晴らしさ。私自身、流行りの言葉を遣わずにできるだけ真っ当な日本語を選んでブログを書きたいという決め事をブログを始めた当初から考えている故、とてもとても勉強になる。小説は読める限りもっと読みたい。そして良い文章が書けるように努力したい。
2022/10/30
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この1ヶ月間、なんだか慌しかった。妹の帰省、病院と免許更新と歯科の定期検診まで行った。こんなにも予定があるなんて珍しや。ようやくホッと一息ついて、年内は気持ち穏やかに過ごせそう。G・ガルシア=マルケスの「百年の孤独」。10年以上前からずっと読みたいと思っていたがついに読了した。かなり読み応えがあるけれど、今年読んだ小説の中で1位です。死ぬまでに読みたい小説に値すると思う。よければ是非。ここ、実は広〜い和室の美術館です。建物すべてが写真OKというなんとも奔放な美術館なのですが、最近のお気に入り。光がスッときれいに入ったので、モノクロにしました。
2022/10/26
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私の住んでいる市には図書館が10ほどあるのだが、それぞれの館で特色が出ていて結構おもしろい。例えば、一面に漫画の棚がある館、DVDが視聴できる館、小さな子どもたちが寝っ転がって本を読めるように床にシートが敷き詰めてある“子どもコーナー”がある館、自習室がある館、などいろいろと工夫をこらしてある。さて、私が自分の本棚だと思っている徒歩5分の行きつけの図書館は、なんと昭和に出版された茶色い古い本が書庫に山ほど保管されている館なのである。そう、古い本が多量に所蔵してある館。ここは、私が発病する数年前に、少子化で使われなくなった小学校の校舎を蘇らせてできたものだが、私が病気になって読書が趣味になることを見越して、私のためにできた図書館だと言っても過言ではないと思っている。日々、できるだけ出版年度の古い海外の古典を読み漁っている私にとっては、まるで夢のような場所だ。あのーすみません、この本を書庫から出してきて欲しいんですけど、と館員に頼めば、すぐに私の手の平に本が運ばれて来る。いや〜恵まれてるな、私。まだまだ読みたい古典はたくさんある。本は生きがいだ。これからもお世話になります。
2022/09/03
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散歩が趣味だと言っていたのに、更年期に入ってしまい何をするのも面倒くさくなって、今や散歩なんぞ趣味とは言えなくなってしまった。悲しいかな、これも時の流れであるが故止められず。が、最近趣味と言えることが一つできたように思う。私は以前からアンティークの家具など古い物が大好きで、美術館へ行き続けていることや古典ばかり読むことやモノクロ映画を観ることも、結局は昔の生活に憧れているからだと思っている。いくつかお気に入りのアンティークショップがあり、ふらりと立ち寄ってはこんな家具に囲まれた暮らしをしたいなぁと夢見、一人で想像を膨らませていた。自分の部屋も少しだけだけど一応アンティークの物で整えていて、心地良い空間に作り上げた。このご時世家にいることが多くなり、更には更年期で半分引きこもりのようになり、ますます部屋にじっと居座る時間が増えている。となると、むくむくと以前より増してアンティークの物への興味が湧くことは当然のことだと思う。そこで、新しい趣味、それはヤフオクである。実は私、ヤフオク歴は20年以上であり、妹の結婚に便乗して自分の持ち物を片付けた時も大いに利用したし、美術館のチケットなども安くで買えるので重宝している。今部屋に置いている家具や小物もヤフオクで買ったことがあり、何か欲しいと思ったアンティークの物があればまずはヤフオクで探してみるというのが私のお決まりである。これが、今とっても楽しいのである。素敵なショップをいくつか見つけた。実際にアンティークショップ巡りをしているような感覚になり、一人で目を輝かせている。フランスのランプ、イギリスのチェスト、シェルフ、言い出したらキリがないほど素晴らしい。どれだけ見ていても飽きることはなく、むしろ夢は大きく広がる一方で、とにかく愛おしくてたまらないのである。そこには永遠のロマンがあった。身体が老いて変わってきたことを卑下せず、今の自分が楽しいと思えることを常に見つけてゆけたなら、少しでも生きやすくなるし人生が華やかになるのである。
2022/08/12
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そうそう、最近、私なりに美術館ルールを作った。20歳の頃から美術館へ行くことが趣味となって、これまで幾度鼻歌歌いながら通ったか知れない。日々の行動範囲内の美術館の年間スケジュールはもちろん把握しており、年初めには大まかな計画を立てる。必ず行きたいもの、できれば行ってみたいもの、およその年間予定を組み、ま、要するに僅かでも興味が惹かれたらば行きたいのである。が、消費税が10%になり急にどこもかしこもチケット代を値上げした。更にコロナがそれに拍車をかけ、目ん玉が飛び出んばかりの価格に跳ね上がった。それはもう、私には大打撃であった。わかっている。それはわかっている。致し方ないってことぐらい。行きたいものすべてに行けるなんて夢のまた夢の話であり、大金持ちでない限り、何かを我慢せねばならぬ。ということで、ルールを作ってみた。以前から、私は好きなもののジャンルが明確に頭にあり、いわゆるニッチな趣味の域に入るものばかり好む傾向にあった。できれば古いもの、日本の或いは海外の繊細な工芸、平面の絵画よりどちらかと言えば立体の陶芸や彫刻などの方がそそられる。そんな中で、超有名画家の名画 ーピカソやゴッホなどー が見られるとかいうものは、潔く諦めることにした。きっとみなさんが真っ先に見たいだろう展示を諦めるなんてバカなんじゃない、と思われるだろうが、私にとっては却下の第一候補だったのである。見られるものならそりゃあもちろん見たいさ。チケットがふわりと風に吹かれて私の膝の上に舞い降りてきたらばどんなにうれしいか。でも、美術に興味のない人がたくさん来ていたり、要するに野次馬が多過ぎて混雑甚だしい、つまりゆっくりじっくり見られない、説明文も読めない、このご時世事前予約制、それなのにチケット代だけはたんまり取られる、という、得られるものがまったくない上に、全然思ったように見られなかったという不満ばかりを背負って帰るからである。それはただその会場へ行ったという事実だけに過ぎず、心はむしろ疲弊する。そしてもう一つの理由は、こういう大々的な美術展はいかんせん商業目的と化しており、実際は絵画の数は明らかに少ないのに、その分グッズコーナーは限定品と銘打ってボロ儲けするように仕組んであり、例えば絵画を解説してくれるイヤホンで聞く音声ガイドを大物俳優が務めるとかいう私には必要のないものばかりがもれなく付いて来るので、これも除外する大いなる要因でもある。それならば私は、個人で小さく細々と運営しているような、展示物は素晴らしいものばかりが揃うまじめな美術館へ投資したい。私はあなたの美術館が好きですよ、これからもがんばってくださいね、応援していますよ、また通いますよ、という意味合いも込めてチケットを買う。そうすることで私も満たされるし、これこそが乙な趣味の在り方ではないだろうか。この考え方は私の生き方にも通ずるものがある。要するに世間に流されず自分は何を望んでいるのか、本当にどうしたいか考えをしっかりと持つこと。時代が変われば考え方も変わるのは当たり前のことだ。そうやって私なりにこれからも美術館通いを楽しんでいきたい。
2022/08/04
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更年期に入り、何もしていないのに疲労困憊の日々だけど、毎日掃除機をかけることだけは続けている。部屋のきれいさは心のきれいさと繋がっていると思っているので、せめて心だけはいつ如何なる時も清らかな風を通しておきたいから。出かける回数は明らかに減ってしまったけど、美術館へは出かけるようにしている。ここ数年でバスにも乗れるようになったので、バスがないと行けない美術館へ行けるようになった。ここは以前からずっと行きたくて仕方なかったのだが、何せバスに30分も乗らないといけないものだから諦めていたのである。が、これが本当に素敵な美術館で、展示替え毎に足繁く通うようになった。小ぢんまりとしているのだが、広く浅くなんて言葉とは程遠い、狭く深い専門性の高い世界観がそこには広がっている。この間もバスに揺られ行ってきた。今年訪れた美術展の中でも上位入賞。とても有意義な時間を過ごすことができて、心に栄養が行き渡ったような気がした。
2022/08/03
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毎日暑い。朝起きた時からムンムンと蒸し暑く、ハードな一日を予感させる。さて、特にこれと言って何も記すべきこともなく引きこもっているが、読書だけはそれはそれは進む。森鴎外が今年没後100年らしいので久しぶりに日本文学を読んでみたり、もんもんへプレゼントしたいと考えている本を読み返してみたり、後は相変わらず海外の古典と身体に関する本と、あれこれたんまり借りて読み漁っている。読書は楽しい。読んでも読んでもまだ読みたい本はあって、決して飽きることはない。映画もせっせと観ているが、最近観た中では「ポンヌフの恋人」がとても魅力的な映画だった。おそらくこの先こういう映画はないだろう唯一無二の良さだった。是非観てみてね。
2022/08/02
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世界陸上が終わった。主にハイライトで見ただけだったが、ワクワクと楽しんだ。何人も名前や顔を覚えていた選手がいて、ハプニングあり、時に涙して感動した。なかなか良いものを見せてもらえたと思う。世界陸上は2年に一度。今年は一年遅れの開催だったから来年もあるんだとか。夏の楽しみがまた一つできてうれしい。みなさん、お疲れ様でした。さるすべりがきれいに咲いてます。
2022/07/26
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ステロイドの塗り薬などすべての薬を辞めてまもなく6年。コーヒーも辞めて1年半、チョコレートは自然と欲しなくなって、後はどのタイミングで甘いものを減らしていくか。それがこの先の課題だと思っている。更年期や女性ホルモンの本を読んでいると、40歳を越えたら甘いものは控えた方が良いと書いてあることが多い。砂糖が老いゆく体には良くないんだとか。とはわかりつつも、なかなか行動に移せないのが世の常というもの。わかっちゃいるけどやめられない。私の場合、自分の心と体が納得しないと何事も前へ進めない性格なので、自粛でコーヒーを辞めると決意した時のように、何かふとしたきっかけがあればできるようにも感じるが、今のところまったくそれが訪れる気配もない。さぁ、どうしましょうかねぇ。これだけ暑いと映画三昧です。「ワンダー君は太陽」最近の映画ですが、久しぶりに良い映画を観ました。
2022/07/04
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今年の冬は、というか1ヶ月間ほどだけ、無性にチョコレートを食べてしまった。とんとチョコレートは食べなくなっていたから罪悪感に苛まれたが、なぜかスッと冷めたようにいらなくなった。よかった。ホッとする。また食べない生活が戻って胸をなで下ろしている。甘いものは結局辞められない。美術館の帰りはあのカフェへ行って甘いものを食べようと予定を立てていたりする。どうしたもんか。いつまで経っても辞められるとは思えないのだが。あーあ。
2022/06/07
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コーヒーを辞めて1年半。いやはや、自分でも褒めてあげたいと思うよ。高校生の頃からブラックで飲むことに味を占め、家で一人コーヒーを淹れていた。何杯も飲みたいのではなく、一日一杯で十分満足だった。その後家では淹れないようにして、外出先のみと自ら制限。そしてこのご時世で家から出られないことを最大限に利用してついに辞めた。なんというか、今、体は軽い。確かに私の心身にはあまり良いとは言えなかったようである。おいしかったけどね。大好きだったけどね。更年期が終わったらまた飲もうと思うんだ。
2022/06/04
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この季節、毎年ツバメを見るのを楽しみにしている。小さな巣の中で、お行儀よく頭を並べて餌を待つ雛たちのかわいいことと言ったら!もう私はメロメロです。先日たまたま通りすがりに巣を見つけて、じっと観察してしまった。つぶらな黒目を見開き、静かに親鳥を待つ。親鳥が戻ってきたら、これ以上出ないほど大きな声で鳴き、これ以上開けられないほど大きな口を開けて餌をせがむ。でも餌をもらえるのは一度に一羽の雛だけ。ただただずっと親鳥を待つ。あゝかわいい。毎年どこかで必ずこのツバメたちに遭遇するが、胸いっぱいの幸せを感じる。短い動画を撮った。何度も何度も見て、一人にんまりして楽しんでいる。
2022/06/01
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ある紅茶のティーバッグを買ったら、2、3分蒸らしてくださいと書いてあった。私は濃いめが好きだけど、このメーカーがそう言うんだから一応この通りに淹れてみようと思い、3分蒸らしてみた。はて、白湯に少しだけ紅茶風味があるぐらいだが。ティーバッグを戻し蒸らすこと5分。薄い。更に蒸らして8分。まだ薄い。どんどん時間は延びていって、結局13分蒸らした末、しこたまティーバッグを入れたら出したりしてちょうど良い加減になった。こりゃダメだ。
2022/05/23
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映画を観るようになって久しいが、おそらく合計すると1000本は観たと思われる。まさか、これまでの人生で僅か数本しか観たことがなかった私がこんなことになるなんて、自分でも信じられない。最近は美術館ばかり行っている。先日は調子がよかったので、2館はしごしてみた。今こちら関西ではそそられる展示が目白押しで、うれしくって仕方ない。やっぱり大好きだ、美術館。住みたいな。映画にしても美術館にしても、ま、現実逃避なのである。オードリー・ヘプバーンが今話題ですが、私は抜きん出て「パリの恋人」が好きです。踊ってるシーンは釘付けなのです。是非♪
2022/05/14
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甘いもの、結局辞められない。いえ、むしろ今は楽しんでいる。コーヒーがんばったからいいや。楽しみがないと人生やってけないもん。毎日気分が落ち込む日々の中で、甘いものはホッとひとときの幸せを分けてくれる。おいしいなぁ、甘いものって。今は一日の中で一番好きな時間かもしれない、パクッと一口甘いものを食べて紅茶を飲んでる時が。
2022/05/11
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もうすぐ連休ですね。みなさんはどう過ごす予定ですか?私はいつも以上に家にいるつもりです。「フライド・グリーン・トマト」という映画を観ました。何年も前に見たけど、今回再び。タイトルにもそそられる大好きな映画です。
2022/04/26
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さて、コーヒーの次は甘いものを控えたい、と言っていた例の話。笑っちゃうや、全然できてないし(笑)むしろ甘いものが増えている。もう何年もチョコレートを食べていなかったのに、なぜかこの冬はチョコレートも結構食べちゃったし、わざわざ行きたいカフェへ行く為だけに外出したりもしていた。なんてことだ。自分でもわからないや。一つ悩みが解決したかと思ったら、すぐに別の悩みが立ちはだかる。
2022/04/19
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ところで、私は以前から黄色い色を見るととっても幸せな気分になるという習性があった。特に卵の黄身の黄色などは、目がハートになるほど好きな色。パッとした鮮やかな黄色は、心が晴れて目もほころぶ。色の中では、黄色〜緑色までのグラデーションが一番好きな色だ。このブログを開設した時も、本当は黄色の背景にしたかったのだけど、あまりにも見にくいので否応なしにその次の候補だった黄緑に変更した。こればっかりは仕方ない。少し模様替えをしたくなって、ほんに爽やかな黄色と黄緑のクッションカバーを買った。2年も悩んだ末にようやく。これまで断捨離に精を出して、色物などは極力ない生活をしてきたが、少しだけ彩りを欲するような年齢になってきたのかもしれない。老いるといろいろと色褪せてくすんで来るのは当たり前だと思うから、こうやって部屋を飾ったりしてその分を補うのだと感じる。おばあちゃんになると色とりどりの原色の服に身を包む方が多くなるのもそういう所以なのかしら?
2022/04/16
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先週1週間は、母が濃厚接触者で自宅待機だったということもあり、私自身は自宅待機には当たらないとは言え、どこか気が沈むし気が引けるので、散歩以外の外出はしなかった。そこで、ようやくお出かけしてきた。運良く美術館のチケットを手に入れることができたので浮き足立って(笑)帰りに、ずっと以前から行ってみたいと思って横目でチラチラ見ながら通り過ぎていたカフェの扉を思い切って開けて、至福のひとときを満喫してきた。久しぶりの外出だったから、よりうれしかった。桜も満開。ようやく春を迎えた気がする。
2022/04/06
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映画を観ていて、パッカパッカ馬の蹄の音がなんとも言えず心地良い音だと感じるのだが、最近もう一つ好きな音があることに気付いた。それはタイプライターの音。文字を打つ音はもちろん、ガチャンと改行する時の音もまた魅力的。一度でいいから私も使ってみたいなぁ。外国映画の魅力と言えば、真っ先に思い浮かぶのは、なんと言ってもダンスシーンである。海外では踊るということが生活の中にあり、パーティーやチークタイムのような特別なものよりも、何気ない日常のものの方が私は惹かれる。ワイン片手にほろ酔いで一人クルクル回っても、ほんに様になる。田舎の結婚式のどんちゃん騒ぎもまた良い。飲食店で楽団が演奏しているのは普通だし、音楽やダンスがあちこちに溢れてる。踊ったのなんていつかしら?記憶にない。
2022/04/01
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毎日飽きもせずブログを書き続けているが、何を書こうかフッと思い浮かぶのは、決まって半身浴をしている時か紅茶を淹れて飲んでいる時。リラックスしている時というのが決まり事らしい。不思議とテーマに困ったことは一度もなく、日々息をしているのであれば書くことがなくなることはない。書くことはとても楽しいと思う。趣味であり、生きがいでもある。
2022/03/31
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地道にコツコツと海外文学を読み進める日々。図書館でこれから読む本を借りる時が好き。期待に胸膨らむ。先日散歩に出かけたら、たかが2時間ほどの間に4匹もののらねこちゃんに遭遇した。その内黒ねこちゃんが2匹。黒ねこという種類は、他に比べて実に表情豊かで人間味があるように思う。いつの日かねこちゃんを飼うことをずっと夢見てる。夢見ている時が一番楽しい。ベストショットでしょ?(笑)
2022/03/21
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美術館。20年以上私の趣味の頂の座に君臨し続ける美術館。最近は、吟味に吟味を重ねてどの美術展へ行こうか決める。大好きな美術館を天秤にかけるなんて言葉であしらうことに気が引けるが、実際天秤にかけて考えている。これは是非行きたいから第一候補。これはおそらく長年の勘からさほど大したことはないと思われるから却下。これは何度も観たことあるから見送ろう。これは今回を逃したら当分は観られないと思うから、自らの好奇心を削ぐようなことはしたくない、行きたいから行く。美術館との向き合い方も変わった。行きたいものにすべて行ける訳ではない。数を厳選する。行ったのなら存分に実りある時間を過ごしたいから、より体調の良い日に出かけ、よりじっくりと目を皿のようにして観るようになった。美術館への深い愛情。私の精神を養ってくれるもの。揺るぎない趣味である。
2022/03/18
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そもそもカフェへ行くことが趣味になったのも病気になってからのことである。足がちょっとアレになったので、頻繁に座って休憩しなければならなくなった。となると気軽に入れる喫茶店やカフェである。それまでの人生、飲食店に興味を持ったことなどこれっぽっちもなかった。まだ今のようにカフェなんてあちこちなかったし、飲食店とは食べる為に行くところであり、そこでゆっくり時間を楽しむなんてことには考えも及ばず、ただ空腹を満たすだけの場所という感覚だった。いえ、あまり飲食店で食べたこともなかった。何か誕生日とか特別な時にだけ訪れるものだと思っていた。ましてや引きこもっていた訳だし、大学生の頃はピアノを弾くのに忙しく、友達もさほどおらず、社会に出た時は社会に馴染むだけで精一杯でわざわざカフェへ出かけるなんて考えも付かない。が、発病して休憩がてらカフェへ入り、まだスマホなんて持っていないから、ちょうどこれまた病気がきっかけで趣味になったばかりの小説をおもむろに開く。これがまぁ実に有意義な時間だった。コーヒーは以前から好きだったので、もちろんマスターにコーヒーを淹れてもらって。こうやってふらりと気になったカフェへ行って小一時間過ごすことがおもしろくって仕方なくなった。勘を頼りに路地裏へ入り込むと必ずや情緒溢れる喫茶店やカフェがあった。なんて楽しいんだろう!それが今やなくてはならない散歩という趣味にまで繋がっていったのだから、カフェには頭が下がる思いである。振り返れば、発病してから思いも寄らない趣味がよくもまぁこんなにも増えたものぞ。写真もそうだ。散歩していたら道端に楚々と咲く草花や逞しく生きるのらねこに惹かれていったんだった。やっぱりカフェという趣味はこれからも続けたい、うん、続けよう。
2022/03/16
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甘いもの。食べるとふと幸せになれる。コーヒーを辞め、我ながらよくがんばったと自負する一方で、心に隙間風が通るようになってしまった。あの楽しかった喫茶店で過ごす時間。懐かしいなと遥か遠くを見る。今でもカフェへ行くことは趣味だ。ホッと一息つく時間は生きていく上でどんな時も必要だなとつくづく感じる。で、甘いもの。コーヒーを辞められたら次は甘いものを控えようと思っていたが、とんでもない、ちょっと今の段階ではできないと断言できる。このご時世少しぐらい楽しみがないとやっていけないし、ついでに更年期も始まって、あれも辞めこれも辞めとどんどん趣味がなくなってゆくことは、私にとってはむしろ逆効果だと痛感した。神経過敏の私の体の為には、コーヒーを辞めて心から良かったと思っている。コーヒー時代という輝かしい日々を過ごすことができ、私の立派な趣味の一つだった。またいつの日か、コーヒーが趣味と言える日が来たらいいなと思う。人生において、体には良くないかもしれないが、嗜好品を楽しむことも少なからず大切なことで、それはきっと生きがいにも繋がると思っている。コーヒーはもう過去のことであり、執着することはしない。去る者は追わず。だから、我が心の為にも、もう少しの間甘いものに幸せを分けてもらおうと思うようになった。今は体の為に辞めることよりも、老いが始まった自分を労って癒やしてあげることを優先したい。
2022/03/15
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美術館のチケットを運良く安くで手に入れることができたので、ウキウキワクワク行って来た。最近なかなか行く機会が減ってしまって、ちょっと久しぶりの美術館。へへへ。大満足♪気が付いたら2時間半もいた。カフェで休憩しながら、あれが良かったこれが良かったと頭の中でもう一度美術館を一周し、有意義だった時間が更に有意義になって頬をポッと紅潮させて帰宅。あ〜楽しかった!今日は喜びを噛み締めて寝ます。
2022/03/10
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このご時世も3年目、「趣味」というものについて考えることが増えた。私の趣味は、読書、美術館、映画、カフェ、散歩、写真、掃除など、以前はコーヒーも。読書、映画、カフェ、散歩、写真、掃除、に関してはずっと変わらず私の生活を潤してくれるものとして楽しんでいる。問題は美術館とコーヒーである。趣味と言えばまず真っ先に挙げる美術館だが、行く回数が明らかに減ってしまった。それはこのご時世で休館になったり時間予約制になったりして、とにかく行きたいと思った時に行けなくなったことが原因であるが、その時の勘を頼りに人生生きてきた私にとっては、これが想像以上に辛いことだということを初めて知った。感性にも波があって、ものすごく感受性豊かな日とそうでもない日というものが必ずあり、これは女性の月々のホルモンバランスによっても大いに変化する。何か煌めく感動を味わいたいと欲した時に美術館へ行くことが一番実りある訳だが、それを無理に操作されるこのご時世に腹が立つ。そして、チケットの料金がびっくりするほど値上がりしてしまい、致し方ないとは言え、気軽に行ける値段ではなくなってしまったことも多分に影響している。コーヒーに関しては、これはこのご時世関係なくだが、自分の体を考えて一旦は辞めてみることにした。完全に飲まなくなって既に1年以上経っている。何度もくどいようだが、やっぱり私の体の為には飲まない方が調子が良く、神経なるべく休まるように休まるようにとあの手この手を使って努めてきた甲斐はあったと思う。ただ、コーヒーは私の大切なかけがえのない趣味であった。喫茶店でコーヒーを飲みながら小説を読むことが最高に幸福な時間だったのである。このご時世で喫茶店へ行けないことを生かして辞めたコーヒー。驚くほどあっさりと辞めることができたが、このご時世だからこそ、このコーヒーという趣味はなくすべきではなかったような気がしてならなくなってきてしまった。ホッと一服する時間というものは生きる上で必要不可欠であり、少なからず私の人生を明るく彩ってくれるものであった。自分の意志で辞めているのにこんなことを言うのはとんちんかんだが、日々の楽しみがないと毎日が無色で終わってしまう。その辺りがのどがつっかえたように引っかかり、かと言ってきっと飲んだら飲んだでおいしいとは思えないだろうこともわかっているし、せっかく達成した目標をここでおじゃんにするなんて、そんなもったいないことはないとも思う。紅茶では、コーヒーのような恍惚は得られない。悶々と、そして趣味がいかに私の人生で大きな割合を占めていたか、心底思い知らされる毎日である。
2022/03/02
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散歩中は作曲の時間である。何かふと頭に浮かんだ誰でも知っているような歌を口ずさむ。最初は気持ちよく歌っているのだが、途中からは、私だったらこういうメロディーにするのになぁとか、ここのリズムはこうした方が臨場感が出て良いのになぁとか、少しずつ少しずつ知らぬ間にアレンジされていく。だんだんアレンジに歯止めが効かなくなっていって、ついには原型留めずの曲に仕上がる。もはや編曲ではなく作曲である。うん、上手くできた、と自画自賛。が、家の玄関を開けた途端に清々しさは一気に吹き飛び、すっかり忘れてしまって二度と歌えない。これもまた一期一会で良い。 「私の殺した男」「ノー・マンズ・ランド」いう映画が実に胸に響く良い映画でした。是非。
2022/02/17
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朝ごはんは毎日ご飯と納豆とお味噌汁と決まっている。これがもう心から至福の時間で、この朝ごはんを食べるが為に、仕方ない今日も起きようかと思う。幼い頃は食パンと果物を食べていたが、大人になってからご飯に変えた。パンも果物も大好きだが、私の体には朝はご飯を食べる方が合っているらしい。夜中にトイレに起きることに悩まされていたが、少食になった途端パタッと止まった。なぜだかわからないが、朝までしっかり熟睡。だから神経も整う。夜の睡眠は大体6〜7時間。更には昼に30分ほどの仮眠を取る。これが今の私にはベスト。コーヒーは完全に絶っている。ホッと一息つきたい時は濃いめに紅茶を淹れる。フレーバーティーやら何か洒落た名前のお茶を飲んでみたりもしたが、結局は普通の紅茶を砂糖もミルクも入れずにストレートで飲むことが一番おいしいという結論に至った。そこで、最近ある紅茶専門店を知ったので、近々行ってみようと思っている。楽しみだ。
2022/02/12
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どこか心がむしゃくしゃして悶々とするとか、部屋の空気が滞って澱んでいると感じたら、すぐさま床の拭き掃除をする。これはもう長年の習慣であり、床の清潔さと心の風通しは繋がっている。半身浴もずっと続けているが、その日の老廃物はその日の内に、がモットーなので、これをしないと一日が終われない。むしろ一日の中で一番大切な時間である。冬は、毛布の毛玉をむしることもなんだか心が落ち着く。その一つ一つの毛玉を手でむしり取っていく作業が心休ませてくれ、きれいになった毛布にくるまる時もまたいとおかし。表情豊かなくろねこちゃんに遭遇しました。お気に入りの一枚になったよ。
2022/02/10
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読書が趣味となってから海外文学ばかり読んでいるが、理由は「非現実の世界に浸ることができるから」である。非現実と言うのは、ファンタジーやSFなどのことを指している訳ではない。私が考える非現実とは、私は日本人だから海外のものを、私は現代に生きているから古典を、という意味での非現実である。だから、翻訳も図書館の所蔵の中で一番古い出版年度の本を選ぶ。なるだけ当時に近い言葉で読みたいから。もちろん昔の日本の小説を読むこともある。好きな作家は何人かいて、非常におもしろかった。だけど、日本人の私が日本人作家の小説を読んでも感性の広がりには限度があると思えてならない。あ、こういう感じ方もあるんだな、これは日本人には理解し難い感覚だな、そういう相容れないと思われるようなことを知って感じてこそ、感性は深く広くなってゆくのではなかろうか。時代においてもそうで、例えば“スマホ”なんて言葉が文中に出てきた日にゃあ、夢もへったくれもなくすぐさま現実に引き戻されてそれはもう非現実ではなくなる訳で、著しく気分が萎えるので、馬車とか電報とか、あるいは戦争とか貧困とか、何かそういう想像力がどこまでも膨らむ世界を好む。これは映画においても同じことであり、モノクロ映画などは心ワクワクする。この非現実を求める考えだけはずっと変わらない。これが醍醐味であり、今の生活の中での唯一の楽しみだ。が、もっとずっと歳を重ね、年輪が今よりも二重にも三重にも肥えてどっしりとした頃、間違いなく帰結する場所は日本だろうということもちゃんとわかっている。だって私は日本人だもの。さあれども、今はまだ世界を旅していたい。
2022/02/06
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美術館にも行けないので、散歩に精を出している。図書館へ行くついでにぐるりと回って帰って来るだけなのだが、リフレッシュになり心身スッキリする。以前は、知らない路地裏に入り込むことが楽しかったが、最近ではいつも同じ道を通っている。たった数日間通らなかっただけで景色が変わっていることもしょっちゅうで、あ、今日はワンコが外で寝てるとか、あ、梅の蕾が膨らんでもうすぐ咲きそうとか、ガードレールがへしゃげていてOh No誰か追突したのねとか、なんだかそんな些細なことでもそれぞれの生活が垣間見られておもしろい。日々は常に移ろう。立春。梅が満開でした。
2022/02/04
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「自転車泥棒」という映画を観た。いつぶりだろうか、映画を観て泣いたのは。これまで観た映画の中で10本の指に入る傑作だと思う。そしてまた曲が良い。哀愁を帯びたメロディーがよりこの映画を彩っていて涙を誘い、胸にグッと来た。最近なかなか会えないねこちゃんたち。みんなどこ行っちゃったんだろう。私が人生で目指しているのはのらねこちゃん。自由気ままで我が道をゆく、だけど気丈で逞しい。そしていっぱい寝る(笑)いつ飼えるだろうか、ねこちゃん。1年前と同じ場所で会えました♪
2022/01/27
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詰まるところ、私は孤独をこよなく愛す。春と秋冬に、一年に二度、咲くのですって。
2022/01/26
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馬の蹄の音が耳にとっても心地良い。ポッと頬がほころぶほど落ち着く音。パッカパッカ。こんなに心安らぐ音なんだ。映画を観るようになって初めて知ったこと。アニメに加え、日本映画とホラーとファンダジーとラブストーリーは観ない。ただ一つだけ例外があって、コロッと笑いたい時にはトムとジェリーを観る。少し気分下がる時はスカッと爽快になりたくてアクションやスリラーを観る。そもそも推理小説が大好きなので、サスペンスはよく手に取る。ヒューマンドラマはいつ何時でも。どんなジャンルのものでも最新のものにはほとんど興味はなく、古いモノクロ映画が特に好き。映画は今ではなくてはならない趣味となった。狭い世界を生きてきた私を未知の世界へと誘ってくれたのも映画だった。心に響く素晴らしい映画はたくさんある。映画と出会えたことに感謝。趣味として楽しみつつ、もっと教養広げ感性を養っていきたいと思っている。
2022/01/16
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さて、次は何を読 も う か な、と考える時、読みたい小説リストの中からどれを選ぶか。これが結構悩ましい問題であって、どうせいずれは読むんだからどれだっていいじゃないかと言われるとそれまでで何の反論の余地もないのだが、ピンと勘が冴えてくれない時には正直困る。いや、本当に順番はどうでもいいと言えばどうでもいい。どうせ読むんだから。ただ、その時の気分というものがあり、例えば同じ作家を2冊続けて読むのは避けようとか、書かれた時代を少しずらそうとか、グッとその世界に入り込みたいから短編より長編が読みたいとか、私なりにいろいろと考えていたりして、くうを見上げ、それで?となる。候補は10冊。どうしても選びきれず、わざわざあみだくじを作って決めた。そんな自分に笑えた。
2022/01/13
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私は幼い頃から牛乳が嫌いだ。給食で毎日牛乳を飲むことが本当に苦痛で苦痛で、今とは違って何があっても全部残さずに食べないといけない時代だったから、非常に痩せこけていて偏食で食が細かったこともあり、掃除の時間になっても一人食べていた。大人になってもやっぱり好きにはなれず、いえ、今でも牛乳だけを飲むことは絶対にしない。料理に入っているものなら食べるのだが、シチューなど決して好きとは言えない。だから、コーヒーにミルクを入れることもしなかったし、最近では紅茶を飲むようになったが、ミルクティーにすることもしなかった。コーヒーならブラックが一番おいしいと思うし、紅茶も砂糖もミルクも何も入れないストレートティーが一番おいしいと思う。が、いつだったか、紅茶専門店へ行った時、紅茶を注文したらもれなくミルクも運ばれてきたのである。カップと変わらない大きさのピッチャーに並々と注がれて。しかもなんとミルクがあったかい。紅茶専門店が勧めているのだから、あまり気乗りしなかったことは否めないが、試しにミルクを入れてみることにした。で、これがまた素晴らしくおいしかった!へぇっ、ミルクティーってこんなに旨味があるものなんだ。ほんのりと甘いのである。まさに目から鱗が落ちた体験だった。それ以来、その日の気分によってミルクティーを飲むことが少しずつ増え、とてもおいしいと思う。そのたっぷりのミルクは必ず使い切ることがミソで、なんとも言えない腹の中が暖かくなる幸福感に満たされる様はなぜか病みつきになる。どこのメーカーのミルクなのだろう。おそらく店主が試作に試作を重ねた結果このミルクに辿り着いたはず。喫茶店に苦いコーヒーによ〜く合う一口の甘いおやつがあるのと同じように。ということで、ある専門書のロイヤルミルクティーの淹れ方なるページを立ち読みしてきた。ほほぅ、ミルクは後から入れるのではなく、ミルクも茶葉と一緒に煮立てて作るのですね。私も家でチャレンジしてみようかしらん。
2022/01/03
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地元で久しぶりにのらねこちゃんに遭遇した。最近めっきり見なくなってしまって、みんなどこへ行っちゃったんだろう。左のねこちゃんは会うの2回目です。美人ちゃん。実は他にも2匹いて、4匹で団子になってました。かわいかった〜。今年はねこちゃんでスタート。今年もよろしくお願いします。
2022/01/01
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掃除が趣味でもあるのでいつも部屋はきれいにしているが、やっぱり年末なので大掃除をした。脚立をえっちらおっちら運んで来て、よいしょっと上る。電球を拭いたりカーテンレールを拭いたり、普段掃除をしない高い場所を念入りにがんばってみた。一段と空気が澄んだ。これからは高いところの掃除も定期的にやろうと決めた。「通り過ぎる風が若さを奪い去る」この言葉、実は、この間行った美術展のある絵画のタイトルである。妙に心揺さぶられた。なんて残酷な言葉かしら。と同時になんて粋な言い回しだろうと、この日はこのタイトルを見んが為だけにこの美術展へ行ったんじゃないかと、そんな気がした。と、どんな絵だと思いますか?荒れ荒んだ風景?頽廃した街?悲壮感漂う労働者?老婆?いえいえ、まだ女盛りにも達していない純粋な娘の絵なのです!この絵にそんなタイトルを付けるだなんて、これ以上に想像力を掻き立てるものはない。
2021/12/27
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遅まきながら、お寺の帰りに間もなく終わりを迎える紅葉も見てきました。枝垂れ桜ならぬ枝垂れ紅葉といったところでしょうか。オレンジのシャワーを目一杯浴びて。
2021/12/18
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もうずっとずっと前から、死ぬまでに行きたい場所のリストを作っている。このブログでも何度かぼやいている青森のねぶた祭りなど。大体お寺と神社が多いのだが、先日少しだけ遠出をしてリストに書いていたあるお寺へ行って来た。私の家からは2時間弱ほど。ひたすらに電車に揺られる。ある山の麓にあるお寺なので、ひんやりと冷たい靄がかかったようで実に神秘的だった。右を見ても左を見ても山。鼻から吸い込む空気が澄んでいる。聞こえるのは、鳥の鳴くチュンチュンかわいらしい鳴き声と、靴で木々を踏み締める音のみ。と、本堂へお参りすると、お寺の方たち総出で年末の仏様のお身拭いをされていた。こんなタイミングがあろうか!365分の一の確率に、この日このお寺へ行くことを選んだ自分を心底褒めた。木の根っこが飛び出したような山道をただただ黙々とたっぷり2時間も歩いたものだから、太ももがプルプル震えている。もうこれ以上歩けないと思ったり、かと思えばふいに楽になる瞬間があって、いやいやまだまだ歩けるぞと鼓舞したり。ちっぽけな悩みなんて吹っ飛ぶさ。さて、どこかのカフェへ寄って休憩しましょう。だが、初めて来る場所だし、特に下調べもしていなかったので、うーんどうしよう、ここは例の勘に頼るしかないな。ということで、あてどなく彷徨いながらカフェを探す。お、遠くに見えるのはもしや?和の赴きのある、おそらく美術か何かを専門に学んだことがあろう方が経営していらっしゃると思われるカフェを発見。まるで静謐なギャラリーのよう。迷わず扉を開ける。たくさん歩いたせいかまったりとした飲み物が欲しくなったので、ノンシュガーの抹茶ラテを注文する。ミルクが疲れた体にしっとりと染み入るね。はぁ〜よく歩いた。疲れたけど気分爽快だ。自信に繋がる。この自信っていうのは、この足でこれだけ歩けたぞっていう自信じゃなくて、私が私という人間であることへの自信。さ、そろそろ帰ろうか。なんとも言えない達成感と充実感に満たされた幸せな旅だった。お父さんの住んでる彼岸ってどんなとこなんだろう。ニコニコみんなで寄り添って。ホッ♪なんと、こんな山奥にねこちゃんがいました!ミューミュー鳴く小さな小さな赤ちゃんです。もみじが実によく似合う。
2021/12/17
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と、つい先日、美術館の料金が非常に高いから一つ諦めた、と書いた。が、じっと考えてみて、そうだった、好奇心を自ら削ぐことだけはしないと決めたんだった、と思い改めた。41歳は、とにかく心を内へ向けないって目標を立てたばかりじゃないか。油断したらすぐに内へ内へと籠っちゃうんだから。だから行くことにした。行きたいんだから我慢せずに行く。そう、私は前からこの美術展に行きたかった。日時予約して、行ってきます。
2021/12/16
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美術館は、このご時世料金が目が飛び出るほど高くなってしまって、予定していた美術展を一つ諦めることにした。本当は行きたくってウズウズしているけれど、他にも行きたい展示があるから我慢することにする。狭く深く楽しむということに方向転換しています。ところで、私はアンティークのものが好きで、アンティークショップなどへ行くことも美術館へ行くことと同じだと思っているのだが、食器類や家具や日用品やドレスや、見ているだけで心躍る。プラスチックのような生命のない冷え切ったものではなく、いつか、アンティークのものたちだけに囲まれた暮らしがしたい。これが私の理想である。現実では到底できっこないけれど。ただ、これだけはアンティークのものではなく新品のものがいいと昔から感じているものがある。それは鏡。人を映す鏡である。なぜかって、鏡だけは、数十年以上あるいは百年以上、何を刻々と映し出して来たものかがわからないから。私は霊感というものは皆無なのだが、どうしても鏡だけはちょっと怖いなと思ってしまう。暗く悲しい過去を生きた人を映した鏡に現世を生きる自分の顔を映すことはしたくない。そんな鏡を私が所有することもしたくない。怨念とか呪われそうとかそういう意味ではなく、他人のそういう過去を、私が刹那的であっても引き継ぎたくないという感情である。風水でも、過去を一掃して心機一転したければ鏡を新調したらいいという考えがあると聞いたことがある。私もそういう感覚に近いのかもしれない。木製の家具などは古いものが大好きだが、鏡だけは夢ある未来へ目を向けてまっさらの新しいものがいいな。
2021/12/14
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冬は散歩ができるから心身整う。夏は散歩ができないから心身乱れ、途方に暮れる。そして暑い、汗、かゆい、しんどい、息苦しい、食べられない、悪循環。歩くこと。目的などない。ただ一歩一歩歩を進めるだけ。私にはこれこそが人生なのです。
2021/12/09
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