はにわきみこの「解毒生活」

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2005.03.23
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 さがしものが見つかった安堵感と、大泣きした疲れと、意外な過去の露見。

 すべてが相まって私は、一瞬にして、気絶に近い深い眠りに落ちていた。

「阿南、阿南! 具合が悪いの?」
 ハッと気付くと、目の前に龍一の顔があった。
 頭に乗せていたはずのタオルは地面にぽとりと落ちている。
 それを拾い上げながら、返事をした。

「私、やっぱり体質的にお酒ってダメみたい。ビール、ちょっと飲んだだけなのに気分悪くなって。吐いた」
「そっか。無理に飲ませて悪かったね。つい、国立家の人間でお酒がダメっていうのは、ちょと考えられなくてさ。みんなすんごく強いじゃない」


 演技じゃないとわかって欲しくて、かんで含めるように言う。

「わかった。で、そのボツボツもアルコールのせい?」
 龍一は私の手をとり、甲に浮き出た発疹をもう一方の手でなぞった。

「顔にも出てる?」
 龍一は、こくりとうなずいた。
「もしかして、これって、子供の頃にもよく出てた、あれ?」

 そうだった。龍ちゃんは私の発疹についてもよく知っていた。どうしてそれが起こるのか、ということも。
 急に顔に血が上ってきた。恥ずかしい。 まるで、心の中身を道路にぶちまけてしまったみたい。私、交通渋滞を起こすようなことをしたかったわけじゃない。そんなものを人に見せるつもりなんか無かった。 これは事故よ。お願い、見ないフリをして。

 私は、ふーっと息をついた。

「しばらくこんな水玉は出なかったんだけどね。実はね、ついこの間も、この発疹がでたの。そのおかげで長期休暇が取れたから、龍ちゃんを訪ねることにしたんだ」



「千紗のこと、ごめんな。あいつ今、生理なんだよ。ただでさえ海に入れなくて機嫌が悪いところへもってきて、驚いたもんだから、あんな態度になったんだと思う」
「今頃、彼女、恥ずかしがってるんじゃないの?」
「そうだな。まだゴネてるけど、じき落ち着くよ」
「なんて言って説得したわけ?」

「オレとこれからも長く付き合うつもりなら、オレの友達のことも好きになってもらわなきゃ困るって。そもそもオレが好きな人物なんだから、千紗だって気に入るに違いないって」


 龍一の言葉はキレイだけど、ひとつだけ抜けていることがある。

 彼女だって、男の友人が訪ねてきたらあんな風にはならないだろう。相手が女だって事が彼女には脅威なのに。
 それでも、龍一は今でも私を友達と認めてくれている。その点は素直に嬉しかった。

「でさ、一緒に昼飯食おうよ。ちょうど食料を仕入れてきたばっかりだし。ごちそうってわけにはいかないけど、バーベキューならすぐだから」

 龍一は二人分の椅子を持って場所を移動した。
 ホリデーパークの敷地内には、ガスが起こせる調理台がずらりと並んでいる。材料を切って並べるだけでできあがるバーベキューが、彼らの日常食だという。
 そういえば、母の仕事時間が夜ということもあって、龍一はかなり早い段階から自炊の技を身につけていた。彼は、掃除洗濯、料理といった家庭内の仕事は一通りこなす。恋人になる娘は楽でいいね、と前から冗談にしていたほどだ。

 熱くした網の上には、すでにアルミホイルに包まれた物体がいくつか並んでいた。泣きすぎたせいか、吐いたせいかわからないが、まったく食欲はない。
「あんまりお腹が空いてないんだけど、のどが乾いて仕方ないの」

 それを聞きつけた千紗は、立ち上がると、ブドウを一房皿に乗せて持ってきた。
「これならどう? 気に入ったらぜんぶ食べて。調子が良くないときでも、果物なら大丈夫でしょ」

 顔一面に出ている発疹のことを気づかっているのか、ぎこちない笑顔を見せている。
 優しいところもあるじゃない。

「そうそう、女の子は笑顔。笑顔が大事よ」
 龍一がのんきに言う。

こいつ、ホントにわかってるのかよっ。

 私と彼女は、ほとんど同時に心で叫んだ。と、思う。

 千紗は唇の端を上げて、反感を示したが、当の龍一はどこ吹く風だ。
 仕事柄、女の扱いには慣れているはずなのだが。わざと鈍感さを装うのもまた、テクニックのひとつなのだろうか。

 千紗は、まだ私への警戒を解いてはいない。初恋の人じゃなかったのはいいけど、わざわざこんなところまで会いに来るのはヘンじゃないか、と。
 彼女を安心させるには、私の目的を説明すれば済むとはわかっていた。だけど、今日初めて会った彼女に話して聞かせるのは気が進まない。

 ジュウジュウと肉の焼ける音、プシュッと缶ビールを開ける音。会話の無い食事はとてもぎこちない。ついにしびれを切らした千紗が口を開いた。

「阿南さん、リュウにどんな用があってここまで来たんですか?」
 私はブドウの皿をテーブルに置くと、指先をタオルで拭って腕組みをした。
「個人的な用事よ。さっきはちょうど、その話をしようとしたところだったの」
 今度は龍一が訪ねた。
「いつまでこっちにいられるの?」

「あと1週間てとこ。でもずっと車を借りてるから、足には困らないわ。用が済んだらさっさと失礼するから」
 そんなに心配しなくても大丈夫よ、私は千紗の様子をうかがった。

「今はどこに泊まってるの?」
 龍一は畳みかけた。
「サーファーズパラダイスの日系ホテル。でもなんだかお金がもったいない気がして、少し気楽な宿に移ろうかと思ってるところ」
「じゃあさ…」
 龍一の言葉をさえぎって、千紗が口を挟んだ。

「私たちは狭いテントだから、泊めてあげるわけにはいかないわよ。悪いけど」
 苦笑。そんなことは考えてもみなかったのに。

「ちさ。今日の千紗はずいぶん意地が悪いぞ。オレの大事な友達なんだから、もう少し優しくできない?」
 千紗の豹変ぶりには目を疑った。彼女は急にしおらしくなり、弁解を始めた。

「リュウちゃんごめん。私が悪かった。買い物で疲れて帰ってきて、ちょっとのんびりしようと思ったのがダメになって…。機嫌が悪いだけなのよ」
「じゃあ、阿南にちゃんと謝って、仲良くできるね?」
「もっ、もちろん」

 彼女は、龍一に嫌われることを何よりも恐れている。それほど彼のことが好きなのだ、ということはよくわかった。
 千紗は、こちらを振り向くと早口で言い訳した。

「ごめんなさい、阿南さん。私この時期、すぐに機嫌が悪くなっちゃうの。海には入れないし、暑いし。今日、二日目なのよ」
 同じ女なら、わかるでしょ? と彼女は言外に匂わせた。
 まあ、そういう人もいるわよね、と私は納得することにした。

 私は、昨日バイロンベイで会ったマイの事を思い出した。おそらく、彼女と千紗は同世代だ。マイとは波長があうように感じたが、この娘にはそれがない。
誰とでも仲良くなれるわけじゃない、という彼女の哲学が、私をささえた。

 そうだ。龍ちゃんが好きな女性だからって、無条件に私と気が合う、というわけじゃない。あからさまに嫌われることだってある。だって彼女にとっては、私と仲良くしたくない条件が揃っているのだから。





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最終更新日  2005.03.23 07:21:26


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