はにわきみこの「解毒生活」

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2005.03.24
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 食事が済んで食器を洗ってしまうと、もう、やることも話すこともなかった。昼食の後はいつも少し昼寝をして、夕方また波が立ってくるのを待つのが日課なのだという。


「千紗、少し日陰で休んでなよ。体きついんだろ。オレは阿南と話があるから、ちょっとその辺を散歩してくる。いい子にして待ってて」
 彼女は渋々だったが承諾した。

 ようやく龍一とゆっくり話ができる。
 ビーチまで並んで歩くと、さっき放り出したままの日傘が白い砂浜の上でころころと転がっていた。
 あわててそれを拾うと、頭の上に日陰を作った。大きな黒いパラソルをクルクルと回す。

「なんだかずいぶんごっつい日傘だね」
 龍一は笑う。


「昔よりもっと色が白くなったんじゃないの? 赤い水玉がよく目立つ」

 そうか、子どもの頃はもっとダイナミックに太陽の下で遊んでいたような気がする。東華と、龍ちゃんと、私とで。夏休みは父の田舎でどろんこになって遊んだではないか。セミの抜け殻を集めたり、親戚の畑でトマトの収穫を手伝ったり。

「あのころの阿南は面白かったな。ちょっといじめるだけですーぐ真っ赤な水玉になって、わんわん泣くんだから」

 その頃はみな横一列だった。私たちはたった一人のいとこである龍一と、適度な距離を保ちながら仲良く過ごしていたのだ。そのバランスが崩れ始めたのはいつからだったのだろう。

「オレ達、こうして会うのは10年ぶりになるのかな?」
「そうね。なんで今までこんなに意地になってたのかって、後悔してる。
 私ね。龍ちゃんと東華は奈々の味方であって、もう私のことはどうでもいいんだって、ガッカリして。それ以来もう、話す気がなくなったのよ」

「奈々のこと、今でも許せないの?」

「わからない。
 ただ、奈々のことにこだわりすぎて、今まで時間を無駄にしてきたことだけは納得できた。今では顔も見ることもない人に、いまだに振り回されているのバカらしい、そう思うようには、なった」

「阿南もあのころから比べたら大人になったでしょう。奈々のつらかった気持ち、少しは想像できるようになった?」

東華と龍一の言うことは同じだ。意固地な私をさとして、一番下の妹との仲を回復させようとする。

「私、あのころのことを思い出すととっても気分が悪くなるのよ。だから考えないようにしてるの。もしも考え続けていたら、この水玉は消えるヒマがないでしょうね。永遠に私の肌はボツボツよ」

 龍一は、ちらりと私の顔に目をやった。

「おかげで大人になってからしばらくこの発作とは縁が無かったの。この間出たのは社会人になって初めてなんじゃないかな。上司が心配して医者に行けってうるさくて」
「その時は薬で治ったの? 子どもの頃は、とにかく放って置くしかなかったよね。自然治癒を待つっていうか」

「しぜんちゆ。難しい言葉を使うわね、龍ちゃん」


 オレのセッションを受けて、その瞬間から顔つきから肌の色までぱあっと変わっちゃう人っているんだよね。それまでは病気だったのに、一瞬で治っちゃう。あれって、心が体に作用してるからなんだとしか思えない。オレは医者じゃないから、病気を治してくれって来るひとには困っちゃうんだけどさ」

「そんな不思議な話がいっぱいあるの?」

「もう、日常的に発生してる。女の人ってなんかすごいんだよ、パワーが。精神力がそのまんま体につながってる感じ。見てて驚くことばっかりさ」

「だから消耗するの? その疲れを海に流しに来るの?」
 私は雑誌のインタビューで書かれていたことを思い出して言った。

「まあそんなとこ。 とにかく、人と向き合って心を見せてもらうっていうのは、ものすごく疲れる。自分が心底ハッピーでいないと、相手の絶望とか無気力に引きずられちゃうんだよ。感応しちゃう

「なんか、龍ちゃんのそれって…占いを越えたものじゃないの?」
「自分では、占いの看板を掲げたセラピーだと思ってるから」
 だからあんなに多くの支持を集めているのか。ふと、私は職場の後輩が龍一のセッションを受けたことを思い出した。

「私の会社の女の子がね、龍ちゃんに占ってもらったことあるんだってよ。彼女が投稿したから、雑誌に龍ちゃんが紹介されることになったんだってね」
 私はバッグからページがシワになった雑誌を取りだした。

「ああ、これ、こんな風に載ったんだ。わっ、なんかやっぱり照れくさいね。こんな書かれ方したら、すんごいかっこいい生き方をしてるみたいじゃない?」
 充分かっこいいわよ。体は引き締まっていて無駄な贅肉なんかひとかけらもない。日焼けした体に健康な笑顔。自由でありながら、金には困らない仕事を持つ。そして可愛い恋人も連れている。 成功した人そのものね。

「で、阿南が会いに来たわけ、話してくれる気になった?」
「もちろんよ。さっきは邪魔が入ったから途中になっちゃっただけで」

 龍一は、木陰に腰を下ろした。私も日傘をたたんで隣に座る。
「オレはさ、阿南とはもう少し早く再会できると思ってたんだ。予想よりも時間がかかった。だからハガキを書いたんだ」
「もっと早くに会いたかった、ってこと?」
「そう。君が望めば、オレはいつでも会って話をするつもりだった。いつ来てくれるのかって心待ちにしてたんだ」

「私が龍ちゃんに会いに来たのは…人生の岐路に立っているからよ」
「そうでしょう」
「男の人に結婚してほしいって言われたわ」
「遅いくらいだ」
「ううん、その人とは、食事を3回しただけでそれ以上の付き合いはなかったのに、突然プロポーズされたのよ。反対に、4年も付き合ってた人には浮気されて、その現場を目撃しちゃった」

「うひゃあ~」
 龍一は気の抜けた顔になった。
「阿南のブツブツが出たのは、それが原因?」
「たぶんね。どっちも同じ日に起こったし」

「阿南の人生には、強烈な事件が起きるね。そういう星回りなのかなあ?」
「そう、それよ。私のホロスコープを作って欲しいの。私も龍ちゃんのセッションを受けたいの。そのために来たのよ。少しでも早く相談に乗って欲しくて。 お願い、特別に見てくれない?

「そんなこと言ってもなあ。今回の旅には、ホロスコープを作るソフトとパソコン、持ってきてないんだよ。すぐには無理」
「じゃあ、昔みたいに話を聞いてよ。相談にのって」
「うーん。でもさ、 今の阿南なら、どんな問題だって一人で解決できるだろ? 人に相談するときには、自分なりの結論がすでに出ているもんだよ

 なに言ってるの?  龍一は、私がどれほど勇気を振り絞ってこの一人旅に挑戦したのか、わかっていないの? ただ懐かしがるだけで終わり?

 悲しみよりも怒りの感情の方が強かった。黙っていようと決めたはずの言葉が、口から飛び出してくる。

「奈々のことは助けたでしょう? どうして私はダメなの?
ここに来たのが東華だったら、もっと優しくするんでしょう? あの時の選択が違っていたら、この海にいるのはあの娘じゃなくて、東華よね。龍ちゃんも、優雅な独身貴族じゃなくて、小学生のお父さんだったはずよ

 龍一は、遠くを見つめたまま、クールに質問した。
「東華はホントにそう言った?」
 私の心臓は、パタッと音を立ててとまりそうになった。





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最終更新日  2005.03.24 16:37:16


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