はにわきみこの「解毒生活」

PR

カレンダー

プロフィール

haniwakimiko

haniwakimiko

キーワードサーチ

▼キーワード検索

2005.04.22
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類
 私はがっくりと床に膝つき、手で体の重みを支えた。

どういうこと? 奈々が私? 私が奈々?

 龍一は私に手を貸すと、四つの枕をクッションにして、私をベッドに座らせた。
 ソファを引きずってきた龍一は、私のそばに腰掛ける。

「阿南。君の名前をアルファベットで書くとどうなる?」
「ANAN。昔、あだなはアンアンだった」
「それを逆さに読むとどうなる?」
「NANA」
 それがなに? どんな関係があるっていうの?

「阿南は、オレが心理学を学んだこと知ってるよね」
「うん」
「奈々という人物を作って、分離させて欲しい、と言いだしたのは阿南だ。思い出せるかな?」

 私は首を振った。私の記憶は一部分が欠落している。


「もちろん、普通の心理療法ではそんなことはしない。オレが阿南と近い存在だったこと、阿南が望めばいつでもその状態を解除できるという背景があったから、特別にやったことなんだ。あの時、オレは、プロの心理療法士にはならない、と決めた」

「どうして?」

「プロだったら絶対にやらない手法だから。人格を統合するという治療法はある。でも、分離するという治療法はないんだ。それは治療ではなく、病気の状態を作り出すことに等しい。ルールを破った人間には資格がないだろ」

「でも…でも、そうしてくれたことで、私は生きやすくなったんでしょう? あの夢で見たことが現実だったなら、あんな目にあって元気に生きていけっていう方が難しいよ」

 私は、奈々を自殺させようとしたあの男の表情を思い出して身震いした。

「つらかった時間にフタをして、その間に、ゆっくり力をためていけるようにしたんだ。阿南は、奈々と別れてから力を付けていった。大学に戻り、技術を身につけ、就職した。お父さんやお母さんの元で、今まで心配かけた分までしっかり親孝行をした」

 なぜ、奈々にことさらつらくあたってきたのか、やっと飲み込めた。私は会いたくなかったのだ、過去の自分に。それは人生に失敗したという屈辱であり、今後の自分の足を引っ張る存在だったから。

「でもね、いつかは奈々と阿南が一人に戻る必要があった。あるキーワードが、阿南をオレの元に運ぶ役割をすることになっていた」

 キーワード。もしかして、それは…。思い当たるフシはひとつだった。

「結婚、のことね。私の意識の中では初婚だけど、本当は二度目の結婚になるから」

 東華がパスポートの申請を代行したわけが分かった。私が自分の戸籍謄本を取り寄せれば、過去、他の名字を名乗っていたことがわかってしまうからなのだ。

「そういうこと」



「私…。私、どうしたらいいの?」
「奈々と会ってもいいって、そういう気になったって言ってたよね。 奈々に会えばすべてがわかる」
 私は、ふーっと息をついてうなずいた。龍一は、私の左手を軽く握る。

「クッションに寄りかかって、楽な姿勢をとって。それから、オレの言うことをよく聞いて。体の力を抜くんだ。そして、お腹の中にたまっている空気を、少しずつ口から吐き出す。細く、長く。すべてを出し切るんだ。そう、上手だよ。ぜんぶ出たら、口を閉じて。今度は、鼻から空気が入ってくるのに任せる」

「何をするの?」



 龍一を信じない理由などなかった。彼は私を窮地から救ってくれたのだ。そして今、私が一人前に戻るために手を貸してくれる。

 自然にまぶたが閉じた。次第に体が温かくなってきたのがわかる。手も足も温かい繭に包まれたように動けなくなっていく。怖くはない。私は安心できる場所にいるのだ。

「阿南。奈々が君に会いたがっている。すぐ近くまで来ているんだよ。どうする?」

 龍一の声が耳の中に響く。性能のいいヘッドフォンで耳が包み込まれているようだ。風の音も雷の音もなく、しんとした空間に私はいた。

「奈々に会いたい。私、奈々に謝りたい」
「どうして謝りたいの?」

「奈々を無視したから。私、奈々が力になって欲しいと思ってるとき、あの子を突き放したの。つらいときだったのに。可哀想なことをした」

 その時、部屋のドアが静かに開き、だれかが入ってきた。

 奈々だった。
「阿南、もう、怒ってない?」
 か細い声で聞く。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2005.04.22 10:06:56


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X

Mobilize your Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: